ハルヒと親父 @ wiki

王様とあたしたち その2

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haruhioyaji

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Act-9:

 「あら、ハル、どうしたの?」
「母さん。……ううん、どうもしないわ」
「キョン君は?」
「なんかパーティに出るよ用だって、タキシードの採寸で行っちゃったわ。近衛長さんがいっしょ。あたしも後で測るらしいけど」
「……ハル」
「は、はい」
「スポーツでも他のものでも、ディフェンスはね、相手のいて欲しくない場所に居て、して欲しくないことをすることが基本なの。相手がやりたいようにやるのを、止められないまでも、遅らせることもそうね。具体的には、お父さんの言動が参考になると思うわ」
「参考にしたくない。……でも、相手って?」
「まだ誰がそうなのか、わからないけれどね。たとえば、私が王子様なら、ハルと二人っきりで合う機会をつくるために、まずキョン君をハルから引き離すわ。なるべく抵抗されないような、納得できる理由と穏便なやり方でね」
「あたし、まずいことしちゃった!?」
「それはまだ……。ハル、見知らぬ場所では、目に見えるものよりも、自分の経験よりも、直感を信じなさい。当たらなくても、大きくは外れないから」
「……母さん、近衛長さんがしてくれた話って本当?」
「ええ。母さんもいたから本当のことよ。もっとも空港まで付いて行ってはないけれど」
「近衛長さんは、親父を、なんていうか、尊敬してるって感じだったわ」
「それも本当ね。だからキョン君に危険が及ぶようなことはないと思うわ」
「わかった。とにかく向こうはあたしと、さしで会いたがってるのね」
「失礼致します。スズミヤ・ハルヒ様、ご準備ができました。ドレスの採寸を……」
「どこへでも行ってあげる。でも、ウェディング・ドレスはお断りよ! 王子にはそう伝えなさい。あと、あたしは怒ってる、ってこともね!」


Act-10:

 「おいおい、ほんとにおまえさんまで行くのか?」
「ええ。彼には直接、礼とねぎらいの言葉をかけなくては。敵役あっての改革です。彼がここまで長生きしてくれなくては、私もこれほど事を進めることはできなかったでしょう」
「顔に似合わず、えげつないからな、おまえさんは」
「そうですね、必要ならば。それでも、あなたには一度も勝てませんでしたね。マックルック(この国伝統の将棋のようなもの)でさえも。これでも国内では負けた事がないんですが」
「今やれば、わからんぞ」
「いいえ。負けず嫌いの性は数十年経ても変わらないでしょう」
「自分の事だけによくわかってるじゃないか」
「ええ、お互いに」
「言っとくが、うちのバカ娘も、ああ見えてなかなかやるぞ」
「ええ。血だけでは、とてもあそこまでは。厳しく育てられましたね」
「ほったらかしってのは、実は一番きついからな。まあ、半分は不可効力だ。放任は主義じゃなくて、単に手が回らなかった結果だ」
「でも、あなたのような悪知恵はないでしょう?」
「だから手に負えないんだ」
「ああ、なるほど」
「あと、言っとくが、連れの方はそれ以上だぞ」
「娘さんのボーイフレンドの?」
「『昼行灯』って知ってるか?」
「私の日本語は大したことありませんが、『役立たず』の意味ではありませんでしたか?」
「そのとおり。日中にナタネ油をもやしても、明かりの用には立たん。だが、日本じゃ、仇打ちのヒーロー大石蔵ノ助がそう呼ばれてるのさ。昼間の明るさに見えなくても、その火はずっと消えちゃいない。あんなのに憎まれる身にもなれ」
「憎まれているのですか?」
「もちろん仲良くやってる」
「あなたに一目置かれるとは、息子にはハンディがありすぎましたか?」
「ここは、おまえさんたちのホームだろ?」
「ですから同点は、負けも同じです」
「まあ、いい経験にはなるだろ」
「勝負事にはシビアですね、相変わらず」


Act-11:

 「こちらでお待ちください、キョン様」
「あの、近衛長さん。聞いてもいいですか?」
「はい、なんなりと」
「どうして、あなたは日本までわざわざ出向いて来たんですか?」
「それは、先ほどの昔話でご理解いただけたと思っておったのですが」
「涼宮の親父さんが、この国にとって恩人なのはわかりました。そしてあなた個人も、親父さんを尊敬してるっていることも。聞きたかったのは、この大切なときに、なぜ国を、王様の下を、離れたのかってことです」
「キョン様……」
「失礼ですが、この国の政事は未だに安定したとは言えないと思います。だからこそ、最大の政敵である将軍の孫娘と国王の息子さんの結婚なのでしょう? この結婚を望む人が多いなら、同じくらい望まない人もいるんじゃないですか? 何か事件が起こるとしたら、結婚式の直前を狙ってじゃないかと思ったんです。『大切なとき』というのは、そういう意味で……あの、すみません、差し出がましいこと言って。そんなことは、百も承知ですよね。命がけでこの国を守ってきた人に、失礼な事言いました」
「いえ……、我々こそとんだ失礼を致しました。この国に縁もない少年に、ここまで気にかけてもらえるとは。……償いは必ずさせていただきます」
「償いなんて」
「この数日、あるいはご不快な目にあわれるかもしれませんが、なんでも私におっしゃってください。できるだけのことはさせていただきます。国王の命ではなく、私の友人としての申し出です」 


Act-12:

 「こちらでしばしお待ちを」
「はやくね。長くは待たないわよ!」
「……だれじゃ?騒々しい」
「あら、小さな子。先客がいたのね。英語わかるかしら?」
「英語も日本語も解する。今一度問う。何者じゃ?」
「なるほど、親日家が多いといってたしね。あたしはハルヒ、涼宮ハルヒ」
「なんじゃ、第二夫人になる女か」
「冗談!って、じゃあ、あんたが、政略結婚させられる6歳児?」
「このような礼儀を何一つ知らん娘をめとって何をさせる気じゃ? 聞けば国王が留学していた時の友人の娘だというが、下品にも程がある。どさくさにまぎれて権力を盗み取った王の息子には似合いか? まあ子だけはたくさん産みそうな腰つきじゃが」
「あんたも、あんまり上等な日本語、習ってないみたいね。敬語のひとつも話せないようじゃ、日本語ができるとは言えないわ。オマケにセクハラ発言。エロ将軍のハーレムで収穫されただけのことはあるわね」
「おまえに払う敬意などない故、使わぬだけじゃ」
「そういうアホな子には、こうするわ」
「ぶれひもおの! ほおをひっぱるな!」
「まだまだ伸びるわよ、ほーら」
「ひゃめんとうちくひじわ」
「もう何言ってるのか、わかんないわね」
「やめい! 児童虐待じゃ!」
「児童なら児童らしく、児童語を話しなさい」
「日本語は時代劇とスポーツ新聞で学んだ故、子供の言葉など知らぬ」
「何、それ? ジジイの趣味?」
「そうじゃ」
「どこが親日家よ?」
「もともと、うちのジイイは、前国王の兄じゃ。対日関係を重く見たジジイは、太平洋戦争開戦の後、西洋諸国の手前、弟を王位につけ、自分は国軍から軍籍を「返上」した兵を組織し、「義勇軍」をつくって、日本のためにアジアを転戦したんじゃ。そして日本が負け、その罪(とが)がこの国に及ばぬように、一人罪を背負うた。未だにジジイを慕う軍人が少なくないのはそのためじゃ」
「そうだったの」
「ジジイはジジイなりにこの国を愛しておる。それ故に行きすぎも多いが、汚職に溺れる政治家に厳しく当たるのは当然じゃ。今の王の才覚を最初に見ぬいたのもジジイじゃ。自分のクーデターを逆手に取って、あやつが出てくるとまでは思っておらんかったようじゃが。だが、今の王を最もかっておるのはジジイじゃと、わらわは思う。ジジイは国王とやりあうのを楽しみにしておった。だが世代も移り、ジジイの軍への影響力も地に落ちた。国民の中にはまだ、ジジイの功を覚えておるものがおるがの」

 「だいたいね、王子程度じゃ、あたしと全然つりあわないから、話にも何にもならないわ。あたしには、ちゃんと……えーと……」
「なんじゃ、急にしおらしくなりおって。許嫁でもおるような勢いじゃったのに、そこで口篭るとは、偉そうなことを申しておいて、さては片思いか?」
「うっさい。そんな訳ないでしょ! あたしとキョンはね!!」
「ほほう。キョンと申すか。珍妙な名じゃ」
「あだ名よ」
「で、そのキョンと夫婦(めおと)か、それとも婚約でもしておるか?」
「こ、こ、こんやくぅ?」
「なんじゃ、そこまでいっとらんのか? では、婚前交渉の仲というわけじゃな」
「こ、こ、こんぜんこうしょお?」
「なんだ、しとらんのか?まだ、おぼこか?」
「あ、あんたの教育は、いったいどうなってんのよ!」
「質問に答えておらん。キョンとやったのか、やっとらんのか?」
「あんたは、どこのエロ親父よ!」
「たしかにうちのジジイはエロいし、どうしようもない奴じゃが、今はハーレムなんぞないぞ。外に女を囲って通っておる」
「それをあんたに話すの? どういうジジイよ?」
「当たり前じゃ。色事と政事(まつりごと)は密接なつながりがある。蝶よ、花よ、などと大事に育てても、ものの役に立たん」
「それはそうね」
「世の中に在るものから目をそらして、人の上に立つことなど、できようか」
「意義無し」
「で、キョンとは、どの程度の仲じゃ?」
「誘導尋問か!?」
「してないのか?」
「そ、そりゃ、してない事もない事もないわけじゃないけど」
「否定が4回、偶数じゃ。つまり、やることやってる訳じゃな。で、どんな具合じゃ?」
「ぐあいぃ!?」
「いちいちうるさい奴じゃ。さてはカマトトか?」
「な訳ないでしょ! 言うのがもったいないだけよ! 言葉にしがたいというか、筆述つくし難いというか、得も言われぬ心地というか、忘我の境地というか……」
「ふんふん」
「こら、待ちなさい!こんなこと聞いてどうすんのよ、6歳児?」
「手練手管は失わぬ財産、経験談は他山の石じゃ。これと思うものには、必ず聞くようにしておる」
「耳年増」
「この歳でそう言われるのは、むしろ本望じゃ」
「さっきも思ったけど、あんた、周りに同い歳の子いないでしょ?」
「当たり前じゃ。王族やその近くに暮らす連中は、多かれ少なかれ、同じような境遇じゃ」
「でも女王蟻や蜂じゃないんだから、生殖活動と謀略ばかりじゃ、飽きるでしょ?」
「飽きる。それに耐えるのも高貴な家に産まれた定めじゃ。……まあ、あやつはわらわとはどうせ結婚できん。いま少しこの国の有閑階級が衰えるのを眺めておれそうじゃ」
「どういうこと?」
「簡単にいえば、その器ではないということじゃ。やはりそなたが嫁に行け。なに、形ばかりでよい。愛人にキョンとやらを連れてきて、そっちの方面は処理すればよい」
「どこのポンパドール夫人よ?」
「そなたの子なら、そこそこの見栄えで、よく子も産みそうじゃ。たくさんできたら、何人かもらいうけるぞ」
「どこのブリーダよ!?」
「キョンとやらに飽きたら、僧職にでもして寺に放りこむがよい。そうして若いツバメを囲え。紹介してやらんこともないぞ」
「飽きないわよ!!」


Act-13:

 「母さん、ちょっと出掛けてくる。帰りは、そうだな、深夜にはならんと思う」
「ええ、日をまたぐことはないと思います。……ご無沙汰しております、奥様」
「陛下もお変りなく。いいえ、少しお変りになられましたね」
「おかげさまで無事に歳ばかり重ねております」
「無事は数多の有事を下支えにして成り立つもの。ご無事なのは何よりです」
「幸い、あれ以来、命に関わるような目には合っていません。この度は、失礼にも呼びつけるような形になってしまい、申し分けなく思います。しばしご主人をお借りします」
「有事には役立つ人です。陛下のお力になれるのでしたら、いくらでも」
「なんだか俺の方が『昼行灯』になってきたな」
「あなたは自ら『夜』を招いて来る方ですから」
「情緒不安定な奴がいると、夜はすぐにやってくるんだ。……比喩だぞ。母さん、たいした有事でもないんだが、この国にはひとつの区切りになるんだそうだ。そういう訳で、ちょっと立ち合ってくる。……あいつらは?」
「服の採寸だとか。ひとりづつ連れられていきました」
「なんてベタな手にひっかかるんだ。あいつら、ここが『アウェイ』だとわかってるのか?最初からハルキョンでいかないと勝ち目薄いぞ」
「そうかしら」
「まあ、いいや。こっちの野暮用を済ませてくる。おもしろい場面があったら、静止ボタンを押しといてくれ」
「録画ボタンじゃなくて?」
「それはもう押してある」


Act-14:

 「涼宮ハルヒさま、どうぞこちらへ」
「なんだ、こっちから行くの? 採寸中にエロ王子が覗きに来るのかと思ってたわ」
「あやつに、そういう工夫は思いつかん。いきなり取って食わんようにな」
「誰が食うか! じゃあね、小さいお姫様。次はいつ会うかわかんないけど」
「そう先にはならん」
「そう。じゃあ、ちょっと行って来るわ」

 「さあ、はるばる来てあげたわよ。何の用?」
「いきなりな人だ。用件は伝えてあると思ったが。なにか飲むかね?」
「いらない。……敵地で出されたものホイホイ飲んでたら、王家なんてすぐ途絶えるわよ」
「ところがそうもいかない。相手を信用していることを表現する一番の外交手段だ」
「あたしはあんたを信用してないし、交渉しようとも思ってないから」
「……この国は、昔から親日家が多い。だが父は特別だ。ドイツで出会った君の父上を崇拝しているといっても過言じゃない。スズミヤの名前を聞かない日はなかったよ」
「これで決まりね。国王だか大統領だか知らないけど、あんたの親父も変態よ」
「随分と仲の良い親子だと見えるね」
「どこが!?」
「ぼくは父を憎んでいる。それで、こう考えたのさ。スズミヤの者を自分の手元におけば、何かと都合がいいだろうとね。君を妻に迎えいれたいと願い出たら、父は諸手をあげて賛成したよ。ぼくが何か言ったことで、あれほど父を喜ばせたことは、そうだな、記憶にない」
「哀れを通り越して愚か、ね」
「君とどこが違う?」
「親を選べる子はいないわ。世界のどこで生まれようとね。あんたはそれを呪って策をめぐらせるだけ。その間に、バカ親を持った世界中の子供たちはね、運命にあらがって闘い続けてるの」
「それは運命に弄ばれたことのない人間が言うセリフだ」
「運命に弄ばれたことのない人間が、この世にいると思ってるの?」


Act-15:

 「これがキョンか。なるほど、キョンという感じじゃ。珍妙な顔をしておる」
「誰だ?どこにいる?」
「探しても無駄じゃ。そちらからはこちらは見えぬし、声も反響してどちらにいるのかも分かるまい。王宮故、謁見に来た者を通して待たせる、このような部屋がいくつかある」
「……日本語がめちゃくちゃうまいけど、それを知ってる君はここの人ってことになる。違いますか?小さなお姫様」
「ほう、先ほど会った者よりよほど口の聞き方を心得ておる」
「……そこまで傍若無人なのは、親父さんかハルヒだけど、あなたが会うとしたらハルヒですね」
「そうじゃ。だが理由を聞こう」
「親父さんと会うと初めての人は、血圧と心拍数が上がるんです、いい意味じゃなく」
「では、悪い意味だということになる。義父とうまくいっとらんのか?」
「いや、親父さんは嫌いじゃない。だけど他人(ビギナー)には薦めにくい、何というか、そういうことです」
「なるほど。苦労が目に見えるようじゃ。……おぬしに伝える事はひとつじゃ」
「ハルヒはどこです?」
「うむ。今頃は王子のところじゃ。王宮の最奥ゆえ、場所は教えられんが。……どうじゃ、心配か?」
「うーん、王子に怪我でもさせてなきゃいいが。あいつは、ああ見えて直情型というか、自分の思い通りやらないと気がすまないというか……」
「どっから見ても直情型じゃ。聞いてはおったが、ここまでとは……」
「いや、あれでもかわいいところもあるにはあるんです」
「うざい。あやつが心配じゃないのか? ここのエロ王子は変態じゃぞ」
「まずいな。本気で半殺しにしかねない」
「ハルヒがおぬしを裏切るとは考えぬのか?たとえば両親を人質に取られれば、心で何を思っていようと、言いなりになるかもしれんぞ」
「うーん、その想定はかなり無理があるというか。お姫様も会えば分かりますよ、あの父母に」
「分かりとうない。……よほど自信があるのじゃな、キョンとやら。何があっても、ハルヒがおぬしを選ぶという」
「いや。……あいつはあいつが選びたいように選びます、多分、何があろうと。ただ、ハルヒが誰を選ぼうと、おれがすることは決まってます」
「あー、うざい、うざい。なにが、フラクラじゃ。この報告書は間違っておる!」
「いや、実は結構テンパってます」
「とっとと消えろ。今は使われてない謁見の間がある。そこの王座の後ろが入り口じゃ」
「ありがとうございます。お礼は後で改めて」
「絶対、おぬしら二人が揃ってるときには会わんぞ!絶対じゃ!」


Act-16:

 「おれもおまえも、会った頃に比べりゃ賢(さか)しくなったろう。背負うものができちまったからな。まあ、ただ、それだけのことだが」
「……あの子の母親には、可哀想なことをしました。あの子が見ている前で撃たれました。その時、私は彼女の隣に居たんです」
「身代わりになったのか?」
「ええ。…・・いえ、どうでしょう? 確かなのは、私は彼女を愛していました。そのせいで若い命を散らせてしまった。あの子が私を恨むのも無理はない」
「物事には無数の原因がある。責任の『宛先』になるのは、その中のほんのわずかだ。誰かが銃を発明しなけりゃ、王朝なんて作らなけりゃ、クーデターが1回で終わってりゃ、その彼女は死なずに済んだかも知れん。……詭弁だぞ」
「はい」
「だが生きてる者同士は、他のやり方もある」
「……あなたを外戚に迎えて、楽隠居というのも考えなかったわけじゃありませんよ。なによりハルヒさんは魅力的だ。一瞬ですが、息子と同じ夢を見てもいいと思いました」
「お断りだ。あいにく親類価格ではやってない。本当に俺の力が入り用なら、正規の料金を血税で払え。そしてその結果に国家元首として責任を負え」
「二人して縛り首かもしれませんよ」
「ふん。そこまでは付き合い切れんし、そんな馬鹿はやらん。……あと、バカ息子の家庭教師なら、他を当たってくれ。うちのバカ娘なんか、もったいなくてやれるか。……どうせ、あたりはつけてあるんだろ?」
「ええ、まあ。相変わらず、よく分かりますね」
「お互い、人の親だってことだ。……ここまで出張って来た四人分の路銀は安かないぞ」
「娘さんと彼との結婚式なんか、どうでしょうね。一応ロイヤル仕様で海外からの来賓も多数です」
「どうしても合同結婚式がやりたいのか?」
「バージン・ロードであなたの前を歩くのも良いかもしれないな、と」
「おいおい、仏教国だろ、王様?」
「我がままで手に負えない息子でして」
「そりゃ教育が悪い。……おい、杯(さかずき)を出せ」
「これからひと仕事するのに、あいかわらず余裕ですね」
「これくらいの酒で酔うもんか。それにおれはオブザーバーだ。今夜は見てるだけの身には冷える」
「しかし、私についでくれるのは、初めてです。お受けしましょう」
「こういうのを、『差し向かいで飲む』、というんだ。リムジンでやっても雰囲気でないけどな」
「次は座敷を用意します」


Act-17:

 「なるほど。あなたとは、話だけで済みそうもない。……交渉は彼とやることにします」
「ちょっと! キョンに手出したら、あんたも、この国も、ただじゃおかないわよ!」
「ご安心を。ぼくもフェア・プレイという言葉は知ってますよ」
「知ってるだけじゃダメよ!」
「ははは。よほど信用がないようだ。もちろん実戦で試すのは初めてですが……ファイティング・ポーズですか?」
「悪いけど、頭に血がのぼってんの。ここから先は何にも聞こえないから」
「スズミヤ氏の一人娘だ、かなりやれるとは聞いてますよ。ですが、王族の体はアンタッチャブルと決まってるんです」
「……」
「ぐっぅ!……見えたのか、今のが?」
「女相手に暗器? ……残念ね。あんたより100億倍ずるい人間と産まれてこの方一緒に暮らしてんの。見るまでもないわ」

 「ハルヒ!」
「ちょっとキョン、遅すぎよ!」
「無事か……相手は?」
「なんの心配してんのよ?」
「いや、あまりにも予想通りの光景だったんでな」
「この手はね、こんな下衆を殴るためにあるんじゃないわ」
「だからって肘かよ。額が割れてるぞ」
「キョン、近づくと毒吐くわよ」
「……ここは王宮の最も奥にある部屋だ。王以外、誰も入ってこないはずだが……」
「まだ、意識があるの? しぶといわね」
「……君がキョンか?」
「ああ、そうだが。誰か呼んだ方がいいんじゃないか?」
「君と勝負がしたい」
「……何のためだ?」
「ご婦人の気を引くのに、これしかやり方を知らないんだ」
「ケガ人を鞭打つようで悪いが……、そういう手段で引き寄せられる女性もいるんだろうが、こいつはそれとは正反対の人間だ。意味がない」
「彼女が君を選ぶのは分かってる。だがぼくにも矜持(プライド)というものがあってね」
「キョン、それくらいにしときなさい。相手が余計に惨めになるわ」
「と言ってる奴がいるが……おれをメタメタにすれば、少しはあんたの気は休まるのか?」
「そうなるとは限らんさ。君の得意なものを選んでくれていい」
「……じゃんけん、って知ってるか?」
「あははは。知ってるとも。……愉快な人だ。彼女の未来がかかっているというのに。ほんとにそれでいいんだな?」
「これなら、片方が起きあがれなくても、どっちが有利って訳でもないだろ?」
「僕は王になる身だ。天が微笑まないと思うか?」
「大層な自信だな。おれは庶民だ。だが、あいつは連れて帰る」
「自信家とは君のような人を言うんだ。よく断言できるね。彼女は自分の意思でしか動かないのだろ?」
「ああ。あいつがいやだと言ったら、いいと言うまで待つ」
「どうして?」
「おれがそうしたいからだ」
「ふう。……じゃあ、グーだ」
「は?」
「ぼくはグーを出す。君は?」
「……パーだ」
「勝負はついたな。彼女を連れて帰ってくれ。だが最後まで見届けてもらうぞ」
「何を言ってる?どういう意味だ?」
「結婚式は予定通り……中止する。だが君たちを王として見送ってやる。クーデターだよ」


Act-18:

 「ここがおっさんのヤサか? 案外しみったれてるな。ハーレムはどうした?」
「維持するのが大変なので廃止となったとか。彼の力を少しずつですが削いでいった結果です。……何だかちょっとあわただしいですね。おーい」
「あ、陛下!」
「どうかした? 失敗はないはずなんだけどなあ」
「いえ、作戦は予想上にスムーズに。……あの、将軍の他には警備の者も愛人もなく……」
「人払いして私を待っていてくれた訳か。こちらの手の内くらい読んでくれたんだろう。上がりますか?」
「そうだな。俺も顔を見せとくか。冥土の土産ぐらいには、なるだろ」

 「遅かったな、大統領」
「ええ。お待たせしました、伯父さん」
「将軍と呼ばないか」
「いや、その肩書きはさっき剥奪しましたので。国家反逆罪という罪状なんですが、よろしいですか?」
「ぼんやりしてる風でやることは手早いな」
「おかげでこの歳まで独身です」
「バカ息子じゃなく、おまえのところに嫁に出してやろうか?」
「6歳の彼女ですか。そうですね、10年も経てば素敵なファーストレディになれるでしょう」
「そっちは知らない顔だな」
「会うのは初めてだな、将軍。スズミヤって言って分かるか?日本人だ」
「俺が殺してやりたいナンバー2の名前だ」
「そのわりに顔も調べてないのか? 甥っこに負けず劣らずの、のんびり屋さんだ」
「そこのバカ大統領は、一昨年、死刑を廃止しやがった。おれも死ぬまで飼い殺しだろう。呪う時間はたっぷりある」
「よくこんなのが近代兵制を整えたな。だが、嫌な感じだ。他人の気がしない」
「あなたたちは、よく似てますよ」
「「それを言いたくて、わざわざ、おれ(こいつ)を日本から呼んだのか?」」 
「見事にハモりましたね」
「将軍、飲み直しだ。一番、いい酒を出せ。どうせ終身刑だろ、置いておいても飲めねえぞ」
「手ぶらで来て何ぬかす。おまえに飲ます酒なんざ一滴もない」
「へ、陛下、いかがいたしましょう?」
「うーん、おもしろいからもう少し見ていたいが、伯父さんの方は90を越えているからねえ。長期戦は不利だろう。それくらいで勘弁してあげてくれませんか?」
「いつか殴りに行ってやるからな。首洗って待っとけ!」
「ふん。必ず日本に攻め上ってやる。それまでせいぜい枕を高くして眠っておれ! ええい、触るな!介助などいらん。わしは現役の軍人じゃぞ!」

 「すべての肩書きをなくした伯父に、最後の生きがいを与えていただいて、感謝します」
「気分が悪い」
「すみません。こうなることは、おおよその見当がついたのですが」
「ついたから連れてきたんだろ。悪趣味だ。自分の老後を目の当たりにしたい奴がいると思うか?」
「そこまで重ね合わせていただけるとは。よほど気に入られたのですね」
「まったく気に入らないぞ。早く女房のところへ帰してくれ。こういう厄日には、愛妻の膝に甘えるに限る」
「一本取ったと思ったのに、地面に倒してからの攻撃も鋭いですね」
「ただの心の叫びだ。バカ息子の方はどうするんだ?」
「私の計画では、朝一番に彼が起こしに来てくれることになってるんですが」
「だったら早く帰って寝ちまえ。おれもそうする」


Act-19:

 「母さん!」
「あらあら。キョン君と一緒に帰ってきたのはいいけれど、すごい時間よ」
「バカ王子がバカなこと口走らなきゃ、どっかで天がい付きベッドを占拠して『お泊り』してくるつもりだったわよ! 親父はどこ?」
「さっき車の音がしたから、もうすぐ着くと思うわ」

 「おお、おれより先に、ハルキョンがお帰りだ。どうだ、吊り天井と水責めの恐怖は?」
「なによ、それ?」
「アトラクションは何も無しか? けちな王室だなあ」
「お父さん、王室財産はみんな国庫に入ったって言ってませんでした?」
「そうか、ころっと忘れてた。吊り天井なんて、会計検査を通らないもんな」
「それよりも!! バカ王子がね!」
「クーデターだろ?」
「え、なんで知ってんの?」
「おまえ、自分の父親を、ただのバカ親父か単なる馬鹿だと思ってるだろ?」
「思ってるけど」
「親は子のことになると、後先がなくなる。つまり親バカ、バカ親だ。しかし、知恵ふりしぼって先を見ないと、子は育たない。だから、親ってのは面倒なんだ。なあ?」
「同感です。ですが、あなたの子供をやると言うのも、なかなか大変なことだと思いますよ」
「その言葉、そのまま叩き返すぞ。よくもまあ、グレなかったもんだ、ここの王子は」
「グレましたよ。しかも親に似て、筋が悪い」
「お、王様? 本物?」
「はい。はじめまして、ハルヒさん、キョン君。息子が失礼な事をしたようですね。お詫びします」
「組む相手があれじゃあな。だが、おまえさんが、仕組んだろ? 息子を餌にしてボケ将軍退治とは、趣味が悪すぎる」
「なに、それ、どういうこと?」
「王子のたくらみなんぞ、お見通しだってことだ。『ばれてるぞ』と教えるために、その将軍の末の孫娘なんかと縁談を結んだのにな。センスのある奴なら、これでわかるはずなんだが、王子は想像以上にバカだった訳だ」
「ちょっと、待ちなさい! あんたたち、結婚をなんだと思ってんのよ!!」
「そう言われると言葉もありません」
「この王様はな、自分の代わりに撃たれた恋人に操を立てて、後宮はおろか、ただの結婚さえしてない。このまま行けば、絶対ひと騒動あるのに、だ。そして恋人の連れ子を我が子として育ててる」
「え?」
「息子は、彼女の子供です。私が愛したために、若くして命を落とした」

















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