ハルヒと親父 @ wiki

司書はある朝、魔女になる

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haruhioyaji

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 ある日の放課後。
 いつものようにSOS団部室(本当は文芸部部室)の前まで来ると、ひょっとすると文芸部の方に入りたくてやってきたような、文学少女オーラを放つ小さな女子生徒が、その人外魔境と化している(とうわさされる)部屋の中へ、入ろうか入るまいかと逡巡(しゅんじゅう)を続けていた。
「もしかして、長門に用か? 多分、中にいると思うから入っても構わないぞ」
とおれが声をかけると、すがるような助けを求めるような目でこっちを見た。やれやれ。
 おれはドアを開け、そいつが中にいるのを確認して言った。
「長門、図書委員がまた来てるぞ」
「そう」
と言って長門は本を閉じて立ち上がり、おれは長門とすれ違うように部室の中に入った。
 二、三言だろうか、この距離でも聞き取れないような小さな声で、図書委員と言葉を交わした長門は、
「図書室へ行ってくる」
とおれたちに告げて、呼びに来た図書委員と出て行こうとした。ああ、おれたちというのは、おれと、すでに団長席にふんぞり返っていた団長様のことだ。
「何かあったのか?」
「篭城。たてこもり」
「は? 図書室で?」
「図書委員長が人質」
「誰なんだ、そんなこと酔狂なこと、しでかしたのは?」
「本が好きな人」
 パタンと団室のドアが閉じられ、小走りする二人の靴音が遠ざかった。

 バンとでかい団長机を両手で叩き、その反動であいつが立ち上がる音がした。正確には「音がした」とおれが思ったのは、あいつがこう言って走り出した後だった。
「追いかけるわよ、キョン!」
 ハルヒ、そういうことは手を引っ張って走り出す前に言え。でないと、
「なんでまた?」
と聞いたおれがバカみたいに間の悪い奴に見えるだろ。
「決まってるじゃない、事件のにおいがするわ!」
 いや、においどころか、ほんとに「篭城」なら事件そのものだろ?
「今のところ、図書委員内の内紛で収まってるけれど、これを放置したら、キョン、大変なことになるわよ!」
 いや、「図書委員内の内紛」ってのは、結構大変な事態だぞ。というか、何を巡って内紛が起こるのかよくわからんが、とにかく、まだ、そう決まったわけじゃない。
「速く、ぼんやりしないで! 事件は現場で起きてんのよ!」
 すっかり野次馬の自己弁護になっちまったな、そのフレーズ。事件が事件現場で起きてるのは当たり前だろ。「落雷落ちた」「地震は揺れる」と、根は同じ発想だ。
「なに、さっきから、ぶつぶつぶつぶつ、言ってんのよ!? 有希になにかあったら、あんた責任とれんの?」
 そんな事態には絶対にならん。が、しかし、この爆弾女を放置するとそれこそ大変なことがおこるんだろうな。確実に。
「わかった。つきあってやる。だが、ちょっとまて」
 おれは図書館にいる旨をメモに書き、部室のドアに押しピンで止めた。
「な、なに言ってんのよ!」
「大したことは何も言っとらんが」
「う。そんなことは、わかってるわよ! もう、急ぐわよ!もたもたして事件が解決してたらどうすんのよ!」
 その時は、静かに部室に戻って、今日はまだ来ていらっしゃらない朝比奈さんのお茶を楽しみつつ、この大したことは何一つ起こらない平和と平穏で満たされた日常を愛でるさ。おまえにもお勧めするぞ、ハルヒ。
「みくるちゃんのお茶以外は、断じてノー・サンキューよ!!」

 図書室の入り口の前には、長門以外には、図書委員とおぼしき2、3人が困り顔で立っているだけで、「事件」とやらは、幸いにも全然大事に至っていない様子だった。
 長門が先におれたちに気付き、図書委員は長門の様子からおれたちの到着に気付いた。
 どういうわけか長門は、おれたちの到着を待っていた、という顔をした。正確には、おれにはそう感じられた、というだけの話なんだが。
「内から鍵がかけられている」
と長門はおれたちに言った。
「私なら中に入れる」
「汐野さんと一番気が合っていたのは、長門さんでしたから」
長門を呼びにきた図書委員が、注釈してくれる。中に入れるのは宇宙パワーの問題でなく、なんと信頼の問題だったか。
「その汐野って子が、図書委員長を人質に中にいるのね。で、犯人の要求は何?」
 おいおい、犯人はやめとけよ。
「図書の廃棄処分の撤回です」
「廃棄処分?」
「ええ、今年は予算が増えて、いつもより新着図書が多いんです。小さな図書室だから、スペースにも限りがあって」
 ああ、このあいだ長門が整理してたのがそうか。
「でも、廃棄処分なんて毎年やってることでしょ?」
とハルヒはにべもない。
「今回は処分する冊数が多いんで……あの、ここだけの話にしてください……今まで手をつけてなかったものに手をつけようと……」
「それ、何?」
「なんで学校の図書室にあるのかよく分からないんですが、魔法とか魔術とか呪いとか、とにかくその手の本がものすごく多いんです、この図書室。でも、歴代の司書の先生も図書委員も、なんだか気味悪がって手をつけて来なかったんです」
 なんとまあ敬虔で迷信深い連中というか。そんな彼らと彼女らに神の恵みあれ。
「汐野って子が、そのオカルト本を捨てるのに反対して立てこもってるのね。だいたい分かったわ。話付けて来るから、キョン、あのドア、オノでの何でもいいから使って、叩き壊しなさい。突入するわよ!」
「あほか。突入して何を説得するんだ? 長門なら中に入れるんだろ? 穏便に長門にまかせろ。それとも長門が信用できないのか?」
 ちょっとずるい言い方だったが、ハルヒはしぶしぶといった風に引き下がった。
「信用してるに決まってんでしょ! わかったわよ。あたしだって、事を荒立てるのが良いこととは思ってないわ」
 ところが、ドア越しに内にいる相手と話していた長門は、意外な行動に出た。
 ハルヒとおれの手首をつかみ、こう言ったのだ。
「相手の承諾がとれた。一緒に図書室へ」

 おれは繰り返し、相手が認めたネゴシエーター(交渉者)は長門であり、おれたち二人は立会人にすぎないのだから、出過ぎた真似をしないように、特に相手の言葉を遮ってまくしたてたりは厳禁だぞ、とハルヒに言い含めた。
 ハルヒはしぶしぶ首を縦に振り、それを見届けた長門の指示で、ぎりぎりの隙間が開いた図書室のドアから、内に入った。
 図書室の中は、すべてのカーテンが引かれ、照明も消されていて、薄暗かった。カーテンの隙間から漏れる光の筋が、本棚や床や人を照らしていた。
 閲覧コーナーの机の横に立っている、メガネの背の高い女子生徒が図書委員長、そばの椅子に座り肘を机に乗せ、合わせた拳に額をつけて何やらお祈りでもしているように見えるのが、ろう城の首謀者、図書副委員長の汐野という娘だと、長門は説明した。実際の説明は、
「彼女が図書委員長、彼女が図書副委員長」
という、やや情報不足気味のものだったが、おれが補完した解釈で間違ってはいないだろう。
「さあ、長門さんたちが来てくれたわよ」
 委員長は汐野副委員長にそう声をかけ、おれたちには椅子をすすめた。この委員長、それっぽい見た目と役職を兼ね備えた、仕切り屋さんらしい。
「約束通り、なんでこんなことしたのか、ちゃんと話して」
 そして付け加えるなら、委員長は「人質」などではなく、「ご乱心した」副委員長を見守るため、あえてこの篭城に付き合ったというのが、どうやら真相らしい。
 長門、ハルヒ、おれの順に、汐野さんの向かいに腰を下ろした。
 なかなか話し出さない汐野さんに業を煮やしたのか、それでもいらだちを穏やかにため息に変換して、委員長は言葉を継いだ。
「昨日まで、ううん、今朝まで、あの本のこと、何も言ってなかったじゃない?」
「本を……捨てるのは……良くない……良くないと……思うの」
「捨てると言っても、犬猫を放置するのとは違うわ。ちゃんと古書店に引き取ってもらうんだし、誰かがそれをまた買って自分の蔵書にするでしょう。世の中から消し去ろうって訳じゃないのよ」
「……わかってる……でも……良くないの……離ればなれに……なっちゃう」
委員長は困り果てたといった表情でおれたちを、長門を見た。長門は言った。
「本はすべて私が引き取る」
「「「えっ?」」」
 おれ以外の3人、つまり委員長、汐野さん、それにハルヒが声を上げた。おれ? おれは何というか、そういう方向に話が行きそうな気がしたのだ。なんとなく、だが。
「ちょっと長門さん、本当にいいの? 10冊や20冊じゃないのよ?」
と委員長が言うのも、もっともな話だ。ただ、長門が何かを言うってことは……
「前回、新規図書の整理を行った際、当該図書のタイトルと内容はすべて確認済み。問題ない」
……涼宮ハルヒが何か言うのとは違った意味で、決定的なのだ。長門の場合、そう行動した際の結果/影響/インパクトその他諸々は、すべて考慮済みの上で発言は行われる。
「手続き上、必要なら古書店を間に入れて、買い上げる形をとることも可能」
と、そこまで言って、長門はいつもの表情に戻って口を閉じた。おれたちには見慣れた無表情も、このシチュエーションでは「他に問題でも?」ととどめを刺す風に、図書委員会のナンバー1、2には見えているのかも知れない。
「汐野、これでいいの?」
と委員長は尋ね、副委員長は強く首を縦に振った。
「だったら、司書の先生には、あたしたちで話をつけるわ。できるよね、汐野?」
「うん!」
 そこまで聞き終え、長門はくるりとハルヒの方を向いた。
「本を引き取る際、一度に運ぶのは大変。一時、部室に置かせて欲しい」
 ようやく出番が回ってきたハルヒは、元々は文芸部の部室であるはずの場所を、自分の直轄地のように扱い
「当然、答えはイエスよ!! キョン、どっかから台車を運んできて、ちゃっちゃと運んじゃないなさい!」
「おまえ、話は聞いてたか? これからまだ許可をとらなきゃならんし、手続きその他のことはまだ残ってるんだぞ」
「分かってるわよ。そして、わかってないのは、あ・ん・た。……という訳よ、汐野さん。いつでも、うちの部室に遊びに来ていいから。もちろん本も読み放題よ!」

 敏腕らしい図書委員長の交渉力が効いたのか、それとも副委員長の無言の訴えが通じたのか、考えたくないがハルヒの奴が考えたくないような手練手管を弄したのか、それとも純粋にトンデモ・パワーの降臨か。ともかくハルヒがひっくるめて言うところの「オカルト本」は、単なる「廃棄処分」として、つまり無料で図書室(学校財産)から長門個人に引き渡されることとなり、どっかから借りてきた台車でもって、SOS団のアジトに運び込まれることとなった。
「見なさい、キョン。この充実のグリモワール(魔術書)のコレクションを! 翻訳より原書の方が圧倒的に多いわ。確かに学校の図書室には似つかわしくないけれど、うちならノープロブレムよ!」
 まあな。この部室には、なんだかわからん空間だかの歪みや何かがひしめき合ってるというし、いまさらソッチ系の本が増えたところでどうということはない。しかしな、ハルヒ。
「何よ?」
「近くないか、その、顔とか、手とか、その他、体の位置関係とか、がだ」
「仕方ないでしょ! ただでさえぬいぐるみその他、モノの多い部屋に、これだけのものを運び込んだんだから。少しずつスペースは削らないと。
「それは分かるが、他にも増えてるものがあるぞ。たとえば、あの応接セットみたいなのは、なんだ?」
「応接セットよ。呪い付きの奴を1000円で買ったの。SOS団も外からバンバン人が来て欲しいから、あれくらいのものは無いとね」
「安すぎる! それで呪いはどうなんたんだ!?」
「そんなの有希に頼んだら、ちゃんと解呪(Disenchant)してくれたわよ。ほんと、優秀な人材がいるとお買い得よ!」
「(長門、ほんとに大丈夫なのか?)」
「(問題ない。涼宮ハルヒが購入した時点で、残留思念体はデコードされた)」
「それにしても、あの汐野さん、ぜったいコッチ側の人間だと思ったんだけどね。ほんと、魔術とか全然興味ないなんて」
「彼女はむしろ純粋なビブリオマニア。それ故、グリモワールたちが発した訴えを受信したのだと思われる」
「へえ、そういうこともあるのね」
「長門、なんでそう分かる?」
「私も、あの日の朝、同じ訴えを受信した」
「そうなのか?」
「そうなの?」
「そう」
 と言い終えると長門は、目下読書中のグリモワール(魔術書)『Tabula Smaragdina(エメラルド・タブレット)』に目を落とした。
 おれはと言うと、団長席から容易に関節技がかけられる近距離から少しでも離れようと悪戦苦闘しながら(無言で邪魔をする奴がいるんでな)、読書に打ち込む、もうひとりのビブリオマニアの姿を眺めていた。













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