ハルヒと親父 @ wiki

司書はなにゆえ魔女になる?

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haruhioyaji

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 「三日間ほど、部活に来れない? どうして、また?」
「図書室の整理を手伝うことになった」
「学校のか?」
 長門が手伝う必要があるほどの規模とも思えん、ちっちゃな図書室のはずだが。
 怪訝な顔をしたおれに答えるように、長門は付け加えた。
「司書教諭は入院した。図書委員の誤操作及び誤った修復作業により図書貸出管理システムがダウンした。入院前に司書が発注した図書が書店の都合で搬入が重なった。これらにより、このままいくと約10日間、図書室は使用不能となる」
「それってただの偶然なのか?」
「普通の偶然」
「じゃ、普通じゃ起こりえない『ものすごい偶然』って、どれくらいなんだ?」
「有機生命体の平均寿命からすれば、一個体あたり10のマイナス6乗程度の確率、この惑星レベルでは10のマイナス15乗程度の確率、現有宇宙全体では10のマイナス50乗程度の確率」
「よくわからんが……そうなのか?」
「そう」
「と、とにかく、それで白羽の矢が長門に立ったという訳なんだな。長門が手伝うと、どれくらいで片付くんだ?」
「一日、正確には12時間34分15秒で可能」
「三日間のうち、あとの二日は?」
「図書委員への伝達と引継ぎに要する時間」
「なるほど。……ハルヒにはうまく言っておくから、頑張ってくれ。一日目は長門一人で作業するのか?」
「その方が効率的」
「心ばかりの応援とか差し入れとかは、じゃあ2日目以降の方がいいな」
「ありがとう」
「お、おう。ま、気にするな。長門にはいつも世話になってるしな」
「あなたにしては気が利いている」
「な、長門?」
「涼宮ハルヒを真似てみた。似てる?」
「うーん、100点満点だと50点くらいだな」
「そう」
「まあ、あいつを真似ても、多分あんまり良いことはないと思うぞ」
「……そう」
「長門?」


 「それで、あんたはうちの貴重な団員を、むざむざ図書委員に譲り渡したって訳?」
「譲り渡してなんかない。整理を手伝うっていうのは、長門の自由意思だ。尊重して、しかるべきだろ」
「それにしても水臭いじゃないの! オンボロ雑用係はともかくとして、うちには優秀な人材がゴロゴロいるってのに」
「だから、2日目からは、差し入れ持って応援に行くって、さっきから言ってるだろうが」
「むー」
「長門からおまえに直接言わなかったのは、ほらリーダーには言いにくいこともあるだろ。それだけだ。いい加減、機嫌なおせ」
「い・や」
「あのなあ」
「アイスが食べたい」
「は?」
「あんたが買って来たアイスが食べたい!」
「だだっ子か、おまえは?」
「ぶー」
「わかった、わかった。買って来てやる。帰って来るまでに機嫌直しとけよ」


 「お・か・え・り」
「た、ただいま。……朝比奈さんや古泉は?」
「二人とも、急に用事が入ったんだって。気をきかせて帰って行ったわ」
「なんだ、『気をきかせて』ってのは?」
「ま、わかんないだろうと思ったけどね」
「一人で待ってたのか。悪かったな」
「ということで、今日の団活は終了!」
「ああ、帰るか?」
「何言ってるの、キョン! 二人がせっかく『気をきかせて』くれたのよ」
「お、おう」
「図書室に行くに決まってるでしょ!」
「いや、それは、多分違うと思うが」
「あんたがどう思おうが、あたしは図書館へ行くわ! 付いて来なさい!」
「おい、アイスはどうすんだ?」
「食べるに決まってんでしょ!」
「廊下を食べながら歩くな」
「うぐうぐうぐ!」
「口にものを入れて喋るな」


 「ちょっとキョン、図書室の入り口、鍵がかかってるわ」
「あー、多分、今日はもう帰ったんじゃないか?」
「有希がそんな無責任なこと、する訳ないでしょ。あんたじゃあるまいし」
「はは、そうだな」
「ちょっと職員室に鍵を取りに行って来るから、あんたはそこにいて。猫の子一匹通すんじゃないわよ!」
「……ああ、行っちまった。……長門、おれだ、中にいるのか?」
「いる」
「鍵を閉めてるのに悪いな。ハルヒが開けそうだぞ」
「鍵は職員室にない。今は、私が持っている」
「時間稼ぎにはなるか。あいつが戻って来たらどうする?」
「想定内。入って」


 「キョン、図書館の鍵、無かったわよ。……って、どうして開いてるのよ!」
「長門だ。ちょうどトイレに行ってたそうだ。カギ開けたままって訳にはいかないだろ?」
「そ、そりゃまあ、そうだけど」
「ごめんなさい」
「有希が謝ることじゃないわ」
「入って」
「あ、うん。さあ、キョン、きりきり働きなさい! 男手はあんた一人なんだから」
「新しく入った本に通し番号と分類コードをつけた。これがそのリスト。リスト通りに、こちらにあるシールを本に貼りつけて欲しい」
「わかったわ。何冊あるの?」
「497冊」
「楽勝ね。他には?」
「図書貸出システムの修復。これはわたしが行う」
「確かに有希に任せた方が良さそうね」
「シールは2種類ある。混乱しないように役割分担した方が良い」
「わかったわ。じゃあ、キョン。あんた通し番号の方のシールを貼りなさい。あたしは分類コードの方を貼るから。貼り終わった本は、分類順に並べておけばいいのね?」
「そう。本棚へ片付けるのは、明日、図書委員が行う」
「わかったわ。こういう目標がはっきりしたのは得意よ!さあ、キョン、きりきり貼りなさい!」
「ああ、これなら、俺たちでも何とかなりそうだ」
「聞き捨てならないことを言うわね、キョン」
「すまん。聞き流してくれ」
 長門ならなんでもない作業だろうが、そのリストとシールが用意できてるのが、実はすごいことだった。本来は、通し番号(受入図書番号というらしい)の発行も、図書分類コードのシール打ち出しも、図書貸出システムがやる仕事だった。つまりは先に、図書貸出システムには図書一冊一冊のデータが入力されていなくてはならないのだ。
 要するに長門はシステムに代わって、この仕事をやり遂げていた。しかも、段ボール箱に入ったままで図書のタイトルその他を読み取り、分類コード(日本図書分類コード)を割り当て、箱を順番に開けていけば、受入番号順に本が取りだせるようにしてくれていたのだ。なるほど、世の中はこういう目に見えない多くの仕事によって支えられているのだろう。ここまでのは、多分ないと思うが。
「キョン、はやく次の本をよこしなさい!」
 しかし目に見えない仕事は、多くは気に止められないのだった。この場合、気付いてもらっても困るのだが。
「ハルヒ、速いのはいいが、ちゃんとコード順に並べてるのか? その方が時間がかかりそうだが」
「何言ってるの? ちゃんとリストを見なさい。受入番号順に渡してくれれば、こっちの分類コードも、順番に貼れるように並んでるわ。だから入れ替え不要よ! 気付かなかったの?」
 いやはや、すごいな、長門の見えない仕事は。ということは、箱の中身をコード順に詰め替えるところまでやってあった訳だ。
 ほんとなら、重い書籍をかついで右往左往するはずの仕事が、ハルヒとふたり並んで座って、地味にペタペタとシールを貼ればいい、いわば「猿仕事」になってしまった。俺の方はみるみるうちに箱が減っていき、ハルヒの方は、その段ボール箱を解体して広げた上に本を並べていく。最初は長机に並べていたが、耐荷重を超えそうになったところで、すかさず長門から声がかかった。
「机が危ない」
「あ、ほんとだ。ぎりぎり言ってるわね」
「おい、ハルヒ。俺の方は随分箱が空いてきたから、それを壊して下に敷けば、床に並べてもかまわんだろ」
「キョンにしては名案ね。有希、それでいい?」
「(こくん)」
「じゃあ、キョン、箱をあたしに向けて放りなさい」
「は? こうか?」
「うりゃ、たあ!」
「手刀で切るな! ハサミを使え」
「何よ、あたしのすごいとこ、見せてやろうと思ったのに」
「普段、十分見てるから、いらん」
「へえ、どこよ?」
「えーと、そ、それは、だな……」
「どこ?」
「それは……」
 長門、助けてくれ。……って視線を外して、スルーかよ。
「どこぉ?」
 くそ、奥の手しかないか。おれは顔を近づけて、ハルヒの耳に直接、《答え》を告げた。
「こ、ここでは言えん」
「はあ?」
 一瞬ハルヒの動きが止まり、口がかたまり、顔がどんどん赤くなって行く。
 ずるいのは分かってるぞ、おれだってな。
「さあ、仕事だ、仕事。暗くなる前に終わらせるぞ」
「わ、わかってるわよ! ……覚えてなさい」
 背中にぞくっと走るものがあるが、今はこの瞬間を切り抜けたことを寿(ことほ)ごう。

 「おわった」
と長門が図書貸出システムから顔を上げたのは、おれとハルヒが最後の一冊にシールを貼り終えたのと、ほぼ同時だった。
「ふー、終わったわ!」
「ああ、なんとかな」
「ご苦労様」
と長門から声がかかる。本当にご苦労なのは、お前さんだろうに。
「二人の助力に感謝する。もし時間の都合がつけば、私の部屋で夕食を食べて行って欲しい」
「ええっ、いいの!?」
「長門がそう言ってることだし、ご馳走になるか」
「自信作。ルーは3日前から煮込んでいる」
 ということはカレーか。というか、ハルヒ(と引きずられたおれが)が押し掛けて、手伝いに来るだろうってことも想定済み?
「下校時刻まで、あまり時間がない。先に行って校門で待ってて。私は鍵を返しに行く」
「わかったわ」
「おう、先に行ってるぞ」
 おれは、ハルヒと二人で階段を下りた。
 何故、長門が俺たちを先に行かせたか、おれにはなんとなくだが見当が付いていた。図書委員への《あとの二日》は、伝達と引継ぎに要する時間だと、長門は言っていった。ということは、とんでもない話だが、図書委員は、本を棚に詰めるという作業すら長門まかせなのだ。ということは……。
「思いついたわ!」
 ハ、ハルヒ。何をだ? 
 と尋ねる間さえ与えずに、我らが団長さんは180度ターン、今降りて来た階段を駆け上がり、廊下を走り、図書室のドアをおれが止めるのさえ聞かず、いきなり開けた。
 追い掛けたおれが、息を切らせながらハルヒの肩越しに見た光景は、長門が指揮者よろしく腕を振り、それは楽しげに、書物たちを浮かび上がらせ、それぞれあるべき場所へと誘導(?)している姿だった。
「不覚」
「ゆ、有希、あんた、ほんとは魔法使いだったの?」
 本を誘導するのに夢中になって、ハルヒの接近を察知するのが遅れたとでもいうのか、長門? が、次の瞬間、何か「らしくていいな」とのんきなことを思ってしまったおれの方に、ハルヒがぐらりと倒れて来た。慌てて後ろから抱き支える。気を失ってる?
「な、長門?」
 いつもと変わらない表情だが、何というか少し照れてないか、お前? 見られたくないところを見られたっていうか。
「涼宮ハルヒは今、意識を失っている。記憶を少しだけ改ざんしたい。許可を」
 本を納めるべき場所に納めた後、横を向いた長門はこう言った。
「ああ、いまのディズニー・ファンタジーな部分だな」
 ちょっと表現がまずかったか? 長門が返事をするまで、少し間があった。
「……そう。図書室の入口ドアが開かずに鼻を打ったことにしたい。後ろに倒れるところをあなたが支えた」
 とんだドジっ娘である。まあ、たまになら、そういうことがあってもいい、とおれは思うぞ。
「仕方ないな。……二度と言わないから、言ってもいいか?」
「何?」
「さっきのお前、なんていうか、そう、楽しそうだったぞ、すごく」
「……涼宮ハルヒも、そう思った……らしい」
「カレー、食いに言っていいのか? 正直、期待してるんだが」
「構わない。想定の範囲内」
「ハルヒの記憶を書き換えたら、おれのも頼む」
「何故?」
「なんというか、不公平と言うか。まあ、半分以上、こいつが悪いんだが」
「あなたの記憶を改ざんする必要はない。でも、あなたの希望なら優先する」
 ああ、これもうまく言えないが、さっきみたいな光景はきっと、独り占めしたっていいと思うんだ。長門にとっては小指を動かすくらい簡単な仕事でも、今回の仕事は、それくらいには重労働だったんだからな。


 さて、いと気高き団長様はおれの背中でぶーたれては暴れてる。おれの前には、すっかり暮れた夜の道を、長門がすたすた歩いていく。
「絶対見たのよ! 間違いないわ。有希がね、こう魔法みたいに、本一冊一冊に命を吹き込んで……って、あんたも見たでしょ!?」
「ああ、見た見た。ふたりで転んで、夢でも見たんだろう」
「な、なんであんたと同じ夢を見なきゃならないのよ!」
「おれ以上に元気が余ってるおまえを、なんで背負ってるのか、そっちを知りたいね」
「べ、別に頼んだ訳じゃないわよ! 鼻とおでこ、ぶつけただけだし、ちゃんと歩けるわよ!」
「鼻とでこ、ぶつけただけで気を失ったんだろ? どんな勢いで走っていったんだ? あんまり心配かけるな」
「ふーん、心配したんだ?」
「するだろ、普通」 するよな? 別に特別な意味抜きで。
「そういや、さっきの質問にも答えてなかったわね、あんた?」
「何をだ?」
「あたしのすごいとこ、『普段、十分見てる』って、何を見てる訳?」
「あー」
「何?」
「忘れた」
「忘れたで済むと思ってんの!?」
「痛い。耳を引っ張るな! あばれるな! 見ろ、長門を見失ったぞ」
「有希のマンションの場所ぐらい、目をつぶっても着けるわよ」
「歩いてるのはおれだ」
「乗ってるのはあたしよ」
「振り落としてやる」
「上等よ! やれるものならやってみなさい!」
「クソ、痛い。苦しい。息ができん!」
「バカキョン、早く進みなさい。有希を見失ったでしょ!」
 見失ったりするものか。おれたちはともかく、長門は振り返らなくても、おれたちを決して見失わない。おれたちを、香しいカレーの匂いが立ちこめる明るい部屋へと誘うべく、次か、次の次の角で、おれたちをきっと待っている。





























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