ハルヒと親父 @ wiki

ハルヒ先輩8

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haruhioyaji

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 こんな晴れ上がった日に、何だってんだ!? 

 《ハルヒちゃん、事故、○○総合病院》

 3時限目の真っ最中、窓からさし込む日航の明るさと暖かさに、目覚めてはまどろみ、夢と現実の間を行ったり来たりしていた俺に、携帯が震えてメールがあったことを伝えた。家からだった。
 電報みたいな文面を読み終える前に、おれはカバンを引っ掴み廊下に飛び出していた。


 「ハルヒ!!」
 病院の受付に、つかみかかるような勢いで尋ねて、教えてもらった病室に飛びこんだ。
「はいはい、手も足も首もついてるわ。お願いだから、泣かないで」
 いつもの顔、やれやれといった声。……気付かなかった。手の甲で目をこすると、確かに濡れていた。
「ハルヒ、無事?」
「無事じゃないわね。足は捻挫ですんだけど、利き腕が折れたみたい。ほら、できたてのギブス。ああ、なんでこうなったかは、あとでじっくり話してあげる。それより、ニヤニヤ笑いしてる、そこのおっさんをどけてちょうだい。うっとうしいたらないわ」
「よお、キョン。こっちのシリーズでは、お初だな。ハルヒの親父だ」
 大きな手をさし出されて、そのまま握手する。なんか、有無を言わせない人だ。ハルヒに似てると言えば似てる。
「たまにメタなこと言うけど、いいから流して。ほら、会えたでしょ。用が済んだら、さっさと帰りなさい!」
「わかってる。じゃあ、キョン、またな。今度、飯でも食いに来い」
 よくわからんが、チャシャ猫みたいなニヤニヤ笑いを残して、ハルヒの親父さんは出ていった。俺からすれば、ほとんど無敵に見えるハルヒも、親には弱いのか。
「何よ?その《びっくりした。ちょっとかわいいところもあるな》的な、なんとも言えない表情は?」
「ああ。なんか、ちょっと分かった。休みの日には、家まで迎えに行くの、嫌がる理由とか」
「んとに、普段にぶいくせに、こういうとこだけ無駄に鋭いわね。……その通りよ。でも、あんたを、ご招待しないといけなさそうね」
 そう言われて振りかえると、いつのまにか、恐ろしくきれいな女の人が後ろに立っていた。似てる、この母娘。ハルヒみたいな鋭さはないが、あるいは上手にしまってあるんだろうか。
「あ、はじめまして。俺……」
「ハルに聞いてるわ。キョン君ね。いつもハルがお世話になってます」
「いえ、あの、こっちの方こそ」
「2つもお姉さんなのに、我がままばかり言ってない? 悪気があるわけじゃないんだけど、甘えてるのね。あんまりひどいときは断っていいのよ」
「母さんも、始めて会う相手に、何気に深い話、してるの!?」
「あら、だって私は初めて会うけど、何気に深い仲でしょ?」
 ハルヒは何か言おうとしたが、ぱくぱく口を動かすだけで、声にならない。このお母さんもすごい人だな。
「病院の手続きは済んだわ。車と闘ったわりには、奇跡的な軽症ですって。頭も少しぶつけたみたいだから、CTとMRIをやりたいっておっしゃてるわ。今夜はお泊りね。検査の結果、異常無しなら、明日には退院できるそうよ」
「そう」
 ハルヒが横向いてぶーたれてる。
「じゃあ、あとは若い人たちでごゆっくり」
「どこのお見合いよ!」
「ふふ。キョン君、ハルが退院したら、その足でうちに来てね。ごちそうするから」
「あ、はい」
 この人のやわらかい笑みも有無を言わせない。うーん、やっぱり、ハルヒのお母さんなのか。

 ハルヒのお母さんも帰って、俺はハルヒのベッドの横にある丸い椅子に腰かけた。
 ハルヒがクイクイとあごを引いてる。俺にこっちに来い、と言ってるのだ。やれやれ。
「別にあごで使おうってつもりじゃないからね」
「わかってる」
《今日の分》がまだだったもんな。
「そう、これこれ。このチューがないと、一日が始まった気がしないわ」
 チューとか言うな。聞いてる方が恥ずかしい。
「なに赤面してんの? 毎朝夕にしてるでしょ」
「ああ。朝四暮三だな」
「あたしたち、故事成語に出てくる猿?」
「あ、そうかな?」
「キョン、そこは言下に否定しなさい……って、なにまたポロポロ泣いてるの?」
「え?」
 手の甲でぬぐう。本当だ。まただ。
「今日のキョン、ちょっと変よ。あんたこそ、頭打ったんじゃないの?」
「いや、なんか、いつものハルヒだと思ったら……」
「あたしはずーっと涼宮ハルヒよ。すごい事故だと思ったんでしょ?」
「なんていうか、『普通の事故』ぐらいなら、ハルヒ、なんとかしそうだし、なんとかなりそうだから」
「あたしも、赤ちゃんとお母さんの二人を抱えてなきゃ、手を折るなんて醜態は見せなかったんだけどね。ま、悪いのはすべて、あの暴走車だけど」
「轢かれそうになってる人、助けたのか?」
「大雑把に言えばそうね。お母さんだけ助けたら、赤ちゃん亡くしてお母さんは生きていたくなくなるだろうし、赤ちゃんだけ助けても誰が育てるのって話になるから。とっさにそこまで考えたら、両方を抱えて、車の鼻先ぎりぎりを横っ飛びしてたわ。重さの違うものを左右に抱えてたからバランスが悪くてね。ぶざまなことになっちゃった」
「いや、十分すごいぞ、ハルヒ」
「なっ! あんた、なに頭、撫でてんのよ!」
「誉めてるんだ」
「小さい子を誉めるやり方でしょうが!」
「照れてるのか?」
「違う!……そうよ、恥ずかしいの! あんた、ひょっとして面白がってない?」
「ない。これくらいは我慢してくれ。……すごく、心配したんだ。赤ちゃんとお母さんが、どちらか一方をなくしたら生きていけないのと同じくらい……」
「キョン……。あんた、まさか学校から走ってきたの?」
「さすがに途中で気付いて、タクシー使ったけど」
「あんたらしいというか、なんというか……。いっつもあたしより冷静なあんたに、そんな思いさせて悪かったわ」
「悪いのは全部、その暴走車だ。ハルヒは悪くない」

 がちゃがちゃといった音が、廊下の方から、しだした。
「お昼ごはんの時間みたいね。あんた、どうすんの?」
「あとで何か食べる」
「あとでなくても、今食べに行ったら? 売店も喫茶室も下にあるって言ってたわ」
「ハルヒ、利き手、使えないんだろ。食べさせてやる。それ終わったら食べに行くよ」
「はあ。……あのね、利き手じゃなくても食べられるように、スプーンか何かついてるわよ。付き添いの居るような怪我じゃないの」
「涼宮さん、お昼、大丈夫?食べられる?」
 看護婦さんが声をかけてきた。
「ありがとうございます。食べさせます」
 トレイを受け取って、ハルヒのベッドに戻った。箸でおかずをとって、ハルヒの口が開くまで待機する。
「ハルヒ、口、あけろよ」
「あ、あんた、なんて恥ずいことを。どこのバカップルよ?」
「誰かの膝の上に乗って食べるのに比べたら、遥かに普通だ」
「……あんた、素で言ってんのね?」
「もちろん」
「……だったら勝ち目ないわね。わかったわよ!さっさと食べさせなさい!」
「ハルヒ、あーん」
「せめて、あーん、とか言うな!」

「はぁはぁ。……た、食べ終わったわよ! あんたもなんか食べてきなさい!」
「そうする。……いや、そういや弁当がある。いつもどおり二人分」
「あ、そうか。ごめん、当然作ってきてくれてたよね」
「どっかで食べくる。それと、とりあえず、家に電話してくる」
「そういや、あんた、なんで事故のこと知ったの?」
「家からケータイにメールがあって」
「ってことは、母さんが連絡いれたのね、まったく。……授業中だったんじゃないの?」
「ああ」
「ああ、じゃない!無事なのはわかったでしょ。高校生は学校に戻りなさい」
「午後は5,6時限、体育だ。今日は十分走ったから、もういい」
「あんたは良くても、出席日数ってもんがあるでしょ!」
「なんか言うこと、いつもと反対だな。いよいよヤバくなったら、なんとかしてくれ」
「あのね」
「大丈夫なのは、わかった。でも、一緒にいたいんだ」
「……ったく、地頭と素のあんたには勝てないわ。そこまでいうなら、しっかり付き添いなさい! いい?」
「そのつもりだ」
「明日、検査をして……、ま、するまでもないと思うけどね、それで退院らしいけど、それまで付き添うのよ! いいわね!?」
「そのつもりだけど」
「あの、分かってる? こ・ん・や・も、ここに居ろって、言ってるんだけど」
「ナースセンターに断ってきた方がいいか? ここ女性の部屋だし」
「ええと、どうだろう? ……って、あんた本気?」
「骨折ってるなら、その方がいい」
「なんでよ?」
「昔、骨折った時、その日の夜に、誰かに居て欲しかったことがあるんだ。小さかったんで、なんでだったか忘れたけど」
「……そう」
「だから、今夜は付いてようと思ってた」

 それから、ハルヒは「寝る」といって目を閉じた。
 患部が、折れた右手首と捻挫した左足首が、なるべく腫れないように、心臓より高くするために、吊り下げていたから、ほんとは眠っていなかっただろうと思う。寝相は悪いが、そのくせ(それとも、そのせいか)、体が自由になってないと眠りにつけない質なのだ。
 それでも病人が「寝る」といえば、目を合わさないでいる理由、黙っている理由になる。
 病室は、さすがに程よく空調がきいていて、おれの方は本気で眠りこんだ。張りつめていたものが、元にもどったせいかもしれない。

 「起床!」
 ハルヒの声に、ゆっくりと身を起こす。
「付き添いの身で、あたしの上につっ伏して眠るとは、いい度胸ね」
「ああ、ごめん。……夕食の時間か?」
「そうみたいね」
「おまえのトレイを取ってくる」
「任せるわ。無駄な抵抗はしないことにしたの」
「賢明だな」
「今のあんたが言うセリフじゃないわね」
「そうだな」
 二人してくすくす笑い、ハルヒの「まぬけ面」の一言をタイミングに立ちあがり、ハルヒの夕食を取りに行った。
 昼食と同じようにして、おれは食べさせ、ハルヒは食べた。「あーん」その他は、ハルヒの希望により省略した。
 ハルヒは食べ終えると、
「あんたはどうすんの?」
と聞いてきた。
「ああ。弁当が二人分あったろ。昼間は、もちの悪いものだけ食べた。だから、夕食分は残ってる」
「なんて奴。……あんたなら、立派に嫁のもらい手が有るわ。……でも、時間経ってるんだからね、へんな味がしたら吐きだすのよ」
「ハルヒこそ、お母さんみたいだな」
「……あんた、やっぱり、『お父さん』の方がいいの?」
「相手がハルヒならどっちでもいい」
「退場。目を覚ましてきて」

 弁当を食べて、病室に戻る途中、ナースステーションに寄って、夜の付き添いの件を話に行った。
「あ、はい。お母さんから聞いてますよ」
「へ?」
「夜も《弟さん》が付き添いますって」
 ハルヒのお母さん? 何という的確な読み、何という捌けっぷリ、それに何という策略。多分、俺が夜も残るためにナースステーションに頼みに来ることを見通して、許可と同時に「自重」するようにと「歯止め」まで仕掛けていったのだ。すごいな。
 後から考えると黙っていた方がよかったのだが、その時は、ハルヒのお母さんの鮮やかさぶりに驚きつつ感動すら覚えてたので、今したばかりのナースステーションでの会話を、ハルヒにそのまま伝えてしまった。
「な、あ、え、……ったくもう!」
 信号機のようにくるくる変わるハルヒの顔を見ていると、妙に幸せな気分になったが、それに気付いたハルヒのギト目に封殺された。
「あんた、このことは他言無用よ」
「誰にも言わないが、何故?」
「とくに親父あたりの大好物な話だから」
 絶対からかわれる、とかなんとか、ぶつぶつ言うハルヒ。
「ハルヒ、苦手なのか? 親父さん」
「ち・が・う! 嫌いなの! そこ、間違えないように」 

 病院の夜は早い。午後10時には消灯となる。
 消灯の後、ハルヒの左手を握りながら、おれはまたうとうとしていたらしい。
 ハルヒの握る手の力が増し、俺は目を覚ました。
 目の前には、歯をくいしばり、額に汗を浮かべてるハルヒがいた。普段のこいつなら、絶対にこんな顔は見せない。
「! 痛むのか、ハルヒ?」
「けっこうね。骨折の痛みは、時間差で来たりするのよ。再生する前に破損したところを取り除かないといけないから、免疫細胞がそういうのを破壊してるの。免疫細胞が集まってきて活動しだすと、血流も増えるしね。炎症するってのはそういうこと。創造のための破壊ね」
「ナースコール! 鎮痛剤ぐらい出るだろ」
「待って。どうせアセトアミノフェンくらいしか飲めないわ。炎症を抑えるのは、治るのを邪魔するみたいなもんだし、ヘタすると内出血が余計ひどくなるの」
「でも……」
「ナースコールはいいから……ダッコして」
「ハルヒ……」
「あんたのは、ヘタな麻酔銃くらいの威力があるわ、ほんとに」
「わかった。……これでいいか?」
「うん。……ほら、落ち着いたでしょ。不安や気分が沈んでると、余計に痛く感じるの。だから夜一人になりたくなくて。無理言ってごめん。痛くて泣きごと言ってるところなんて、ほんとは見せたくないんだけど」
「ハルヒのお母さんはああ言ってたけど、こんなときぐらい甘えろよ」
「……甘えてるわよ……いつも」
「だったら、なおさらだ」


 病院の夜は早く、したがって朝も早い。午前6時には検温があり、7時には朝食だ。
 そして、どちらかと言えば、俺は朝が強い方ではない。
 「……やれやれ。さすが母さんというべきか、恐るべきハルキョンと言うべきか? おーい、尋ねてるんだから、どっちでもいいから答えろよ」
 つい最近、聞き覚えたばかりの声で目が覚めた。よくこのタイミングで起きたと思う。
 その声に反応したのは、できたのは、もちろんハルヒの方だった。
「オ、オヤジ!? 何入ってきてんのよ。ここは女性用の病室だって言ったでしょ!寝こみを襲うなんて何事よ!」
「ついでにいうと、ここは6人部屋だ。仲が良いのはよく分かったが、周りの人の安眠も考えて、もう少し自重しろ。それと、もうすぐ検温の時間だ。看護婦さんに生あったかい目で見られるのが嫌なら、その《抱き枕》、隠しとけ。……と、以上が、母さんから夕べ預かったメッセージだ。母さんならもっとスマートにやるんだろうが、おまえも知っての通り、母さんは朝が弱い。だから代理で来た」
「みなさーん、検温ですよ」
「ほら、来たぞ。まったく俺の方こそ熱を計ってもらいたいくらいだ」
 そして《抱き枕》こと、おれは、ハルヒの左手によってむしりとられ、親父さんに引き渡された。そのときのハルヒのセリフはこうだ。
「どっかに隠しといて」
「男親に頼むか、ふつう?」
「言っとくけど、傷ひとつでもつけたら、承知しないからね! あと、検温が終わったら、速やかに返却! 朝ご飯食べなきゃならないんだから……」
「……だとよ。行こうか、キョン。ちゃんと捕虜の扱いに関するウィーン条約にのっとった扱いをしてやるから、心配するな」








































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