ハルヒと親父 @ wiki

涼宮ハルヒの正夢

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haruhioyaji

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 「い、息ができないじゃないの、このエロキョン!!」
 狭い教室に(物理的な意味で)大反響を引き起すゴージャスかつラウドネスな寝言だった。少なくとも、うとうとしかけてた俺が一気に過覚醒しちまうぐらいには、な。
「……で、できなくても、いいけどぉ。むにゃむにゃ」
 はた迷惑な誰かさんの夢の内容については、あえて触れず、想像するのも止めておく。だから推測も無用だ。背景色でのリクエストも受け付けない。5組の連中にならって、肩をすくめてやり過ごしてくれ。以上だ。
 が、次の寝言&寝アクション(俺を後ろに引き倒す)は、事なかれ主義者として事態をスルーしようとしてた俺の中の、なんというか名付け難いメーターの針を振り切れさせた。
「早く起きなさい、って言ってんのよ、あたしは!!」
「うお!痛ーっ。……ハ、ハルヒ!! 起きるのは、お・ま・え・だ!!」
「んが?」
「……目が、覚めた、か?」
「……って、キョン? ……あんた、天井向いて座って、なにしてんの?」
 やれやれ。ほんと、なにしてるんだろうね。
「おまえが……寝ぼけて引き倒したんだ」
「はっ! そんなことしても見えないし、見せないんだからね!!」
「はあ。何をだ? い、いや、答えんでいい。どんな夢を見ようと……」
「そ、そんなこと言える訳ないでしょ!!」
 そーゆー夢を見てたのか、おまえは?
「……見ようと、おまえの勝手だ。だが一人で見ろ。大声だして、クラスをおまえの
ドリーム空間に引きずり込むな。俺の言いたいことは以上だ。普通に、黒板向いて座っていいか?」
「……か、勝手にすれば」
「そうさせてもらう」
 俺は一度立って、椅子の角度を90度直し、「あ、気にせず授業を」と言い添えてから席に着いた。
 しかし静寂は、ものの数分と続かなかった。後ろの席の騒動系女子は、今度は……
「ご、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい……」
もう夢の中かよ。しかも、泣いて謝ってるし。
 さすがに放っておく訳にもいかず、おれは体を捻って後ろを向き、ハルヒの肩を揺すって起こそうとした。
「ハルヒ、ハルヒ」
「! キョン!!」
 がばっと跳ね起きたハルヒは、そのまま俺の体をかっさらうかのように、タックルにしては姿勢の高いぶちかましをくれた。すまん、前の席の人。こんな立ち会いは初体験だ。
 机ごと押しつぶしかけたことを許してくれ。
「行かないよね、どこにも行かないよね!!」
 今はハルヒをこっちの世界に連れ戻さんとな。
「ああ、行かん。どこへも行かないから、ちょっとは落ち着け。ここはどこだ? 今、何してるか、わかるか?」
「キ、キョン? あ、あんた、なんでこんなとこ……って、あ……」
と言って我に帰ったのか、真っ赤になってうつむくハルヒ。やれやれ。
 俺は、授業なんてほっぽり出してもう帰りたいと泣き顔になっていた教師に、「具合が悪いので」(なんて便利な言葉なんだ)、保健室に行きたいと訴えて許可をとり、ハルヒと二人、教室を出た。

 「いつまで、そうしてんのよ」
 すっかり目が覚めたはずのハルヒは、まだ顔を伏せたまま、そう言い放った。なにが「そうして」るんだ?
「手よ、手!」
 おれはハルヒの肩においたままになっている手を、急いで空中に放り出す。ホールド・アップと言われた悪党のように、だ。
「まぬけ面」
 ああ、間抜けだとも。
「まさか、助けてやった、とか思ってないでしょうね」
 思ってないね。それどころか、「やさしい」俺は、おまえに一発殴られてやるくらいの覚悟があるぞ。
「ハルヒ、おまえ、もてあまし……んが!!」
 悪かった。動機はともかく、選んだ言葉は間違ってた。それは認めよう。しかし、……股間はよせ。
「た、たまってなんかないわよ!!」
 いや、言ってないし。というか言葉なんて吐ける状態じゃないし。
「あ、あんたの夢なんて見てないんだからね!!」
 ああ、クラス中誰一人信じなくても、俺が信じてやる。
「追いかけて来たら承知しないから!!」
と、ハルヒは捨て台詞を吐いて、廊下を走り去った。
 いや、それ、むり。今の俺は、立つことさえままならん。

 そのうえ、ハルヒが立ち去るのを見計らったかのようなタイミングで、それぞれ教室から出てきた教師二人に,「保健室だ? その前に職員室だ」と俺の要求が却下されるや、NASAに捕まった宇宙人のごとく拉致られ連れ去られた。
 小一時間、拝聴した説教は方向性の定まらぬものだった。最終的な落としどころは俺の授業態度と成績の相関関係といったもので、廊下で大声で繰り広げた穏当ならぬ怒鳴り合い(怒鳴ってたのはハルヒだけだだが)については、一言もなかった。最後に登場した我が担任、岡部に至ってはこうだ。
「涼宮も難しい年頃だ。察してやれ」
 ちょっと待ってくれ、マイ・ティーチャー。あいつと俺は、同い歳だ。というか、同年輩ばかりの青少年を、グロス単位で同じ校舎に放り込んで教育するのが学校だ。そいつは大いなる職務放棄じゃないか。
 ……といった義憤がアナーキーの域に高まる前に、バンッと職員室のドアがはじけ飛ばんばかりに蹴り開かれた。
「キョンを返しなさい」
 いや、おれ、おまえの所有物じゃないぞ。しかし誰が何を言えようか、逆らえようか? 背後に不動明王と摩利支天のスタントを背負った憤怒少女に。
 俺は濡れ鼠のようにハルヒに引き渡され、ネクタイを引っ張られて、ずるずると部室棟へと引きずられていった。

 「今日のことは他言無用だから」
 団長席にどかっと座り込むなり、ハルヒは言った。
 ああ、学校中の人間にとって周知の事実だろうと、俺は何も言わん。それどころか今日のことはすべて忘れる準備があるぞ。だがな……
「ハルヒ、おまえ、おれに何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
「ない!!」
 一歩踏み込んだら、これだ。ひと太刀でケサランパサラン(?)だ。
「言い直す。俺に何か言うべき言葉はないのか?」
「あ、あやまってでも欲しい訳?」
 ちょっとは悪いと感じてるのか、このバカは。
「見損なうな」
 おまえが俺にしたことは、したいことは、そういうことじゃないだろ。
 ああ、おれは少しイライラしていた。いや、量については違うな。とても憤っていた、と認める。目の前に居るこいつと、俺自身とに。
「手を出せ」
「は?」
「どっちでもいい。きれいに洗ってある方がいいが」
「どっちも洗ってあるわよ!」
 放り投げるように、突き出された両手。
 次の瞬間、危険を察知して、逃げ去るように引っ込められんとするハルヒの右手を、一瞬早く俺の右手が捕らえていた。
「んん! な、なにすんのよ、このエロキョン!!」
 大音声に続く、アンダー・イヤー(耳の下、性感帯でもあるがボクシングでは急所。一時的な貧血状態になる。鼓膜もまれに破れる)への一撃に、俺は床に崩れ落ちていた。だが、そのまえに漏れた声は、こいつの手の甲に押し付けたおれの唇への、反応だ。
「レディに礼をつくしたまでだ。き、今日はこれくらいで勘弁してやる」
 き、決まらないな。まるで負け怪人の逃げ口上じゃないか。床につっぷしたまま言った台詞じゃ仕方がないか。
「な、何言ってんの?」
「おれだってな、難しい年頃なんだ」
「……」
「誰にだってな、我慢できることと、我慢できないことがあるだろ」
「……あんたって、いっつもそう!!」
 ハルヒの両手が、さっきより強く、今度は机を叩く。
「自分だけで考えて!行動して!自分ばっかり大変そうで!」
 もっと激しく、机を叩き潰さんばかりに。
「あたしが、どう思ってるか、ちっとも分かろうとしない!!」
「ハルヒ……」
「もっと油断しなさい!もっと甘えなさい!もっと弱み見せなさい! あんた、何様? あたしの保護者とでも思ってんの!?」
 この、バカハルヒめ。その言葉、そのまま叩き返してやる。
「……その答え、今知りたいか?」
「……ダメ! 喋るな、動くな! じっとしてなさい」
 ハルヒの右手が、今度は俺のネクタイをつかんでホールドする。
「今度は……あたしから……するからね……」

 ● ● ●

 「痛っ! アホキョン! 舌かむな!」
「つーか、入れるな! おれはそこまでしとらんだろ!」
「……常に当社比150%アップよ」
「俺は、おまえの当社じゃない!」
「じゃあ何んだってんの?」
「は?」
「じゃあ何よ? 耳かっ穿じって聞いてあげるから、言ってみなさい」
 この野郎……。
「いいんだな。……いいとも、言ってやる」
「!……ひゃぅ!……エ、エロキョン! 耳かむな!!」
「お返しだ」
「お返しになってないでしょ! 一方的でしょ!」
 なんとでも言いやがれ。
「ヘンタイ! キモキョン!」
「スキダ」
 次の瞬間、世界が反転した。間違いない、腕の関節を取り、足払いをくらわし、俺を床に叩き付け、胸の上に乗っかって首を絞めているこいつがやったんだ。
「痛え!!」
「今、なんて?」
 ハルヒ、痛い。それに顔が近いって。
「いま、なんて言ったの?」
 瞳に吸い込まれそうだ。が、顔を背けようにも、耳の上の髪を両方ともがっちりガードされている。応答によっては、こいつの両手は標的を変え、俺の首にかかるかもしれない。
「ハルヒ、できれば、押し倒す前に、聞いて欲しかったぞ」
「うっさい!」
 真っ赤になった顔を見れば、こいつの耳に俺の声が、心に俺の気持ちが届いているのは確実だと思うんだが。
「ちゃんと聞けよ。に、二度と言わないからな……」
 ただでさえ近すぎて大きく見える眼が、なおさら大きくなる。水の粒が、俺の額を、頬を濡らす。
「ダメよ、そんなの!」
ハルヒは遠心力で涙をふっとばし、泣いてなんかないからね、といった顔で叫ぶ。
「毎日聞く! だから、毎日言いなさい!!」
「……わかった。言う。何度でも言ってやる。そしたら、泣き止んでくれるのか?」
「な、泣いてなんか!」
 左手で、なおも溢れる涙を拭う。
「泣くのなんか、あんたの前、だけなんだからね……」

 近づいてくるハルヒの顔が、視界一杯に広がって、他には何も見えなくなった。

















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