ハルヒと親父 @ wiki

涼宮ハルヒのリフォーム その3

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haruhioyaji

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 「すごい鍵束だな」
と親父さんは俺が持っているものを見て言った。
「マスター・キーってものがないんだそうです」
「扉ひとつに、ひとつずつか。よく、玄関の鍵がそれだとわかるな」
「ええ、これひとつだけ飾りが付いていて。残りの扉は、面倒なんで、昨日来た時に鍵は開けておきました」
「ふーん」

 洋館内部の実測と点検は、てきぱきと進められた。
 部屋の内側の形と面積を知るのが主な目的だったが、親父さんが指示を出し、巻き尺の端を持って俺を走らせる。軽口も冗談も休まないが、親父さんは判断が速くて正確で、たとえ間違っても「ああ、やっちまった」と認めるのも修正するのも躊躇がない。おかげで作業は驚くほど速く、それに気持ちよく進んだ。
 親父さんは、俺が走る間にも、壁を叩いたり、床を蹴ったりしつつ、建物本体の具合をチェックしているみたいだった。
「あの、メモらなくていいですか?」
「さっきも言ったが物覚えだけはいいんだ。トラウマと自分が言ったこと以外は忘れたことがない。なんなら円周率を気が遠くなるまで言おうか?」
「いえ、いいです」
「何か探してるのか、って? 『壁に埋められた死体』とか『地下道に続く抜け穴』がないかと思ってな。定番だろ?」 間違いない、この人は、あのハルヒの親だ。
「季節限定にして欲しいです」 あと場所も避暑地限定にして欲しい。
「ま、探してる間は見つからないのもお決まりだ」
忘れた頃にも発見されないで欲しい。

 「ああ、もうちょいで終わりそうだ」
 親父さんはケータイで家に電話を入れている。
「お化け? キョン、おまえ、なんか感じるか?」
「いや、おれはいたって霊感が弱いというか、にぶいらしくて」
「だそうだ。まあ、おれも嫌な感じはしないがな。問題は別のとこに、……って、やれやれ、切りやがった。キョン、おまえさんは今夜もう一度、来るはめになるみたいだ」
「ハルヒですか?」
「幽霊というものは、夜に出るんだそうだ。へんなとこ、頭の固いやつだ」
親父さんは大きなあくびを一つ。
「というわけだ。二人仲良くチャレンジしてくれ」

 おれたちは、不動産屋に立ち寄り、夜にもう一度来たい旨を伝えて、洋館の鍵はそのまま借りておくことになった。
 涼宮家にもどると、親父さんは早速パソコンに向かい、登記簿についていた輪郭図をスキャナで読み取り、ちょいちょいと図形を組み合わせて、あっという間に、平面図のようなものを作りあげた。それから、数字を入力して細かいところをいくつか修正した。矢印で寸法をいくつか入れた後、こちらを振り向き、
「あと、頼めるか?」
と俺に言ってきた。
「悪いが働きすぎた。親父も眠る牛みつ時だ」
 実際は昼飯時といった時間だったが、出かける前に36時間寝てないと言ってたしな。
「もうすぐ昼飯ができたとかなんとか言ってくるだろ。それまで寸法が入ってた方が分かりやすそうなとところにいれておいてくれ。あと適当に各部屋に名前を付けといたほうが話しやすいだろう。そういうのを頼む。俺は寝る」
と親父さんはどこかの病室で見たことが在るような寝袋をもちだしていきなり床に横になってしまった。

 「ごはんできたわよ」
マウスをいじっていると、気配を消して近づいてきたハルヒが背中をよじ上ってきた。
「こら、重い。線が曲がるだろうが!」
「CADで書いてるのに何で曲がるのよ。それにあたしは重くないわよ」
「体重の話じゃない。体勢の問題だ」 そして姿勢の問題だ。「当たって」んだよ。
「なかなかうまく描けてるじゃない」
ハルヒは構わず俺の背中に体重をかけ、乗りだすようにしてパソコンの画面を見る。
「……ほとんど親父さんがやったんだ。俺は細部を仕上げてるだけだ」
「ふーん。とりあえずセーブして中断してちょうだい。母さん、待ってるから」
「親父さんはどうすんだ?」
「寝たら絶対起きないわ。丸一日は眠りつづけるわね」

 ハルヒとダイニングに降りて、すでに定位置になり始めた席につく。ハルヒが左、おれが右。
「お父さん、寝ちゃった?」
「うん。当分起きないわよ」」
「お昼作りすぎたかしら? まあ、あなたたちがいるから大丈夫ね」
「ちょっと、母さん、どういう意味?」  どういう意味ですか?
「食べだしたら、自ずと分かると思うのだけど。簡単なものばかりでごめんね。さあ、召し上がれ」
ハルヒの母さんが言う「簡単なもの」メニューであるが、分かった範囲で言うと、
  • 紫芋をつぶしてつくったベジバーグ(ベジタリアン用ハンバーグ?)のポン酢がけ
  • 鶏もも肉とゴーヤとナスビの味噌炒め
  • 小アジの南蛮漬け
  • 3種類のきのこ入りサラダに、薄切りカボチャを揚げたものをトッピング+和風ドレッシング
  • きざみネギ入りだし巻き卵
  • ゴボウとレンコンのキンピラ
  • わかめとじゃがいもとそうめん節の味噌汁
  • ゴマをかけた玄米ご飯
  • 浅漬けの漬物3種類
  • ほうじ茶
  • デザートに豆腐プリンの黒蜜かけ
2,3品抜けてる気がするが、だいたいこんな感じのが4人分。眠っていて抜けた親父さんの分も、きれいに3人の胃袋に収まった。
 ハルヒも食べる方だが、ハルヒの母さんという人は、それに輪をかけて食べる。それでいて、娘とほとんど変わらない体型なのである(ハルヒにいわせると、母さんの方が痩せているそうだ)。
「エネルギー効率が悪い体ね。頑張って食べないと、痩せていくし、そのうち起きあがれなくなるの」
 ハルヒがそれに対して何か言いかけたが、別の声のせいで中断された。
「母さん、腹減った。お、みんな、食べた後か?」
「呼びにいったのに起きないあんたが悪いんでしょ」とハルヒはにべもない。
 と、そこにフットボール大のグリーンの物体が俺の視界を横切った。
 キャベツだ。
 親父さんは一瞥すらせず、後ろ手にそれをキャッチする。
「母さん、何枚だ?」
「そうね、4、5枚もあれば十分かしら」
親父さんはキャベツの葉っぱをちぎりながら、キッチンの方へゆっくり歩いていく。
「ハルヒ! キョン君!」
 思わず身構える。飛んできたのは缶詰、ツナ缶だ。缶切りの要らない奴。
 俺は顔ギリギリにキャッチ。ハルヒは太ももでトラップした上にリフティングと無駄な足技を披露する。だから、スカートでそういうことは、やめろって。
 ハルヒは諦めて、ツナ缶を手に取り、プルを引いて開け、中身をハルヒの母さんが抱えたボールに移す。無論、俺もそれにならう。
 親父さんはその間にも、軽快な音をさせて、キャベツを刻んでいる。すぐにコールスロー・サラダができそうな、見事なみじん切りだ。それも、ハルヒ母のボールへ。
 ハルヒの母さんは、何か呪文のようなものを唱えながら、冷蔵庫から自家製マヨネーズを取り出し、呪文に導かれるように、キッチンの吐き出し窓から庭へ出たハルヒが、ハーブと思われる葉っぱを数枚ちぎって戻ってくる。親父さんは平べったい円形のパンを水平に切り、待機している。
 魔法のボールの中でかき混ぜられたそれらは、親父さんが切ったパンの切り口にたっぷりと盛りつけられ、親父さんは切り分かれたパンを再び一体にし、それを上からみて十文字に切る。
 以上、ツナキャベツ・サンドのできあがり、である。
 親父さんは早速テーブルに着き、できたてサンドイッチに噛みつき、ほおばっている。
「うまい」
 ハルヒの母さんは、親父さんの向かいに座り、ニコニコと親父さんが食べるのを楽しげに眺めてる。

 「こっち」
 ハルヒが袖をひっぱり、おれたちは庭に出た。
「ああなると、単なるバカップルだから」
 なるほど、気をきかせたわけか。よくできた娘だな。その気遣いの千分の一でいい、俺にも向けてくれ。
「アホ。あんたほど手もかかれば気もつかうバカは居ないわよ」
と、そっぽを向いて、ずいっと何かを突き出してくる。さっきのパンだ。四分の一。
「労働の対価は貰わないとね」
「ツナ缶開けたのと、プラスおまえはハーブを収穫しただけだろ」
「何よ、食べないの?」
「もちろん食べる」あんなに簡単にできて、何故だかうまそうだからだ。「だが一つしかないぞ」
「食いしん坊。分かち合いって気持ちがないのかしら」
とハルヒは一口かじった、オヤジサンド(命名おれ)を突き出す。
「却下」 命名が気に入らないらしい。駄洒落っぽいしオヤジっぽいしな。
「うまい」 手をかけた料理だけでなく、クイック・クッキングまでこなすのか、あの夫婦。
「驚きすぎよ。アメリカのデリカテッセンで、普通に売ってるわよ」
「アメリカ人が作ったちゃ上出来だ」
「素材はおいしいのよ、あそこは。余計なことしなきゃね」
「なるほど」
「あんた、連続で二口食べた」
「あ、すまん。つい」
「口の中のを、よこしなさい」
「おまえは鳥の雛か」
「あ、拒否した。飲み込んだ」
「あー、わかったから、口あけろ」
「あーん」


「母さん、あいつら庭で何やってんだろう?」
「うーん。餌付けかしら?」
「毛づくろいを始めたら教えてくれ。止めに入る」



その4へつづく

















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