ハルヒと親父 @ wiki

涼宮ハルヒのリフォーム その1

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haruhioyaji

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 「あたしたち、幽霊屋敷に住むわ。SOS団のみんなも一緒よ!」

 いやハルヒ、『前回までのあらすじ』を強引に一言で言ってしまえば、確かにそういう風にもまとめられるかもしれないが、それだと誰も安心も納得もできないぞ。
 俺は、例の不動産屋の店主との出会いのいきさつから、ついさっき訪れた古い洋館のだいたいの部屋数まで、差し障りのなさそうな部分をかいつまんで話したが、それでも主賓クラスのスピーチの長さになってしまった。ハルヒの親父さんが「ジー・ジェイ」とかなんとか言ってた気がするが。
 頃は合格発表の晩、ところは涼宮オヤジの縁が深い、俺とハルヒも再開店1周年の際に訪れたことのある洋館風のレストラン、主催俺の家アンド涼宮家、協賛SOS団と愉快な仲間たちでもって開催された「ハルキョン超合格宿がパーティ」(誰だタイトル考えた奴?)は、ハルヒと俺にとって予想もしてない文字通りのサプライズ・パーティであった。

 「店貸し切って、もし不合格だったら、どうしようと思ってたんだ?」
喉カラカラで演壇から降りてきた俺を出迎えたのは、メイド・コスチュームの世界一似合うアンジェリーナ朝比奈さんでも、本当に本職メイドではないんですか森さんでもなく、どこの黒執事かという出で立ちのニヤケスマイルの副団長であった。ついでに言うと古泉が俺に手渡したグラスには、シャンパンでも六甲ワインでもなく「ただの水」がなみなみと注がれていた。
「いえ、六甲の水だそうです。地元ですから」
「そんなことはどうだっていい」
「不合格……の場合ですか? ほとんど想定外のことですが、その時はその時で、残念パーティということにでもなったんでしょうか。ああ、一応、懺悔室なるものは、涼宮さんのお父様の意向で用意してありますが」
 ……親父さん、あんたって人は。
「でも、万が一でも、そういうことにはならなかったでしょう」
「ハルヒが望んだ、ってのは無しだ。俺たちは見事に一浪したし、俺なんかは右手を折ったんだぞ」
 しかし持論を翻さず、ハルヒの心理専門官を自認する古泉は落ち着き払った口調でこう言った。
「涼宮さんが、あなたが怪我をすることを望むとは考えられません」
「すると、こういうことか? あいつは俺と二人っきりで暮らすよりも、SOS団での共同生活を望んだ。そのために、俺たちの進学は1年間猶予され、その間に怪しげで居住スペースを十二分に備えた幽霊屋敷が登場したと?」
「まあまあ。SOS団で住むという話は、我々もさっきが初耳なんですよ。いろいろと考える必要はあるかもしれませんね」
 世の中で最も絡むのに適さない相手、グレート・ザ・のれんに腕押しの腕章をすぐにでも贈呈したいこの男に、どうやら俺は絡んでいるらしい。多分、少々落ち込んでいる。そうとも、自覚はある。
「まあ、元気を出してください」
古泉、それダメ押し。「あなたは落ち込んでいる」と言外に断定しちまってるぞ。こういう時は、平凡な言葉ほど効くって本当だな。
「今回の企画の中心、涼宮さんのお母様が、あなたの家やSOS団に連絡され、説得に当たられたのですが、その間、誰も不合格なんて事態を微塵も考えなかったと思いますよ」
なんとでも言ってくれ。
「今回の結果は、決して幸福な偶然が運んで来たものではない。そう考えると、少しは誇らしく思えてきませんか?」
「こら、キョン!! あんた、今日の主役でしょ! すみっこで何ごちゃごちゃ話してるのよ!」
「姫がお呼びですよ、殿下。……できれば、披露宴もこんな風にやりたいものですね」
「誰と誰のだ?」
 やったとしてもお前には司会もスピーチもさせんぞ。谷口、国木田と3人で「てんとう虫のサンバ」を歌わせてやる、しかもラップVer.でだ。
 演題の上で飛び跳ねながら、本日最高の笑顔で叫んでいるもう一人の主役、ハルヒの方へ、俺はよろよろと歩いていった。

 宴は、俺の片付かない気持ちとは裏腹に、大いに盛り上がった。
 なかでも涼宮家の母・娘の出し物は、基本的には一般人の集まりであろうこうした宴では、もはや超反則クラスで「プロの方おことわり」の域に達していた。
 いつだったか、俺が軽くリクエストしたせいで決まった、母娘二人による連弾:一台のピアノを母と娘の4つの手が演奏するやつは、最初は誰でも知ってそうなクラシックの曲からゆったりと始まったが、次第にアレンジはアップテンポになり、曲調と技巧が頂点に達したところで終わる、会場総立ちモノだった。
 そういや、いつか練習しすぎで筋肉痛になったハルヒが言っていた。
「For piano four hands、連弾のことをこう言うの。ピアノはオーケストラに出せる一番低い音から一番高い音まででるけれど、所詮2つの手、10本の指じゃ限界があるわ。でもね、4つの息の合った手があれば、オーケストラにだって負けないのよ!」
 続いてハルヒがピアノを弾き、ハルヒ母が、水のように透き通った、どこか現実的でないほど美しい声で、アリア3曲を歌った。以下は長門による簡潔な解説である。
「すべてヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作曲によるもの。1曲目ケッヘル番号51(46a)歌劇『みてくれのばか娘』からアリア『あたし恋をしてるの』、2曲目ケッヘル番号217 ガルッビ:歌劇『ドリーナの結婚』への挿入曲 アリア『あなたの心は今は私に』、3曲目ケッヘル番号440(383h)アリア『あなたに望みを託しますわ,ああ,愛する夫よ』」
 一転して会場は水を打ったように静かになり、静寂がゆっくりと盛大な拍手に変わっていった。
 二人は一礼して、ハルヒの母さんは親父さんのいる席へ戻り、ハルヒは俺の隣にやってきた。
「すごいな。ぶっつけとは思えん」
「ずっと練習はしてたもの。今日やるとは思わなかったけど」
「ピアノもよかったが……」
「母さんでしょ? まあ、あたしに歌わせるつもりだったみたいだけどね」
「どうしてやめたんだ?」
「あんた、歌の内容、知ってる?」
「長門から歌のタイトルは聞いた」
「そう」
と言いながら、ハルヒはその辺りの食べ物を手当り次第に口に詰め込む。
「今日はじめて席について食べられるわ。誰のお祝いだか、わかりゃしないわね」
「まったくだ」
「ん? なにをぶーたれてるのよ?」
「ぶーたれてなんぞない」
ハルヒはおれのほっぺたを両方の手でつかみ、うにうにと伸ばす。
「さあ、ぐーとでも言ってみなさい」
「ぶー」
ああ、あわれ。我は子豚なり。


 度を過ぎた宴はやがて終わり、手回しよく配車されたタクシーが参加者をそれぞれ送って行った。これだけ、手回しの達人たちが揃っているのだ、不思議というには当たらない。
 「おーい、今日の主役その1」
と向こうで呼んでいるのはハルヒの親父さんである。
「もう残ってるのは俺たちだけだぞ」
「あの、うちの家族は?」
「妹ちゃんが寝ちまったんで、早々に引き上げられた。愚息をよろしく、とのことだ」
「やれやれ」
「今日は泊まってくだろ?」
「ええ。お邪魔します」
「すまんが、そこでつぶれてる主役その2を、叩き起こして自分の足で歩かせるか、担いで来てくれ。なあに、そのままさらっていけ、とまではいわん。そこのタクシーまでだ」
「すみません。選択肢その1は無理です」
「涼宮家でも、母さんだけができる荒技だ。……今日はずっと浮かない顔だな」
「いや、ちょっと疲れただけですよ」
「疲れているか、ぶーたれてるかぐらいは、バカ親父にも区別がつく」
 そう言って親父さんはゆっくりと歩いてきた。そして羽目を外して酔いつぶれ、テーブルに突っ伏して寝ているハルヒを見下ろす。
「幸せな奴だ」
 親父さんはハルヒの頭をぽんぽんと叩いた。
「こいつは好きなことやって、何回かは頭ぶつけて転んで、たとえそれでも好きなことやって一生過ごすんだろうさ。キョン、こんな奴はいいから、おまえ自身が幸せになれ。大抵のことは、それで何とかなるだろう」
「……キョ〜ン、もう食べられないわよお、……むにゃむにゃ」
 ハルヒ、ベスト・タイミングにしてベスト・コンテンツの寝言。親父さんは「おまえはオバQか!」と古いツッコミを入れている。やれやれ。俺も思わず笑ってしまう。たとえば歳を取り、懐かしく思い出したりするのはきっと、なんでもないこういう瞬間なんだろう、とふいに思った。
「おい、ハルヒ、おぶされ。帰るぞ」
「……キ、キョン?……あんた、あたしに……何しようってんのおぉ……ぐう」
「何もせん。家に帰るんだよ」
「……あ、あたしの……家はねぇ……」
 背中をハルヒに向け、椅子に座っているこいつの高さにあわせてしゃがむ。親父さんがハルヒの腕を俺にのっけてくれる。ハルヒの腕が俺の前で交差する。ハルヒの体重が俺の背中に移動してくる。
「……ここに、決まってんでしょ、このバカキョン!」
「ハ、ハルヒ、落ち着け。く、首がしまるっ」
「お父さん、済みましたよ。ん? どうしたの、二人とも? 真っ赤になって」
向こうからハルヒの母さんの声が聞こえる。が、ハルヒの細い腕が、俺の首にはまりすぎるくらいにぴったりすぎて、絞まる……。
「俺は笑い過ぎだが、キョンは窒息しかけだ」
「はいはい」
ぺしりっ、と乾いた音。び、ビンタですか?
「んあ、母さん? って、キョン! 親がいるのに何してんのよ!!」
「ほんと親が二人も揃っていてよかったわ。ハル、もうちょっとで未亡人になるところよ」
 手を放し、俺の背中でおろおろするハルヒ。となりで馬鹿笑いする親父さん。ニコニコしながら号令をかけるハルヒの母さん。
「じゃあ、みんな、家に帰りますよ」


 「働かざるもの食うべからず、って言葉、知ってるかしら、キョン?」

 涼宮家に着いてから、ハルヒの母さんがハルヒを部屋に連れてゆき、自分も寝室へと退散した。
 残された俺と親父さんは、居間のソファをそれぞれ占拠し、
「プロポーズになんで花持ってたかって? 女性に贈るのは花と決めてたんだ。ヘタ打って別れたにしても、花なら腐って消えるから物証が残らない。母さん? 『ああ、もらった薔薇はポプリにしました』だと。さすがに変色はするが、香りなら10年は楽に持つらしいぞ。50年ものなんてのもあるらしい。完敗だ」
といったような、多分のろけ話を聞かされているうちに、いつの間にか寝てしまった、ということはどうにか記憶にある。
 目が覚めて、俺を見下ろしているハルヒは、すでにハルヒ100%状態であって、見回すと居間には俺一人残され、親父さんの姿もない。
 怒ってみせているハルヒの眉の角度を見れば、それが上機嫌を押し隠すための照れ怒りだということはわかる。あと、俺は腹が減っていた。総合的に判断すれば、こちらには一分の勝率もあり得ないではないか。

 顔で怒って心ごきげんなハルヒが手渡したのは巻き尺だった。
「はい、これ。部屋の使い方を考えるのに、間取り図が必要でしょ。測ってきて」
「あの広さの洋館を俺ひとりでか?」
とはいえ、せめてもの抵抗を試みる。
「あたしも鬼じゃないわ。親父を連れて行きなさい、どっかで転がってアニメ見てるから、拾って来て。もし寝てたら、死なない程度に叩き起こしてかまわないから」
いや、言おう。ハルヒ、おまえは鬼だ。
「ああ見えて、意外と役に立つわよ」
 そんなことは分かってる。性能には何の不足もないだろうさ。しかし、あの親父さんである。
 どうして神は、かくも高い能力を、かのような人格に与えてしまったのだろうか。意地悪か?それとも悪戯か? 人を試そうっていうのか?
 と、あれやこれやを思案していると、のっそりと親父さんが登場した。
「お言葉を返すようだが、バカ娘」
と親父さんはぶーたれる。
「なによ、文句あるの、バカ親父?」
「俺は忙しい」
「36時間寝ないで、ネット・ゲームやってる、あんたのどこが忙しいのよ?」
「それは受け手のポジションに甘んじていたこれまでの俺。これからは送り手の立場に立って世界に向き合うつもりだ。だから忙しい」
「忙しい、つ・も・り でしょ?」
「明日中に『涼宮オヤジちゃんの憂鬱 二ノ巻』をネット配信しなくてはならん」
どうやって、そんなもの……つくったんですか? あと、一ノ巻は?
「もちろんMADだ。足りないところはElanceでお仕事オークションしたら、インドのデザイナーが落札した。すごいスキル・セットでPerlとJAVAとRubyとPHPを使えて、王族みたいな英語でドキュメントまで書けるのに、1時間あたり5ドルで働くんだぞ。どことは言わんが日本にあるのに日本語が通じないサポート・センターとは、どえらい違いだ」
ああ、何ゆえこんな危険親父にWeb2.0を、のれんに腕押しを、猿にモノリスを……人類は、テクノロジーとの付き合い方を、真剣に考えなおすべき時期に来てるんじゃないだろうか。
「あとここだけの話、ハルヒの幼稚園時代のビデオがあるんだが、ニコ動にアップするってのはどうだろう?」
「親父さん、そりゃ犯罪です!」
「俺は親だぞ。だったら『エスパー魔美』はどうなる?」
「あれはバイトでお金を渡してます」
「いつか親になって娘を持ったら、油絵に描いてやろうと思ってたんだが、俺って勝ち組か?」
「実現……してないですよね?」
「母さんにバレた」
「つまんない話してないで、さっさと行ってきなさーい!!」
ハルヒにどやされ、男二人(俺と親父さん)は、道具をひっつかんで走り出す。


その2へつづく
















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