ハルヒと親父 @ wiki

長門有希の満腹

最終更新:

haruhioyaji

- view
管理者のみ編集可


 「長門、立ち入ったことを聞くようで悪いが、こづかいというか仕送りみたいなものは、どういうことになってるんだ?こないだ、その、生活費が足りないとか言ってただろ?」
「必要な生活資金が定期的に銀行口座等に振り込まれる訳ではない。それでは継続的な経済システムへの介入となり、際限のない支出が行われれば広範囲に影響を及ぼす恐れがある」
確かに額にもよるだろうが、偽札を刷り続けるよりは、まずいことが起こりそうだ。
「私がつくられた際に、設けられた基金からの利子及び配当収入で必要な資金はまかなわれている。しかし、2007年 8月17日 サブプライムローン問題を発端とした株価急落以降、生じた世界的な信用収縮(クレジット・クランチ)の影響を受け、収入は激減した。基金は分散されていたが、世界規模のシステミック・リスクには対応できなかった」
 まさか、こんな身近に、そんな影響が出ていたとは! しかし、もう少ししっかりしないか、情報統合思念体。それじゃナントカ総合研究所あたりのエコノミストと大差ないぞ。
「よくわからんが、バイトするとか、そういうのはダメなのか」
「バイト?」
 うーん、そもそもそういう発想がないか。確かにその存在自体がオーパーツな長門だ、現在の科学技術の水準であり得ないことをやれば丸儲けだろうが、世界に与える影響も尋常じゃないだろうな。文化祭の占いですら、後々まで依頼が絶えなかったと言うし(長門は「しない」と首を横にふりつづけ、しつこい客はハルヒが強引に追い払ったんだっけ)。
だが、たとえば競馬のレース結果を予測するなど、長門には朝飯前ではないか。
「公営ギャンブルは学生には許可されていない」
おお、猛烈な盲点。いや、まて。ギャンブルじゃなく、宝くじを買うのはどうだ?
「当たりくじの番号が分かっても、それを入手するコストは少なくない」
確かにな。当たりくじを決める、あの回転する板を弓矢で打つ装置を操作するってのは?
「ズルは良くない」
そのとおりだ、長門。おれが間違っていた。

「有希、おまたせ。じゃあ、張り切っていくわよ!!」
「ハルヒ」
「なんだ、キョン、いたの?」
ああ、いたとも。おもいっきりいましたとも。
「長門とどこ行くんだ?」
「フード・バトルよ!」
「フード・バトル? ああ、大食いか。どこかの店で食べ切れば無料!って奴をやってるのか?」
「どこか、なんて、あやふやなことじゃダメよ、キョン! しっかり地に足つけないとね、前に一歩も進めないわよ!」
うう、言葉もないぞ。それで?
「ここら辺の沿線周辺の大食い情報を網羅してリストにしてきたわ。とりあえず毎日2〜3個ずつ潰していけば、1ヶ月の食費はただ同然よ! どう、この完璧なプランと実行力? やっぱり団長たる者、こうじゃなくっちゃね!!」
「なるほど。二人ともがんばってくれ」
「何言ってるの、キョン!? あんたも行くに決まってんでしょ!」
「っていうか、さっきまで眼中になかっただろ、おれなんか」
「眼中にもなかったけど、一度眼に入った以上、抜けることは許さないわ。……あと、有希も無言でそう言ってるわ」
「長門、分かったから、その手離せ。少し痛い」


「一軒目はオーソドックにラーメン屋か」
「ただのラーメンじゃないわ」
そりゃ、たぶん、きっとそうなんだろうよ。
「なみなみと入ったこってり系しょう油豚骨スープに、スープのよくからむちぢれ細面6玉、その上に麺が見えなくなるくらいにメンマを敷き詰めて、その上にメンマが見えなくなるまでチャーシューを敷き詰めて、さらにその上にチャーシューがみえなくなるまでもやしを積み上げたびっくり・ラーメンよ!」
あー、こりゃ、びっくりだ。
「おい、ハルヒ。一軒目から、ちょっとハードすぎないか?」
「有希、頑張りなさい!完食したらタダ、2杯食べたら1年間タダ、3杯食べたら店がある限りタダだからね!!」
ハルヒよ、野望がでかいのは結構だが、多分、この店、1年を待たずにつぶれるぞ。
「キョン。あたしたちも黙って指を加えて見てられないわよ!」
「いや、そこまで腹減ってないしな。あ、長門、軽く頑張ればいいからな」
「(こくん)」
「キョン、あたしたちはこれでいくわよ!!」
「さっきから気になってたんだが、『あたしたち』ってのは、何だ?」
「これよ。スープのよくからむちぢれ細面12玉、麺が見えないほどのメンマ、メンマが見えないほどチャーシュー、チャーシューが見えないほどのもやしからなる、どびっくり・ラーメンよ!」
「単純に2倍にしただけだろうが!」
「馬鹿言いなさい! お箸も二膳あるでしょ!!」
「お、同じどんぶりを二人で食うのか?」
「交替しながら、ちんたら食べてたら麺が伸びるでしょ!!」
「論点がちがう!」
「なによ、嫌なの?」
「い、いやって訳じゃないが……」
「分かったわよ。本来50:50のノルマだけど、あたしの方を増やして60:40にしてあげるわ。これなら文句ないでしょ?」
「何度も言うが、論点がちがう! それに、それだとおまえ、長門よりたくさん食べることになるんだぞ!」
「相手にとって不足はないわ」
「いや、だったら、お前一人で『びっくりラーメン』を……」
「それじゃ意味ないでしょ!」
「意味って……ん?完食したらタダ、2杯食べたら子供を含めて1年間タダ、3杯食べたら孫の代までタダ!?」
「……////」
「バカップル、痴話ケンカならよそでやれ。ここはラーメンを食うところだ」
「そ、その声は?」
「なんだ、どこかで聞いた声だとおもったら、ハルキョンか」
「親父さん、何故ここに?」
「なんなのよ!こんな店にでかい荷物持ってきて!」
「ホームセンターの帰りだ」
「荷物は車に置いて来なさい」
「いや、徒歩で行ったんだ」
「そんなところへ徒歩で行くな」
「うちには車がない。加えて言うが、おれはこの店に勝った男だから邪険にはできん。このあいだ、母さんと3杯クリアーしたからな」
「ええっ!」 じゃあ、ハルヒは元からタダじゃないか。
「キョン、今日から婿に入ったってことにして、お前もタダで食っていけ」
い、いや、そういうことは、ラーメンの上で決めたりすることじゃないんじゃ……。
「……おかわり」
ってなこと言ってる間に、長門1杯目クリアーかよ!
「はい、おまちど!」
おれたちの分の「どびっくりラーメン」も出てきたよ!
「なんだ、ハルキョンも挑戦するのか。まあ、おまえらのとこは、なにげに子供多そうだもんな」
「おおきなお世話よ!」
ハルヒ、否定はしないんだな。
「さあ、キョン、行くわよ!」
据えラーメン食わぬは男の恥か。こうなりゃ地獄でもどこでも、お前の気が済むまで着き合うぞ、ハルヒ!

 天国と地獄を見た。
 おれたちもいいところまで行ったが、最後の最後で挫折した。まあ、それはいい。おとしまえはもっと違う場所で、違うやり方でつけてやるさ。どうしたって、その方がいいと思うからな。
 誰もが予想したように、顔色一つ変えず、長門は3杯をクリアーした。それどころか、おれたちが挫折した後のラーメンまでクリアーしてしまった。
「クリアー」
「いや、お姉さんは確かにすごいんだが、こっちはカップルでクリヤーするコースなんでね」
「長門、それくらいで勘弁してやれ。ラーメンを食いのこしたところで、ハルキョンはハルキョンだ」
親父さんのよくわからないとりなしに、しばらく考えてから、長門はうなずいた。
「それから、おまえさんのところにもって行かそうと思ってたんだがな。ほれ」
「何よ、それ?」と突っ込むのはハルヒ。
「プランターと土と苗だ。一応、ナスとキュウリだが、他のは、またうちに取りに来てくれ。これでベランダで野菜が育てられるだろ。食い放題荒らしも結構だが、こっちの方が堅実だ。長門、野菜を育てたことはあるか?」
「ない。でも、問題ない」
「おまえがそういうなら、大丈夫だろう。ちょうど無駄な人手があるから運んじまおう」
「誰が無駄な人手よ?」
親父さんは無論、ハルヒの非難の声を意に介さない。
「おい、ハルキョン、ラーメンの腹ごなしだ。土が重いからそっちを運べ」
「何よ、親父の良いとこ取りじゃない!!」
ぶーたれるハルヒの相手をしながら、おれたちは土を、親父さんはプランターを、長門は野菜の苗を、長門のマンションまで運んだ。

 長門とハルヒが、ベランダに並べたプランターに、それぞれ土を入れ、苗を植え付けている間に
「キッチン使うぞ」
「(こくん)」
と最小限の応答を長門と交わしたおやじさんは、すぐにフライパンでいい匂いをさせはじめた。
「キョン、買ってきた袋の中に、口広の瓶があるから、なべに湯沸かして放り込んどけ」
「あ、はい」
「何作ってんの? あたしたち、もう何も入らないわよ!」
「メシじゃない。別腹だろ?」
「別腹は甘いものと相場が決まってんのよ!」
「女子(じょし)みたいなこと言うなよ」
「自分の娘つかまえて、それ、どういう台詞よ!?」
 ベランダから戻って来た女子二人は、洗面で手を洗って戻ってきた。
「ひまわりの種?」
 長門が言った。
「ああ。きつね色になるまで乾煎りできたら、出来上がりだ。保存食というか常備食だな。
そのまま食ってもいいし、サラダにかけてもいい。栄養は、葉酸、ビタミンE、鉄分、亜鉛、繊維、ビタミンB1、ビタミンB6、ビタミンB12、マグネシウム、カルシウム、カリウム、トリプトファン、リノール酸とたっぷりだ。長門、密閉瓶に入れとくからな」
「ありがとう」
「良いってことよ」
「何よ、今、食べないの?」
「何も入らないと言っただろ」
「別腹とも言ったわよ」
一瞬即発の危機(?)は、長門の次の提案でみごと回避された。
「みんなで試食する」
「なるほど」
「さすが有希ね!」
 世界広しと言えど、長門に気を使わせる父娘はこの二人だけだろう。
 だが、こんな今日一日が、長門にとってどんな日だったか、次の台詞で誰にだって分か
るはずだ。
「満腹。堪能した」
 少しも膨らんで見えないお腹を撫でて、長門は俺たち三人に、幸せな笑いをこみ上げさせた。























記事メニュー
目安箱バナー