ハルヒと親父 @ wiki

ハルヒとその母:共に居る理由

最終更新:

haruhioyaji

- view
管理者のみ編集可
「ねえ、母さん」
「なあに、ハル?」
「いまでも親父のこと、好き?」
「大好きよ」
「どうして?」
「そうね。理由なんて考えたこともないけど。あった方がいい?」
「んー、本当に聞きたいのはそういうことじゃない気もするんだけど」
「そう。でも真面目に考えてみるわね」
「うん」
「お父さん抜きの毎日なんて考えられないわね。もちろんハルもだけど」
「うん」
「でも、どちらかが先に死ぬことになるわね、多分。そのことを考えると悲しくてたまらないけど」
「別れたら悲しいから、いっしょにいるの?」
「ちょっとへんな感じね。どこかで間違ったみたい」

 そう言って母さんは、ちょっと映画みたいに肩をすくめた。どこか儚(はかな)げなのは、病弱な体のせいばかりじゃないと思う。多分、何度も自分の死や家族との別れのことを考え尽くしたせいかもしれないと、その時のあたしは思った。

 「とにかく一緒にいたいの。そしていっしょにいると決めたの。あの人のことは大好きだけど、それよりも強い気持ち。愛だの恋だのは、よくて周回遅れ、わるくて後付けね」
凛とした強い調子で一気にそう言い切る。この顔が出ると、親父は決まって母さんとあたしを見比べて「やっぱり親子だな」と言って笑う。そうかしら? あたしは似てない母娘だといつも思う。親父の遺伝子が無駄に強すぎるのよ。

 その後、母さんはあたしの方を見て、表情をゆるませ、いつものやさしい顔に戻った。そして、

「でも、ハルとこんな話ができるなんて、うれしいわ。放っておいても子は育つものね」
「別に放ってないわよ」
「入院ばかりで小さいハルと一緒に居れなかったのは残念だけれど、あなたは年々かわいくなっていくから----高校に入ってからは特に----十分取り返したって感じね。わたしは母親失格、というより出席日数が足らずに落第だけど、あなたは自慢の娘よ」

 こんなことを真顔で、しかもうれしそうに言ってのける。素直じゃない娘は、とても居心地が悪い。だからあたしはこう反論するの。

「成果主義で考えなさいっていつも言ってるでしょ。母親なんて、のんべんだらりと、ただいればいいってもんじゃないわ。あたしが、その、じ、自慢の娘だっていうなら、それを育てた人だって評価を受けて当然よ! ああ、親バカだ子バカだって言いたい奴には言わせておけばいいの! 落第なんて見とめないわよ。もっとちゃんと自分を誉めなさい!」

……あの、母さん、拍手は、その、いらないから。

「さすがハルね。いつ聞いても素敵なタンカ。お父さんに勝てる日も遠くないわ。あの人、海外出張の度に誰も知らないような現地の格闘技を学んでくるから、なかなか差が縮まらないんだけど。ほんと出張なのに、どこにそんな時間あるのかしらね」
「その度に『新しい技を試させろ』というのを、むしろ止めて欲しい」

 そして、あたしは、目の前で笑っている女性を見る。
 追いつけないまでも、いつかはこの人に、あたしはいくらか近づけるのだろうか。こんなに強い瞳で、誰かを好きと、いっしょにいたいと、言い切ることができるのだろうか。

「大丈夫よ、ハル」
「え! って、何が?」
どっかのバカのように、考え事を気付かぬまま口にしたのではない。母さんは時々、あたしの顔を見つめて、心を読んでいるようなことを言う。たとえばね、
「何かまではわからないけれど、大丈夫。だってあなたは母さんの娘だもの」
無邪気と言っていいような笑み。ああ、きっとこの人にはいつまでたっても、かなわないわ。

 でも、それも悪くないと、あたしは今日も思った。




 
記事メニュー
目安箱バナー