ハルヒと親父 @ wiki

ハルヒと親父2その後 一周年 その後ー腕の腫れ、氷の癒し

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haruhioyaji

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 最初は一通のメールだった。
「あれ、ハルヒの母さんだ」
『技量の不足を努力と根性で埋めようとする娘ですがよろしくね』
なんだ、これは。判じ物にしては分かりやすいし、心当たりもありまくりだが、なんでハルヒの母さんからこの文面なんだ?

 その答えは、次の日の教室でわかった。

 ブン、という音がしそうな勢いで、ハルヒが両腕を突き出してきた。
「なんのまねだ?」
「揉んで」
は?いま、ここ教室でか?おまえ、何言ってる?
「揉みほぐして、って言ってるの。いいから触ってみなさい! 聞くより見るより、よおく分かるから」
おれは何故か恐る恐るといった手つきになって、ハルヒの指先、手の甲、二の腕、と触っていく。ハルヒはどちらかといえば着痩せするタイプだが(何故こういうコメントができるかは、ストーリーの進行に何の関係もないから割愛するぞ)、それでもその馬鹿力から想定されるほどの筋肉量を誇るボディビルドされた感じの腕じゃない。こりゃだいぶきつく腫れてるな。それに……
「おい、ハルヒ。熱持ってるぞ。何をしたら、こんなに……」
「あんたのせいなんだからね。責任とりなさい!」
毎度おなじみとはいえ、ニュアンスの違いと目的語の欠如が、パイナップル爆弾のごとく、誤解の種をばらまくだろ!だが、まあこの状態は放ってもおけない。
「ハルヒ、ただのコリか何かと思ってるんなら大間違いだ。同じ筋肉痛でも炎症を起こしてる。まずは冷やすぞ。ちょっと待ってろ。いや、ここより部室がいいな。来い」
「何なのよ、もう!」
腕にダメージがある奴の手を引っ張ってというのは本末転倒なので、後ろから肩を押すような形で俺たちは教室を出て部室棟へ向かった。そのとき触れて分かったが、肩の筋肉まで熱持ってるぞ、こりゃ。
途中、持ってたタオルを水道の水でぬらして冷やし、絞った奴を持って部室に入った。
「ハルヒ、腕どころか肩までいってるぞ。なにやったら、ここまでなるんだ」
「練習よ、ピアノの」
なるほど、おれが口を滑らしたのがきっかけのあれか。
「お前の母さん、そこまで厳しかったのか?」
「ちがうわ。母さんとやる練習はせいぜい2時間くらいよ。むしろその後の自主練のせいね。ハノンを8時間やったら、こうなったわ」
「ハノンってなんだ」
「指の筋トレ用練習曲ね。ブランク長いから、母さんについてくだけでも、もっと基礎値上げないと。ちゃんと余計な力が抜けてれば、ここまでにはならないはずなんだけど」
「とりあえずアイス・マッサージするぞ。おい、なにをやって……」
「あんたも触ってわかったでしょ。肩も上腕もよ。服着てちゃできないでしょ」
「って、いきなり脱ぐな」
「まっ裸になるわけじゃあるまいし。何をいまさら」
裸ってのは、そういうもんじゃないんだよ。ったく、わかってんのか。
「…あのな、ハルヒ。ピアノのことは正直よくわからんが、それでもおまえの母さんがものすごいのは、なんとなくわかる。おれはおまえのピアノが好きだし、いつまでも聞いていたいと思うくらいだけどな、それでも二人の差がめちゃくちゃあるのは事実だと思う。だけど……」
「ストップ。あんたが、その後、何を言ってくれるのか、あたしだってわかってるわよ。ハノンなんて、何時間もやるもんじゃないし、無茶してるのだって自覚してる。でも、これだけは、あたしのやりたいようにさせて」
「やれやれ。さっきも言ったがピアノのことはわからんし、あの母さんが、ハルヒの今の状態を気付いてないとも思えん。それでも止めてないんだ。素人の俺が口出しできることはない。だが、おれにできることはさせてもらうぞ」
 おれはまず、多分ハルヒが自分で貼ったんだろう、ゆがんで貼りついたシップをはがした。それから部室の冷蔵庫から氷を出し、それをタオルでくるんで、溶けてできる水分はタオルでふき取りながら、熱くなった筋肉を氷で直にマッサージしていく。
「つめた!……・でも、気持ちいいわ、これ」
 即効性のある方法で、1分もやれば、表面からは熱っぽさは消える。筋肉の炎症を抑えることで、腫れた筋肉が神経を圧迫して生じる痛みを減らすことができるし、痛みがもたらす筋肉の緊張を緩める効果もあるらしい。
「市販のシップを使うのは、これやって腫れが引いた三日後ぐらいからだ。アイス・マッサージは一日何回か、したほうがいい。風呂に入った後は、絶対やったほうがいいぞ」
「あんた、やってよ」
「おまえ、何言って……」
そこまで言って、こいつにしては信じられないほど不器用に貼られていたシップを思い出した。ハルヒは自分の弱みを見せたがらない。今は、共演者となる自分の母親にだって、なおさらそうだろう。だったら、誰がこいつにアイス・マッサージなんてしてやれるのか。おれはようやく、ハルヒの母さんがくれたメールの真意に思い当たった。
「……わかった。おまえのクソ努力に免じて、引き受けてやる」
「え、いいの?」
「だが、たまには家族に甘えることも学習しろ」
「……考えとくわ。なんだか不気味なくらい、物分かりのいい今日のあんたに免じて」
「いつもは物分かりが悪くてわるかったな」
「物分かりはともかく、なんでアイス・マッサージとか知ってんの?スポーツもしないくせに」
「雑用係だからな」
「答えになってないけど」
「帰るまえに、紙コップがどっかにあったろ。ああ、あれだ。半分くらい水を張って、冷凍室で凍らせとく。接触面の広い円筒形の氷が作れる。同じ氷でも、この方がマッサージしやすいからな。おまえんちでも、同じようにするぞ。冷凍室使うから、断っといてくれ」
「って、あんた、うちに来るの?何日も泊まりこむつもり?」
「そうしろって言ったのはおまえだぞ」
もうおれは腹をくくったぞ、と言外に言う。
「わかったわよ。受けてたつわ!」

 だが、言うは易く行うは難し。
 風呂上がりの、バスタオル一枚巻き付けただけのハルヒにアイス・マッサージするのは、ある種の拷問に近い。暖まった体に氷はみるみる溶けていく。溶けた水が氷と肌の間に入って、潤滑油と同じ働きをする。オイル・マッサージに近いものがあるが、ハルヒもそれを感じてるんだろう、時折堪え切れない声がもれる。これがまずい。非常にまずい。
「声を出すな、っていったろ!」
「出してないわよ。我慢してるでしょ!」
「我慢してるが漏れてるだろ」
「だったら、あんたがやられてみなさい!」

「あら、お父さん、お帰りなさい」
「ただいま母さん。……あいつら、風呂の前で、二人して、なに唸り合ってるんだ?」
「ハルヒがひどい筋肉痛で、それでアイス・マッサージですって」
「ふーん。青少年も大変だな。ありゃ傍で見てると健全育成条例違反だぞ」









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