ハルヒと親父 @ wiki

スポンサーから一言 その2

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haruhioyaji

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 「キョン君、知ってるだろうけど、このオヤジは怪しげな事なら、およそできないことがない。口寄せ、スプーン曲げ、催眠術……」
「バカとモノは使いようだが、人にいうことを聞かせたいなら、おどしの方がよほど効果的で手間いらずだ。だから脅迫は刑法犯だし、催眠の方は法的取締りがない。イギリスとアメリカの一部の州じゃ、催眠術に反感を持ってた医者達の陰謀でできたHypnotism Actっていうステージ催眠の取り締まり法があるがな。酒が飲める店で見せ物催眠術はやるな、ってくだらない法律だ。世の無知・無理解は笑えるがフィクションもひどいもんだ。刑事コロンボで、医者が催眠で患者を自殺させるリモート殺人なんて話があったが、ピーター・フォークのまぬけ面が、単なるアホ面に見えて、いい加減萎えたぞ。エロ漫画でも催眠を認めると、『はじめの一歩』でカメハメ波を認めるみたいなもんで、なんでもありになっちまう。そういや、うちのバカ娘も、コイツの前で振り子を振ったそうだ。それで催眠に入る奴も入る奴だが。キョン、あれは「シェブルールの振り子」といってな、催眠をかける側じゃなく、催眠に入る方が手に持つもんだ。ポケモン(ユンゲラー)でも間違ってやがるがな。ちょっとやってみるか」
 親父さんはポケットから携帯用の裁縫キットを取り出した。
「そんなもの、持ち歩いてるのか?」
と弁護士先生は聞いた。俺も聞こうかと思ったぐらいだ。
「ふん。いい男は、自分のボタンぐらい自分でつけるんだ。靴下だって繕える。……が、小銭がないな」
 おれは財布から5円玉を取りだし、テーブルに置いた。親父さんは糸を15cmくらいの長さに切って、その5円玉に結びつける。
「糸の端を持ってみろ。5円玉がテーブルすれすれの高さになるように。ああ、それでいい。じゃあ、はじめるか。最初はいかにもな催眠術師風だ。キョン、おまえは何も考えず5円玉を見とけ」
 そういって親父さんは5円玉から暖を取るように、両手をそれにかざす。
「振り子はゆっくりとゆれ始める。最初は見ても分からんくらいだが……やがてその揺れ幅はゆっ……くりとだが、大きく……なっ……ていく」
 5円玉は親父さんの言葉どおり揺れはじめ、やがて円を描き始める。
「そうだ、その感じだ。円の動きは、次第に大きくなっていく、そう、ゆっくりとだが大きな円に変わっていく」
 5円玉の動きは、やはり親父さんの言葉に従う。
 親父さんは顔を上げてにかっといたずらっぽい笑い顔をこっちに向ける。
「ハンド・パワーだ。うそだ、こんなの信じるなよ、キョン。おまえにだって簡単にできる。心の中で「5円玉が前後に動く」と100回唱えてみろ」
 100回も必要なかった。10回ぐらいで、5円玉は前後に動き出した。もちろん、おれが意識的に動かした訳じゃない。
「観念運動反応という名前がついてる。化学者だったシェブルールは、この現象に気付いて、心霊現象が施術者のひそかな意向に左右されることを発見していたし(1832年)、のちには無意識行動によって心霊術の様々な現象が説明できることを示した(1854年)。観念運動反応そのものを説明する理論は今でもちょっと頼りないんだが、現象だけは古くから知られててな。催眠術師が、ありもしない「自分の力」を相手に信じこませるのに、昔はよく使われたのさ。バカ娘みたいな天の邪鬼は、「縦に動く」とこっちがいうと、心の中で『だれがあんたの言うことなんか聞くもんか。横に動きなさい』と一生懸命唱えるんで、5円玉は横に動くんだ。ちぇっ、悲しい父娘の関係を独白しちまった」

 「催眠で飛び降り自殺させられるか、だ? おれならやらんな。他にいくらも方法がある。心中なんてのは常套手段だろ。太宰(治)程度の詐欺師でも女は騙せる。自分ごと騙せばいいんだからな」
「おまえなら、どうするんだ? 後学のために聞いておこう」
「惚れさせて、惚れさせて、金を持ってとんずらだ」
「最低だな」
「結論。殺したくなるような相手とは付きあわんことだ、キョン」
その結論を俺に向けて言いますか。
「まあ、逆はあるかもしれませんが」
しまった。オヤジ二人がテーブルをばんばん叩いて喜んでる。
「これだよ」
「イヤー、至近で見るとたまらんな」
「絶対譲らんぞ」
おい、ハルヒ。おれはお前の親父とツンデレ萌え(?)の悪徳弁護士との間で、ドナドナなうき目にあおうとしているぞ。
「おれの娘も美人だぞ。ハルヒちゃんには負けるが、勝てるところもきっとある」
「わはは、親バカだ」
親父さん、あなたもです。

 親父さんが(どこかわざとらしく?)トイレに立ったので、俺は弁護士先生に質問した。
「あの、親父さんとは、どういう?」
「食うに困ってた頃、客種を紹介してもらった。ひょっとすると『恩人』かな?」
「というと?」
 弁護士先生はにやりと笑って答えない。親父さんの友人だ。推して知るべし、だったか。
「俺が話すより、親父に語らせた方がおもしろいと思ってね」
「そうですか」
「あいつの商売は知ってるだろ? そう、メディエーター。紛争解決屋。俺たち法律屋にとっては、ヤクザと同じ商売敵だ。だってそうだろ?『本来』なら、裁判にかけてしかるべき決着をつけるべきところを、『裁判なんて時間と金ばかりかかる。おれならもっと安く短期間に解決してやる』っていうんだから。ところがどうだ、法律屋が紛争解決屋に助けられて、ようやく禄を食むことができた。やつらは人を繋ぐプロだ。あいつにとっては、朝飯前の仕事だったんだろう」
 俺の表情が変わったので、弁護士先生もようやく気がついた。親父さんはいつの間にか、先生の後ろに立っていた。気配まで消せるのか、この親父は?
「なんか古くさい話をしてたな。客種? そんなの、回せるか。どんくさい司法書士と気の弱い税理士とこいつ、3バカ先生を組ませただけだ。こいつを見ろ。この歳になっても口の聞き方すら、ろくに知らん。見た通りの『おれ様』な性格で、下手に出ることもできない。普通、ペーペーの弁護士は研修したところでそのまま「奉公」しつづけて、年季おさめに客を『のれん分け』してもらったり、弁護士会館で暇そうにうろついて、年寄りの弁護士から『めんどくさくて、金にならない仕事』なんかをかわりにやって恩を売って、顔を広げてくもんだ。年収200万の弁護士なんざ、近頃じゃめずらしくもなくなったが、当時はよそから見物人が来るくらいだったぞ」
「お前が俺たちを見せ物にしたんだろ。ひどい親父だ。こいつは、俺たちにこう言ったんだ。『普通の人間は、司法書士なんか家を買うときか、親が死んで相続が発生するときしか、つまり一生に数回しか用がない。弁護士なんか、まともな人生に出てくることなんてない。善良な市民は、一生に一度も弁護士に会わずに死んでいく。だが、税金は毎年払わないといけない。小金持ちの地元事業者に、一番顔が知られてるのは税理士だ』と」
「で、こいつら、できそこないの3人をまとめて、ひとつの事務所を借りてやった。税理士は『うちには法律のプロが揃ってる』と言わせた。地元で商売してる連中は、町内会でも役をもたされてたり、地元団体の会長さんとして役所とつながりがあったり、地元名士のネットワークにもつながってるんだ。ライオンズ・クラブだとかロータリー・クラブとか聞いた事ないか?名士で土地持ちでも、普段から金とモノを動かしてないじじいは、遺言ひとつつくるにも、相談相手がいない。いいカモだ。きちんと納得の行く仕事をしてやれば、そいつが死んでも、評判がネットワークに残る。普段付き合いがない方からすれば、知ってる税理士と同じ事務所なら安心だと思う。ヘタ打てば、税理士だって取りかえられるからな」
「こうして世間知らずの3人は食えるどころか、先生扱いされるようになったってわけさ」
「親父さんが出した条件ってなんだったんですか?」
「はは、さすがだな。ただじゃ親父が動かないことも知ってる。『一生、下僕』だっけ?」
「バカ、一生、無料だ。こいつ、ケンカだけはなかなか強いからな。強引に勝ちに行きたいときは勝負が速い」
「弁護士は訴訟に勝てなきゃやる意味がないね。示談でも3ー7なら負けと同じ。8割は取らないと」
「で、そろそろ本題に入ろうじゃないか。そこまで金に正直なおまえが、国選弁護士だ? いまさら人権派か?」
「ちょうど暇だったんだ。娘婿で間に合うような仕事ばかりでね」
「だったら隠居しろ。絵書きが悪者だ。逆転裁判なんて夢で見とけ」
「悪役が誰かについては異存はないな。だが事件に絵と催眠が絡んでる。フーダニット(誰がやったのか?)については終わってるが、ハウダニット(どのようにしてやったのか?)が「迷宮入り」しそうなんだ。
「警察も検察も正義も困らん」
「知性は納得しない。謎は我が食料」
「おまえは魔人探偵か。あれも連載終わったぞ」

 弁護士先生は、封筒から何かの絵のカラーコピーを何枚か取り出した。
「見てみろ。売れてないが、女を描かすとなかなかだぞ」
「ふん。モデルがいい女なだけだ」
「絵となると、とたんに厳しいな。オヤジの嫉妬はみっともないぜ」
「だれが嫉妬なんかするか。ヘタクソな画家には2種類ある。自分の描いた絵に惚れる画家と、自分が描いてたモデルに惚れる画家とだ。だが、それ以上にヘタな画家がいる。その両方に惚れて、時が経つに連れ、両方が乖離して行くのに耐えられない阿呆だ。結局、モデルを殺すか絵を焼き捨てるか自分が消えるしかない」
「案外、そういうのが真相かもな。だがトリックが知りたい」
 親父さんはついに口をへの字に結んだ。親父さんを黙らせるなんて、さすが変態弁護士だ。
 「キョン君、この親父は絵を描いてたんだぜ」
「バカ娘が生まれるまでだ」
「奥さんを描いた絵を何回か見たことがあるが、なかなかのものだった」
「何度も言わせるな。あれはモデルがいいんだ」
「どうして……」と言ってから、これは聞くべきことじゃないと気付いた。
親父さんはおれが気付いたことに気付いたんだろう。やれやれといった顔になって言った。
「やめた理由だろ? 大したことじゃない。願掛けだ。あいつの出産が危険なものになるのは予想がついたからな」
 願掛けは、自分にとって大切なものを断つことで行われる。願いが大きければ大きいほど、断念されるものも、それに見合うように、より大切なものが選ばれる。今の話だけでも、親父さんにとって絵がどれほどのものだったか想像できる。ほとんど際限無い領域で高いパフォーマンスを示す親父さんが打ちこんだ絵の腕前がどれほどのものかも。
「母さんの絵にしたって無理やりだ。『わたしは長くあなたと一緒に居るのは難しいと思うから』と、ほとんど脅迫だぞ」
「キョン君、善は急げだ。早速見せてもらった方がいい。でないと、この親父が何をするかわからん」
「あれは母さんの持ちもんだ。おれは手を出せん」
「ほら、でなきゃ焼くつもりだ」


その3へつづく














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