ハルヒと親父 @ wiki

ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その6

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haruhioyaji

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「ところでキョン君、鹿撃ちにいかないか?」

 次の日の朝。
 俺たちが宿泊したコテージのベランダにでかいダイニング・テーブルを引っ張り出して、4人で朝食をとった後、コーヒーを飲みつつ、親父さんは、その気楽な格好のように、気楽に言った。
「今、なんと?」
「こんな小島に、鹿なんてでかいものが生きていける生態系がないでしょうが」
 と突っ込むハルヒ。
「ではキョン君、カジキマグロを釣りに行かないか?」
「それはどこの港町ラハイナよ!」
 と突っ込むハルヒ。
「ではハルヒ、キョン君はもう食ったのか?」
「ぶっ!ごほごほ」
 と咳きこむ俺。
「このエロオヤジ!どうしてあたしに聞くのよ!こっちに先に来くのが筋ってもんでしょ!」
 いや、それも筋が違うぞ、ハルヒ。それにその話題を引きずり戦線を拡大すると、このSSが全年齢対応でなくなってしまうんだ。
「いや、なんでも地元の漁師によると、夜な夜な日本語で愛の言葉を絶叫し合う生き物が現われるらしくてな。難儀しているということじゃった」
「『じゃった』はないでしょ!」
 そこもつっこみどころじゃないぞ。スルー、スルーだ、ハルヒ。
「それに『夜な夜な』じゃないし……」
 ハルヒ、それはもう100%罪を認めているに等しいぞ。
「へえ。じゃあ、あんたとのことは、『罪』なんだ、ふーん」
 ああ、意地になっている。ヘソを曲げている。堪忍袋の底が抜けている。
「えーと、俺の言いたいことを一言で言うと、だ」
 ああ、いっそひとおもいに・・・
「お父さん、今日はキョンと遊びたいな」
「こんなので良ければ、いくらでも持っていきなさい」
 ああ、こんな簡単な計略に引っかかって一山いくらで売られていくのか、俺。ドナドナドナドーナー。
「……そのかわり、壊さないでよね」
 使用上の注意をよく読んでお使いください。


 思えば、その夜の(正確には朝方の)夢見は最悪というのに近かった。逃げ回る親父さんに拉致され、追っかけるハルヒには撃たれる、という奴だ。


「ハル、よかったの? あんなに簡単にキョン君をお父さんに引き渡して」
「『引き渡して』って、そんな捕まった宇宙人みたいに」
「まあ解剖したり何か埋め込んだりはしないでしょうけど……肉体的には」
「ど、どういうことよ?」
「お父さん、最近、コールドリーディングとか妙なものに凝ってるから」
「べ、別に聞かれてまずいことなんて、何もないわよ」
「うん、お父さんも、二度も聞きたくはない、って言ってたわ」
「か、か、か、母さん?」
「ふふ……若いっていいわね」
「うわあ。……母さん、あたし、海につかってくる」
「海を煮立てないでね。あと、波にさらわれないように」


 俺と親父さんは、借りてあるヨットがあるという小さな船着き場までの道をゆっくり歩いていた。
「ディンギー(dinghy)っていってな、ヨットといっても長袖の紳士がシャンパン・グラス片手に船長気取るような奴じゃなくて、キャビン(船室)のないちっちゃい奴だ。バランスをとるのに、しょっちゅう自分の体を船から外に乗り出す。優雅には程遠いが、スポーツなんてそんなもんだ」
「二人乗りなんですか?」
「今日やるのはそう。自然だけとやるより、他人が混じる分おもしろい。まあ、相手がいれば、の話だけどな」
「はあ」
「なあ、キョン君。率直に聞くが」
「はい……」
「あいつ、もてるのか?」
「は?」
 って、そっちですか? 黙っていればAAAプラス、なんてのは、どう翻訳すればいいんだ?
「さあ、どうなんでしょうね、はは」
「親が言うことじゃないが、あの見た目にあの性格、あの言動だろ? 普通、後ろから刺されるぞ」
「いや、でも」
「身を守る仕方は一通り教えたけどな。俺も心得がない訳ではなかったし。だが精神面まで手が回らんかった」
「それは……」
「……あいつ、変わったよな?」
「はい」
「うん。『一発殴らせろ』と言うなら、このタイミングかな?」
 いや、ここはちょっと海面からの高さがすごいというか、15mの高さから落ちたコンクリートの硬さに相当というか……。あと、さっきの「心得」の中身も聞いてないし。というか、聞きたくないし。
「……うちは親父の方もツンデレでな。ほんとは『感謝してる』と言うべきなんだろうな。……言わないけどな」
「……」
「笑ったな?」
「い、いえ。そんなことは」
「じゃあ、母さんとの惚け気話をたっぷり聞かせてやろう。そして俺たちが、ハルヒに日々どんな目に合わされているか、思い知るといい」


「あらハル、もう帰ってきたの?」
「水がしょっぱくて」
「海ってそういうものよ」
「どこまで行っても足がつくし」
「遠浅の海ってことね」
「なんか、つかれた」
「お昼まで休む?」
「そうしようかな」
「お父さんがハンモックを吊ってたわよ」
「……いい。部屋で寝る」


「……という訳で、うちはバカップルだ。ツンデレ娘からは再三苦情が寄せられるが無視だ。親の幸せな姿を子に見せつけて何が悪い? 親の仲の不幸を子供に心配されるより、呆れられバカにされた方が何倍もいい」
 ヨットのあるところに着くまでの間、親父さんは本当に本気で惚気続けた。内心、拍手を送りそうになるくらいのものだった、とここでは言っておこう。
「さあ、着いた。ヨットは始めてか?」
「はい」
「じゃあ、呼び名だな。まず艇体のことを『ハル』と呼ぶ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「世界中で?」
「ヨット屋ならな」


「あら、もう起きてきたの?」
「何が悲しくて、南の島に来て、昼間から部屋にこもって膝を抱えてるんだと思うと、おもしろくなくて」
「それもそうね。膝は抱えなくてもいいと思うけど。何か飲む?」
「レモンっぽい奴がいい」
「座ってなさい。持ってくるわ」
「うーーーー」
「はい……キョン君、連れて行かれて、そんなに退屈?」
「……」
「あるいは、まともに顔見れないから好都合?」
「……」
「まあ、少しお待ちなさい。母さんの勘では、午後は天気予報、外れるから」
「?」
「潮の香りがね、教えてくれるのよ」


 親父さんは、ビート板に旗を突き刺して海に浮かべた。
「最近はこうやってリクツを説明するそうだ」
「理屈ですか?」
「知っての通り、ヨットは帆に風を受けて進むが、見ての通り、帆があるだけじゃ風に翻弄されるばかりで前に進まない」
 そういって、ビート板をすくいあげ、裏側に小さな下敷きのような板を突き刺した。
「こうすると船はくるくる回らなくなる。そればかりか、帆が風を受けて生じる力とこの板が進むまいとする抵抗力が合わさって、斜め前から風が吹いても、ヨットは何故か前に進む。合力って奴だ。力の平行四辺形とか、習ったろ? なに、理系はからっきし? じゃ往年のカンフー・スターのやり方で行こう。『考えるな、感じろ(Don't think, Feel!)』。さあ、海へ出るぞ」

 * * * *

「キョン!キョン、キョン! 親父! キョンに何したのよ!」
「鍛えた」
「何それ!? 仕返しのつもり?」
「仕返ししなきゃならないようなこと、何かされたのか?」
「そんな訳ないでしょ!」
「俺の答えと同じだ。……おい、キョン君、眠っているところ悪いが、そろそろ起きてくれ。
 俺の家庭内地位が公的支援も間に合わんぐらい劣化しそうだ」
「…う…すみません。面倒かけて」
「キョン、バカ親父に何されたの?あたしの親なんてことは銀河の果てに追いやりなさい。海に突き落とされた?海水を煮え湯にして飲まされた? あたしが3倍返しにして敵をとってやるから!」
「親の敵とはよくいうが、親が敵とは。ははは、こりゃいい」
「親父ギャグ、禁止! さあ、キョンを降ろしたら、それがゴングよ!」
「娘よ、最近また腕を上げたらしいが、今日は勝ち目がないぞ」
「何故よ!?」
「戦う理由がないからだ」
「ハルヒ……やめとけ」
「あんたの頼みでも、これだけは聞けないわ!」
「母さん、しぶい日本茶が飲みたい」
「はいはい。用意してありますよ」
「なに、ふたりして、和んでるのよ!」
「ハルヒ……。おれは、ただの……船酔いだ」
「親父、あんたのヨットに乗せたのね!?」
「うむ」
「あんなもの、はじめてなら吐くほど酔うに決まってるじゃないの!」
「うん。その上、夕べはほぼ寝てないみたいだしな」
「それがしごきって名の暴力以外のなにものだっていうのよ?」
「強いて言えば、愛、かな?」
 ハルヒは露骨に「これ以上話しても無駄だ」という顔をして、親父さんからさっさと俺の身柄を奪い取った。
「こいつ寝かせてくる」
「ハル、キョン君の吐き気が続くなら、室内より風通しのいいところがいいわ」
「うん、母さんの、借りるね」
 ハルヒの母さんが読書につかっていたやつだろう、リクライニングできる籐製の大きな椅子に、ハルヒは俺を座らせた。
「まだ胃液が上がってくるかもしれないから、頭は下げすぎない方がいいわ」
 そういいながら椅子の調整を済ませ、ハルヒは「ちょっと待ってなさい」と言って、再び親父さんがいるジャンボ・パラソルに戻って行こうとした。いくな、と手をつかんで振り向かせたが、ハルヒはポンポンと握った俺の手の甲を叩いて、俺をあきらめさせた。
 ハルヒと親父さんの、冗談と呼ぶには激しすぎる言葉や技の応酬は何度か見てきたが、俺が知る限り、ハルヒが親父さんに向けてここまでの怒りを向けているのは始めてだった。いつもは、じゃれるというか、やり取りを楽しむというか、二人のどちらにも、何かしら余裕のようなものがあった。今のハルヒにそれが感じられない。それどころか、いつでも、何もかもを冗談と化すことができるような、いたずら坊主のようなまなざしが、親父さんの目からも消えている。それが俺を不安にさせた。唯一の頼みは、そんな雰囲気さえも、当たり前に受け流しつつ、すべてを見守っているハルヒの母さんだけだ。彼女だけが、俺が知っている、いつもの涼宮家の雰囲気を今もまとってくれていた。
「言いたいことがあるなら聞いてやるぞ、小娘」
 親父さんの声には、明らかに挑発の色が乗っている。
「言葉だけで済ませるつもり、ないから」
 ハルヒの両方のつま先が、リズム良く砂を蹴り、こいつの体を上下させる。
「性懲りもなく打撃系か?」
「下が砂だってことを感謝しなさい」
 ハルヒは、ゆっくりした口調で発した、その言葉の音と音の間に蹴りを潜ませて、放った。素人の俺には、何時どんなタイミングで蹴られたのか、完全にわからなかった。
 親父さんの側頭部あたりで乾いた音がして、はじめてハルヒの足元で蹴り足が踏み切った砂が舞っているのに気づいたくらいだった。
「軽い」
 親父さんは椅子に座ったまま、左手を上げて蹴りを受けとめたようだった。
 「ようだった」というのは、親父さんの言葉が聞こえた時には、蹴ったはずのハルヒの右足はもう、足元にもどっていて、トーントーンと体を揺らすリズムに復帰していたからだ。
 親父さんは軽いと言ったが、もとよりそれは、ハルヒの蹴りの本質ではない。その証拠に、蹴りを受けた親父さんの左腕には、何かで切ったかのような傷に血がにじんできていた。
「今時、イベリア船籍の安全かみそりだって、ここまでなまくらじゃないぞ」
 言葉自体は冗談以外の何ものでもないが、声の調子にも、目に浮かぶ色にも、そんな様子はカケラもない。あと冗談のキレもない。
 事実、親父さんはすでに立ち上がって構えをとっているが、ハルヒの蹴りがいくつもまともに入っている。最初の左から蹴りのように、右からの蹴りを裁き切れていない。
 親父さんの右のこめかみから血が流れ始める。
「減らず口も減ったようね」
 その言葉の内にも蹴りが飛ぶ。今度は、脇腹に入った。親父さんの体が歪む。
「待ってろ。今、正義の怒りを貯めてるところだ」
「月並み! あと誰が正義よ!」
「安心しろ。少なくともお前じゃない」
 親父さんの前に出そうとした右足がもつれる。体が傾く。それを見逃す今のハルヒではない。
 だが、俺の中で唯一、非凡人的に発達した「ヤバいことセンサー」が全然別の方向を指していた。
「やめろ、ハルヒ!」
…………
………
……

 「簡単そうに見えるだろうが、今のも楽じゃないんだぞ。これが野郎相手ならボコボコにして終わりなんだが、アザでもつけると母さんが怖いからな。……あ、恋女房としてじゃなく、武人としてな。ここ、必ず書いとくように」
 親父さんが、ハルヒの膝でのフィニッシュに合わせた技は、「簡単そう」どころか、何をやったのか、まるで分からなかった。
 しかし、結果を見て何を狙ったものかは分かった。瑕ひとつつけず、ハルヒの意識を奪うこと。それと、もうひとつ。
「最初の蹴りはフェイクでな、この馬鹿、足で俺の右目に砂を《投げ》やがった」
「ハルヒが?」
「きたねえ手だ。反吐が出る」
 親父さんの顔には、ハルヒがこのことを自分で話す時、おそらく浮かべるだろう自己嫌悪する表情が浮かんでいた。
「だから、ちょっと、ほんの少しだけ、怒っちまった」
 親父さんは、いつもの悪ガキのなれの果てのまなざしに戻ってそう言った。俺は、うまく言えないが、その表情にどこか安心したような気持ちになった。
「そうまでして勝ちたいかね?」
 と息を吐くように親父さんは嘆いた。
「どちらも勝ちたい、負けられないと思うから戦うのでしょ?」
 とハルヒの母さんが言葉を引き取った。
「ちがいない」
「それだけ?」
「反省してる」
 と愛すべきバカ親父は言った。
「馬鹿だって時には反省したっていいんだ」
 自分に、それとも誰かに、言い聞かせるように親父さんは言った。
「さて、後は戦後処理だけかしら」
 ハルヒの母さんの視線をすごく感じる。言いたいこともすごく分かる。どっかの機関内超能力者に教えてやりたい。顔なんぞ近づけなくたって、ひそめた声なんぞ使わなくたって、伝えるべきことは伝わるのだ。そう、真っすぐ相手の目を見さえすれば(澄みきった瞳限定、但し長門は別考の余地あり)。


 ハルヒが真ん中の寝室のベッドで目覚めたのは、……正確には「自分はもう起きている」と、ベッドの端に座っている俺に気付かれてもいいと踏ん切りをつけたのは、もう午後10時を回っていた。
「いつからいたの?」
「胃液を吐くのがおさまってからだ」
「なんでそんなとこに座ってんの?」
「ありていに言えば、そうしたいからだ。邪魔なら出てく」
「親父と闘ってるの、見てたわよね」
「ああ」
「……ざまないわ」
「すまん」
「なんであんたが謝るの?」
「おまえを止められなかった」
「止めてたら、あんたから倒してたわ」
「それでも止めるべきだった」
「無茶言わないで。あれを止められるのは、止めていいのは、母さんだけよ」
「……」
「でも、あんたはそういう奴だったわね。……知ってたわよ」
「すまん」
「あやまるな!!……ん、く、キョン、お願いだから、今すぐ向こう向いて、3分、ううん2分でいいから、意識を止めてなさい!!」
 おれは両肩をつかまれ、180回転させられて、背中にハルヒのかるい頭突きを食らった。
 だから、その後しばらくのことは俺は知らない。
 俺が知っていて良いのは、ハルヒが頭をずらして、俺に語りかけ始めてから後のことだけだ。

「なんで、あんたは怒んないのよ……。あんたとオヤジの間だけで話がついてるみたいで、あたしひとりが悪者じゃない」
「そういうんじゃない」
「何よ、何がそんなにおかしいわけ? あたしは今も怒ってるんだからね!」
 俺の肩まであがってきたハルヒの頭に、ぽむと犬がお手をするみたいに手を乗せる。
 ハルヒは払いのけないで、首を少しだけ縮めた後、首の力だけで俺の手を振り落とそうと挑戦する。
「俺のために怒ってくれたんだろ? だったら、俺はおまえに感謝してるぞ、ハルヒ」
 首の奮戦が中断する。表情は見えないけれど、声の調子は怒りを乗せたそれから、ぶーたれモードへと切り替わる。
「そりゃ、どうもお」
 ハルヒの言い方が、あまりにしぶしぶといった感じだったので、俺は思わず吹き出した。
「やっぱり、あんた笑ってるじゃないの!」
「いや。だが楽しい時に笑っちゃいかんのか?」
「楽しいじゃないでしょ! あたしは笑われてるのに腹立ててるの!」
「おまえがどの口でそれを言う?」
 いつも人を指差して、本当に楽しそうに笑ってる奴が。
「この口よ」
 だが、いまは、わざとらしく威張ったアメリカお化け(ドロンパ)の口だ。
「この口か」
「……んん!……あ、あんた、どさくさにまぎれて!」
「お、おまえも目を閉じただろ?」
「キスしといて、うろたえるな!」
「おまえこそ、今のおまえの顔を見せてやりたいぞ」
「……なら、動かないでよ」
「動くもんか」
「……こら、キョン、目、閉じるな! 見えないでしょ!」
「いや閉じるだろ、普通! こんだけ至近距離になったら!」
「……あんた、雰囲気に飲まれすぎよ」
「お、おまえのその目を、これ以上凝視できる奴がいるんだったらな!」
「なによ!?」
「……古泉の携帯の番号を売ってやる」
「どの口で言うのよ、まったく」
「この口だ」
「この口ね」

 ごほん、ごほんと、わざとらしい咳払い。
 これが本物なら、隔離した方がいいぐらいのレベルだ。
 壁の向こうからでも聞こえる大きなため息。そして声。
「おまえら、絶対、わざとやってるだろ。……バカ娘と格闘してな、デレが腰に響くんだ。聞こえないところでやってくれ」

「キョン♪」
「なんだ、ハルヒ? うれしそうに」
「そうよ。なんか、めちゃくちゃうれしいわ。あんたがヤギでここがアルプスなら、ぐるぐる振りまわして地球を七回転半してるところよ!」
 俺を光の速さでぐるぐる振りまわすかわりに、ハルヒはこれまで誰も見たこともないような見事なガッツ・ポーズをきめてみせた。
「そうよ、あたしはあいつの娘だもの。自分を人質に取ればいいのよ。なんで、こんな簡単なことに気づかなかったのかしら?」
「いや、それは気付いたとしても、人としてどうかと思うぞ」
 俺の立場で、こう言うのも何か違う気がするが。
「あたし今、はじめて親父に勝てた気がしたわ」
 聞いてないし。
「構うことないわ。それとも、……あんた、あたしが、嫌なの?」
 実は聞いてる上に、ボイス攻撃まじえて時間差で答えてるし。
「お、おまえ、その声は、……いろいろ、いろいろ、まずいって」
 ああ、そうとも、テキストデータでお伝えできないのが、実に喜ばしいぞ。
「あら、キョンにも効いてるわねー」
 やっぱり主標的はあっち(親父さん)かよ。
 しかも、なんだ、瞳の中の大星団の数は? やばい、ハルヒのギヤが「ハイ」の2つ上に入ってる!
 つまり、今現在ハルヒの「ストライク・ゾーン」は最悪最大規模の閉鎖空間を上回る勢いで絶賛拡大中だ。
 手遅れになる前に、やるしかないのか。
 耐えられるのか、おれの胃腸とか内分泌系。持つのか、おれのジョン・スミス。
 ええい!吹けよ風!呼べよ嵐!
「ハルヒ!」
「待ってました!」 何をだよ!?
「に、にげるぞ!!」 どこへだよ、俺!?
「じゃあ、地平線を追い越すわよ、キョン!!」 それは誰かの新しいキャラ・ソンか何かか!?

 手をつないだ俺たちがコテージを飛びだすのと、滞在中の涼宮夫妻の寝室になっているベッドルーム(大)の木製のドアが、親父さんの貫き手の演舞によって破壊されたのは、ほとんど同時だった。



その7へつづく









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