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二人は暮らし始めました-外伝-ハルキョン温泉旅行 その4

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haruhioyaji

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その3から


 大浴場には、結局おれ達以外、誰も入ってこなかった。何故かというなら、決まってる。部屋ぜんぶに専用露天風呂があるからだ。
 では何故大浴場があるのか? それも決まってる。旅先でケンカするカップルは、決まって一定の割合でいるからだ。部屋に居づらくなっても大浴場がある。混浴ならいっそ、新しいパートナーだってみつかるかもしれないと思うのは穿ちすぎか。とにかく人手のピークは、あれやこれやがあった後、ずっと遅い時間なんだろう。

「ちょっと、キョン! 温泉がうれしいのは分かるけど、あんた、はしゃぎすぎよ!」
 悔しいが今は涙を飲もう。はしゃいだのは温泉だから、混浴だからじゃないぞ。だが今は何を言っても負け惜しみだ。反論にすらならない。
「まあ、懲りるって事を知らないあんただから、いつでも再戦は受けて立つわ。でも、おなかがすいたから、早くて夕食の後よ」
 ああ、部屋に無事たどり着けたらな。それと移動エネルギーが惜しいから、次以降の会場は、部屋についた、せっかくの専用露天風呂にしてくれ。
「いい加減、暑苦しいから、自分の足だけで立ちなさい。あんたは普段バカだけど、やればできる子よ」
 ああ、こんな理不尽なこと言われて育ったら、グレてもしかたないと、いま心と体で理解したぞ。これからは少し暖かい目で彼らを眺める事にする。無論、遠くからだけどな。ところで、エレベーターはまだなのか、ハルヒ?
「もう、あんたは、そこに座ってなさい」
おまえのいう『そこ』は、絨毯敷きだが冷たい廊下だぞ。
「車椅子か何か借りてくるわ。これだけの規模の旅館だから、なんかあるでしょ」
「ちょっと待て」
すたすた歩いて行こうとするハルヒを、何故か思わず呼び止める。三たび、何故かって? 行って欲しくないからに決まってる。けれど、そいつが言えない。引き止める理由が、ありすぎて見つからない。
 「なに、あんた浴衣萌え? 夏祭りのときも、怪しいと思ったけど」
 多分、今のおれは、いわゆる「見惚れる」とかいう表現が、ど真ん中を貫通したような目でこいつを見ている、いや目で追っているんだろう。
 確かに夏祭りの浴衣は皆それぞれに似合っていたが、祭りの浴衣が各人の個性を引き立たせるファッションなら、どれも同じデザインの温泉宿の浴衣はフェティシズムに属する。いや、本題はそこじゃない。何を着ているかより、誰が着ているかが、重要じゃなかったか?
「ちがう」
 無論、決して嫌いという訳じゃないぞ。ああ、湯上がりの浴衣女子を嫌いだなんていう奴がいるなら前へ出ろ。
「あ、そうか。こっちね」
ハルヒは右の手で後頭部の子馬のしっぽを揺らしてみせる。
 くっ。ひきょうもの。勝てれば何をやってもいいのか? なんだか廊下の景色までぐらぐら揺れている気がするが、まだ負けんぞ。
「なによ、熱かったら髪を上げるのは当たり前じゃないの」
 その髪型を、単なる湯上がり仕様と言い張るのか。やっぱりお前はその理不尽なまでの破壊力を理解してないらしいな。
「そっちでもない」
こともないこともないこともない。だが、逆転を狙うなら、ここしかない。許せ、ポニテ。
「ふーん、そう」
「ハルヒ萌え、とでも言えばいいのか?」
「あ、あんた、湯当たりのくせに、言って良いことと悪いことが……」
酸欠のキンギョみたいに、ぱくぱく状態になるハルヒ。もう一押し。おれがひっくり返る前にもう一言、いや二言だけ。
「今のはどっちだ?良いのか、悪いのか?」
「い、い、いいけど、ここが廊下だってこと、忘れないでよね」
「おれが男だってこと、忘れてないか?」
「ふん、けだもの」
ハルヒはベーと舌を出した。
「そういうセリフはね、ちゃんと二本の足で立てるようになってから言いなさい!」
ちきしょう、そこで後ろを向くのは反則だ。桜色に染まったうなじの前で、子馬のしっぽが揺れている。
 人類への進化の途上に据え置かれたまま、おれの視界は暗転した。ああ、なんて幸せな、馬鹿っぽいブラックアウト。


 「バカキョン、力に頼るなら、勝ったときだけ喋りなさい」
 膝枕の上で意識を取り戻して、聞く第一声がこのセリフかよ。
「あー、ハルヒ」
「キョン!気がついた?大丈夫?」
 湯当たりぐらいで大げさな。足腰が立たないのは別の理由だ、察してくれなくていいぞ。……それにな。
「ハルヒ、おまえ、泣いてるぞ」
大粒の雨が、おれの頬を、そして顔を打つ。それがペナルティだと、おれのようなバカにもはっきりと分かるように。
「泣くわよ、そりゃ!」
 ハルヒがおれのアタマを、バスケのスリーポイント・シューターのように両手でひっつかむ。
「あんたになんかあったら、あたしが真っ先に泣くわ。誰にも譲らないからね!」
 本当に何故だろう?
「なんでだろうな。おれよりおまえの方が、ずっと素直に見える」
「あ、あたりまえでしょ。あたしは、おもいっきり素直よ。あ、あんたに関しては!」
 じゃあどうしたらイーブンに持ちこめる? 決まってる。
 おれも素直になることだ。
 そしてこいつが大問題だ。
 だが、第一声は、意識を失う最中、決めてあった。
「ハルヒ、愛してるぞ」
「あたしもよ、キョン」
 なんだ、意外と平気じゃないか。おれのインビジブル・ハート(見えない心臓)。
「つづきはな、二本足で立てるようになったら、言ってやる」
「バカ。あんたなんか、ずっとこのままでいなさい」
「いいのか?」
おまえも、おれも、浴衣きりしか着てないんだぞ。ひざまくらだし、その微妙に角度が微妙だし。ハルヒの目は、唇は潤んでるし。
「いいわよ」
「じゃあ」
 おれも言わなくちゃならないな。
「……のぼせがおさまって、起きあがれるようなったら……」
そうとも、温泉に来て、他に何をしようっていうんだ。
「いっしょに風呂に入ろうぜ。二人きりで」
 その刹那、おれの額に乗せられた濡れタオルは宇宙速度で飛び去った。代わりに、シルクハットから出てきた平和のシンボルみたいに、それまでどこにあったか不思議な氷まくらが、おれの顔に押しつけられた。
「むぎゅ」
 マンガ的だが、湯気を上げながら気化熱を奪われ温度が下がっていく、真っ赤な顔の男を想像してくれ。

 これで物語は早終いさせてもらいたい。何故って?
「な、長くは待たないからね!」
と手をばたばたさせて叫ぶ前に、ハルヒがおれの浴衣の袖を握って、小さくうなずく声がはっきりと聞こえたからさ。

「うん!」

 あとは、察してくれ。


〜おしまい〜



元書道部
これって、すでにバカップルものじゃなくて、単なるノロケ話ですっ!
文芸部
途中からKFアクティベーターを326機稼動させたが、背景色表記部分が滅失した程度の効果しか得られなかった。
副団長
まあまあ。ここはひとつ僕から心づくしの品を彼らに送っておきましょう。



(後日談)

「あー、やっぱりうちはいいわねえ。くつろぐと言うか、気が休まる部分が違う気がするわ」
「くつろぐのはいいが、いちいち床を転がるな。激しく掃除の邪魔だ」
「あんた、旅行中はほとんど死んでたのに、案外元気ね」
「死んでたというより、何度か死にかけたけどな」
「生理的にも社会的にもね。でも安心しなさい!あたしは黄泉の国で後ろを振りかえるようなバカなマネはしないから!」
「というか地上でも、後ろを振りかえってるところなんて、ほとんど見たことが無いぞ」
「なにを言ってるの、キョン。チャンスの女神は前髪しかないのよ!」
「女神なんて一人でたくさんだ、ぶつぶつ」
「ところで、古泉君からなんだかいかがわしい小荷物が届いてるわよ。なにか頼んだの?」
「絶対にない。中身はなんだ?」
「あたしの口からは、とても言えない代物よ」
「なんだ、そりゃ。手紙が入ってるな。……『お疲れ様です』」(バシンッ!!)
「なに、床に叩きつけてるの?」
「なんでもない。ハルヒ、開けてみろ。スッポンだのマムシだののドリンク剤だ、きっと」
「へんなものに頼らないで、きちんとバランスのとれた食事から栄養を摂取した方がいいわよ」
「そうだな」
「あら、拍子抜けね。漢方のバイアグラっていわれる柴胡加竜骨牡蛎湯とか、亜鉛のサプリメントとか、案外まともなセレクションじゃないの」
「と言いながら開けてるし、解説までしてるし。それに、その柴胡加竜骨牡蛎湯って、ストレスに効く軽い安定剤だと言ってなかったか? おまえに勧められて毎食前にすでに飲んでるが」
「ま、まあ、どっちにも使うのよ。亜鉛もね、精子の鞭毛の原料だし、ストレスで消費されるものでもあるの。ヒメノスとかトノスとか入ってたら叩き返すところだったけれど、これはもらっておきましょう」
「ヒメノスとかトノスとかって、なんでそんなおっさん雑誌かスポーツ新聞くらいにしか広告が載ってないもの、知ってるんだ?」
「あんたもね。とにかく、あたしは、『鈍くさせて長持ちさせる』なんて発想からして、賛成しないから」
「お、おう」




元書道部
古泉君、なんてものを送ってるんですか!?
文芸部
まさに敵に塩を送るに等しい。古泉一樹、あなたと私達の利害は一致しない。
副団長
埋めよ増やせよ、いいじゃありませんか、え、あれ?













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