ハルヒと親父 @ wiki

スポンサーから一言 その1

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haruhioyaji

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「ハルヒ」
「親父! なによ、いきなり来て。連絡くらい入れなさいよ!」
「借用書だ」
「はあ?あんたからモノ借りた覚えはないわよ」
「よく見ろ、これからおれがおまえから借りる、という内容になってる。さあキョンを出せ」
「あんたねえ、イヌかネコの子みたいに。だいたい彼氏ってのは親に貸すようなもんじゃないでしょ!」
「彼氏という自覚ができたか、それはめでたい。実を言えばお前の所有でもないから、借りるなんていわなくていいんだがな。で、キョンはどこだ?」
「いないわよ」
「いないのは見れば分かる」
「なんであんたに、あいつの行き先を言わなきゃいけないのよ?」
「そりゃもっともだ。邪魔したな」
「こら、借用書! こんなもの、置いて行くな!」
「……よう、キョンか? おれだ、親父だ。手借りたい。どこで会える? ああ、そこなら10分以内だ。今? ああ、おまえたちの部屋だ。汗水流して育てた一人娘に、追い出されかけてるところだ」
「ちょっと、何を勝手に電話してんのよ! だいたい何であいつの携帯番号知ってるの!?」
「友情パワーだ」
「意味わかんない。だったら、なんでわざわざうちに来るのよ!」
「だから借用書だ。律儀だろ?」
「嫌がらせとしか思えない」
「まあ、それほど違わん。父と娘のコミュニケーションだ。たまには付き合え」
「冗談じゃない」
「どうせ学生だし同棲してるし暇だろ?」
「退場! ……晩ご飯までには帰しなさいよね」
「話が分かる、さすが我が娘」
「それだけが、あたし唯一の汚点よ」
「バージン・ロードを歩くまでの、この先短い付き合いだ。仲良くやろうぜ」
「本気で、駆け落ちしたくなったわ、今」


「よお、キョン。こっちだ」
「部屋へ行ったんですか?」
「生き別れの娘に会いにな。引き際が肝腎だ。もう少しで蹴り殺されるところだった」
「お元気そうですね」
「そう見えるか? 実は憂鬱に沈んでる。自分一人じゃ耐え切れそうにないんで呼んだんだ」
「はあ」
「会って早々不景気な話で悪いが、おまえらが出た高校の卒業生が、先月2人ほど自殺してる。一人は飛び降り、もう一人は風呂場でリストカット。古典的なやり方だ。知ってたか?」
「いえ、そんなことが?」
「ちょうど大きな鉄道事故があって、報道はみんなそっちを取り上げてたからな」
「親父さんは何故その『事件』を?」
「『事件』……なあ。そう思うか、キョン?」
「ええ。あれ? おれ、何か変なこと言いました?」
「いいや。……この話、したことあったか? おれは大学じゃ歴史と美術を専攻したんだが」
「いや、はじめてです」
「歴史は人間の愚かしさを教えてくれる。美術は女にもてる、最低でも大手を振って裸の女を見れる。そう踏んだんだがな。何故もくろみが外れたか分かるか?」
「いや」
「おまえさんは知らんだろうが、昔、日本人留学生で、オランダ人だったか、自分の恋人を文字どおり刻んで食べたバカがいた。そいつは画家を目指してたそうだ」
「有名な話なんですか?」
「らしいな。おれは知らなかった。調査不足だったな。まあ、そのせいか、おれは画家って人種とは相性が悪い。逆恨みかも知れんが」
 そう言って、親父さんは空を仰ぎ、ため息を真上に吐いた。
「おまえらが入学する前の話だが、北高に3年ほど勤めた美術の非常勤講師がいた。3年目が終わる頃、女生徒と「心中事件」を起こした。この平成の世の中にだぞ。写真でしか面(つら)を見たことはないが、キャンバスに向かって絵筆を振りまわすより、石を詰めたように重い紙袋を持たせて秋葉原にでも立たせた方が似合うタイプだ。で、女子高生の方は死んで、こいつは生き残った。オタク・ネバー・ダイだ。そして7年後、こいつがつき合ってた女と、7年前に死んだ女の妹とが、同じ日に「自殺」した。こいつは偶然か?」
「そうは思いにくいですが……でも、なんで親父さんがこの話を?」
「……知りたいか、キョン?」
「い、いや、突然知りたくなくなりました」
「じゃあ、教えてやる。おれも、一人娘のバカ親父だからだ」

 「遊び半分、仕事半分の知り合いが何人かいる。そのうち、お前にも会わせてやる、いやでもな。ああ見えて、うちの娘は親父ウケするんだ。『こいつがハルヒをさらっていく若造だ』と納得させとかないとな、刃傷沙汰になりかねん。ユニバーサル・カーブって知ってるか、キョン? どこの国でも、どの文化でも、一番人を殺すのは十代後半から二十代前半の男だ。縦軸に殺人率、横軸に年齢をとったグラフはだからどこでも同じようなカーブを描く。だからユニバーサル・カーブっていうんだが。調査された国の中で唯一の例外が、第二次大戦後の日本だ(ちなみに大戦前までは、日本もユニバーサル・カーブを描いてた)。この国じゃ50歳過ぎのおっさんがいちばん人を殺すし犯罪率も高い。全国紙的には報道されなかったらしいが、このあいだ関西のとある市で、ガソリンとプロパンガスボンベを満載した車を運転した63歳のおっさんが市役所につっこんだ。今、あちこちの市役所で、このバリアフリーの時代に、階段を何段も登らないと役所に入れないように、車をそこで止められるように改造をやってる。……なんの話だっけ?」
「親父さんの知り合いの話だったような」
「そうそう。知り合いな。そのうちの一人に悪徳弁護士がいてな。仕事柄、ギブ&テイクテイクテイクの関係なんだが、こいつが何を思ったのか、国選弁護士なんて引き受けやがった。金にしか興味がない正直な男が、何が悲しくて、刑事事件に首突っ込んで、怪しい自称絵描きの弁護を引き受けるんだ? 今言った通り聞いてやったら……」
「『おれも、一人娘のバカ親父だからだ』ですか?」
「そうそう。『バカ』はついてなかったけどな」
「その絵描き、起訴されてるんですか?『自殺』なのに?」
「3人目がいてな、そいつは自殺させそこなった。事故死というには不自然でな。その件で絵描きを警察は引っ張り、検察は起訴した。2人の『自殺』も、事によると追起訴されるかもしれん」
「それで、おれたちは何をすればいいんです?」
「それだ、キョン、一番の謎は。……という訳で、悪徳弁護士には昼飯をおごらせる約束になってる。もちろん、お前の分も入ってるぞ」
「どうしておれなんですか?」
「ああ、それはおれにも答えられる。おまえがバカ娘を止められる、この宇宙でたった一人の人間だからだ」

「ベルさん、こっちだ」
「何度も言うが、おれは鈴宮じゃなくて涼宮だ。それから、こっちがキョン。ハルヒをさらって行く予定の若造だ。3分だけ後ろを向いててやるから、好きにしていいぞ」
「親父さん、マジですか?」
「はじめまして、キョン君。どんなスケコマシ野郎かと思ったら真面目そうな青年じゃないか」
「爆笑だ。キョン、ここで笑っとかないと、あと笑うところないぞ」
 ここで、それをきっかけで笑うには、いささかの自尊心を犠牲にすることが必要だった。ああ、爪に火をともして貯めたかけなしのそれよ、さらば。
 そして、ちっとも悪徳には見えない、普通に見れば紳士に見える弁護士は言った。
「ハルヒちゃんに振られたら連絡してくれ。うちの娘を紹介する」
「キョン、もてもてだな。今日で運を使いきったかもしれんぞ」
いや、出会いの運ならとっくに……、と言いかけて、おやじたちの目が「このバカップルめ」と変わったところで、おれは我に返った。
 「ひとりで来ても、この威力か。確かにたまらんな」
と弁護士せんせい。だんだん悪徳に見えてきたぞ。
「だろう。そのうえ、うちに飯食いに来たりするんだぞ、こんなのが二人揃って。ツンデレのツンがタメをつくって破壊力倍増だ。しかもフラクラの無自覚さがバカップル・バリアーに転化していてどんな攻撃も受けつけんどころか気付いてさえくれん。俺の心労を思い知れ。何度も言うようだが、ダジャレじゃないぞ」
と涼宮の親父さん。顔のつくりは間違いなくナイス・ガイなのに、親父エネルギーで動いているせいか、赤子も警戒するよな怪しさが全開だ。


その2へつづく














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