ハルヒと親父 @ wiki

ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その4

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haruhioyaji

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 飛行機は快調に空を飛び、涼宮ハルヒは俺の二の腕に盛大に頭をぶつけて眠っている。

「おい、ハルヒ。起きろ、飯だ、機内食だぞ」
「ん……あ?」
「どっちにしろ寝ちまうんだな」
「"What would you like, beef or fish? 」
「ああ、うん。……キョン、あんた、魚とお肉、どっちがいい?」
「ああ、肉にするか」
「Can I have the fish meal ? He says he'd like to have the beef.(わたしは魚料理をちょうだい、彼は肉料理を食べたいそうよ)」
「いまさら驚かんが、英語もできるのか?」
「親父の持論だと、ハロー、プリーズ、サンキュの3つとクレジット・カードがあれば、どこへ行ってもなんとかなるらしいけどね」

 ハルヒがトイレに立った時、ハルヒの母さんが寄ってきた。
「キョン君、ありがとうね」
「ハルヒの飛行機嫌いのことですか?」
「ハルが小さいときに乗った飛行機で、車輪が出ないトラブルで胴体着陸したことがあってね。最初に相談しとこうかとも思ったけど、あの娘、気を使われたりするの嫌がるから」
「そうですね」
「まあ結局、何に乗るか、よりも、誰と乗るか、が重要ということね」
 ハルヒがトイレから戻ってきたので、ハルヒの母さんは一度通路側に出て、ハルヒを通らせる。
「なんの話?」
「ねえ、セネカだったかしら?『大事なのは何を食べるかではなく、誰と食べるかである』というの?」
「知らない。キョン、知ってる?」
「いや、わからん」
 ハルヒの母さんは肩をすくめた。次にハルヒが肩をすくめ、最後に俺が肩をすくめた。
「何やってんだ、おまえたち?」
 と親父さんが言って、3人のパントマイマーは我に返った。


 その後、いつのまにか俺は眠っていたらしい。
 ハルヒの話では、ハルヒの左手を握りしめて、どうやっても離そうとしなかったのだそうだ。
「ったく、律儀というかバカというか」
 あきれた声でハルヒは言った。
「で、結局どうしたんだ?」
「何が?」
「どうやって、手を振り解いたんだ?」
「叩いたり、つねったり、ぺろんと舐めたり、いろいろしたんだけどね」
「舐めたのか?」
「効果はなかったわね」
「うむ」
「結局、耳元に『トイレに行きたいんだけど』というのが正解だったわ」
「……」 それがパスワードか……俺のキーロック。
「ったく、律儀というかバカというか」

 結局、俺が再び目覚めたのは、飛行機の車輪が大地を踏む瞬間の、ドスンという振動によってだった。
「つ、着いたのか?」
 飛行機は飛行場の上をしばらく向きを変えながら走りつづけていく。
「着いたわよ」
 ハルヒは笑っていた。
「寝てる人間にシートベルトをしめさせるのは骨が折れたわ」
「ああ、すまん」
「冗談よ。寝ぼけてない? 大丈夫、キョン?」
 ハルヒは自分の右手を俺の顔の前で振ってみせる。
「あ、それと、これ、ありがと」
 これ、というのは、俺の右手に握られたハルヒの左手だった。目の前で見せられて、何故か反射的に手を離してしまう。
「お、おう。どういたちまして」 痛っ、舌かんだ。
 バカ笑いするハルヒ。
 それを見て親父笑いする親父さん。
 完全に止まってから、との指示を待たず荷物を出そうと立ち上がる他乗客のみなさんの目をそれほど引かなかったのは不幸中の幸いだった。

 ハルヒはよほどツボにはまったのか、タラップを降りながら、まだ笑ってる。
「というより、あんたの笑いの取り方は反則よ、人倫にも劣るわ」
 目に涙までためてやがる。
「そうだそうだ。笑わせるためなら尻まで見せる芸風だ」
 そこに親父パワーが上乗せされる。
「別に笑いを取りに行ってないぞ」
「じゃ天然? えーん、どうしよう、親父。キョンが本当のバカになっちゃった」
 自分が吐きだす一言一句に、反応して笑っているのだ、こいつは。まったく、いまいましい。
「なんだ、それっておれのせいか? キョン君、自分の墓穴は自分で掘れ」
 そこに親父さんのハードボイルド(?)なボケが上乗せされる。この父娘(おやこ)、実は息もぴったりじゃないか。

 飛行機を降りて地上に足を降ろすと、空港は夕暮れ時にもかかわらず、南国らしい夏の熱気を残していた。
 こうなると(そういや、いつのまに着替えたんだろう?)ハルヒの親父さんの着ている派手なアロハ・シャツが妙に似合う。まだ会ったことはないが、こういういでたちの人が、現地にたくさんいそうな気がする。
 俺たちは滑走路の脇の歩道を、ぶらぶらと空港の建物の方へ歩いていった。

 出発の時より、さらにあっさりと、入国その他の手続きは片付いた。
 飛行機の旅は、それでも負担ではあったらしく、感情的には上機嫌なハルヒは、体のほうは憔悴しているらしく、めずらしくも俺の腕を杖の代わりに握っていた。
 しかしそれもトランクを受け取る頃には、ハイ・テンションが疲労感を凌駕したらしく、まるで誰かに見られたらまずいところを見られでもしたように、ぱっと手を離し、手はそのままハルヒの頭の上にあがったままで止まった。まさにホールド・アップの状態。
「傷つくなあ、なあキョン君?」
 と、しなくてもいい心理描写をしてくれたのは、無論ハルヒの親父さんである。
「うっさい!」
 今度はアドレナリンとトランクを身の支えにして、さっさと行こうとするハルヒ。
「バカ娘、ここは右も左も分からぬ外国だ、軽率な真似は慎め。予約してあるコテージまではレンタカーでいくから、ちょっと待ってろ」
 親父さんは背中に「ワクワク」といった文字を背負うがごとく、人の波をかいくぐりながら目的のカウンターへと進んで行く。
「何が外国よ。日本語も英語も使えそうじゃない」
「暗くなってきているからよ。言葉が分かっても、意に添う人とはかぎらないわ」
 ハルヒの母さんはニコニコと、空港の出口でプラカードをもって飛び跳ねている連中たちに目をやった。
「たとえばね、……『鈴木様、田中様、格安タクシー』というの見える?」
「あんなのに引っかかる奴なんていないわよ」
「おい、ハルヒ、どういう・・・」
 うっ。言い終わる前に肘をいれるな。
「確かにこういう善良すぎる日本人もいるっちゃいるわね。……簡単に言えば、モグリのタクシーよ。メーターなんかついていない。こっちが道が分からぬことを良いことに、デタラメに走ってとんでもない金額を請求するのよ。日本人ってのはお人よしだから、日本語で書いてあれば山田さんだろうが佐藤さんだろうが、それだけで警戒心を緩めちゃうの、誰かさんみたいにね」
「俺は、別にだな……」
 用が済んだらしく、にかっと笑った親父さんが戻ってくる。
「カーナビぐらい、おごりやがれ、べらぼうめ、と言ってやった」
「どこの江戸っ子よ?」
「そしたら、うちの車はぜんぶカーナビつきだとさ。矢印どおり走ればいい。ハルヒ、運転するか?」
「誰が?」
「家族と彼氏の命も預けられないような娘に育てた覚えはないぞ」
「眠いから相手しないわよ」
「飛行機の中じゃずっと寝てたじゃないか、キョンの腕の中で」
「何の中だって!?」
「じゃあ膝枕か?」
「どうやってシートベルトしめんのよ!?」
「はいはい。空港で親子漫才なんて、家族仲良くて母さんとてもうれしいけれど、お腹がすいちゃったわ」
 このメンバーで事態を収拾してくれるのは(それができるのは)、いつもハルヒの母さんである。感謝します。
「それじゃあ、街で何か食っていくか。ハルヒ、マクドナルドを襲うぞ。お前はビッグマックを30個、おれはてりたまバーガーを25個だ」
「こんなところで村上春樹読んでる奴なんていないわよ」
「あと、少しは買い物もしないと、明日から食べるものがないわ」
 と冷静な意見を述べるハルヒ母。
「聞いてのとおりだ。我々はミッションを変更して、レストランとスーパーに立ち寄ってから基地(ベース)へと帰還する。質問は?」
「というか、それが予定どおりじゃないの?」
「じゃあ、出発!」

 夕食は最初に目に入った店に決めようと言う「ハラペコ事前協議」に基づき、大きな交差点にある、国際的な(?)ファミレス・チェーン店のような店に自動的に決まった。
 車を駐車場に止めて中に入った俺たち4人は、無節操に多国籍なメニューを制覇するほどの勢いで注文し、そして食べた。
 ハルヒの「やせてるくせに大食い」特性については言うまでもないだろう。
 そしてハルヒへの遺伝子提供者もまた、そうした特性を持っていたとしても不思議ではない。
 ガタイのいい親父さんは、その体と悪知恵とマシンガン・トークを維持・活動させるに必要な相当量の食料を摂取した。
 ハルヒの母さんは、小柄で軽そうな外見にも関わらず、終始マイペースで食べ続け、結果として皿の山を築いた。
 俺もどちらかといえば小食な方ではない。何よりも、ここは日本でなく、いつもの集合場所の喫茶店でなく、さらに言えば俺の奢りではない。ここでは、涼宮家の3人に、いかほども遅れをとらぬ大食漢ぶりを披露したとだけ記しておこう。 

 俺たちが宿泊するのはコテージであり、基本的に食事は自炊なので、俺たちは次に明日朝以降の食料調達を行うべく、夜10時まで開いているらしい大型スーパーへ向かった。
 そこで、牛のように巨大なショッピングカートを、親父さんと俺とで1台ずつ押し、そこへハルヒ母とハルヒがどんどん食材を放りこんで行く。競り合いのようでありながら、ダブったものは何一つないという母娘のコンビネーション。
「いつもですか?」
 俺はこっそり隣の親父さんに聞く。
「どうだろうなあ。日頃、あまり買い物に付き合わんからな。母さんは体力がないから、普段は通販なんか利用してるみたいだし、気合が入ると中央市場へ買い出しだしな」
「ほんとは品物を見て買う方がよいけれどね。最近は宅配もいろいろあるし、ネットスーパーなるものもあってね。その日の広告をネットで見て午前中に注文しとけば夕方に配達に来てくれるわ。主婦もいよいよ引きこもりの時代なのかしら」

 親父さんが運転する車は、夜のなかをカーナビの矢印だけを頼りに進み、それでも十数分でコテージの管理棟のようなところに着いた。
 親父さんはそこで鍵やら備品一式を受け取ってサイン、それを後部座席のハルヒの上に放り投げて出発。ハルヒは当然わめくし暴れるが、親父さんはゲラゲラ笑いだけで応じる。
 数分、車で進むと、どうやら俺たちが泊まるコテージへと着いたようだった。
 親父さんはガレージに車を止め、親父さんと俺でトランクをコテージの中に運び込む。
 ハルヒの母さんとハルヒは、何往復かして(無論、おれたちにも手伝わせて)買い込んで来た食料をキッチンに運び込んだ。
 コテージは、中央に大きなリビングがあって、その正面は大きなベランダがあり、そこから先はこのコテージ利用者のためのプライベート・ビーチとなっている。
 ベランダを正面にして、リビングの左手にはキッチンや風呂、それとは別のベランダから直接入れるシャワールームなどがあり、リビングの右手には、手前から大きな寝室、中ぐらいの寝室、同じく中ぐらいの寝室、となる。
「あー、ごほん」
 親父さんがわざとらしく咳払いをする。
「長旅ご苦労。飯も食ったし、後は順次、風呂に入って寝るだけだ。明日から気が狂うまで遊ぶから、それに備えて、各自英気を養うように」
 そして、咳払いをもう一つ。
「なお部屋割りだが、手前のでかい寝室は俺たち夫婦が占拠する。異論は認めん、たまには年長者を敬え。なお、残りはおまえら好きに使え。父は心の準備はできてる。以上だ」
 言うだけ言って、親父さんは風呂へ退避する。さすがのハルヒもハダカの親父は苦手分野のようだ。
「何言ってんのよ!バカ親父」
 と、せいぜい見えなくなった親父さんに怒鳴るくらい。
「ちなみに、母も心の準備はできてます」
 ニコニコと目を細くして微笑み、追い打ちをかけるハルヒ母。
「母さん!」

 リビングのソファに、距離を開けて座り、親父さんとハルヒの母さんが、寝室(大)に消えるのを、二人して見届けた。
 ハルヒと俺のトランクは、まだリビングに置いたままである。部屋を決めないと、着替えも取り出せず風呂にも入れない訳だが、親父さんの呪いか、いらぬプレッシャーのせいか、なんだか「先に動いた方がやられる」状態に陥ってないか、俺たち?

「と、とりあえず」
 小一時間ほど続いた沈黙は、ハルヒの声で破られた。
「あたしが真ん中の部屋を使うから」
「ああ。端の部屋が俺だな」
「じゃあ、そういうことで」
「おう」

 ハルヒと俺は、トランクをそれぞれ自分の部屋に押し込んだ。

 ベッドに腰を下ろし、荷物も解かず、しばしぼーっとしているとノックがあった。
「あ、はい。どうぞ」
「いや、開けなくていい。……キョン、お風呂、あたし、先にいいかな?」
「……ああ、かまわんぞ」
「じゃあ、お先に」
「ああ」

 しばらくして「これはまずい」ということに、俺はようやく気付いた。
 リビングはそこそこ広いと言っても、俺の部屋はそのリビングを挟んで風呂の対面にある。
 水音とか、シャワーの音とか、人間誰でも汚れを落としたりお湯の温かさでリラックスしたりすると漏れる声だとか、ダイレクトに届いてしまう位置ではないか、この部屋は。
 喧噪を離れ、BGMは波の音だけ、という心もとない状況では、そうした音を遮るのは風呂のドアとすでに無人のリビングと薄い俺の部屋の扉だけだ。

 し、静まれ、俺のジョン・スミス。

 どれくらい経ったのだろう。俺はノックの音に我に返った。
「キョン、お風呂空いたから」
「わかった」
 ハルヒが自分の部屋のドアを閉じる音を確認してから、俺は部屋を出て風呂へ向かった。
 適当に旅の汗を流して、そそくさと部屋に戻って、そのままベッドに倒れ込む。

 すると、枕元の電話が軽い電子音をたてた。って電話?
「もしもし。ディス・イズ・キョン・スピーキング?」
「室内電話。どっからかかってきたの思ったのよ?」
 ハルヒか。すぐ隣なのに、なんだって電話なんてついてるんだ?
「……寝ぼけてたんだよ」
「今、部屋に入った音がしたわよ」
「……」
「キョン、そっちの部屋はどう? こっちのべッドは広いわよ。あんたんちの1.5倍はあるわね」
「うちのはシングル・ベッドだからな」
「いつも2人だと狭い感じがするわね」
「こらこら、『いつも』とか、いつもみたいなこと言うな」
「すぐ隣にいるのに室内電話ってバカみたいね」
「まあな」 
 そしてかけてきたのはお前だぞ、ハルヒ。
「キョン、あんた、ちょっとこっちに来なさい」
「は?」



その5へつづく











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