ハルヒと親父 @ wiki

自転を逆に回して

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haruhioyaji

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 ひょんなことから小金が入った。
 悪銭身に付かずというわけで、俺たちは小さな戦闘機を買うことにした。
 そして今日が処女飛行という訳だ。

 小さくても複座(2人乗り)で、ワープは出来ないが、音速なら超えることができる。
「まったく、生きてるうちにこんなものが買えるなんてな」
「あんた、年寄りくさいわよ、キョン」
「しょうがないだろ。実際、年寄りなんだから」
「あたしが言ってるのはね、あんたは昔からかわんないってこと」
「そういうおまえは変わったか。以前なら人に操縦カンを任せるなんてなかったろ?」
「いらいらするほど分かりが悪いのも、相変わらずね。あんたがハンドル握るなら話は別よ。あたしがあんたの運転に文句言ったことなんてあった?」
「他の文句を言うのに忙しいのかと思ってた」
「バカキョン」

 旧式といっても、21世紀の軍需品だ。操縦桿を握ってる時間より、コンピュータとコミュニケーションしてる時間が長い。離着陸は、空母と戦闘機のコンピュータ同士がやってくれる。水平飛行もオートパイロット。つまるところ、操縦士は副操縦士と、どうでもいい話に花を咲かせる時間がたっぷりある、という訳だ。もちろん、この気短なつれあいが「退屈」の二文字を自動小銃みたいに乱射するんじゃないかと、少しだけ危惧していたが、今のところ、こいつものんびりした刺激のない旅を楽しんでいるように見える。やっぱりお前は変わったと、俺は思うぞ。
「で、どこまで行こうっての? 赤色巨星化しかけてる、どっかの太陽にでも突っ込むつもり?」
「なんで、そんなことしなきゃならない?」
それよりも、ジェットエンジンでどうやって? 越すには越せる音速(マッハ)だが、宇宙速度は越せないぞ。
「死ぬまでいっしょにいられるじゃない」
「ハルヒ、それは心中だ。俺達の道行きがそんな風に思われたとは心外だぞ。これでも有り金の他に、なけなしのロマンチズムも、はたいたんだ。今後、甘い言葉は一言だって言えないかもしれない」
「冗談よ。あんたが生きるより死ぬことを選ぶなんてあり得ないわ」
「買いかぶりだ」
「そういうことにしときましょう。で、いつまで秘密主義を続けるつもりかしら。そうは見えないけど、あたしはかなり退屈し切ってるわよ。そこら辺のものに当たり散らしそうになるくらい」
「ヒントその1:地球の一部の地域では、そこの暦で7月7日に、とある星と星に向かって願い事をする習慣がある」
「へ? キョン、あんたストレスでボケちゃったの?」
「これはびっくり。おまえ、ストレッサーだっていう自覚があったのか?」
「あたしも驚いたわ。へえ、あたしがあんたにストレスを与えつづけてたんだ」
「ヒントその2:行き先はアルタイル方面だ。といっても、こいつはただの飛行機で、恒星間旅行は出来ないからな。まあ、あの時の、お前の願い事が気になってたんだ」
「ふーん、そうなんだ?」
「そいつは地球から16光年先にある。光の速さで16年かかるわけだが、誰かさんの書いたトンデモ論文のおかげで、時間旅行と超光速移動が可能になってな」
「お金さえあればね。ノーベル賞の賞金って、どうしてあんなに安いのかしら。星ひとつどころか、島だって買えなかったわ。軍の払い下げの戦闘機で足が出たわよ。こっちは芸能人でもないのに、知られたくもない顔を知られて大迷惑よ」

 当時、どこの大学にも研究機関にも所属してなかった日本人女性が書いた論文がNatureに乗り、その後ノーベル物理学賞をかっさらっただけでもかなりの話題性だが、しかも書いた本人が、あの見た目とあの言動だ。ある意味、ものすごくニュースにしやすかったからな。エキセントリックな発言をあつめた『涼宮ハルヒの語録』なんてものがベストセラーになるし、誰がネタを提供したのか、「普通の人間には興味ありません。うんぬん」の発言は入ってるし、高校生時代のピンナップまでついてるし。鑑賞用と保存用(布教用?なんで布教なんてする必要がある?)に俺が買い求めた何十冊は、「こんなものと、生のあたしとどっちが大事なの?」の一言の下に没収され、そのうちの一部は、加速機で反陽子をぶつけられて質量を放射線と取りかえるハメになったらしい。どうしても見たい奴は、機関が目下絶賛計画中の「涼宮ハルヒ・ミュージアム」にでも問い合わせてくれ。
 当時、俺はハルヒの実家に居候していて、親父さんの仕事を手伝ってはいたものの、世間的には無職であり、ハルヒにしたところで実家の家事手伝いだった。おかげで四六時中いっしょに居れた訳だが、受賞後は、様々なオファーに断りをいれる仕事はすべて俺に回ってきて、文字どおり忙殺された。無論、ハルヒ本人はそれ以上だった。「あたし中心に世界が回るようにせよ」といういつかの願い事が、はからずも(本人が全然望みもしない形で)叶っちまったのだ。年に一度しかまともに話もできない忙しさを評して、ハルヒの親父さんは、「織姫と牽牛の呪いだ。働きもせずいちゃいちゃしてた天罰だ」と元の伝説を思い出させるようなことを口にして、ハルヒの蹴りを楽しそうに顔面に受けていた。
 結局、ハルヒはそのあと、研究機関や大学からの超・特別待遇なオファーをすべて断り、3本の論文を書いただけで研究生活を終了する宣言をした。
「アインシュタインよりは働いたわ。今後はもっと大切な仕事をするつもり。何するかって? 本気で聞いてるの? 幸せな家庭をつくるに決まってんでしょ!」

 「ヒントその3:今日は7月7日だ。旧暦がどうの、って話はなしだぞ」
「なんでベガじゃなくてアルタイルなのよ」 
「計画を立てたのが俺だからだ。というか近い方へ先に寄るだろ、普通。ベガの方の願い事は、もう叶ってるんだから、いいだろ」
「そういう問題じゃないわ」
「ちなみに俺は、両方の願いが叶った。小金は手に入ったし、ど田舎だが庭付きの一戸建てもある」
「ついでに、おんぼろ戦闘機もね。あんた知ってた? 七夕の飾りってのはね、7月6日まで飾っておいて、7日の朝になったら、精霊流しみたいに川に流すのが本当なんだって」
「そう来るか。よかろう。今日一日だけ、俺は魔法使いなんだ。地球の自転を逆さにまわして、7月6日に戻してやろうじゃないか」
「はあ? あんた気は確か?」
「そのセリフ、何回言われたろうな。だが俺は正気だ。元物理学者の奥様、地球の自転速度はどれくらいになる?」
「はあ?地球一周を赤道上で計るとおよそ4万kmくらいだから、これを24時間で割り算して4万(km)÷24(時間)=1666(km/h)。ざっと時速1666キロぐらいかしら」
「で、マッハ1ってのは、どれくらいの速度だ?」
「あのね、マッハ数は流速に対して定義される量なの。物体の移動速度を示すものではないんだから。軍隊は、大雑把にマッハ1=1225 km/h(気温 15℃、1気圧 (1013 hPa) の空気中:国際標準大気 (ISA) 海面上気温)としてるみたいだけど」
「この戦闘機はマッハ1.8くらいは軽く出る。じゃあ、アフター・バーナーに点火して、太陽が西からのぼるところから始めようか」
 俺は機首を真西に向け、コンピュータとちょっとしたやり取りをした。マッハ1.8は時速2,205キロだ。赤道の真上で飛んでも、自転速度を追い抜く。つまり俺たちから見れば、地球は追い抜かされて、反対方向に回る訳だ。
「ちょっと、キョン。それってドライブで夜景見に行くのと同じ発想よ」
「わるかったな。だから『なけなし』って言っただろ」
「まあ、あんたにしちゃ、シャレがきいてるわ。ほら、見てキョン!!」




 まあるい地平線からのぼる太陽が、金環日食のダイヤモンド・リングみたいに見える。
 もう「キザキョン」は打ち止めだぞ、ハルヒ。
「いいところなんだから、少し黙ってなさい!」

















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