ハルヒと親父 @ wiki

ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その2

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haruhioyaji

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 パスポートを受け取った日、ハルヒはいきなり俺からそれを横取りし、どこかの悪の党首へか、その写メを送っていた。
「親父の携帯へよ。旅行会社に教えとかないといけないんだって」
 ハルヒは、俺にパスポートを返しながらそう言った。
「それにしても変な顔ね。もう少しマシなの、なかったの?」
 返しながらも、ハルヒは妙に固まってるポスポート添付の俺の写真にケチをつける。
「いきなり連れてこられて、そこのコイン写真機で撮ったんだろ。マシとか、そういう問題か」
 するとハルヒは「ちょっと待ってなさい」と言い捨て、そのコイン写真機の中へ飛び込むように消えて行った。
 数分後、コイン写真機の横で、ハルヒと俺は写真が出てくるのを待っていた。
「ほら、どう?」
 ハルヒが引っ掴み、俺の顔の前に突き出した写真には、100ワットの笑顔で笑ういつものハルヒがいた。
「こういうのはね、コツがあるのよ」
「それを撮る前に教えろよ」
「つまり……好きな奴が目の前にいるとイメージすんのよ。んもう、うっさいわね!」
「いや、まだ何も言っとらん」
「じゃあ、この話題、終了!」
「……かえって目つぶりそうにならないか?」
「ん、何?」
「いやいや.終了だ、終了」
「なに、何なの? 言いなさい!」
 幸運にもハルヒの携帯から着信音がなり、追求は中断した。
「親父? 今のちゃんと撮れてなかった? あ、そう。キョン、あんたにだって」ハルヒから携帯を受け取る。
「お電話かわりました」
「代わられました、涼宮親父です。あのな、トランクだが、うちの連中の分は、まとめてレンタルしようと思ってるんだが、一口乗るか?」
「あ、ええ。俺も持ってないんで、お願いできるなら」
「じゃあ、出発の2日前に自宅に配達されるようにしとく。デザインの方は任せてくれ。誰ともかぶらないオリジナリティあふれるやつにしとくから」
 俺の耳に着けた携帯に、向こう側から自分も耳をくっつけていたハルヒは、そこでいきなり自分の携帯を奪い、もとい取り返し、親父さんに相手に吼える。
「あんた、キティーちゃんの浮かせ彫りみたいなのにしたら、ただじゃおかないからね!」
「わかった、わかった。切るぞ」
「あ、もう。切れたわ」
「なんだ、その、浮かせ掘りって?」
「昔、親父にレンタルするトランクを頼んどいたら、なんとあたしののデザインが、ミッキーマウスとミニーマウスが、ソーラン節を踊り狂ってるようなトランクでね」それ、想像できるか? 俺にはできん。
「小学生ながら、顔から火が出たわよ」
「なんか急に不安になってきた」
「どうせ3泊4日なんだし、トランクなんていらないんじゃないの?」
「そうなのか。旅慣れないせいか、そういうのは、どうもよくわからん」
「南極行くってんなら、着るもの食べるもの、生活に必要な一切を持って行かなきゃならないだろうけど、今時、どこの国でも都市に出たらコンビニはあるしネカフェもあるし、手ぶらで行って必要なものを現地調達すればいいのよ。気候だって違うんだから」
「で、おまえはどうすんだ?」
 たしか合宿のときとか確か軽装だったよな。
「トランク? もちろん持って行くわよ。あたしは万事において全力でいくのがモットーだから。旅行の荷造りだって例外じゃないわ!」
 その気合いはどこに向けられてるんだろうね?

 俺にとっては始めての海外旅行だが、万事あの親父さんが取り仕切り、そこに万一遺漏があったり、十に一悪ふざけがあったにしても、さらにその奥には、ハルヒのあのハイパー母さんがいる訳で、パスポートもとれた今、俺には何をやることもなく、心の準備すらもなんだかどうでもいいような気がして、ただ出発までの日を、いつのもの日常をのんべんたらりと過ごすだけなのであった。
 それはハルヒも同じことのようで、部室でネットを見ているときに、巡回先が今回の行き先の何とか島だったり、そこでの何とかスポットであることを除けば、これまた、しごく心おだやかに暇を持て余しているのだった。
「いやいや。そうとばかりも言えませんが」
 何だよ、古泉、また宇宙の危機か? 俺には時折パソコンの向こうから、くふふふ、とか、えへへへ、といった間抜けが声が聞こえてくる以外は、まったりとしてその上どっぷりな日常しか感じられんぞ。
「ええ、涼宮さんは極めて上機嫌です。このところ閉鎖空間の発生もありません」じゃあ、ノー・プロブレム。問題なしだ、良いことじゃないか。
「……今回、あなたという人間が、ご自分のことについても、極めて鈍感な方だということがわかりましたよ」
 大きなお世話だ。顔が近い、それをさらに近づけるんじゃない、古泉。
「まさかと思いますが、『ぐひひひ』とか『えへへへ』とか『ハルヒの水着か……』などと、つぶやいているのに気付いておられないのですか?」え? 誰が、何をだって?
「いえ、もう結構です。失礼しました」
 古泉は、失礼な言いがかりを付けるだけ付け、後ろから誰か気配でも感じたのか、少し振り向くと急に立ち上がった。それと同時に、もう一人が椅子を引いて立ち上がり、つかつかとこっちに近づいてくる。
「こ、こ、こ、この、エロキョン! 顔を洗って出直しなさい!!」というハルヒの怒声にタイミングを合わせ、長門が本を閉じる。本日のSOS団、終了。

 SOS団は解散となったが、俺は居残りを命じられ、着替え終えた朝比奈さんが小さくぺこりと頭を下げ去って行くのを見送りながら、部室の前の廊下に立っていた。古泉と長門は先に帰った。数十秒後、ドアが開いて、頭から湯気をあげ、まだゆでダコ気分が顔から抜けないハルヒが現われた。
「やっぱり、あんたに任せっきりにすると、ろくなことがないわね」
 そういって、ハルヒは右手の人差し指を、俺の眉間に撃ち抜かんばかりに、びしっと俺の顔に突きつけた。
「今日はあんたの家で、あんたの分の荷造りをするわ。あたしが旅行の心構えってものを、一から教えたげるから覚悟しなさい!」
「いや、しかし、トランクがまだ来ないだろ」
「そんなものはどうとでもなるのよ!」
 そう言い終わらないうちに、ハルヒは携帯でどこかに電話しはじめた。怒ったり泣いたり笑顔になったり、電話だけで十二面相をやらかした後、息を切らせながらも、いつもの100ワット笑顔となって電話は終了。
「はあはあ。どんなもんよ! これで、トランクは今日の6時にあんたの家に配達されるわ」
「そうか」
 心の中で見えない拍手。パチパチパチ。
「時間が少しあるから、帰りに必要なものの買い出しにいくわ。それからあんたの家を直撃よ!」


「なあ、ハルヒ。言ってもいいか?」
「意見だけなら、いつでも聞いてあげるわよ」
「泥水も飲める携帯ストロー型浄水器って、どこで使うんだ? っていうか、どういうとこへ行くつもりなんだ?」
「万が一ってことがあるでしょ。海外旅行で一番油断大敵なのが水なのよ、覚えておきなさい!」
「というか、さっきから俺たち防災グッズ・コーナーにずっといるんだが」
「うっさいわね。そのストローは、泥水だけじゃなくてお風呂の残り湯だって飲めるのよ! ……って、なに想像してんのよ、このエロエロキョン!!」
「しとらん! 想像してんのは、おまえだ、ハルヒ!」
「覗くのももちろん、飲むのも禁止だからね」
「飲まん! そこまでマニアックじゃない!」
「マニアックだっていう自覚はあったんだ……」
「……な、ない!」

「次はこれよ! 耳掛け式強力LEDライト!明るさは2段階調整。イヤークリップの付け替えで左右どちらの耳でも装着できるわ」
「今度行くところには洞窟とかあるのか?」
「ないわ」
「じゃあ、いつどこで使うんだ?」
「夜に決まってるでしょ。そんなことだから『昼行灯』とか言われるのよ」
「誰も言ってねえよ、そんな古風なあだ名」
「とにかくヘッドランプなんて大げさでしょ。これを、ちょいと耳にひっかけておけば、夜間作業もバッチリよ」
「俺は夜中に穴なんか掘りたくないぞ」
「まあ、あたしたちが使うのは、せいぜい夜とか飛行機内での読書灯かしら」
「長門に土産に買っていってやるか」
「土産じゃないでしょ!」

「次はこれよ!折りたたみ式でコンパクトになる携帯用蚊帳その名もスパイダー」
「おまえ絶対、テレビ・ショッピングのヘビー・ユーザーだろ?」
「あたりまえでしょ。『通販生活』だって定期購読してるわよ」
「しかし携帯用の蚊帳なんて必要なのか?」
「いちいちうるさいわね。ジャングルでビバークする時の必需品でしょ。そんなことじゃゲリラ戦を勝ち抜けないわよ」
「そんなトーナメント戦、出たくねえよ」
「うるさいわね、蚊帳の外に置くわよ」
「どこの大喜利だ!」

「お、ハンモックがあるじゃないか」
「あんた、そんなもの欲しいの?」
「ヤシの木陰でハンモックで昼寝するなんて、子供時代、誰だってあこがれる夢だろ?」
「昼寝って、あんた南の島に何しに行くつもり?」
「何って、リゾートだろ?」
「あんたの場合、『湯治』と書いて『リゾート』とカナを振るんでしょ?」
「うまい」
「うまくない! あんたなんか、日本にいたって学校にいたって、居眠りしてるんだから、怠け者の節句働きよ! もっとアクティブなことやりなさい」
「たしかに休日の方が、ぶらぶら市街探索とか、おまえと映画行ったり飯食ったり店ひやかしたり、意外と忙しくしてるな」
「ちょっと! 突っ込みどころ満載よ!『ぶらぶら市街探索』って何? やる気がべそかいて逃げていくでしょうが! 『おまえと映画うんぬん』は、きっぱり一言『デート』でいいのよ!」
「い、いいのか?」
「こ、この際だし、許す。で、でもねえ!」
「まだ、なにか?」
「一緒に行くのに、だいたいハンモックなんて、一人でしか寝られないじゃないの!」
「いや、二人用もあるみたいだぞ」
「キョン、それ、いっときなさい」
「耐過重1000キログラム」
「そんなに重くないわよ!」
「わかってるって」

「次はこれよ! 体温保持率90%で氷点に近い外気温の下でも体温が下がるのを防ぐ、手のひらサイズにたためるヒートシートビビーサック!」
「んー、南の島に行くんじゃなかったかしら、私たち?」
「ハルヒの母さん!」「母さん!」
「サバイバル・グッズ・コーナーで、大騒ぎしながら品物選んでる制服カップルがいるって、近所の奥さんが教えてくれたの」
「「……」」
「それ、全部持ってくの? トランクじゃなくて、トレーラーが必要じゃないかしら?」
「戻してくる」「きます」


 ハルヒの母さんと別れ、正気に返った(?)ハルヒと俺は、その日の残りの予定、つまり「トランクに旅行の荷物を詰め方を実践で学び、同時に海外旅行の心構えを習得する」を消化するために、俺の家へ向かった。
 玄関を入ると、そこには見知らぬトランク・ケースが鎮座している。恐る恐る近づいて開けてみようとすると、そこはお約束、
「あー、ハルにゃん、キョン君、おかえりなさーい」
「ただいま」
「おまじゃまするわ、妹ちゃん」
「はーい。ねえ、キョン君、そのおっきなカバンにまた入ってもいい?」
「いけません」
 俺は妹に言い聞かせるように説明した。
「いいか、飛行機に乗るには、こういう大きなカバンは、チェックインカウンターというところで預けないといけないんだ。飛行機はでかいから何百人という人が乗り込む。つまり何百人分の大荷物を急いで飛行機に放り込まないといけないから、空港では預けられた荷物はとても乱暴に扱われるのが普通だ。このトランクのこことここ、それからこのあたりを見てみろ。傷だらけだろ。空港では何しろ時間がないから、トランクなんか放り投げたりする。だから、トランクの中に少しでも隙間があると、中は無茶苦茶になってしまうんだ。そうだよな、ハルヒ?」
「あ、うん。そうよ。だから今日も、キョンの荷物が無茶苦茶にならないように、あたしが詰め方を教えに来たの」
「そうなんだー。ハルにゃん、今日、ご飯食べてく?」
「うーん、ごちそうになろうかな」
「わーい。お母さんに言ってくる。じゃあ、ごゆっくりー」

「ねえ、さっきのトランクの説明だけど」
「ああ、口からでまかせだ。おかしかったか?」
「ううん。おかしくない。あんたって、時々わからないわね」
「……実はネットで調べた。その、なんだ、俺なりのモチベーションの高め方というか……」
「うん……時々わからないわ」ハルヒはそれっきり口を閉じて、それから目を閉じた。顔と顔の距離が、どちらかということなしに近づいていく。そして……
 ドアはノックもなしにいきなり開けられた。お約束。
「ハルにゃーん! お母さんが、台所、いっしょしたいって!」
「うん、手伝う。すぐに行くって」
「はーい」
 兄にノックの件を小言すらさせないのか、妹よ。あー、どうして顔面がこんなに熱いんだろうねえ。
「じ、じゃあ、あたし、ちょっと、行ってくる」
「あ、ああ。すまんな、いつも」
「い、いいって」
 ハルヒがパタパタという音を立てて階段を下りていく。あの「ハルヒちゃんに何をしたの!?」の後だからなあ。まあ、そこはハルヒ、如才なくやるだろうが。あー、それにしても、どうしてこう顔が熱いんだろうねえ。

 夕食は、いつもの俺ん家の夕食プラス1(ハルヒ)といった、すでに見慣れた通りのものだった。あとでハルヒに聞いたら、夕食を用意している時も、うちの母親もいつもと変わらなかったという。
 というわけで、本日のメイン・イベント、涼宮ハルヒ博士による「トランクの詰め方」だ。
「まず、開けてみて」
「こうか(ガバっ)」
「中に鍵がついたタグがあるでしょ。それに暗証番号のセットの仕方が書いてあるわ。まあ3〜4ケタだし気休め程度ではあるけれど、番号を揃えてから鍵を開けないと開かないの」
「これだと3ケタだな。◎…◎…◎と」
「861」
「なんで?」
「8ハ(チ)、6(る)、1ひ(とつ)」
「6が『る』ってのは?」
「14106でアイシテルだろ」
「ポケベル語!? あんた、いつの時代の人よ!」
「じゃあ、おまえは?」
「940」
「訳を聞こうじゃないか」
「9キ(ュウ)、4ヨ、0(テ)ン」
「……自分で言うのも何だが、名前を暗証番号に使うのは、やめた方がいい気がするぞ」
「うーん、自分の名前ならまずいだろうけど、ほら、お互いの名前だから」
「まあ、かまわんか」
「うん、気休めだし」

「さあ、いよいよ荷物を詰めるわよ」
「ああ。よろしく頼む」
「まず原則は、あんたも言ってた通り、トランクは一杯にすること」
「ああ」
「但し! 帰りはお土産なんか買って荷物が増えるけれど、行きも帰りもトランクは一杯にする。帰りの増加分は、機内持ち込みのバックを空に近い状態にしておいて、そっちを使うのよ」
「なるほど」
「まずは開いた状態のトランクの広い底面に、洋服なんかの大きくて柔らかい物を、同じく底一面に広げる様に敷き詰めながら入れる。服は決してたたんだり、丸めたりしないこと。その方が余計にかさばるからよ」
「そうなのか」
「帰りは同じように、トランクの広い底面にお土産の箱ものや袋ものも平らに敷き詰めるの。心配なら、ますタオルを敷いて、その上にお見上げ、その上に上着と、サンドイッチ状態にすればいいわ。上着や服のそでがこの時点でトランクからはみ出ても問題なし!」
「おい、ほんとに問題ないのか?」
「ここまで底面に敷き詰めたあとで、箱モノや重い物を積んでいくの。これはパズルの容量でいいわ。車輪の着いた方が、持ち運ぶときは下になるから、重いものはそっちに配置ね」
「なるほどな」
「ここまでで大物、中型のものは全部入ったわね。あとはコスメとか、まああんたに用はないだろうけどや文房具なんを隙間に詰め込んでいくわ」
「まあ、土産を持ち帰るときは、そうするよ」
「えーと、あんたの下着はこの引き出しね」
「おいおい、勝手に開けるな」
「かって知ったるなんとやらよ。下着やタオル類はくるくると巻けば収納効率が良くて、隙間をつめる「詰め物」にもなるから一挙両得よ。トランクを開けたときも、どこにあるか一目で分かりやすいしね」
「わかりやすいはいいが……」
「うーん『詰め物』がちょっと足りないわね。これだと内でぐらぐら動くから、もっと下着とかTシャツとかタオルを出して。こうして増量して、きっちり動かないように詰めていくのよ」
「……」
「これで全部入ったわね。さっきはみ出してた服の袖とか裾は、この段階で全体をくるむように真中へ折り返す。その上で、トランクの内についてるバンドをかけると、内で荷物がバラバラになるのを極力さけられるというわけ。……さあ、何か質問はない?」
「ハルヒ、おまえの説明は大変よく分かったし、俺の旅行用トランクは見事に完成したが、……お約束ですまんが、今日俺が着替えるはずのシャツも下着もみんなこの中だ」




その3へつづく




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