ハルヒと親父 @ wiki

6月の桜

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haruhioyaji

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ハルヒスレ「91-193 無題(季節外れの花見)」にインスパイアされました)。



 時間の矢が逆さに向くことが(普通は)ないように、気付いてしまったことを「なかったこと」にするのは難しい。自分のアタマの中でさえ、消そうとすればするほど、いよいよ消えなくなる。ましてや、それが誰か他の人間なら。

 最初に気付いてしまったのは、ハルヒだった。
「ねえ、キョン」
「何だ?」
 また、「楽しいこと」でも思いついちまったのか。……と、そういう顔じゃないな。
「あんた覚えてる? 来年こそはお花見! って言ってたわよね?」
 ああ、そうか。おまえ、そいつに気付いちまったか。

 去年の6月頃だった。ハルヒは、季節ものイベントはすべからく実施するSOS団が、花見をしていないことに気付いて言った。
「あたしたち、お花見って、してないわ」
 無理を言うな、と思ったが、どこかしゅんとしたハルヒの顔を見ていると、どういう訳か言い方もぬるくなってしまう。
「仕方ないだろ。桜が咲いてる頃には、俺たちはまだ出会ってなかったからな。5月に転校して来た古泉はもちろん、おまえが団を立ち上げた頃には、もう青い葉っぱが出ていただろう」
「そっか。そうよね!」
 その後、俺は「来年は盛大にすればいいさ」といったようなことを言い、ハルヒはハルヒで団長席に飛び乗って、高らかに「来年の超花見大会」の開催を予告宣言したりした。

 高校に入って2年目の6月も終わりに近づいて、ようやく気象庁の梅雨入り宣言に、梅雨本人が追いつき出して、毎日盛大に雨の大盤振る舞いに取りかかっていた頃、俺はいつものようにベッドに潜り込み、いつものように眠りに着いた。ほんの少しだけ、いいかげん降り過ぎじゃなのか、明日一日ぐらいやめばいいのに、なんてことを考えた気もする。
 だが俺の思考には、どこかの誰かさんとは違って、何かをどうにかする力なんてこれっぽっちもない訳であり、あの、いつかの普通でない目覚め方を、この後俺がするなんてことは、この時はまったく予想の外だった。
 そう、俺はハルヒが、どれだけ花見がしたかったのかを、この後思い知るまで、少しも分かっていなかった。

 あの激しい振動に襲われて目覚めてみると、そこは見渡す限りの桜、桜、桜だった。
 ああ、俺には、こうなることの、心当たりがあった。だが、ここまで派手にやらかすとは思わなかったぞ。
 あまりに桜が多すぎて、どっちがどっちだか、それさえも分からないくらいだ。
 空はいつかとは違い、それでも単色っぽい青空になってはいたが、まぶしさは感じされなかった。
 ここはどこだ? 今度はどんな設定だ? 俺たちの学校の近くで花見ができそうな場所、といえば河川敷がまず一番近いが、ここは水の音だってしない。もちろん人の気配もだ。
 そうだ、こんなものをでっち上げた張本人を、ハルヒを探さないと。 
 俺はそこまで考えて、桜の木と木の間に、道のように残っているところを走り出した。

 誰か来る。この異常事態に、のんきに下駄の音なんかさせて。
 しかも一升瓶なんか下げている。って、親父さん?
「よお、キョン」
そういって瓶を持ち上げて顔の前でゆっくり振ってみせた。

 まずい。
 この季節に、一本二本じゃない、一面に満開の桜。俺にも何がどこにあるんだか、いやこれを作り出したあいつがどこにいるかすら、わからない空間。
 しかも、目撃者は、ハルヒの父親というだけじゃない、あの親父さんだ。
「おいおい。顔に縦線が出てるぞ、キョン」
「いや、あの……」
「まあ、聞け。俺はいつものように寝ていた。無理矢理何かに起こされて、気付くと一升瓶を持たされて、桜並木を歩かされていた訳だ。そういう訳で気分は悪くない」
 親父さんは、一本の桜を指差し、ここらで座らないか、と身振りで示した。
「お前がこの一件にどう関わってるのか、どういう訳で「なかったこと」にしたいのか、それは分からんし、知る必要もない。……だが、これだけの桜だ。見ることができるのは今だけ、俺たちだけかもしれん。それだけで楽しむに値するだろ?」
と言って親父さんは、ふところから湯のみを2個取り出した。
「味気ないが、紙コップよりマシだろ。まあ、飲め」
「親父さん、実は……」
「キョン、味気ない話なら、そのまま飲み込んでろ。おれは一度覚えたことを忘れられるかどうか自信がない。口は知っての通り極めて軽い。余計な手間かけさせるな」
「……」
「散るさくら 残るさくらも 散るさくら、っていうだろ。良寛っていう坊主の時世の句だ。明日には、あるいは今夜には、何事もなかったように、ここらへんが毛虫だらけの葉っぱの茂る桜並木に変わってたとしてもだ、いずれにせよ花は隠すもんじゃない、愛でるものだ。そう思わないか?」
 俺は親父さんから湯のみを受け取り、酒を注いでもらった。それから一升瓶を受け取って、親父さんの湯のみにも、酒を注いだ。
「キョン、心配すんな。奇跡みたいなことが何度起きようが、世界は変わらん。人はせいぜいそれを記憶にとどめるか、伝説として語るかしかない。多すぎる奇跡はインフレおこして、ただの出来事に成り下がる。その後、物理学者の仕事が少し増えるだけだ」
 親父さんは、湯のみの半分を一気に飲み、息を吐いた。
「なかなか悪くないぜ」
進められて、おれも1/3くらいを飲む。うまい。
「ちなみに、うちでは、花は被子植物の生殖器だとちゃんと教えてる。(性教育じゃない。単なる生物学的知識だ)。連中は自分じゃ動けないから、たとえば虫を引きつけることができるように見事に咲く。人の顔も同じかも知れん。てめえで動けるから、互いに近づき合えば済むわけだが、とりあえず顔でひきつけ合う訳だろ」
「それは、美男美女の話でしょう」
「顔なんかひととおりくっついてりゃいいんだ。判断するのは、結局向こうだしな。なんのために、顔の真ん中に目がついてると思ってるんだ?」
 親父さんは残りを飲み干して、一升瓶とそれを俺に預けた。
「お先に失礼する」
「って、親父さん?」
「そこに座って目を閉じてろ。息をする間もなく、バカ娘がおまえを見つける。あいつは酔うと目も当てられんからな。俺は退散する。……その酒はみんなで飲めばいいが、俺が来たことは内緒だぞ」
「え?」
「呼ばれてない奴がいるのはおかしい」
「え?え?」

 次の瞬間、つむじを巻いた風が吹いて、地上に舞い降りた花びらたちを一斉に吹き上がらせた。中には目に飛び込む奴まで居て、俺は目を閉じずにはいられなかった。
 そして、目を開けると、
「あー、キョン! あんただけ、一人はぐれて、なにやってんのよ!!」
 俺一人? ああ、団長さんのずっと後ろの方には、毛氈なんか用意して、副団長以下名誉顧問まで、揃うべき面々が勢揃いだ。 
「いや、あのな、ハルヒ」
「あ、お酒。あんた、これを調達して来たって訳? なかなかやるじゃないの。高校生には売ってもらえないのに、ふけ顔で得したわね」
「誰がふけ顔だ」
ハルヒが手を差し出した。俺はそれを握って、互いに引っ張り合って、立ち上がる。一升瓶で片方の手がふさがってたせいだぞ。念のため、言っとく。
「ほら、早くしなさい。みんな、待ってるでしょ!」
「ああ、すぐ行く」

 6月の桜の下には、未成年に一升瓶を持ってくる、酒の精でも出るんだろうか?
 俺の手をどんどん引っ張って行くこいつに、とても似た目をした親父の精が。











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