ハルヒと親父 @ wiki

辞書シリーズ/漢和辞典:虹

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haruhioyaji

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 小雨が降る放課後、俺たちは部室にいた。
 他の団員は用事があるらしくいずれも少し遅れて来るらしい。
 今、部屋にいるのはハルヒと俺の二人だけだ。
 天気予報は午後から晴れると言っていたが、実際の天気もまた、今のところ予報よりもいくらか遅れているらしい。

「ねえ、キョン。あんた『虹』って字、書ける?」

なんだ、ド忘れか。ハルヒが俺に字を聞くなんてめずらしいが、いくら俺でもそれくらい書けるぞ。ほら。

「じゃあ聞くけど、なんで『虹』って、虫偏に工って書くの? おかしいと思わない?」

そんなに変か?

「変よ。あんた、あれが虫に見えるわけ? だったら虹ってどんな虫よ? まあ、ケモノ偏でも困るけど」

と、ハルヒは納得のいかない顔をして、ぶつぶつ言ってる。
 放っておくと、帰るまでこの調子かもしれんな。
 やれやれ。とっとと解決しておくか。

「なあ、ハルヒ。おまえ、副虹って見たことあるか。虹の外側にうっすらと淡いのが寄り添ってるやつなんだが。まあ、はっきり見えないことも多いけどな」
「あるわよ。水滴の中で一回屈折したのが普通の濃い方の虹で、二回屈折したのが副虹よね。虹がすごくきれいな時は、割にはっきりと見えるわ」
「ああ。昔の中国でも副虹のことは知られていてな。だから濃い主虹のことを『虹』と書いて、副虹のことを『霓』と書く」
「どっちも虫偏ね」
「ヘビだって『蛇』と書くだろ。虫は昆虫だけじゃなくて、もっと広い意味があったらしい。それで虹(にじ)ってのは虹と霓、つまり雄と雌の、つがいの竜だと考えられていたんだ。だからほんとは漢字では両方を合わせて『虹霓』(こうげい)と書くのが正しい。ちょうど鳳凰の『鳳』が雄で『凰』が雌、麒麟の『麒』が雄で『麟』が雌で、その両方を書いて表すのと同じだな」
「つまり虹は、竜の夫婦ってこと?」
「そういうことになるな」
「見えなくても、いつも隣にいるんだ」
「ああ」
「……どっちかっていうと、あんたの方が副虹よね。余計に屈折してるし」
「五十歩百歩って言葉知ってるか?」
「ほんと素直じゃないわね」
「おたがいさまだ」

 ハルヒはぷいと顔を横をむいて、窓の方へと視線を向けた。
「だけど、なんだってあんた、そんなこと知ってんの?」
ああ。前に、今のおまえみたいに疑問に思って、気になって仕方がないことがあってな。その時、調べたんだ。
「ふーん。そうなんだ」
そう言ったきりハルヒは口をとじた。いよいよ本格的に窓の外に注意を切り替えたらしい。

 いつのまにか雨の音が止み、校庭で練習する野球部の声が聞こえてくる。
 外を見ていたハルヒは立ち上がって、手だけで俺を呼んだ。雲が切れたのだろう、太陽の光が窓から差し込んでくる。

 俺はハルヒの隣に並んで、日光に照らされたハルヒの横顔を見た。大きく開かれたハルヒの瞳が見つめる先には、七色にかがやく二匹の竜が空に大きく橋を架けていた。






















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