ハルヒと親父 @ wiki

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haruhioyaji

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「ねえ、こなたが言ってたんだけど」
「『こなた』って、『らき☆すた』のか?」
「うん。ギャルゲーの主人公って何の取り柄もないのに、出てくる女の子という女の子がみんな、なんでそんなのに惚れるわけ?」
「じゃないとギャルゲーにならんだろ。『何の取り柄もないから、まったくもてません』では、現実と区別がつかん」
「あんた、区別ついてる?」
「どういう意味だ?」
「あんたも、無意味に全方位的にもててるじゃない」
「自慢じゃないが、俺はもてた試しなど一度もないぞ」
「……自覚ないんだ。どうりで」
「どうりで、何だ?」
「……なんでもない」
「いいか、ハルヒ。『外の人』にとってはラノベかもしれんが、俺たちにとっては、いや少なくとも俺にとっては、これが不二にして唯一の現実だ」
「あんたさ、夢見たことある?」
「夢って、どんな夢だ?」
「質問に質問で返さない! 夢っていったら、夜寝た時に見る夢よ。あんたに野心や将来設計を期待するほど、暇じゃないわ」
「……さすがに夢ぐらい見たことあるぞ」
「じゃあ、ここじゃないどこか別の世界に自分たちがいるって夢を見たことは?」
「……見てないと言ったら嘘になるな」
「じゃあ、今いるこの世界が、実は誰かの夢じゃないのかと思ったことは?」
「なんだって?」
「『胡蝶の夢』ってやつよ。人間である自分が蝶になる夢をみていたのか、それとも、
蝶が人間になるという夢を今見ているのか、って話。知らない?」
「聞いたことはある」正確に言うと体験のようなこともしている。そのことは、こいつには言えない訳だが。
「あんたは本当に夢と現実の区別がつくの? どちらかを現実として、もう一方を夢として、選んだりできる?」
自分では精一杯怒った顔をしてるつもりなんだろう。だが、こいつがこんな顔をするのは、どんな顔をしていいのか、わからない時だ。今はまるで、この世界が選ばれずに霧散してしまうのではないか、そんな不安で胸を一杯にしているあの時の少女のように。けれど……。
「ばか。区別つくに決まってるだろ」
俺はハルヒの頭に手を置いて、その髪をくしゃくしゃとなでた。ハルヒは、意外な答えに戸惑っているようにも見えた。思わずこぼれた、俺の口元に浮かぶ笑みの意味を多分取り損ねて、ぷいと横を向く。でも、頭をなでるのは止めないんだな。
「バカとは何よ! 納得いく答えを聞かせなきゃ許さないからね!」
「何百個だろうが、何千個だろうが、世界がいくつあったって、間違えやしない。おまえがいる《ここ》が俺の世界だ」
「何百何千個ある世界の中には、他にあたしがいる世界だってあるかもしれないじゃない!?」
「そこまで手が回らん。そっちはそっちの哀れな雑用係にでもまかせるさ」
ハルヒはうつむいて、それからゆっくり手を俺の顔に近づけてきた。
「?……いてっ! ハルヒ、何すんだ?」
「夢かどうか確かめただけよ」
「そういうことは自分のほっぺたでやれ!」
「あんたが寝言みたいなこと言うから、つねってあげたのよ!」
ハルヒは立ち上がり、プンプンという擬音が似合いそうな顔で怒って言った。
「もう、さっさと帰るわよ!」

 ハルヒは一人でずんずん先へ歩いていき、追いついたのは下駄箱の前だった。
「おい、ハルヒ」
「……あたしも」
「は?」
「バカのあんたが間違えないのに、あたしが間違える訳がないわ!」
ハルヒは指を俺の鼻先につきつけた。俺は反射的に、銃でも突きつけられたみたいに、小さく両手を上げてしまう。
「あたしも《ここ》にいるって言ってんの!」
その言葉の意味が脳に行き渡るのに少し時間がかかった。
「なに、笑ってんのよ?」 
そうとも。思わずさっきと同じ笑みがこぼれたのだ。
「いや、なんでもないぞ」
その訳は言わないでやるがな。
「何が何でもないのよ?」
「あー、そうだ。『よろしくな、ご近所さん』ってのはどうだ?」
「はあ?」
「ふたりとも《ここ》にいるんだろ?」
俺は少しもったいづけて右手を差し出した。ハルヒの手がそれを受け取る。
「あ、でも、あたしとあんたは、あくまでも団長と団員その1だからね」
「雑用係はそれくらい心得ているぞ」
「よろしい」
くすくす笑いが広がって、ようやくいつもの光がハルヒの目に戻ってくる。やれやれ、手間のかかる団長さんだ。
「あんたのせいで、お腹がすいたわ。団長命令よ、帰りにどっかに寄りなさい!」
「やれやれ」 俺のせいかよ。俺のおかげと言え、とまでは期待してないがな。
「何か言った?」
「いいや」
100ワットの笑顔が戻るなら、俺の苦労など、すでに報われているのだろうさ。
「今のは俺の財布が腹をすかせた音だ」
「甲斐性なし!鈍感! こんなのが《ご近所さん》だなんて、先の苦労が水の泡って感じよ」
「お前をおごるくらいはなんとかなるさ」 だからお前は今の日本語をなんとかしろ。
「説得力ゼロ」
それから俺たちは、肩をぶつけ合いながら、坂道をゆっくり下っていった。














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