ハルヒと親父 @ wiki

みぞのの鏡

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haruhioyaji

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「鶴屋さんに、鏡をもらったわ!」
 ハルヒは鞄の中から茶色い油紙でくるまれた小さな包みを取り出した。
「その大きさだと手鏡か」
「そうよ。やんごとなき人たちの間を転々として来た不思議な鏡らしいわ」
「おいおい。持ち主が原因不明の死に見舞われるとかじゃないだろうな?」
「鶴屋さんがそんなのくれる訳ないでしょ。いらないならいつでも返してくれればいいって言ってたし」

「というわけで、今日の活動は、この鏡の謎を解くことよ!」
「なるほど、いわくがありそうな鏡ですね」
「そうでしょ! さすがは古泉君ね」
「おそれいります」
「うらに何か書いてありますぅ」
「ほんと、みくるちゃん、お手柄よ!」
「くずし字だな。何と書いてあるんだ?」
「みぞの」
「有希、よめるの?」
「覗けば汝の望みが写る、と書いてある」

「どれどれ」
 ハルヒは鏡をのぞいた。が、次の瞬間、ものすごい勢いで手鏡を机に伏せた。
「!」
「おい、ハルヒ?」
「なななななんでもないわ! あたし、ちょっと用を思い出したから、先帰るわね! あとお願い!」
「おい、ハルヒ……って、鏡持っていっちまったら、後もなにもないだろう」
「そうですね。では、今日の活動はこれにて終了ということで、どうでしょう?」
「ああ、そうだな」「そうですね」「(こくん)」
「しかし、ハルヒのやつ、何を焦ってたんだ?」

「ごめんするにょろ〜。おや、ハルにゃんはいないのかい?」
「ああ、鶴屋さん。ハルヒの奴、例の鏡を覗いた途端、急に帰ると言い出して」
「そっかー。じゃあ、また明日でも寄るっさ」
「あの、鶴屋さん、あの鏡なんですけど」
「うん? 何かな、キョン君?」
「あれって、どんなものなんですか?」
「ハルにゃんが心配にょろ? 呪いとかそういうのはないみたいだから心配はご無用さ! 話によると、なんでも覗いた本人が見たい未来が見えるらしいねえ」
「見たい未来?」
「つまり、『のぞみ』ってことさ。鏡に映るんで逆によんで『みぞのの鏡』って言われてるっさ」
「なるほど」
「大方、未来のらぶらぶカップルの姿でも見えたっさ! それで恥ずかしくなって走って帰ったにょろ。はー、ハルにゃんは乙女だねえ。よ、色男! にくいにくい」
「なるほど、さすがは名誉顧問」「鶴屋さん、さすがですぅ」「(こくん)」
「おい、何のことだ?」
「さあ。どうやらこの場で分からないのはあなたお一人のようですが」
「そうですよね」
「(こくん)」
「よし、名誉顧問として提言するっさ! キョン君、ハルにゃんといっしょにあの鏡を覗いてみるにょろよ。すべての謎はそれで解けること間違いなし!!」
「すばらしい。さすがは名誉顧問」「鶴屋さん、さすがですぅ」「トレビアン」

 そうして俺は団員+名誉顧問の4人に見送られ、本当のところ部室から半ば放り出されて、学校を後にした。
 鶴屋さんの「提言」は、実施時期については何も触れていなかったが、部員3人の目は
「これからまっすぐ団長のところへ言ってください」
と語っていた(ような気がする)。
 その通りにするのもしゃくだったが、このまま家に帰っても、一度頭の中で膨らみ始めた疑念は消えそうになかった。

 簡単に、そして楽天的に言ってくれるが、自分以外の人間の考えなんてわかるもんじゃない。二人が、別々の「のぞみ」を抱いているなら、あの鏡はその二人に何を見せるのだろう? 同じものか、それとも二人に別々のものなんだろうか? たとえば「のぞみ」の方向が同じだとしても、のぞみの時期や明確さが違っていたら?
 俺にだって、そうはっきりしたもんじゃないが、のぞみのようなものはないではない。だが、今の俺は、そいつをはっきり見たいと望んじゃいない。それに、ハルヒの「のぞみ」がどんなものであれ、そいつを見たいとも思わん。俺の「のぞみ」が俺だけのものであるように、それはハルヒだけのもので、俺なんかが見ていいものじゃないんじゃないだろうか?

 「まぬけ面」
 考えても仕方がない考えごとは、聞き覚えのある声によって中断された。
「あんたに考え事なんか、全然似合わないわよ」
「ハルヒ……って、おまえ、何でこんなところにいる? 帰ったんじゃなかったのか?」
「……ちょっと、忘れ物を思い出してね」
「だったら取りにいくか?」
「いいわ。別にどうしても今日必要ってものでもないし」
「そうか。用事の方はいいのか?」
 ハルヒは首を縦に振った。
「部活は早じまいでな。俺も今から帰るところだ」
「そう」

「あんた、あたしを追いかけてきたんじゃないの?」
「おまえ、俺を待ってたのか?」
「質問に答えなさい」
「まあ、そんなところだ。……言っとくがな、ハルヒ」
「何よ?」
「おまえであれ誰であれ、人の『のぞみ』を知ろうとは思わん。いや、知りたくないっていうんじゃないぞ。何ていうか、『のぞみ』って奴は望んでいる当人だけのもんで、他人が易々と見ていいもんじゃない気がする。……よくわからんだろうが、そういうことだ」
「あんたらしいというか、なんというか」
 ハルヒは首をおおげさに振って、息をついた。
「あんたも見てみる、『みぞのの鏡』?」
 ハルヒは俺が答えるより早く、鏡を出して俺の顔の前に突き出した。
「な! お、おまえな!」
「よおく見なさい、そのまぬけ面」
「へ?」
 鏡の中には、見慣れた顔があった。そうとも、忌々しいほどに当惑したまぬけ面、すなわち俺の顔。
「あたしが見たのも、それよ。……バカ、誤解するんじゃない! あたしはあたしの顔が映ってるのを見たの!」
「じゃあ、おまえ、何であんなに……」
 驚き焦ってたのかって? 答えはすぐに浮かんだ。ハルヒが、のぞみを写すはずの鏡に見たのは、自分だけだったのだ。
 やれやれ。
「このバカ」
「な、なによ?」
「おまえがそんな未来を望んでないことぐらいな、おれたちはみんな知ってる」
「な、なに訳の分からないこと、言ってんのよ!」
「こいつは、未来を写すのでも、望みを写すんでもない、ただの古ぼけた鏡だ」
「わかってるわよ、そんなこと!」
「おまえ一人でのぞけば、おまえだけしか写らないのは当たり前だ」
「だから、分かってるって言ってるでしょ!」
「いまから俺が、この鏡の正しい使い方を教えてやる」
「は?」
「ほんとは部室でやるといいんだがな」
 俺は腕を目いっぱい伸ばして鏡をできるだけ俺たちから離した。
 そして、空いた方の手でハルヒの肩を捕まえる。

 俺たち二人の姿が、鏡いっぱいに映るように。














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