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 夜になると現れて、行燈や提灯の火を吹き消します。本当に、ただそれだけの妖怪。

 しかし侮ってはいけない。「婆のくせしてもう少しマシな趣味はないのか」「その行為の一体どこが面白いのか」「そんな児戯じみたことを延々と続けるというのは認知症のあらわれではないのか」などと言って火消婆を馬鹿にするものではない。まったく。君たちは年長者から物を教わろうという謙虚な態度が欠けているのではないか。

「明じゃないほうの鳥山先生」でおなじみの鳥山石燕先生は、この妖怪について以下のように語っておられる。

「火は陽気であり、妖怪は陰気である。陰気の陽気に対する相性の悪さは、みずタイプのポケモンがでんきタイプのポケモンに勝負を挑むがごとくであり、陰気の具現たる妖怪が陽気の象徴である火を消すという行為は常時であれば考えがたい。しかし勝負には時の利というものがあり、陰気の横溢する夜の時間帯にかぎっては陰気が陽気を圧倒する。なればこそ、“夜現れて火を消す火消婆”という妖怪の存在は論理的に成立しうるのである」(著作権者が生きていたら体重を乗せた右ストレートでぶん殴られるほど意訳)

 なんと深い話ではないか。陰陽の思想に端を発する柔剛一体「柔よく剛を制す」の思想。そして「時の利」を得ることの重要性。これすなわち兵法の真髄といってよい。夜襲や奇襲、あるいは巌流島の決闘にもみられる「時」を組み込んだ戦の思想。有史以来飽かず戦い続けてきた呪われし人類の鮮血によって研ぎ澄まされてきたタクティクスが妖怪化したものが火消婆だ。

 さあ。この話を聞いてなお、君はこの妖怪をあざ笑うのか。それでは、ひとつ君に言葉を贈ろう。「我以外皆師なり」――これを心に留め置きなさい。そうすれば、一見惰弱に見えるこの老婆の妖怪さえ、どんなに君の人生の糧となってくれることだろうか。頭は低く、目は高く、口慎んで心広く、孝を原点とし他を益する。それが人間というものだよ君ィ。そうやって男は強くなるものなんだよ君ィ。男は死ぬまで戦いだよ! 極真は背中を見せない! いざとなったら親でも倒せ! これが極真の歴史だよ君ィー!

 なんか最後のほうでカッとなってすべてが台無しになった。この話の流れで大山総裁が登場する必然性は全くなかった。大山総裁ネタは「牛マジムン」まで取っておくべきだった。



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