「絡新婦」「女郎蜘蛛」「上臈蜘蛛」、いずれも「じょろうぐも」と読みます。S系の美女に化ける蜘蛛の妖怪です。

 旅人が浄蓮の滝付近をすっとこ歩いておりました。彼はとつぜん「あっ、そうだ、滝から発生するマイナスイオンを浴びて旅の疲れを癒していこうっと」みたいなことを思いついて滝壺近くに座り込み、はわわー、みたいな愉悦の声を漏らしてすんごく気持ちよさそうな顔をし始めます。マイナスイオンなんていう疑似科学を信じこんでいるあたり、江戸期の人間というのは本当に科学の知識が乏しかったのですね。ははは。まったく。これだから江戸は。

 んでまあ、イオンを浴びているつもりの旅人が半分イキかけた顔をして長らくその場にたたずんでいたところ、どこからか蜘蛛がやって来て旅人の足に糸を絡め、その一端を淵の底へと引っ張っていくわけ。その所作を何度も繰り返すうちに、細かった糸は次第に強く太いものへと強化されていきます。旅人も蜘蛛の悪戯に気づいて、せっかくチャージしたイオンが糸を伝導して再び体外へ放出されたりしたら嫌だなあと思い、足から糸をそっくり外してそのへんの古株にくくりつけます。そして再び股をおっぴろげた情けない体勢でイオンを浴びて「はわわー」と情けない声を出し始めるのでした。

 するとどうしたことだ。淵の水が渦を巻き始め、縄ほどの太さに強化された蜘蛛の糸が淵の底から引っ張られてぴんと緊張し、一瞬のうちに古株を水中へと引きこんでしまったではないか。これは、滝の主である絡新婦が人間を引きずりこもうとして隙をうかがっていたと、つまりはそういうことだったのです。くわばらくわばら。


 他にはこんな話もあるよ。

 美作国に孫六さんという人がいて、この人が縁側で居眠りをしていました。するとへんなおばさんに無理やり起こされて、「うちの娘があなたに想いを寄せております。ちなみにうちの娘は16歳です。16歳です」的なことを言うわけ。16歳であるということを強調して二回も言うわけ。
「ほほう、16歳でござるか」
「16歳でございます」
「すると来年は17歳でござるか」
「17歳でございます」
「するとその翌年は」
「18歳でございます」
「ほほう」
みたいなどうでも良いやり取りが少しあって、16歳女子との間にいつのまにかフラグが立っていたことに感動した孫六さんは謎のおばさんに請われるまま娘の待つ御屋敷へとふらふらいざなわれてゆくのでした。
 そしたら屋敷にはマジで可愛い娘さんがいて、「お慕い申しておりました。どうぞ結婚してください」みたいなことを単刀直入に申し上げられちゃうわけですよ孫六先生ときたら。まいっちゃいますよね。けしからんですよね。
しかし、ここでようやく孫六さんは重大な事実に気付きます。
「あっ、そうだ。俺には嫁がいたのであった」
 いかに16歳ずきの孫六さんといえど、さすがに重婚という罪を犯してまで……ってほどの甲斐性なしではなかったので、その旨を述べ丁寧にお断りしたところ、16歳が泣いてすがってくるわけ。「お母さんはあなたに殺されそうになってもなお貴方の元を訪ねたというのに、そうやって貴方は私たち親子を弄ぶのね」なんてことを言う。孫六先生はわけがわからぬまま逃げ回っているうちに、気づけばそこは自宅の縁側。妻いわく、孫六さんは今日はずっと縁側で眠りこけていたとのこと。そしてふと軒を見やれば、そこにはジョロウグモの張った立派な巣。そういえば一昨日うざいクモを追っ払ったことがあったが、してみるとあのクモが娘の母親だったのかもしれぬと、孫六先生は覚めやらぬ夢うつつのなかでぼんやりと考えてみたりするのであった。




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