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 「UMA」という果てなき夢を追い求めるロマンチシズム、町を盛りたてんとする郷土心、あるいは引っ込みがつかなくなった役場の人たちの苦肉のとんち等々が複雑に絡みあって生み出された新種UMA的ヤマカガシ。それがツチナロです。僕はこのへびが大好きなんだ!

 事の発端は2000年5月24日。岡山県吉井町(現・赤磐市)黒沢で奇妙な動物の死骸が発見されました。それはグレー色の蛇のような生物の死骸で、体長約70センチ、胴の直径は太い部分で25センチほどあり、発見者の談によれば「顔はひげのないナマズみたいでかわいかったが、背中にウロコがいっぱいあって気味が悪かった」とのこと。

 この死骸を発見したのはお婆さんの姉妹でしたが、彼女らは死骸を近くの畑に埋めてしまいます。この世代の人はなんでもかんでも穴掘って埋めるから困りますよね。
 しかしその後、噂を聞いた役場の職員が畑を掘り返して死骸を確保。死骸が公表されるにおよび、日本中を巻き込んだツチノコ騒動へと発展するわけです。

 ……が、残念ながら鑑定結果は「ただのヤマカガシ」。体長が短いのは外傷による発達異常、胴の太いのはエサを飲み込んでいた、もしくはガスがたまって膨張していたから、グレーだったのは老成していたため……そんな説明がなされたものの、この鑑定に一番納得がいかなかったのは役場の人たち。吉井町役場の人たちは既に町おこしのためツチノコ看板をあちこちに立てたり、広報誌「ツチノコだより」まで創刊していたため、この鑑定結果をマスコミに公表してしまえば吉井町は日本中の笑いものとなってしまいます。

 事態は深刻です。町長は泣き叫ぶ部下や恐慌状態に陥った助役たちの姿を目の当たりにしてしばし瞑目し、やがて何かを決意した表情となってすっくと立ち上がり、「鑑定を行った佐藤教授を呼んでください」と静かな、それでいて何かしら決意のこもった張りのある声で助役に命じたのでした。

 その後、町長と教授の間でどのような話し合いがもたれたのかはわかりません。しかしその後、会見の場所に現れた教授は以下のように語っています。「これはヤマカガシですが、あえて言えばツチノコになろうとしていたヤマカガシ、いわば『ツチナロ』ですね」

 ――町おこし。そのたった一つの目標のため、多くの人々が力と知恵ととんちを結集した結果、ついにツチノコの進化前段階である「ツチナロ」という新概念のUMAが生み出されるに至ったのです。ほんとうに役場の人のとんち力はソリッドだと思います。こうして吉井町はぶじツチノコまんじゅうやツチノコワインを販売し、「ツチノコ発見者には2000万円進呈!」という景気の良い町おこしイベントを遂行することが出来ました。

 そう、人生において大切なのは「意思」の力。
 たとえば、しがないヤマカガシであっても自らの「意思」によってツチノコに変異できると信じて信じて信じぬくこと。
 たとえば、どうあってもツチノコまんじゅうを売りたいという「意思」を強く持ち、目的完遂のためにはどんなとんちも厭わないこと。
 彼らは、強靭な意志とひとかけらのとんちさえあればなんだって出来ることを僕たちに教えてくれました。大切なのは「意思」の力。ツチナロ騒動のエピソードがさまざまな局面でその後の僕をどれだけ勇気づけてくれたことか。ありがとうツチナロ! ありがとう旧・吉井町役場のみんな! 愛してるゼー!




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