鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』で紹介されている妖怪。
 北国に農作業だけが取り柄の翁がおりました。もうこの翁ときたら田んぼを耕す耕す。寒暑風雨をものともせず、おめえ実は人の皮をかぶったヤンマートラクターEF800シリーズでねえのか、と隣の吾作どんがおどろき怪しむくらい耕しまくるわけです。労働時間もやたらに長い。夕陽を背にしてなおも翁は田地を耕し続ける。額にかがやく玉の汗。なんとも美しい光景じゃあないか。ここでBGMがフェードイン。曲はもちろん小林旭の「赤いトラクター」だ。

 燃える男の 赤いトラクター
 それがおまえだぜ いつも仲間だぜ
 さあゆこう さあゆこう
 地平線に立つものは
 俺たち二人じゃなーいーかー

 はいここでBGMフェードアウト。背景チェンジ。夕暮れから夜へ。蒼い夜空の天幕に浮かぶ無数の星ぼし。汗と泥にまみれた翁の労働の一日はかくして終わりを告げるのであった。そして舞台暗転……と思ったら、まだまだ翁は働き続ける。かわいい子どもに財を残すべく、老体にむち打ってなお翁は働くことをやめないのだ。なんという翁だ。こんな翁見たことない。感動をさらに盛り上げるべく、再びBGMのボリュームがあがる。

 さあゆこう さあゆこう
 仕事こそは限りない
 男の 命じゃなーいーかー

 阿呆みたいに前振りが長くて恐縮ですが、とにかく、そんなかんじで翁は赤いトラクターのように働きまくり、そしてその田地を子どもに譲り、満足げな笑みをかすかにたたえながら死んでいったのでした。

 しかし。翁のジュニアは小林旭の歌でいうと「赤いトラクター」よりも「アキラのジーンときちゃうぜ」を地でゆくような酒好きのしょうもないマイトガイでした。飲んでばかりで働かず、気に入りグラスにホワイトをたっぷり注いでジーンときちゃうような生活ばかり続けていたところ、やがて酒代にも事欠くようになり、とうとう田畑を他人に売り飛ばしてしまいます。

 売られた田んぼでは、もぞもぞと蠢動する黒い塊がひとつ。目は一つ。指は三本。上半身だけを田んぼから現し、天に向かってもがくように「田かえせ田かえせ」と叫ぶこの妖怪こそが、翁の執念とやり場のない怨念のなれの果てである妖怪“泥田坊”なのでした。やれ恐ろしい。みんなも父祖伝来の土地はおいそれと売り飛ばしたりしないようにしようね。



※鳥山石燕の妖怪絵の多くは絵解き遊び・言葉遊びとなっていて、たとえばこの泥田坊なんかは新吉原(吉原田圃)で淫行をしたり身上をつぶしたりすることの戯画化である、といったようなことを妖怪研究家の多田克己さんは言っておられますが、僕は妖怪をキャラクターとして捉えないとその妖怪じたいに愛着が湧かず、多田さんのような解釈にはいまひとつ面白味を見いだせないので、石燕妖怪に関しても他の妖怪と同様キャラクターとしての紹介しかしません。一応、そこんとこひとつ。



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