「窮奇」「構太刀」とも。風に乗って人の膝やすねを斬りつける妖怪。その傷口は鋭利な刃物で斬りつけられたがごとくであり、切られてもすぐには痛みを感じないことが多い。
 前脚に鋭利な鎌を持つイタチというのがこの妖怪の一般的なイメージ。風神・鬼神の類ともいわれる。また三位一体の妖怪ともいわれる。すなわち一人目が人を転ばせて、二人目が斬りつけ、三人目が傷口に薬を塗って逃げ去るというのである(そのため鎌鼬にやられた傷は傷口が深くても出血はしないという)。また天狗小僧寅吉の弁によれば「この現象は豆つまという妖怪の仕業で、この妖怪は出産時の穢物や胞衣、その他血の付いた物の始末を怠ると、それらから生じる」とのこと。
 鎌鼬を防ぐには、障子に古い暦を貼ればよいという。傷の手当には暦の黒焼きを塗る、もしくは燃やした暦の灰を粉にして白湯で飲むと治るといわれる。
 北国の罔両、西国の河伯と並んで「本朝三奇」の一つとされたり、「越後七奇」の一つとされるなど、広く認知されていたようである。


 「真空状態となった旋風が人の体を切り裂く現象を擬人化したもの」という説明が従来多くなされてきたが、どうやら科学的にいってそういうことは実際起こりえないらしい。それでは鎌鼬よ、お前はいったいなんの擬人なのだ。私が考えるに、三位一体でどうのこうの、というくだり、あれはツンデレの擬人化ではないだろうか。転ばす、切り裂く、薬剤投与といった一見して相矛盾する行為はツンデレ以外のなにものでもない。ツン・ツン・デレという2:1のツンデレ成分比も黄金比に近いし(※あくまで一般的見地の話。プロに好まれる比率はデレ率1割未満である)、デレを発動したあとその場にとどまらず、疾風のごとくかき消えてしまうという鎌鼬の立ち居振る舞いも、ツンデレにおけるほんの一瞬の、いや、むしろ一瞬だからこそ逆に永遠のものとして精彩を放つデレ期のもののあはれ、というものを体現しているように私には思えてならないのである。
 ではなぜ外見が鼬なのか。それは江戸期の文化人がツンデレに「いたちごっこ」の意味を掛けたからであろう。つまりツンデレ相手の恋愛は往々にしてツンとデレとのせめぎ合いであり、押しと引きが一定のパワーバランスを保ち続けるかぎりどこまでいっても平行線のいたちごっこに終始することが多い。長期連載のマンガのヒロインにこの性向の人種が多いのはそのためである。
 この「鎌鼬=ツンデレ擬人化説」を近日中に学会で発表し、世界の鎌鼬学を飛躍せしめたいというのが私の念願である。


 という阿呆な民俗学者がいたら僕は応援したい。





  • テスト - 名無しさん 2009-02-20 21:31:23
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