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事例1 愛媛県周桑郡壬生川町 松谷みよ子氏の話
 伊予の喜左衛門狸は日露戦争に出征した。小豆に化けて大陸を渡り、上陸するとすぐ豆をまくようにパラパラと全軍に散り、赤い服を着て戦った。敵将クロパトキンの手記には「日本軍の中にはときどき赤い服を着た兵隊が現れて、この兵隊はいくら射撃してもいっこう平気で進んでくる。この兵隊を撃つと目がくらむという。赤い服には、○に喜の字のしるしがついていた」と書かれているという。

事例2 愛媛県今治市 長橋之男氏の話
 波止波町の梅の木狸は、日清・日露戦争に一族を引き連れて出征した。日露戦争では赤い服を着た一隊となり、射撃は百発百中だった。軍功により梅の木壇十郎の名を賜った。太平洋戦争には出征しなかったので、この戦争には負けるかもしれないと噂になった。

事例3 香川県高松市 室津源太郎氏の話
 日露戦争の時、高松のじょうがん寺の狸の総指揮の元、狸たちが出征した。兵隊に化けて山を作り、ロシア兵が登るなり山をひっくり返したりした。凱旋の時には狸までが提灯行列をおこなったという。

事例4 中国上海中支派遣軍八一〇一部隊 松谷みよ子氏の話
 昭和十五年冬。柳橋という場所で友軍の一個小隊が敵軍に包囲されて全滅に瀕しているという報告が入り、K氏所属の一個小隊は待機を命じられた。その後Kさんと戦友三名が偵察の命を受けた。小高い丘で動き回っている敵軍を発見し、報告に引き返そうとした途端に銃撃を受け、気がついた時には大陸の広野の果てしない暗闇の中に震えていた。その時、一人の戦友が「あっ提灯」と叫んだ。Kさんが振り向くと、目の前には懐かしい大三島神社の定紋入りの提灯の明かりがあった。「五六だぬきや、五六さんが氏神さんの提灯持って迎えにきてくれたか」そういって提灯の後をついて走り、無事に帰りつくことができた。

 いずれも『現代民話考(松谷みよ子 立風書房)』より

 クロパトキンの手記うんぬんのエピソードはどこまで信憑性があるのでしょうか。「赤い服の日本兵を撃つと目がくらむので気をつけなきゃ」みたいなふざけたことを手記にとどめるロシア帝国の満州軍総司令官って一体。『坂の上の雲』(司馬遼太郎)なんかではクロパトキンがものすごく阿呆で小心者な露助として描かれていたりして、まあたしかにそういうことを書きそうなイメージの人物ではありますが。




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