韓国推理作家協会のソン・ソニョン氏が語る「季刊ミステリ新人賞」
(&韓国ミステリの現状)
2010年3月31日
2010年の本格ミステリ大賞(本格ミステリ作家クラブ主催)の候補にもなっている「アジア本格リーグ」から昨年刊行された、韓国の美術ミステリ『美術館の鼠』(李垠(イ ウン)、2009年11月 講談社)。先日読んだこれが、あまり…少なくとも「本格」としては面白くなかったので、「アジア本格」「アジアミステリ」についてちょっとした失望のようなものを感じていたんですが…。
で、韓国の推理作家ソン・ソニョン氏(yahooでページをweb翻訳すると「手ションヨン」と訳されてしまいますが…)によると、「季刊ミステリ新人賞」は、年に4回も新人を選んでいるが、それは多すぎなんじゃないかと、文句が来たそうなんですね。確かに、季刊ミステリ新人賞では毎季ごとの応募数が30編程度だそうですから、たとえば日本のミステリーズ!新人賞(東京創元社、2004年-)が毎回400編を超える応募作の中から受賞作を選んでいるのと比べれば、相当「ゆるい」賞と言えないこともない。ただ、韓国ミステリの現状を考えれば、そんなことは言ってられないわけです。そして、「ゆるい」というのも決して正確ではない。
韓国では、「本格文学」「純文学」では、1年間でおよそ300人が新人賞を受ける。ただ、そのうち10年後にも執筆している作家はといえば、10パーセント未満。それだけでは収入が得られないというのが理由だろう。
そして、季刊ミステリが1年間で選ぶのは4人。これは、韓国で1年間に誕生する新人300人の中のたった4人にすぎない。この中で10パーセントが10年後にも執筆をつづけているとすれば、その数値は0.4人ということになり、「一人」にもならない。
韓国で、2008年に刊行されたすべての本を数えると、43099タイトル(注:40099と書いてある箇所もある)になる。このうち、文学が約15.59パーセント(4700タイトル)。
このうち、韓国の作家による推理小説は27タイトル。なんとも暗鬱、切ないことである。
(※注:2008年に韓国で刊行された推理小説267冊のうち、韓国作家の作品は10分の1の27冊。しかもこれは、季刊ミステリ2008年冬号によれば、『韓国スリラー小説短編選』『韓国ホラー小説短編選』『韓国推理スリラー短編選』などを含んだ数字なので、日本で「推理小説」と呼ばれるような作品は(実際に内容を確認した訳じゃないですが)もっと少ないということになります。)
このような状況で、1年間で4人というのはむしろ少ないと言える。1年間(季刊なので4冊分)で季刊ミステリ新人賞への応募数は約150編。この中から4人を選んで、推理小説を書くように奨励しているが、10年後まで執筆するのが10パーセント未満だという数値どおりに考えるのなら、10年後に彼らが推理小説を書いているという保証はない。
(要約終わり)
そして、ソン・ソニョン氏は、ミステリとサスペンス、ミステリとホラーとの違いなどを説明して、(たとえばミステリは、読者と主人公がほとんど同じ情報をもって事件を解いていくもの。サスペンスは、読者がより多くの情報をもっており(たとえば犯人が分っているとか)、読書する過程での感情を重視することで創作が成り立つ)この新人賞には推理小説、ミステリを応募してほしいということを訴えます。
推理小説以外では約300の賞が設けられている。一方で、推理小説を専門に募集する賞はこの「季刊ミステリ新人賞」だけ。そう考えれば、この賞も決して易しいものではないと、ソン・ソニョン氏は言います。そして、韓国での「文学」重視の傾向の中で、「推理小説」も「文学」になりうるのであるということを、현재훈(ヒョン・ジェフン、玄在勳)氏の「누가 도요새를 쏘았나」(誰がシギを撃ったか)の前文を引用して説きます。ソン・ソニョン氏によれば、純文学の隆盛の中で、推理小説のようなジャンル小説は恥ずかしいものとされるのが常だった。だから今、季刊ミステリという、推理小説プロパーの作家のための登龍門があるということは、まさに祝福の一つである。
「多くの推理小説家たちが生まれてきて、認識の変化が生じたら、我が国も日本やヨーロッパ、アメリカのような推理小説黄金期を謳歌することができるのではないだろうか」
「さて、受賞者が多いと、コネやら賄賂の温床になるんじゃないかという質問だが、季刊ミステリ新人賞の選考委員は、推理小説などのジャンル小説で15年間筋を通してきた人たちだ。自尊心1つで劣悪な状況を耐えてきた人たちが、その自尊心を捨てるようなことがあるだろうか。雑誌に掲載されている審査過程を見れば、選考委員が応募作をすべて読み、ある作品がどうして新人賞にふさわしいのか、論理的に分析しているのが分かる。」
「『季刊ミステリ』ほど、新人賞を選ぶことに念を入れ最善を尽くすところはないと自負している。なぜかというと、推理小説家を選ぶ賞だからだ」
『季刊ミステリ』も、2009年は4月以降しばらく刊行されず、まさか休刊になってしまったのかと心配したりもしていました(その後、夏号と秋号が11月に刊行されました)。そんな、あまり明るくない韓国ミステリ界ですが、ソン・ソニョン氏のような人がいるのならば、韓国ミステリ界ももっともっと発展していけるだろう、という気がしてきます。これからの韓国ミステリに期待します。
さてここで、ソン・ソニョン氏の作品や、季刊ミステリ新人賞の受賞作なんかを紹介できればいいのですが、実はわたしは残念ながら、小説が読めるほど韓国語を知ってるわけではないので(苦笑)、どこかの出版社で、季刊ミステリ新人賞の受賞作品や、韓国の若手推理作家のアンソロジー『12人12色』(
韓国のネット書店アラジンへのリンク)なんかを訳してくださいませんかという、他力本願な願いでこの項終了とさせていただきます。(…すみません)
p.s. ちなみに、季刊ミステリ新人賞受賞者ソル・インヒョの短編(受賞後の作品)「そして誰もいなくなった」は、早川書房『ハヤカワミステリマガジン』2009年1月号で翻訳されているので読むことができます。この短編、『ミステリーが読みたい! 2010年版』なんかでは褒められたりもしていましたが、自分としてはあまり…。「本格」を期待しなければ、楽しめるかもしれません。
■追記■2010年4月1日
ソン・ソニョン氏が何者なのか、詳しい話を書くのをまったく忘れてました。
ソン・ソニョン(손선영)氏は、2008年に季刊ミステリ新人賞を受賞してデビューした新人推理作家です。受賞作は、季刊ミステリ20号(2008年夏号)に掲載されている「ツバメの巣城殺人事件」。
(ウクライナに実在する城で、日本語では「ツバメの巣城」というみたいです。「Swallow's Nest castle」でググれば、すぐ写真が出てきます。
季刊ミステリ20号は日本の推理作家特集でもあるので手に入れたいのですが、現在品切れで入手不能)
韓国若手推理作家アンソロジー『12人12色』に載っている経歴によると、デビュー後は、「誰がわたしのラーメンを食べたんだ?」(韓国推理作家協会編『2008 今年の推理小説』に収録)シリーズなどの日常の謎ミステリを中心に書いているとのこと。また、インターネット上で8編の長編と40余編の短編を発表しているそうです。
最終更新:2010年11月11日 14:26