韓国での推理小説刊行状況 1
2009年11月9日
☆「アジア本格リーグ」の刊行
今年(2009年)9月、講談社から「島田荘司選 アジア本格リーグ」の刊行が開始された。これは、今まで欧米作品の陰に隠れてあまり顧みられていなかった、アジア各地域の推理小説を刊行するという画期的なもので、第1回配本では「台湾」「タイ」の作品が刊行された。巻末予告を見ると、さらに「韓国」「中国」「インド」「インドネシア」の作品の刊行が予定されているという。
さて、ではこれらの地域では、刊行予定のもの以外に、いったいどのような推理小説が刊行されているのだろうか。
台湾の推理小説については、taipeimonochromeさんが「
taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音樂」で以前から積極的に紹介なさっており、多くの未訳作品の批評を読むことができる。
中国の推理小説については、「
トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の管理人さんが、中国のミステリ雑誌『歳月・推理』に掲載されている短編のレビューなどをいくつか書いている。
では、韓国はどうだろう、ということで探してみたら、あまり情報が見つからない。それなら自分で探ってみようということで、にわかに注目を集めつつある(?)韓国の推理小説界についてちょっと調べて書いてみることにした。
☆韓国の推理小説 概観
日本には日本推理作家協会や本格ミステリ作家クラブがあり、台湾には台湾推理作家協会がある。では韓国にもそういった組織があるのかというと、やはり「韓国推理作家協会」(한국추리작가협회)という組織があるようである。韓国推理作家協会は、現在韓国で唯一のミステリ雑誌『季刊ミステリ』(계간 미스터리)を刊行している。今までに
綾辻行人「館シリーズ」特集(2005年秋号)や
「日本推理小説」特集(2008年夏号)などを組んでいるこの雑誌は、国内外の推理小説を掲載するほか、新刊情報や海外のミステリ関連ニュースなどを提供している。また、「季刊ミステリ新人賞」(계간 미스터리 신인상)という短編・中編ミステリ及び評論の賞を実施しており、新人の発掘の役割も果たしている。この雑誌の刊行のほか、毎年夏の「夏季推理小説学校」(여름추리소설학교)、同じく毎年夏の創作短編集「今年の推理小説」(올해의 추리소설)の刊行、韓国推理文学賞の実施も、韓国推理作家協会によるものである。
さて、「本格ミステリ」好きとしては、韓国ではどのような推理小説が人気なのかということが気になってくる。結論からいえば、特に「本格」がもてはやされている訳ではないようである。
邦訳されている『コリアン・ミステリ 韓国推理小説傑作選』(
『'98 今年の推理小説 - 失踪』の翻訳なので、やや古いが)や、『ハヤカワミステリマガジン』に掲載された短編を読む限り、本格と呼べるようなものはない。読者側は、こいつが怪しい、という2時間ドラマ的な予想が出来るだけで、論理的に犯人を指摘できるような作品はなかった。密室やらダイイングメッセージやらといったキーワードも出てこないし、さらにいえば、「謎とその解決」という構成を持っている小説自体少なかった。
ということで、今までに邦訳されている韓国ミステリについては、残念ではあるが期待はずれだったと言わざるを得ない。とはいえ、2009年版の韓国推理作家協会「今年の推理小説」に寄せられた
会長イ・スグァン(李秀光)のコメントによれば、最近の若手は海外(日本を含む)の推理小説の洗礼を受け、さらには漫画や映画の影響を受け、まったく異なる推理小説を書くようになっているという。『季刊ミステリ』でも、1980年生まれ前後の若い作家たちが続々とデビューしている。
今後、新たな作家が紡いでいく新たな作品に期待したい。
☆韓国での推理小説の刊行状況
『季刊ミステリ』2008年冬号は、「2008年韓国推理小説出版状況」と題して、2007年12月~2008年11月のミステリ刊行データを分析している。それを見て分かるのは、
- 「本格」が韓国の推理小説の主流というわけではない(前述)
- 日本の推理小説の翻訳が多いだろうと思いきや、実際は英語からの翻訳の方が多い
ということである。韓国で横溝正史が大人気だという記事(
エキサイトニュース 2008年10月17日記事(日本語))を見て、韓国では日本の推理小説が翻訳作品の中心になっていると想像していたが、そうでもないようだ。
ところで、日本では1年にどれぐらいの数の推理小説が刊行されているのだろうか? 手元にあった「2003本格ミステリ・ベスト10」(原書房)の巻末リスト(山前譲氏作成)を見ると、この年、推理小説は国内作家の作品だけで約370冊が刊行されている。
一方韓国では、国内作品と翻訳とを合わせて、1年間で267冊が刊行されている。では、そのうち韓国国内作家の本の数は? 正解は……「27冊」。少ない! 「‘殺害された’ 韓国推理小説‘ 真犯人’は誰か」(
ハンギョレ新聞 2008年12月26日記事(日本語)、記事執筆:『季刊ミステリ』編集長 バク・クァンギュ)などで見て知っていたが、やはり国内作家はあまり活動が活発ではないようである。
2008年に韓国で出版された推理小説267冊の内訳 (『季刊ミステリ』2008年冬号より)
英語からの翻訳 |
103冊 |
日本語から |
96冊 |
その他言語から |
41冊 |
国内作家作品 |
27冊 |
長くなってしまったので、次回に続く。
◆追記
「冊」というか、「タイトル」といった方がいいのかな。または「作品」か。
韓国での推理小説刊行状況 2
2009年11月10日
☆韓国での推理小説の刊行状況(つづき)
2008年に韓国で出版された推理小説267冊の内訳は以下の通りだという。(『季刊ミステリ』2008年冬号より)
英語からの翻訳 |
103冊 |
日本語から |
96冊 |
その他言語から |
41冊 |
国内作家作品 |
27冊 |
日本では1年間で、国内作家の作品だけで約370冊(2002年)が刊行されており、それと比べれば、韓国での推理小説の刊行数はかなり少ない。しかし、表で示したデータの2年前、2006年の韓国での推理小説刊行数はオリジナル・翻訳合わせて2008年のおよそ半分の147冊であり、ここ2年間で飛躍的に出版数が増加している。
2006年の出版点数と2008年の出版点数(『季刊ミステリ』2008年冬号より)
|
2006年 |
2008年 |
英語からの翻訳 |
77冊 |
103冊 |
日本語から |
32冊 |
96冊 |
その他言語から |
18冊 |
41冊 |
国内作家作品 |
20冊 |
27冊 |
特に日本の作品の刊行数は3倍にもなっており、英語作品の翻訳の数に迫る勢いである。この調子で韓国のミステリ界が活気付いていくのか、それとも一過性のブームなのか、これからの動向が気になるところである。
☆韓国での日本のミステリの刊行
2008年、韓国で刊行された翻訳推理小説の中で最も原書の刊行年が古いものは、ウィルキー・コリンズ『白衣の女』(The Woman in White、1860年)だったそうだ。それも含め、英語からの翻訳はさまざまな年代のものが翻訳されている。
それでは、日本の推理小説の翻訳はどうだろうかと見てみると、まさかの
『ドグラ・マグラ』翻訳本が出ている!(四大奇書中、ほかの3作は未刊行【2010年10月注:誤り。実際は、2005年3月にすでに
韓国語版『黒死館殺人事件』が刊行されており、
韓国語版『虚無への供物』もこの記事執筆の約1週間前に刊行されていた】) とはいえ、日本の作品は、直近の作品の翻訳が多いようだ。
刊行数の多い作家別ランキングは下記の通りである(『季刊ミステリ』2008年冬号より)。
1位 |
アガサ・クリスティ |
16冊 |
2位 |
東野圭吾 |
9冊 |
3位 |
恩田陸 |
8冊 |
4位 |
宮部みゆき |
6冊 |
5位 |
ディーン・クーンツ |
5冊 |
6位 |
ジョアン・フルーク |
4冊 |
7位 |
海堂尊、有栖川有栖、柳原慧、乙一、神永学 ビル・バリンジャー、Maxime Chattam(フランス、邦訳なし?) |
3冊 |
あれ、綾辻行人や島田荘司は? 台湾では綾辻行人や島田荘司の影響で本格推理小説に惹かれていった作家たちが活躍しています。韓国でも本格が流行ってほしいと勝手に願っている私としては、このあたりの作品はぜひ刊行されていてほしいのですが…。(興奮して急にですます調に変わってしまった…)
調べてみると、実は綾辻行人作品は、すでに10年以上前に鶴山文化社から館シリーズ「黒猫館」までの6冊の翻訳版が刊行されており、2005年以降には別の出版社から「十角館」新装版、「時計館」新装版、「暗黒館」(3分冊)が刊行されています。2008年にも『霧越邸殺人事件』が翻訳されており、綾辻行人作品が韓国で全然読まれていないという訳ではないのでした。
島田荘司作品は、『占星術殺人事件』がまず『アゾート』という題名で刊行され(1992年)、その新装版が1996年に同出版社から刊行、そして2006年に別の出版社から再刊されています。ほかには『魔神の遊戯』(2007年)、『龍臥亭事件』(2分冊、2008年)、『斜め屋敷の犯罪』(2009年)が刊行されています。
さて、韓国で2008年に刊行された日本の推理小説に話を戻すと、韓国では日本でも人気のある中堅作家「東野圭吾、宮部みゆき、恩田陸」や、本格の「有栖川有栖」、ライトノベルから推理小説まで幅広く書く「乙一」、新進作家の「海堂尊、柳原慧、神永学」が多く訳されているとのこと。「心霊探偵八雲」シリーズの神永学なんかは、日本ではあまり推理作家と見なされていない作家だと思いますが。あと、柳原慧って、宝島社の「このミステリーがすごい!」大賞の人だっけ? ←その通りでした。
東野圭吾は、1999年に『秘密』が翻訳されたのが最初で、以来2008年末までに28冊が刊行されている(うち、18冊が2007年以降の2年間で刊行されたもの)。恩田陸は、2005年に『夜のピクニック』の翻訳が出たのが最初だが、以来翻訳が一気に進み、24作品が刊行されている。宮部みゆきは、2000年の『火車』が最初で、以降計22作品が刊行されている(『季刊ミステリ』2008年冬号より)。
どこの国でも、東野圭吾・宮部みゆきはかなり売れてますね。これからの本格勢の活躍に期待します。
最終更新:2010年11月11日 14:10