アメリカで2006年に発表された明智小五郎物のパスティーシュ短編「Ex Calce Liberatus」について

2014年9月11日 














注:このパスティーシュは独立したストーリーを持つ短編ですが、江戸川乱歩の長編『黄金仮面』の後日談という設定にもなっています。そのためこのページではやむなく、「黄金仮面」の正体を明かしています。
(「黄金仮面」の正体を明かすことは別にネタバレではない、と考える人も多いかとは思いますが、一応注記しておきます)














Index

アメリカで2006年に発表された明智小五郎物のパスティーシュ短編「Ex Calce Liberatus」

 アメリカで2006年に、明智小五郎とアルセーヌ・ルパンが共演する短編小説が発表されているということを一昨日たまたま知って驚いた。アンソロジー『Tales of the Shadowmen 2: Gentlemen of the Night』(米国amazon)に収録されている「Ex Calce Liberatus」(エクス・カルケ・リベラトゥス)という短編である。作者はマシュー・ボー(Matthew Baugh)。このアンソロジーは古今東西のミステリやホラー等の登場キャラクターを共演させることを趣旨とするもので、同じ巻にはほかにメグレ警視怪人ファントマグリーン・ホーネットが共演する短編、シャーロック・ホームズアルセーヌ・ルパンプリズナーNo.6が共演する短編などが収録されている。(グリーン・ホーネットは同題のアメリカのドラマ、映画に登場するヒーロー。プリズナーNo.6は同題のイギリスのテレビドラマに登場するスパイ)
 米国amazonではこのアンソロジーの冒頭数十ページが試し読みできるようになっており、明智小五郎が登場する短編「Ex Calce Liberatus」は巻頭作品なので全文読むことが可能である。

 明智小五郎は日本の江戸川乱歩が生み出した探偵であり、乱歩の長編『黄金仮面』(『キング』1930年9月号~1931年10月号)ではアルセーヌ・ルパンと対決もしている。そんな2人が、アメリカで執筆された短編で「偶然にも」共演しているなんて――と最初は思ったのだが、読んでみてまたびっくり。なんとこの作品、『黄金仮面』の後日談の設定になっているのである。『黄金仮面』はまだ英語には訳されていない。作者のマシュー・ボーは日本語で読んだのだろうか。

短編「Ex Calce Liberatus」(エクス・カルケ・リベラトゥス)あらすじ
1931年4月、パリ。ある蝋人形館で、世界各地の剣豪を模した蝋人形に本物の剣を装備させて展示する企画展が催されることになり、日本から「斬鉄剣」が貸しだされることになった(英語原文「zantetsuken」)。所有者の三島伯爵から斬鉄剣の盗難防止を依頼された明智小五郎は妻の文代とともにパリに赴く。そしてそこで、蝋人形館を舞台とする怪しい事件に巻き込まれる。明智小五郎は日本にいる笠森判事に手紙を書く。「昨年の『黄金仮面』事件で対決したあの有名なアルセーヌ・ルパンのことを憶えていらっしゃるかと思います。どうやら再び、あの男と対決する機会が得られそうです――」

 笠森判事は乱歩の「心理試験」(1925)の登場人物。明智の妻の文代は『魔術師』(『講談倶楽部』1930年7月号~1931年6月号)で初登場。タイトルの「エクス・カルケ・リベラトゥス」はラテン語であり、意味は作中で明かされる。ルパンも登場するとはいえ視点人物は明智小五郎であることが多く、主人公は明智小五郎といってよい。
 このパスティーシュ短編が発表された2006年(2005年末?)の時点で、明智小五郎物の英訳は短編の「心理試験」とジュヴナイル長編『少年探偵団』しかなかった。英訳版『少年探偵団』は主に日本の英語学習者を対象とする《講談社英語文庫》で出たものであり、海外ではほとんど流通していない。というわけで、明智小五郎の英語圏での知名度は2006年当時、ゼロに近かった(2014年現在でもそうである)。そんな明智小五郎を登場させた作品がアメリカで書かれていたというのがまず驚きだが、しかもそれが未英訳の作品を踏まえた内容になっているというのがまた驚きである。(この短編にはほかにも乱歩作品ネタがあるのだが、それについては後ほど言及する)

アンソロジー・シリーズ「テイルズ・オブ・ザ・シャドウメン」について

 件の明智小五郎パスティーシュは、複数作家の短編を収録して年に1冊ほどのペースで刊行されるアンソロジー・シリーズ「テイルズ・オブ・ザ・シャドウメン」(Tales of the Shadowmen)(英語版Wikipedia)の第2巻に収録されている。
 「テイルズ・オブ・ザ・シャドウメン」はアメリカ・カリフォルニア州ターザーナの出版社、「Black Coat Press」(公式サイト)が2005年から出版しているアンソロジー・シリーズ。ミステリやホラーを中心とするあらゆるフィクションの登場キャラクターが同一の世界に存在するという設定で書かれた短編小説を各巻15~30編ほど収める。日本だと、伊藤計劃+円城塔『屍者の帝国』がそのような世界設定で執筆された作品だった。既刊は10巻で、第11巻は2014年12月刊行予定。
 編者はジャン=マルク・ロフィシエ(Jean-Marc Lofficier, 1954- , 英語版Wikipedia)とランディー・ロフィシエ(Randy Lofficier, 1953- )の夫妻。夫のジャン=マルク・ロフィシエはフランス人で、モーリス・ルブランやガストン・ルルーの作品を英訳したり、英語のコミックの原作を手掛けたり、ミステリ小説を英語・フランス語の両言語で発表したりと多才な人物のようだ。「テイルズ・オブ・ザ・シャドウメン」には毎回自作も載せており、たとえば第3巻に収録の「ランドルフ・カーター殺害事件」(The Murder of Randolph Carter)ではエルキュール・ポアロとチャールズ・ウォード(ラヴクラフト「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」より)を登場させている。

作者のマシュー・ボーについて

 明智物のパスティーシュ短編「エクス・カルケ・リベラトゥス」(Ex Calce Liberatus)を執筆したのはマシュー・ボー(Matthew Baugh)。どういう人物なのかは分からない(アメリカ人なのかも不明)。ただ、2005年8月(?)に刊行されたパルプ・フィクションを扱う電子同人誌(?)『Golden Perils』第38号に「Edogawa Rampo and the Japan of the Pulp Era」(江戸川乱歩とパルプ・フィクション時代の日本)という文章を寄稿しているようなので、江戸川乱歩やその周辺事情に詳しい人なのだろう。
 マシュー・ボーはアンソロジー・シリーズ「テイルズ・オブ・ザ・シャドウメン」に第1巻から毎回1編ずつ寄稿している。件の明智パスティーシュ「エクス・カルケ・リベラトゥス」は第2巻(2006)(出版社サイトの紹介ページ)に載ったものだが、その前年刊行の第1巻では短編「Mask of the Monster」でメグレ警視フランケンシュタインの怪物を共演させている。

 出版社のサイトから、マシュー・ボーの寄稿作一覧をまとめておく。(第6巻の作品のみMicah Harrisとの共作)

タイトル 登場キャラクター
第1巻 Mask of the Monster フランケンシュタインの怪物、ジュデックス(Judex)、メグレ警視
第2巻 Ex Calce Liberatus アルセーヌ・ルパン、明智小五郎
第3巻 The Heart of the Moon Telzey Amberdon, Captain Kronos, Solomon Kane, Maciste, Dr. Omega, the Vampire City
第4巻 Captain Future and the Lunar Peril Captain Future, Eric John Stark, Northwest Smith, St. Menoux
第5巻 The Way of the Crane Madame Atomos, Kato
第6巻 The Scorpion and the Fox Becky Sharp, the Yellow Shadow
第7巻 What Rough Beast Hugo Danner, Judex, Sâr Dubnotal
第8巻 Don Camillo and the Secret Weapon Don Camillo, James Bond, Eva Kant
第9巻 Tournament of the Treasure Steve Costigan, Townsend Harper, The Black Coats
第10巻 Quest of the Vourdalaki Boris Liatoukine, The Master, Quentin Cassave

 第5巻の「マダム・アトモス」(Madame Atomos)は、フランスの探偵作家・SF作家のAndré Caroff(1924-2009)が生み出したキャラクター。「マダム・アトモス」シリーズの主人公。原爆で家族を失い、アメリカへの復讐を誓った日本人マッドサイエンティスト(女性)である。本名はカノト・ヨシムタ(Kanoto Yoshimuta)。長編が18作あり、すべて英訳も出ている。「カトー」はグリーン・ホーネットに登場する日本人。

パスティーシュ短編「エクス・カルケ・リベラトゥス」の詳しい内容

※このページの執筆者は英語の小説がすらすら読めるわけではありません。とりあえずざっと目は通してみましたが、理解度は60%ぐらいです。
※ここから先は作品の結末にまで言及しますので、英語が読める方はぜひとも、米国amazonで原文をお読みください。(表紙をクリックすれば読めます)

 まず、小説の構成について。この短編は15の手紙(メモ書き含む)と2つの新聞記事から構成されている。

  • 手紙1 アルセーヌ・ルパンからフォランファン警部へ
  • 手紙2 フォランファン警部からガニマールへ
  • 手紙3 フォランファン警部からガニマールへ
  • 手紙4 明智小五郎から笠森判事へ
  • 手紙5 フォランファン警部からガニマールへ
  • 手紙6 明智小五郎から笠森判事へ
  • 記事1 パリの『ル・モンディアル』紙からの抜粋
  • 手紙7 フォランファン警部からガニマールへ
  • 手紙8 明智小五郎から笠森判事へ
  • 手紙9 フォランファン警部からガニマールへ
  • 手紙10 「レ・ヴァンピール」(吸血ギャング団)から明智小五郎へ
  • 手紙11 明智小五郎から笠森判事へ
  • 記事2 パリの『ラ・カピタル』紙からの抜粋
  • 手紙12 フォランファン警部からガニマールへ
  • 手紙13 フィリップ・ゲランドからフォランファン警部へ
  • 手紙14 明智小五郎から笠森判事へ
  • 手紙15 アルセーヌ・ルパンからガニマールへ

 フォランファンとガニマールはルパン・シリーズの登場人物。
 「レ・ヴァンピール」(吸血ギャング団)とフィリップ・ゲランドは、1910年代のフランスで人気を博した映画シリーズ「レ・ヴァンピール 吸血ギャング団」(Les Vampires)に登場する。ゲランドは吸血ギャング団を追い詰める正義の新聞記者である。いままでは言及しなかったが、この短編には明智小五郎シリーズ、アルセーヌ・ルパン・シリーズのほか、「レ・ヴァンピール 吸血ギャング団」からもキャラクターが複数登場しており、ほかにも別のフィクションからの登場キャラクターもいる。

 以下、物語の順序どおりに詳しく内容を紹介していく。

  • 手紙1 アルセーヌ・ルパンからフォランファン警部へ(1931年6月12日)
    • ルパンからフォランファンへ、警部への昇進祝いのメッセージ。そしてルパンは、フォランファン警部が最近担当している事件、すなわち剣の連続盗難事件への関与を匂わせる。「私はイギリスの数ある財宝の中でも最も素晴らしいものを探し求めているところだ。絶対に手に入れてみせる。Ex calce liberatus! 心より敬意を表して。アルセーヌ・ルパン」

 ここでタイトルにもなっているラテン語が出てくる。この段階で、その意味はまだ説明されない。

  • 手紙2 フォランファン警部からガニマールへ(1931年6月13日)
    • 引退したガニマールへの手紙。ルパンが久々に活動を再開したことを知らせる。そして、最近パリのグレヴァン蝋人形館にほど近いヴェロニカ蝋人形館で連続している不思議な盗難事件の概要を説明する。ヴェロニカ蝋人形館では次の金曜日(17日)から、世界の剣豪たちの蝋人形を展示する企画展が始まるのだが、その企画の特徴は彼らが使用していた実際の剣を蝋人形に持たせることである。その剣の多くは、最近亡くなったド・ヴィルフォール男爵(Baron de Villefort)がコレクションしていたもの。地方の名士であるフィリップ・ゲランド(Philippe Guerande、ジャーナリスト)とオスカル・マザメット(Oscar Mazamette)もこの企画展に協力している。
    • 事件の概要。最初に盗まれたのはシラノ・ド・ベルジュラックが使用したと伝えられる剣だった。そして次の日、この剣はいつの間にかまた元通り蝋人形の手に握られていたが、今度はビュッシー・ダンボワーズの剣がなくなっていた。次の夜、フォランファン警部は部下の警官2人とともに張り込むが、別の部屋から奇妙な音が聞こえたのでそれを調べにいく。そして戻ってみると、ビュッシー・ダンボワーズの剣は元に戻されており、ダルタニャンの剣がなくなっていた。そしてダルタニャンのベルトのところに、折りたたまれた紙が挟まっていることに気づく。「それが、ルパンが残した手紙だったんです。それを書き写したもの(手紙1)を、この手紙に添えてお送りします」

 フィリップ・ゲランドとオスカル・マザメットはどちらも1910年代のフランス映画「レ・ヴァンピール 吸血ギャング団」シリーズより。フィリップ・ゲランドは吸血ギャング団を追い詰めた正義の新聞記者。オスカル・マザメットは最初は小悪党だったが、のちにゲランドに協力するようになる。

  • 手紙3 フォランファン警部からガニマールへ(1931年4月14日)
    • ※日付けがなぜかさかのぼっているが、内容から判断する限り、これは手紙2の次に書かれた手紙だと思われる。このあともずっと「4月」の手紙が続くので、手紙1と手紙2も6月ではなく「4月」のものと考えるのが妥当かと思われる。
    • ド・ヴィルフォール男爵夫人(Baroness de Villefort)に連絡を取るフォランファン警部。彼女は亡き夫の剣のコレクションについて何も知らなかったが、男爵の友人で骨董品の収集仲間だったデュラック神父(Père Dulac)にも連絡をとってくれるという。ほかの重要人物は、蝋人形館に最近雇われたフランス系イギリス人の彫刻家アーサー・モロー(Arthur Moreau)。そのアシスタントのエミール・デシャン(Emile Deschamps)。モローがモデルとして使っている若く愛らしい女性、ノーラ・フュゼ(Nora Fuset)。デシャンはどこか不穏な雰囲気を持つ醜い男で、モローがラガルデール(Lagardère)の蝋人形を作る際のモデルを務めたりもしている。フォランファン警部が最初に会ったとき、フュゼ嬢はヌードモデルをしているところだった。警部は、彼女の肩に黒いトカゲの刺青があることに気づく。髪型や服装によって東洋美人にもヨーロッパ人にも見えるフュゼ嬢は、父親がアジア系で、母親がフランス人なのだという。剣豪にはもちろん女性もおり、フュゼ嬢はジョイリーのジレル(Jirel of Joiry/C・L・ムーア《処女戦士ジレル》)などの蝋人形のモデルを務めていた。投資者の1人であるフィリップ・ゲランドは現在、イギリスを旅行中。企画展が始まる金曜日には戻ってくる予定。もう1人の投資者であるオスカル・マザメットは蝋人形館のあたりを頻繁に出歩いている。「ほかに、この事件について意見を求めるため、ある私立探偵に声を掛けています。彼の名前は明智小五郎。日本からやってきた青年です。彼は以前にアルセーヌ・ルパンと対決したことがあり、聞くところによれば、ルパンを打ち負かしたのだとか。なにかの因果か、彼はちょうどパリにやって来ていたのです」

  • 手紙4 明智小五郎から笠森判事へ(1931年4月14日)
    • 「昨年の『黄金仮面』事件で対決したあの有名なアルセーヌ・ルパンのことを憶えていらっしゃるかと思います。どうやら再び、あの男と対決する機会が得られそうです。」明智は三島伯爵の依頼でパリに来ていた。三島伯爵は今回の企画展のため、友人のフィリップ・ゲランドに貴重な剣を貸していたが、その剣を盗難から守るよう明智に依頼があったのである。明智は、だいぶ遅れてしまったが妻の文代とのハネムーンにもいい機会だと思ってこの依頼を引き受け、文代を連れてパリにやって来た。三島伯爵がフィリップ・ゲランドに貸した剣というのは、斬鉄剣[英語原文 zantetsuken (iron-cutting sword)]で、座頭市の蝋人形の手に持たされている。ルパンが関わってきたとなると、明智はこの件につきっきりにならざるを得ない。「文代には悪いことをしてしまったが、この件を解決するまでは、パリの商店街が文代のことを楽しませてくれるだろう」

 この短編の世界では、「斬鉄剣」は座頭市が使用していた剣という設定になっているらしい。

  • 手紙5 フォランファン警部からガニマールへ(1931年4月15日)
    • 捜査状況の報告。ド・ヴィルフォール男爵夫人と、亡き男爵の友人だったデュラック神父に会ったが、ほとんど収穫はなかった。ただ、神父は「Ex calce liberatus」(エクス・カルケ・リベラトゥス)という言葉の意味を教えてくれた。これはラテン語で、英語に訳すと「set free from the stone」(石から解放されたもの)となるという。

  • 手紙6 明智小五郎から笠森判事へ(1931年4月15日)
    • フォランファン警部の捜査(手紙5)には明智小五郎も同行していた。明智はデュラック神父がまさに「神父」のイメージ通りの謙虚な人物だと感じるが、一方でその身のこなしからは軍人・騎士のような印象を受ける。デュラック神父は、ルパンが残した例のラテン語はイギリスのアーサー王の、石に刺さった剣、エクスカリバーのことを指しているのではないかと示唆する。神父によれば、「Ex calce liberatus」(エクス・カルケ・リベラトゥス/石から解放されたもの)が「エクスカリバー」の語源になったという説があるのだという。明智は、展示物の剣のなかに大理石の鞘を備えたものがあったことを思い出す。アーサー王伝説に関連する英雄の1人、Hugrakkur of Thuleが装備しているものだ。まさか、あの剣が伝説のエクスカリバーなのだろうか? しかしそんなに単純なことなら、ルパンはとっくにそれを盗んでいるだろう。ただ、その剣と、大理石の鞘と、ミステリアスな神父がこの事件の鍵だと明智には思われるのだった。

  • 記事1 パリの『ル・モンディアル』紙からの抜粋(1931年4月16日)
    • 投資者の1人、オスカル・マザメット氏の怪死を伝える新聞記事。深夜12時半ごろ、マザメット氏がヴェロニカ蝋人形館を訪れ、出入口を封鎖している警官たちに断って、中に入っていった。深夜1時15分、大きな叫び声が聞こえ、警官たちが建物の中に入ると、マザメット氏は首を切断され、血の海の中で死んでいた。展示品の1つである、Demoiselle Griseと呼ばれる剣で切断されたようだ。この剣には呪われた噂がある。この剣を持つにふさわしい人物が手にすれば、その人物は素晴らしい武勲をあげることができるが、ふさわしくない人物が手にすれば死が訪れるという……。このような噂があるため、この剣だけは蝋人形に持たせず、展示ケースに入れてディスプレイされていた。

  • 手紙7 フォランファン警部からガニマールへ(1931年4月16日)
    • 警備を部下に任せて家で寝ていたフォランファン警部の元に、深夜2時過ぎ、マザメット氏の怪死が伝えられる。蝋人形館のすべての出入口には警官が配備されていたが、その中でマザメット氏が殺された。そして今度はダルタニャンの剣が戻ってきて、代わりにアンドレ・ルイ・モロー(Andre-Louis Moreau/ラファエル・サバチニ『スカラムーシュ』登場人物)の剣がなくなっていることが分かった。アンドレ・ルイ・モローは蝋人形館に雇われている彫刻家のアーサー・モローの祖先でもある。

  • 手紙8 明智小五郎から笠森判事へ(1931年4月16日)
    • 単なる不思議な連続盗難事件から、殺人事件へと急展開。明智は、フォランファン警部の捜査官としての能力を疑い始める。「フォランファン警部は、アルセーヌ・ルパンがこの殺人の犯人だという馬鹿げた考えを持っている。ルパンはいまだかつて、冷血な殺人を犯したことは一度もない。」被害者の服に鮮やかな色の蝋が付着していたことから明智は、犯人が蝋人形に扮していたのだと推理する。また、ラガルデールとジョイリーのジレルの蝋人形に特に血の汚れが多いことに気づく。つまり、襲撃者は2人、男と女だったということだ。明智は、この2つの蝋人形のモデルを務めたエミール・デシャンとノーラ・フュゼに疑いを抱く。調べてみると、この2人にはここ数か月分の記録しか見当たらず、それ以前のことがまったく不明だということが分かる。また、被害者のオスカル・マザメットについても調べる。すると15年前に、あるギャング団の壊滅の手助けをしていたことが分かる。そのギャング団の名は、「レ・ヴァンピール」(Les Vampires、吸血ギャング団)。その凶悪な団体が当時世間に知られるきっかけとなった最初の犯罪が、警官の首を切断するというものだった。幹部の1人がイルマ・ヴェップ(Irma Vep)という女性だったことも知られている。これは「vampire」(仏語:ヴァンピール/英語:ヴァンパイア)、すなわち吸血鬼のアナグラムだ。
    • 明智は以上の事実から推理を展開し、蝋人形のモデルを務める美しい女性、ノーラ・フュゼ(Nora Fuset)の名前が、吸血鬼を意味する「nosferatu」(ノスフェラトゥ)のアナグラムであることに気づく。イルマ・ヴェップは数年前に死んだと伝えられるが、ノーラ・フュゼはその娘なのではないかと明智は考える。「証拠を固めるため、今夜、蝋人形館のギャラリーを調べてみるつもりです。ルパンがこの事件においてどのような役割を果たしているのかも分かるかもしれません」

 イルマ・ヴェップは映画「レ・ヴァンピール 吸血ギャング団」シリーズの登場人物。ノーラ・フュゼはこのパスティーシュ短編のオリジナル・キャラクターだと思われる。

  • 手紙9 フォランファン警部からガニマールへ(1931年4月17日)
    • この日の朝、フォランファン警部は明智小五郎から、関係者全員(彫刻家アーサー・モロー、デュラック神父、エミール・デシャン、ノーラ・フュゼ)を蝋人形館に集めてほしいという電話を受ける。フォランファン警部とデュラック神父がまず、蝋人形館に到着する(明智もすでにいる)。明智は、関係者全員が集まったら重大な新事実を告げるという。しかししばらくして、警官の1人がメモを持ってきて明智に渡すと、明智の様子が一変する。馬鹿げた推理でわざわざ呼び出してしまってすまないと謝る明智。実は犯人を指し示す証拠になるようなものは何も持っていないのだが、関係者全員を集め、かまをかけて自白させようとしていたのだ――と明智は説明する。それが馬鹿げたことだと気づき、明智はこの事件から手を引こうとしている――とフォランファン警部には思われた。
    • フォランファン警部は、メモに何が書いてあったのかを訊ねる。明智が説明するところによれば、それは妻の文代からのメッセージで、素敵な休暇になるはずだったのに自分をずっと放っておくなんて、という怒りの文言が書かれていたという。明智の説明が疑わしく思えたようで、デュラック神父がメモを見せるようにいう。それは日本語で書かれたメモだった。こうして、明智は去っていった。今夜はついに、企画展のオープニング・セレモニーが開かれる。

  • 手紙10 「レ・ヴァンピール」(吸血ギャング団)から明智小五郎へ(1931年4月17日)
    • 明智が受け取ったメモ。内容は、文代は預かった、警察には何も言うな、適当に言い訳してそこを離れ、×××のベンチに来い、こちらから接触があるまでそこで新聞を読んでいろ、両手は常にまわりから見えるようにしておけ、以上を守れば文代は返す、というものだった。

  • 手紙11 明智小五郎から笠森判事へ(1931年4月17日)
    • 明智は宿泊先のホテルへと急行する。聞いてみると、文代の姿が目撃されたのは今日の朝が最後だったという。吸血ギャング団に指定された場所に駆けつけ、指示通り、新聞を読みながら接触を待つ。『ル・モンディアル』紙は、オスカル・マザメットの怪死は吸血ギャング団の復讐だったのではないかと正しく推測していた。『エコー・ド・フランス』紙ではこの事件についてほとんど扱われておらず、明智は残念に思う。『エコー・ド・フランス』紙はアルセーヌ・ルパンの考えを知るのに最も有用な新聞だからである。
    • 日が落ちてしばらくすると、大型自動車がやって来て、中から1人の女と、文代を両側から挟んで2人の男が下りてきた。女は踊り子の格好をし、フードとドミノマスクで顔を隠している。明智はその女に対して、正体がノーラ・フュゼであることは分かっていると告げる。女は少し動揺したが、すぐに冷静を取り戻した。明智がこの事件についての推理を披露すると女は感心したような顔を見せ、まだ分からないことがあるというと、満足げな顔を見せた。一切体を動かさず、蝋人形のように装うのは非常に難しいことだ。マザメット殺害の際、どうしてそのようなことができたのか。それが、明智が分からないことだった。
    • その女、ノーラ・フュゼによれば、彼女は吸血ギャング団の幹部の1人だった女、イルマ・ヴェップと、同じく犯罪者だったYu'an Hee Seeの間に生まれた娘だという。その父の知り合いに、ドクター・ナタス(Dr. Natas)という科学者がおり、人工的に死後硬直状態を作り出す薬物を発明していた。それを使って蝋人形を装ったのだと、ノーラ・フュゼは説明する。
    • そのときノーラ・フュゼは、明智が持っている新聞の上部から銃口がのぞいており、自分の方を狙っていることに気づいた。実は明智は、蝋人形館を出るときに蝋人形の腕を持って来ていて、新聞を持っている手のうちの片方は蝋人形のものだったのである。しかし明智も、文代を人質に取られているのでノーラ・フュゼを撃つわけにはいかない。息詰まる両者――と、そのとき、黒い影が暗闇の中から現れ、文代を押さえている2人の男に体当たりした。デュラック神父だ。彼はたちまち2人の男を叩きのめしたが、ノーラ・フュゼには逃げられてしまった。デュラック神父は実は長崎に住んでいたことがあったので、吸血ギャング団から明智への日本語のメッセージを読むことができた。事情を理解した神父は明智を助けるため、こっそりあとを追いかけて来ていたのである。タクシーを拾って蝋人形館へと急ぐ2人。ノーラ・フュゼは何らかの理由で、自分のことを企画展のオープニング・セレモニーに参加させたくないのではないか。明智はこの推理をデュラック神父に話す。誰にも盗み聞きされないように、2人は日本語で会話した。そこで明智は不思議なことに気づく。デュラック神父は非常に古めかしい日本語を使うのだ。まるで織田信長の時代からやってきたかのような。

 ノーラ・フュゼの父親とされているYu'an Hee Seeはサックス・ローマーが生み出したキャラクターかと思われる。サックス・ローマーに『Yu'an Hee See Laughs』(1932)という長編がある。

  • 記事2 パリの『ラ・カピタル』紙からの抜粋(1931年4月18日)
    • 企画展のオープニング・セレモニーにはイギリスから帰国したフィリップ・ゲランド(ジャーナリスト/出資者の1人)も参加していた。午後10時10分、突然すべての照明が消え、蝋人形館内は騒然となる。5秒ほどして明かりがつくと、オスカル・マザメットの殺害にも使われたあの呪われた剣、Demoiselle Griseがフィリップ・ゲランドの左肩に突き立てられていた。彫刻家のモローが暗闇の中でよろめいてゲランドにぶつかったおかげで賊の狙いが逸れ、ゲランドは命を落とさずに済んだようだ。フォランファン警部は記者に対し、賊の逮捕は時間の問題だと述べる。記者から明智小五郎について尋ねられて、警部は答える。彼のアドバイスは非常に有益だったが、残念なことに彼は自身の判断でこの件から手を引き、国に帰ってしまったと。

  • 手紙12 フォランファン警部からガニマールへ(1931年4月18日)
    • 「明智小五郎は妻とともに帰国しました」と報告するフォランファン警部。そして「新たな展開がありました。フィリップ・ゲランド氏から渡されたメモを書き写したものを同封します」。

  • 手紙13 フィリップ・ゲランドからフォランファン警部へ(1931年4月18日)
    • 「一連の盗難事件や殺人事件の真相、そしてアルセール・ルパンがこの事件にどのように関わっているのか、ルパンが探し求めている財宝とはなんなのか、それらがすべて分かった。蝋人形館の展示室で関係者全員の前で真相を明らかにしたいので、彫刻家のモロー、ノーラ・フュゼ、デュラック神父、 エミール・デシャンを明日夜8時に集めてほしい」という内容。

  • 手紙14 明智小五郎から笠森判事へ(1931年4月19日)
    • フィリップ・ゲランドの要望で、関係者が蝋人形館に集まる(ただし彫刻家のモローだけは来ていない)。事件の真相をゲランドに教えたのは明智小五郎だった。ゲランドがノーラ・フュゼの正体と吸血ギャング団について話す。フォランファン警部はただちに、その場に来ていたノーラ・フュゼとエミール・デシャンを逮捕した。
    • 2日前の晩、展示ケースのなかにあったはずの呪われた剣、Demoiselle Griseが一瞬のうちにゲランドの肩に突き立てられていたのは? 実は、展示ケースの中にあったのはこの剣のレプリカだった。そして、秘密のスイッチを押すと、展示ケースの下部の見えない空間に剣が落下するようになっていた。照明が消えるとすぐ、吸血ギャング団の団員はスイッチを押して剣のレプリカを「消滅」させる。そして、蝋人形に扮していたエミールが本物の剣を隠し場所から取り出して、ゲランドに斬りかかったのだった。
    • ルパンはこの事件にどのように関わっていたのか。実は、ルパンはずっと捜査員や関係者の目の前に姿を現していた。彫刻家のモローこそ、アルセーヌ・ルパンだったのである。本物のモローはルパンの資金で、現在はプラハで暮らしている。アーサー王の財宝を狙うルパンは、ヴィルフォール男爵がコレクションしていた剣のうちの1つにアーサー王の埋葬場所を示す手掛かりが隠されているという情報を得る。そして、彫刻家のモローになり代わってこの企画展の関係者となり、剣を1つ1つチェックしていたのである。ヴィルフォール男爵はアーサー王の埋葬場所を隠匿しておくための秘密結社のメンバーだった。そして実は、デュラック神父もその結社のメンバーだった。フィリップ・ゲランドは神父に、秘密を明かすようにいう。デュラック神父は、例の大理石の鞘を備えた剣を手に取る。「ここに秘密が隠されています。しかし、それを明かすわけにはいきません。私はこれを、ルパンにも決して見つけられないところに隠してしまおうと思います」
    • そのとき、フォランファン警部が部下に合図をして、ノーラ・フュゼとエミール・デシャンを解放させた。そして警官たちは今度はフィリップ・ゲランドとデュラック神父を捕まえる。フォランファン警部の銃が2人を狙う。警部はノーラ・フュゼに籠絡されて、警察を裏切っていた。部下の「警官」たちも、実は吸血ギャング団の団員が扮していたものだったのである。エミール・デシャンが呪われた剣、Demoiselle Griseを手に取り、ゲランドとデュラック神父に斬りかかろうとする。――と、突如銃声が鳴り響き、警部の持っていた銃がはじきとばされた。明智が撃ったのだ。実は明智は、座頭市の蝋人形に扮してこの部屋にずっといたのだった。呼吸を殺し、じっと動かず、蝋人形の振りをする。明智は「ニンジャ・トリック」(ninja trick)をマスターしていたので、それが可能だったのである。
    • 明智が台座から降りると、ゲランドもフォランファン警部の「部下」を投げ飛ばして銃を構えた。「我々の計画通りだな、名探偵!」とゲランドが愉快そうにいう。その声を聞いてノーラ・フュゼは驚き、フォランファン警部は唖然とした。それはまさにアルセーヌ・ルパンの声だったのである。「明日になればまた彼は泥棒に戻り、僕は彼のことを追うことになります。しかし今日だけは、吸血ギャング団を追い詰めるため、我々は手を組むことにしたのです」
    • 明智もルパンも、賊が照明を落とす装置を持っていることを忘れていた。ノーラ・フュゼがスイッチを押し、その場が暗闇に包まれる。ギャング団と格闘するルパンとデュラック神父。ノーラ・フュゼは例の大理石の鞘を備えた剣を抱えて逃げようとしていた。明智は追い掛けようとするが、ルパンがエミール・デシャンに斬りつけられそうになっているのに気づく。明智はエミールを撃つが、彼をとめることはできない。「私に構うな! 剣を追ってくれ!」ルパンがそう叫ぶ。明智は斬鉄剣をルパンの手元に放り投げ、ノーラ・フュゼを追う。建物から出ようとしているノーラ・フュゼの脚に向けて銃を放つ明智。しかしその弾丸は狙いから逸れ、ノーラが持っていた大理石の鞘を粉々に打ち砕いた。逃げるノーラを明智は5分ほど追いかけたが、逃げられてしまった。蝋人形館に戻ると、吸血ギャング団の団員は打ち倒されており、怪我を負ったデュラック神父がそれを逃げないように見張っていた。ルパンはいなくなっており、大理石の鞘の破片もなくなっていた。エミールは死んでいた。ルパンとの格闘の最中、電線の通った壁を斬りつけてしまい、感電死したのである。
    • 「パリにはもう少し滞在するつもりです。そのうち、ルパンを捕まえることができるかもしれない――でも、彼を逮捕するという熱情が薄れてしまったのも事実です。彼には借りができてしまいましたから。それに、妻とのハネムーンの約束も守らないといけませんしね。 敬具 明智小五郎」

  • 手紙15 アルセーヌ・ルパンからガニマールへ(1931年12月12日)
    • 事件の8か月後の手紙。通称「呪いの剣事件」の報道されていない顚末をルパンがガニマールに説明する。
    • 「斬鉄剣はもらっておいた。いつか、これを渡すのにふさわしい魂をもった人に出会えるだろうことを願って」
    • 「吸血ギャング団の残党を逮捕したことは明智君の手柄となり、彼は妻とともに日本に帰った。そして数か月後、彼は『黒蜥蜴』と呼ばれる女賊と対決したらしい。私はこの黒蜥蜴こそ、マドモワゼル・フュゼにほかならないと想像している。もっとも、明智君はそのことに気づいていないだろう。彼はヨーロッパ風の装いをしたフュゼ嬢にしか会わなかったし、彼女のタトゥーについては知らなかっただろうしね。」
    • フォランファンが脱獄したのは実は自分が手をまわしたのだと告白するルパン。どうもルパンは、フォランファンを配下に加えようとしているらしい。
    • 大理石の鞘の内部には文字が刻まれていた。明智が撃った弾丸で鞘が粉々になったとき、その隠されたメッセージは初めて人の目に触れるものとなり、「石から解放されたもの」(Ex calce liberatus)となったのだった。ルパンは「Ex calce liberatus」というキーワードは知っていたが、それが財宝の秘密とどのように関わっているか、そのときやっと分かったのである。
    • 鞘に隠されていたメッセージに従って、イングランドのある田舎の墳墓にたどり着いたルパン。そしてその中でルパンはついに「財宝」を見つける。棺を開けてみるとそこには、まるでただ眠っているだけであるかのように、生前の風貌を完璧に保ったアーサー王の体が横たわっていた。この「財宝」をルパンがまじまじと見ていると、墳墓のなかに誰かが入って来た。それはデュラック神父だった。手には剣を持っている。デュラック神父はルパンの意向を尋ねる。【以下、英文の解釈に自信なし】ルパンは、たとえ大聖堂を冒涜することができたとしても、この神聖な場所から略奪を行うことはできないと答える。するとデュラック神父はしばらく考えてから、ルパンに対して剣を振りおろしてきた。ルパンはデュラック神父を返り討ちにしてその場を去った。デュラック(Dulac)神父の正体は、アーサー王物語に登場する騎士、ランスロット・デュ・ラック(Lancelot du Lac)だった。

 この短編が『黄金仮面』の後日談だというだけでなく、乱歩の長編『黒蜥蜴』の前日譚でもあったことが最後に明らかになる。『黒蜥蜴』はこのパスティーシュ短編が発表されたのとほぼ同時期に英訳出版されている。さらに「斬鉄剣」を介して、この短編は「ルパン三世」の世界ともつながっていくようである。明智は斬鉄剣を守るよう依頼を受けてパリに赴いているわけで、色々事情があったとはいえ、それをあっさりルパンに盗られてしまっているのはまずい気がするが……。
 ルパンは最後の方まで出てこなかったが、正体が分かったあとに読み返してみると、フィリップ・ゲランドの命を偶然を装いつつ助けていたり(記事2参照)、粋な活躍をしている。

 作中でYu'an Hee Seeの知り合いとされているドクター・ナタス(Dr. Natas)は、フランスの小説家Guy d'Armenが生み出したキャラクター。『La Cité de l'or et de la lèpre』(1928)に主人公の敵役として登場する悪の科学者である。ドクター・ナタスのキャラクター造形は、サックス・ローマーが生み出したフー・マンチュー博士の影響を受けているらしい。

補1)2006年以降の明智小五郎物の英訳状況

 先に述べたように、件のパスティーシュ短編が発表された2006年の時点で、明智小五郎物の英訳は短編の「心理試験」とジュヴナイル長編『少年探偵団』しかなかった(英訳版『少年探偵団』は《講談社英語文庫》で出たものであり、海外ではほとんど流通していない)。
 パスティーシュ短編「エクス・カルケ・リベラトゥス」が収録されたアンソロジーが刊行されたのとほぼ同時期に『黒蜥蜴』の英訳が出版されている(非明智物の「陰獣」を併録)。その後2008年に「屋根裏の散歩者」、2012年に『怪人二十面相』が英訳されている。
 今年(2014年)の秋には、乱歩の明智小五郎物の短編3編、長編1編を収録する英訳作品集『Edogawa Rampo: The Early Cases of Akechi Kogoro』が日本の黒田藩プレスから発売予定である。収録内容は短編「D坂の殺人事件」「黒手組」「幽霊」、長編『一寸法師』


補2)ロシアの作家のミステリ短編にも明智小五郎が登場している?

 アンソロジー・シリーズ「テイルズ・オブ・ザ・シャドウメン」はフランス語訳も出ている。シリーズタイトルは「Les Compagnons de l'Ombre」。件のパスティーシュ短編「Ex Calce Liberatus」はフランス語版の第3巻(2009)に収録されている。タイトルは同じ。
 なお2009年の時点でフランス語訳があった明智小五郎物は「心理試験」と『黒蜥蜴』のみ。その後も特に増えていない。

 このフランス語版について調べていたところ、あるフランス語サイトで、『明智小五郎とアルセーヌ・ルパンは「La Prisonnière de la tour」でも出会っている』というような記述を見つけた(リンク)。この作品はロシアのミステリ作家ボリス・アクーニンの短編で、ロシア語原題は「Узница башни, или Краткий, но прекрасный путь трёх мудрых」。ボリス・アクーニンの日本語ファンサイト「退役五等官の書斎 -ロシアの作家ボリス・アクーニン氏のファンサイト-」に、この短編についての詳しい紹介がある。このサイトではタイトルは「塔に囚われた娘、あるいは、短いが美しい、三賢人の道」とされている。それによればこの作品は、ボリス・アクーニンが創造したシリーズ探偵であるファンドーリンシャーロック・ホームズとともに、アルセーヌ・ルパンと対決する作品だそうだ。もっとも、こちらのサイトでは明智小五郎への言及はない。英語やフランス語で検索してもほかに情報は見当たらず、本当にこの作品に明智小五郎が登場するのかどうかはよく分からない。作者のボリス・アクーニンは日本文学のロシア語翻訳家でもあり日本文学通なので、明智小五郎がひっそりとゲスト出演しているというのもあり得ない話ではないと思うが。
 上記のファンサイトではこの「塔に囚われた娘」は英訳があると書かれているが、どの書籍に収録されているのか、見つけることが出来なかった。


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最終更新:2014年09月11日 23:29