《世界探偵小説全集》のラインナップを本当に「世界」規模で考えてみる


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2013年8月17日~2013年9月

 《世界探偵小説全集》のラインナップをもし本当に世界中から選んでみたら……という架空の企画(もちろん、それぞれの作品は実在します)。とりあえず2013年9月までにNo.117までのラインナップを公開しましたが、No.94以降の作品にはまだ解説をつけていません。【執筆中断中】

Index

第1期[第1巻~第10巻] ドイツ語圏編(10冊)

001 ドイツ ドイツ語 アードルフ・シュトレックフス
Adolf Streckfuß, 1823-1895
『居酒屋《シュテルン》』
Der Sternkrug
1870 「シュテルン」は「星」の意。居酒屋《シュテルン》の付近では近年、殺人や強盗事件、
謎の失踪などが頻発していた。そこにベルリンの商人と称する男がやってきて、地道な調査活動により
ついにある人物の犯罪の証拠をつかんだかに見えたが……、というストーリーだそうだ。
002 ドイツ ドイツ語 パウル・ローゼンハイン
Paul Rosenhayn, 1877-1929
《探偵ジョー・ジェンキンズの事件簿》 1910s ドイツにおけるシャーロック・ホームズのライヴァル、アメリカ人探偵ジョー・ジェンキンズの事件簿。
戦前に『新青年』等の雑誌で10編ほどが邦訳されている。
003 ドイツ ドイツ語 フェリー・ロッカー
Ferry Rocker, 1896-1973
『ジョン・ケネディーの客達』
John Kennedys Gäste
1936 「英国の流行作家が十人の友人をロンドン郊外の別荘へ招いて週末を過そうとして、その夜殺される。
作家を取巻く十人の人物が相当によく書別けられ、筋の運びも謎の伏せ方も、意外性もよく、
米、英の古典的本格物を読むような気持を起させる。」稲木勝彦「欧洲の探偵文学」(『宝石』1958年3月号)
004 オーストリア ドイツ語 アウグステ・グローナー
Auguste Groner, 1850-1929
《ヨーゼフ・ミュラーの事件簿》 1890s- ホームズ初登場(1887年)の3年後の1890年には、早くもオーストリアでもシリーズ探偵が生まれた。
それがこの刑事ヨーゼフ・ミュラーである。同じオーストリアの探偵ダゴベルトよりも20年ほど早い。
005 オーストリア ドイツ語 オットー・ゾイカ
Otto Soyka, 1881-1955
『フィリップ・ゾンロウの事件簿』
Die Erfolge Philipp Sonlos
1926 実験的なミステリ小説を書いた作家で、この作品はホームズ物のパロディだそうだ。
(福本義憲氏の「ドイツミステリの忘却装置」参照)
006 オーストリア ドイツ語 レルネット=ホレーニア
Alexander Lernet-Holenia, 1897-1976
『僕はジャック・モーティマーだった』
Ich war Jack Mortimer
1933 新訳。『姿なき殺人者』のタイトルで『探偵倶楽部』1954年1月号(5巻1号)に抄訳あり(伊東鍈太郎訳)。
007 スイス ドイツ語 ルドルフ・ホーホグレント
Rudolf Hochglend, 1885-1965
『郵便私書函八四号』
Postfach 84
1941 《現代欧米探偵小説傑作選集》(オリエント書房、1947年)の第22巻として予告された作品。
008 スイス ドイツ語 レナーテ・ヴェリング
Renate Welling, 1905-2002
『死の跳躍』
Der Todessprung
1943 《現代欧米探偵小説傑作選集》(オリエント書房、1947年)の第10巻として予告された作品。
作者は1985年に邦訳出版された絵本『ねむれない王女さま』(amazon)の作者のウルスラ・フォン・ヴィーゼと同一人物。
009 チェコ ドイツ語 ヴァルター・ゼルナー
Walter Serner, 1889-1942
『十一本目の指』(短編集)
Der Pfiff um die Ecke
1923 ダダ運動にもかかわった文筆家による25編の犯罪小説集。
収録作のうちの1編の「黄色テロ」は『ドイツ幻想小説傑作集』(種村季弘編、白水社、1985年)に収録。
010 チェコ ドイツ語 ルイス・ヴァイナート=ヴィルトン
Louis Weinert-Wilton, 1875-1945
『白い蜘蛛』
Die weiße Spinne
1929 ドイツのエドガー・ウォーレスと称された作家だそうだが、福本義憲氏は
「作品の質はウォレスをはるかに凌駕している」と評している(「ドイツミステリの忘却装置」)。
+補足説明(クリックで展開)
  • 1 … 英訳「The Star Tavern」が『Early German and Austrian Detective Fiction』(米国amazon)に収録されている。『ROM』117号(2003年)でROM氏がレビューを書いており、「かなり上級の出来である。1870年にこれだけ書かれては英米も顔色なしというところだろう。ややフェアとは言えないが、徹底的に証拠第一主義が貫かれており、おまけに最後で大逆転がある」と評している。
  • 2 … ROM氏によればジョー・ジェンキンズ・シリーズの短編は全24編で、ほかに長編も複数ある。『ROM』129号(2007年)にROM氏による短編24編と長編1編のレビューが掲載されている(短編のレビューは『ROM』105号[1999年]掲載のものの再録)。邦訳状況は「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(1) ドイツ語圏編」や「ドイツ語圏ミステリ邦訳一覧」を参照のこと。
  • 3 … 作者は1930年代にレナ・エシュナー(Lena Eschner)名義で長編本格ミステリ小説を10作ほど発表。そのうちの少なくとも半分ほどが1950年代にフェリー・ロッカー名義で再刊されている。『ジョン・ケネディーの客達』もその中の1冊。翻訳家の稲木勝彦氏は随筆「欧洲の探偵文学」(『宝石』1958年3月号[13巻4号])で英米の水準に匹敵する欧州の探偵小説の紹介をしており、フェリー・ロッカーの作品ではほかに『ラテン区の銃声』(Schüsse im Quartier Latin[カルチェ・ラタンの銃声])を挙げている。フェリー・ロッカーの作品の邦訳は、短編「索溝」(『宝石』1957年7月号[12巻9号]、伊東鍈太郎訳)がある。
  • 4 … 『ROM』124号(2005年)にROM氏によるレビューあり(「失われたミステリ史、その2」)。また、福本義憲氏の「ハプスブルク朝の緋色の研究」にも詳しい紹介がある。
  • 7 … ルドルフ・ホーホグレントは本名Rudolf Eger。ウィーン生まれで、新聞記者やベルリンの劇場の演出家、経営補佐などを経て、1933年にスイスに移住して専業作家となる。戦後はドイツ・バイエルン州に移住。児童文学の著作も多数。
  • 9 … ヴァルター・ゼルナーの邦訳には短編「黄色テロ」のほか、随筆「退屈と戦争」(種村季弘訳、『ユリイカ』1979年3月臨時増刊、総特集ダダイズム)がある。また、ドイツ語学習書『ブカレスト―ブタペスト』(福本義憲編注、第三書房、1999年)に短編2編の原文が収録されている。収録作は「Die Flucht」(逃亡)(短編集『十一本目の指』より)と「Bukarest-Budapest」(ブカレスト―ブタペスト)(短編集『街角の口笛』より)。この書籍のあとがきが福本氏のサイトで公開されている(リンク)。
  • 10 … 『探偵春秋』1937年1月号の「欧米探偵作家名簿」の「独篇」でルイス・ヴァイナート=ヴィルトンは伊東鋭太郎(伊東鍈太郎)により以下のように紹介されている。「此の作者について、『ミユンヘン新報』は評して曰く。『読者は、彼の探偵小説を一読すれば、直ちに優れたる物語作者たる事を知るであろう。ワイネルト・ウイルトンの特質は、驚くべく緻密なる頭脳をもって複雑に組立てたる物語の面白さのみに止まらず、その作品中にはドイツ国民文学の豊かなる匂いが感じられる事である』之に依って、大体彼の作品の相貌が窺い知られる事と思う。従来の作品には、『白き蜘蛛』、『夜の女王』、『灰色の絨毯』、『豹』、『祈禱樹』、『巫女の足』等あり、此の題名からみても、独逸古典文学的感情を取入れたホフマン的傾向の作家たる事が想像されよう。大独逸絵入新聞の定期寄稿家であり、独逸探偵小説界の大家である。」(新字新仮名遣いに直し、明らかな誤植は直した)

第2期[第11巻~第20巻] オランダ編(10冊)

011 オランダ オランダ語 イファンス
Ivans, 1866-1935
『フランスから来た男』
De man uit Frankrijk
1917 オランダ探偵小説の創始者とされるイファンスの作品。イギリス人名探偵ジェフリー・ギルと、
そのワトソン役のオランダ人法学博士ウィレム・ヘンドリクスが活躍するシリーズの第1作。
012 オランダ オランダ語 ヘルマン・ハイエルマンス
Herman Heijermans, 1864-1924
『急行列車中の殺人』
De moord in de trein
1924 著名な劇作家が執筆した唯一の探偵小説。
013 オランダ オランダ語 ウィリー・コルサリ
Willy Corsari, 1897-1998
『月光ソナタの秘密』
Het Mysterie van de Mondscheinsonate
1934 ルント警部シリーズの第1作。1935年、オランダで映画化された。
ルント警部シリーズは戦前に5作、戦後に3作が発表された。
014 オランダ オランダ語 ヤン・アポン
Jan Apon, 1910-1969
『マヌエル某』
Een zekere Manuel
1935 「舞台をイタリアにとり、ウルバニ侯爵家の居城で起った殺人事件をオランダ人の家庭教師が
素人探偵となって解決する本格もの。筋の複雑性や運び方、意外性も大きく傑れている。」
稲木勝彦「欧洲の探偵文学」(『宝石』1958年3月号)
015 オランダ オランダ語 ハファンク
Havank, 1904-1964
『聖ユスターシュの秘密』
Het mysterie van St. Eustache
1935 パリ警視庁のシルヴェール警部とその助手の通称「シャドー」がヨーロッパ各地で活躍するシリーズの第1作。
「ハファンク シャドー」(日本語)で検索するとディック・ブルーナが手掛けた数々の綺麗な表紙絵が見られる。
016 オランダ オランダ語 ディユーケ・ボアッセヴァン
Dieuke Boissevain, 1910-1987
『異なれる姉妹』
Discrete Dood
1940 《現代欧米探偵小説傑作選集》(オリエント書房、1947年)の第16巻『異れる姉妹』として予告された作品。
この作家のミステリの著作はこの1作のみ。
017 オランダ オランダ語 W・H・ファン・エームラント
W. H. van Eemlandt, 1888-1955
『紫のアラベスク』
Arabeske in purper
1953 アムステルダムが舞台のファン・ハウトヘム警部シリーズの第2作。
このシリーズはドロシー・L・セイヤーズやジョルジュ・シムノンの作品とも比較される。
018 オランダ オランダ語 コル・ドクテル
Cor Docter, 1925-2006
『クラーリンゲンの冷たい女』
Koude vrouw in Kralingen
1970 ロッテルダムのフィッセリン警部を探偵役とする「マース川の犯罪」シリーズ(1970~1971、全3作)の第2作。
密室殺人の謎をフィッセリン警部が解き明かす。
019 オランダ オランダ語 W・G・キエルドルフ
Wilhelm Gustave Kierdorff, 1912-1984
『スケベニンゲンの異邦人』
Vreemdeling in Scheveningen
1972 ハーグを舞台とするアルベルト・アーレンベルフ警部シリーズ(1959~1980、全19作)の第16作。
「スケベニンゲン」は地名。作者は1957年に江戸川乱歩と手紙のやり取りをしている。
020 オランダ オランダ語 ベルトゥス・アーフィエス
Bertus Aafjes, 1914-1993
『盲人にランタン』(短編集)
Een lampion voor een blinde
1973 大岡越前を探偵役とするシリーズ(1969~1973、短編集5冊)の第5短編集。
表題作では長崎・出島のオランダ商館で起きた殺人事件の謎に大岡忠相が挑む。
+補足説明(クリックで展開)
  • 11 … W・G・キエルドルフ「オランダの探偵小説」(『探偵倶楽部』1958年7月号)によればジェフリー・ギル・シリーズは1930年代までに「オランダに十万の読者を獲得し、スカンジナヴィア諸国にも翻訳されて、読者を持った」という。オランダのミステリデータベースサイト「VN Detective en Thrillergids」ではジェフリー・ギル・シリーズは全34編(1917年~1936年、すべて長編?)がリストアップされている。また同サイトによればシリーズ第3作まではドイツ語訳が出ており、第1作にはエスペラント語訳もある。北欧諸言語への翻訳については記載がない。このシリーズについては「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(3) ヨーロッパ諸国編」も参照のこと。
  • 13 … ウィリー・コルサリの邦訳は、短編「急行列車殺人事件」(『新青年』1935年8月増刊[16巻10号]、著者名表記「リイ・コルサリ」)がある。「VN Detective en Thrillergids」によればウィリー・コルサリはデンマークのカルロ・アンダーセン『遺書の誓い』のオランダ語訳者でもある。
  • 14 … 「VN Detective en Thrillergids」によれば『マヌエル某』はラウル・バルタン(Raoul Bertin)シリーズの第2作。このシリーズは1934年から1940年にかけて6作が発表された。ヤン・アポンはヴァン・ダインの『誘拐殺人事件』のオランダ語訳者でもある。
  • 15 … このシリーズは戦前に12作、戦後に40作(短編集も「1作」と数える)発表されている。途中から助手のシャドーの方がメインになったようである。オランダ推理作家協会は1997年より年間最優秀新人にシャドー賞を授与しているが、この名称はハファンクのシャドーに由来する。ハファンクは英語→オランダ語の翻訳家でもあり、レスリー・チャータリスのセイント・シリーズを40作近く訳したほか、チャンドラーの『高い窓』、『かわいい女』、さらには江戸川乱歩の短編集の翻訳もしている(これはもちろん英語からの重訳だろう)。オランダで刊行された乱歩の短編集は作者名よりもハファンクの名前の方が大きく示されている。
  • 17 … W・H・ファン・エームラントは1953年に65歳で作家デビューし、2年後の死去までにファン・ハウトヘム警部シリーズを12作発表した。死去後にシリーズ第13作が発表されたが、これはファン・エームラントの娘で彼よりも先に小説家デビューしていたヘラ・ハーセ(Hella Haasse、1918-2011)が結末を補ったようだ。ヘラ・ハーセの作品は邦訳される予定があるようである(※ヘラ・ハーセはミステリ作家ではない)。
  • 18 … コル・ドクテルは1950年代半ばから別名義でミステリを発表していた。「コル・ドクテル」名義の作品は「マース川の犯罪」シリーズの3作のみ。
  • 19 … あえて第16作の『スケベニンゲンの異邦人』を選んだのは受け狙いですごめんなさい。キエルドルフと乱歩の手紙のやり取りはロバート・ファン・ヒューリックが仲介したもの。キエルドルフはファン・ヒューリックの『沙蘭の迷路』のオランダ語訳者でもあるようである(ファン・ヒューリックはオランダのミステリ作家だが作品は英語で執筆した)。

第3期[第21巻~第32巻] 北欧編1【ノルウェー、スウェーデン】(12冊)

021 ノルウェー ノルウェー語 マウリッツ・ハンセン
Maurits Hansen, 1794-1842
『鉱山技師ロールフセンの失踪』
Mordet på maskinbygger Roolfsen
1839 ノルウェーではこれを世界初の探偵小説とする説がある(「モルグ街の殺人」より2年早い)。
失踪事件の謎にヨハネス・バート判事が挑む。
022 ノルウェー ノルウェー語 スヴェン・エルヴェスタ
Sven Elvestad, 1884-1934
『鉄の馬車』
Jernvognen
1909 当時の北欧やドイツでホームズと比肩するほどの人気を誇った探偵アスビョルン・クラーグ・シリーズの長編。
ある有名作のトリックがそれよりも十数年早く使用されている。
023 ノルウェー ノルウェー語 オーヴレ・リヒター・フリッヒ
Øvre Richter Frich, 1872-1945
(ヨナス・フィエル・シリーズのどれか) 1910s- 江戸川乱歩がフランスの作家からの伝聞で「スカンジナヴィア探偵文学の三大家」としている作家の一人。
(ほかの2人はノルウェーのスヴェン・エルヴェスタとスウェーデンのフランク・ヘラー)
ニック・カーターやジェームズ・ボンド型のキャラクターであるヨナス・フィエル博士が活躍する冒険スリラーシリーズ。
024 ノルウェー ノルウェー語 マックス・マウザー
Max Mauser, 1899-1945
『ボートを追う鮫』
En hai følger båten
1939 1939年に開催された北欧ミステリコンテストでノルウェーの優勝者になった作家。
この『ボートを追う鮫』がおそらくそのときの受賞作だと思われる。
025 ノルウェー ノルウェー語 ベルンハルト・ボルゲ
Bernhard Borge, 1918-1985
『死せる者、陸をゆく』
Døde menn går i land
1947 『世界ミステリ作家事典 本格派篇』で扱われているただ一人の北欧作家。
幽霊船伝説にまつわる館での数々の奇怪な現象。そして黒ミサを信仰する謎の人物。オカルト・ミステリ。
026 ノルウェー ノルウェー語 ゲール・ニクイスト
Gerd Nyquist, 1913-1984
『死に際に花は要らない』
Avdøde ønsket ikke blomster
1960 作者は1972年結成のノルウェーの推理作家団体「リヴァートンクラブ」の初代会長で、
1978年にはリヴァートンクラブ名誉賞を受賞している。
+補足説明(クリックで展開)
  • 21 … 『ROM』105号(1999年)の植田稔「戯作調:北欧ミステリ雑感」にこの作品への言及がある。
  • 22 … 『ROM』121号(2004年)にROM氏によるレビューあり(「失われたミステリ史、その1」)。スヴェン・エルヴェスタが某有名作のトリックをそれよりも早く使っているということは、江戸川乱歩も伝聞情報として随筆で書いている(光文社文庫江戸川乱歩全集第30巻、p.654)。その正確な発表年と作品名は乱歩も記していないが、それが1909年の『鉄の馬車』だということがROM氏のレビューにより明らかになった。探偵アスビョルン・クラーグについては「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(2) 北欧編」も参照のこと。
  • 23 … 時代を考えると仕方ないかもしれないが、ヨナス・フィエル(Jonas Fjeld)の冒険スリラーシリーズには人種差別的な感覚が横溢しているらしく、翻訳刊行は難しいかもしれない。
  • 24 … このときの北欧ミステリコンテストのデンマークの受賞者はカルロ・アンダーセン。その受賞作は《現代欧米探偵小説傑作選集》(オリエント書房、1947年)の第1巻として邦訳された『遺書の誓い』である。また、フィンランドの受賞者はミカ・ワルタリ、スウェーデンの受賞者はWaldemar Hammenhögだった。マックス・マウザーは本名はヨナス・リーだが、怪奇幻想短編集『漁師とドラウグ』(中野善夫訳、国書刊行会、1996年8月)の著者のヨナス・リーとは別人である。
  • 25 … 『ROM』121号(2004年)にROM氏によるレビューあり(「失われたミステリ史、その1」)。ベルンハルト・ボルゲの邦訳には精神分析医カイ・ブッゲが探偵役を務める『夜の人』(片岡啓治訳、ハヤカワ・ミステリ、1960年)がある。『死せる者、陸をゆく』はノンシリーズ作品でカイ・ブッゲは登場しない。『夜の人』の訳者あとがきにも『死せる者、陸をゆく』の簡単な紹介がある。

027 スウェーデン スウェーデン語 フランク・ヘラー
Frank Heller, 1886-1947
『フィリップ・コリン、ロンドンの冒険』(短編集)
Herr Collins affärer i London
1914 北欧の怪盗紳士フィリップ・コリンの活躍譚。7編収録。うち2編は『新青年』に邦訳あり。
「コリン探偵」(『新青年』1924年7月号[5巻8号])
「エムプレス・オブ・オセアニア号」(『新青年』1931年9月号[12巻12号])
028 スウェーデン スウェーデン語 ロビンスン・ウィルキンズ
Robinson Wilkins, 1886-1936
『深夜十二時の最後の鐘』
Det Sista tolvslaget
1916 ホームズ物に触発されて執筆された探偵フレッド・ヘリントン・シリーズのうちの1編。
ヘリントンはストックホルムの私立探偵で、そのワトソン役が同僚のロビンスン・ウィルキンズ。
029 スウェーデン スウェーデン語 ユリウス・レギス
Julius Regis, 1889-1925
《モーリス・ワリオンの事件簿》 1910s- ストックホルムを舞台にホームズ型の探偵譚が繰り広げられるモーリス・ワリオン・シリーズ。
030 スウェーデン スウェーデン語 H・K・レンブロム
H.-K. Rönblom, 1901-1965
『行方不明者リスト』
Bok över obefintliga
1962 スウェーデンの『エクスプレッセン』紙が1955年から1986年まで国産最優秀ミステリに授与していた
シャーロック賞の1962年の受賞作。歴史教師のパウル・シェネットが探偵役を務めるシリーズの1編。
031 スウェーデン スウェーデン語 ヤーン・エクストレム
Jan Ekström, 1923-2013
『ウナギ罠』
Ålkistan
1967 「スウェーデンのカー」と呼ばれる作家の作品。密室状況のウナギ取りの罠で死体が発見される。
探偵役を務めるのは、『誕生パーティの17人』(創元推理文庫、1987年)と同じくベルティル・ドゥレル警部。
032 スウェーデン スウェーデン語 ウルフ・デュアリング
Ulf Durling, 1940-
『年代物のチーズ』
Gammal ost
1971 密室物。ひょんなことから知り合った探偵小説マニア3人は毎週探偵小説談義のための会合を開いていたが、
そんなとき、近隣で実際に密室殺人事件が発生。探偵小説マニア3人が密室について語り尽くす。
+補足説明(クリックで展開)
  • 27 … 『ROM』131号(2008年)にROM氏によるレビューあり(「失われたミステリ史、その5/2」)。フランク・ヘラーはかつてフィリップ・コリン・シリーズの長編『皇帝の古着』の邦訳が予告されたことがある。この作品はROM氏が『ROM』124号(2005年)でレビューを書いている。ROM氏によるフィリップ・コリン・シリーズのレビューはほかに126号(2006年)、134号(2010年)、138号(2012年)に掲載。怪盗紳士フィリップ・コリンについては「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(2) 北欧編」も参照のこと。
  • 28 … 『ROM』133号(2009年)にROM氏によるレビューあり(「失われたミステリ史、その7」)。それによれば、探偵フレッド・ヘリントン・シリーズは1915年ごろから1920年ごろにかけて30編ほどの中編が書かれたという。
  • 29 … 『ROM』134号(2010年)にROM氏によるレビューあり(「失われたミステリ史、その8」)。ROM氏によれば、英訳されているモーリス・ワリオン物の長編2編は冒険スリラー物であまり感心しなかったが、短編には優れた本格物もあり、読んだものはどれも面白かったとのこと。長編2編のレビューは『ROM』133号(2009年)に掲載。ちなみに、後年に書かれた刑事マルティン・ベック・シリーズにはユリウス・レギスやS・A・ドゥーゼらの古典探偵小説を愛好する刑事が出てくるそうである。
  • 30 … 『ROM』133号(2009年)にROM氏によるレビューあり(「失われたミステリ史、その7」)。H・K・レンブロムは1955年の第1回シャーロック賞の受賞者でもある。そのときの受賞作は『秋風と深淵の水』(Höstvind och djupa vatten)。スウェーデンで1991年(?)にスウェーデン推理作家アカデミーの会員やその他の協力者などによって世界のミステリのオールタイムベスト50が選ばれているが、それにはスウェーデンの国産作品が5作品入っている。『秋風と深淵の水』はそのうちの1編である。ほかの4編は、フランク・ヘラー『皇帝の古着』(未訳)(Kejsarens gamla kläder)、シューヴァル&ヴァールー『ロゼアンナ』『笑う警官』、スティーグ・トレンテル(Stieg Trenter)『悲劇の電報』(未訳)(Tragiskt telegram)。
    • デンマークで1969年に出版された『殺人読本 絵で見るミステリ史』では、H・K・レンブロム、スティーグ・トレンテル、そしてマリア・ラング(Maria Lang)、ヴィク・スネソン(Vic Suneson)の4人が「スウェーデンの巨匠カルテット」とされている。マリア・ラングについては、ROM氏が『ROM』129号(2007年)で長編1編のレビューを書いており、また『ROM』121号(2004年)では小林晋氏が長編3編のレビューを書いている。
  • 31 … 『ミステリマガジン』1971年11月号に松坂健氏によるレビューあり。『ROM』131号(2008年)にROM氏によるレビューあり(「失われたミステリ史、その5/2」)。ヤーン・エクストレムの邦訳は『誕生パーティの17人』のみ。小山正氏と松坂健氏がアイスランドのミステリ・コンベンションに参加した際、スウェーデンのミステリ作家のヨハン・テオリンにヤーン・エクストレムは知っているかと尋ねたところ、テオリンは「おー、もちろん知ってるよ! 『イール・トラップ(鰻罠)』を書いた人ね!」といって大笑いしたという(小山正「〈国際推理作家会議2009〉リポート:会議前のおたのしみ」『ハヤカワミステリマガジン』2009年10月号)。エクストレムは1997年にスウェーデン推理作家アカデミーの巨匠賞を受賞している。
  • 32 … 『ROM』117号(2003年)に小林晋氏によるレビューあり。1971年のスウェーデン推理作家アカデミー最優秀新人賞受賞作。仏訳版のタイトルは『Pour un bout de fromage』。ウルフ・デュアリングは2010年にスウェーデン推理作家アカデミーの巨匠賞を受賞している。

第4期[第33巻~第44巻] 北欧編2【デンマーク、フィンランド】(12冊)

033 デンマーク デンマーク語 パレ・ローゼンクランツ
Palle Rosenkrantz, 1867-1941
《アイジル・ホルスト警部補の事件簿》 1900s- コペンハーゲン警察のホルスト警部補を探偵役とするシリーズ。作者はデンマーク最初の探偵小説作家。
『ミステリマガジン』2010年11月号にシリーズの1編「理にかなった行動」掲載。
034 デンマーク デンマーク語 イェンス・アンケル
Jens Anker, 1883-1957
《探偵アルネ・ファルクの事件簿》 1900s- 素人探偵アルネ・ファルクの活躍譚は全部で30編ほどあるそうだが、短編か長編かは分からない。
035 デンマーク デンマーク語 ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセン
Johannes Vilhelm Jensen, 1873-1950
『マダム・ドラ』
Madame d'Ora
1904 ノーベル文学賞の1944年の受賞者であるデンマークの国民的作家による探偵小説。
036 デンマーク デンマーク語 ニールス・メイン
Niels Meyn, 1891-1957
『海浜ホテルの殺人』
Mysteriet i Sandkroen
1935 《現代欧米探偵小説傑作選集》(オリエント書房、1947年)の第2巻として予告された作品。
037 デンマーク デンマーク語 オットー・シュライヒ
Otto Schrayh
『死の放送』
Dodskartoteket
1942 《現代欧米探偵小説傑作選集》(オリエント書房、1947年)の第4巻として予告された作品。
038 デンマーク デンマーク語 カルロ・アンダーセン
Carlo Andersen, 1904-1970
『三つのジョーカー』
De tre jokere
1943 《現代欧米探偵小説傑作選集》(オリエント書房、1947年)の第8巻として予告された作品。
+補足説明(クリックで展開)
  • 33 … デンマーク推理作家アカデミーの「パレ・ローゼンクランツ賞」は年間最優秀の翻訳ミステリに授与される賞(かつてはデンマーク語作品か翻訳作品かを問わず、年間の最優秀ミステリに授与されていた)。アイジル・ホルスト警部補については「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(2) 北欧編」も参照のこと。
  • 34 …イェンス・アンケル(Jens Anker)にはRobert Hansenという別名もある。アルネ・ファルク(Arne Falk)シリーズの1編である『To døde Mænd』は英訳『Two dead men』も出ている。
  • 36、37 … ニールス・メインはほかに《現代欧米探偵小説傑作選集》の第15巻として『失われた急行列車』(Toget der forsvandt)の刊行が予告されていた。《現代欧米探偵小説傑作選集》の企画・翻訳者の吉良運平は探偵雑誌に寄せたエッセイでニールス・メインとオットー・シュライヒについて以下のように書いている。(「新作家紹介 ―デンマークの作家カルロ・アンデーセンなど―」『ぷろふいる』戦後版2巻2号、1947年8月)
    • 「序手にデンマークのほかの作家を紹介すると、ニールス・メイン(Niels Meyn)オットー・シュライヒ(Otto Schrayh)等の名が見える。前者は拙訳「海浜ホテルの殺人」「失われた急行列車」等の作があり、後者には、これも拙訳「死の放送」がある。何れも新進作家と思われ、前者は小説風の面白さを多分に持たせた作風で、後者は好んで科学を取り入れて居り、現に「死の放送」の如きは一寸原子理論にもふれている極く新しいものである。」(新字新仮名遣いに直し、名前の綴りの誤りも直した)
  • 38 … 《現代欧米探偵小説傑作選集》ではカルロ・アンダーセンの作品は4作刊行される予定だったが、刊行されたのは『遺書の誓い』(Krigstestamentet)だけだった。これはイギリスが舞台の本格ミステリで、1939年の北欧ミステリコンテスト(懸賞募集)のデンマークの一等賞作品。未刊に終わった3作は第8巻『三つのジョーカー』、第21巻『荘園の秘密』(Politiet beder os efterlyse)、第25巻『決定的な証拠』(Det afgørende bevis)。吉良運平は先にも触れたエッセイ「新作家紹介 ―デンマークの作家カルロ・アンデーセンなど―」でカルロ・アンダーセンの作品について以下のように書いている。
    • 「彼は英国を舞台とする作品と、北欧を舞台とした作品と大体二つの使い分けをしている。そして英国を扱った場合には、いつも私立探偵ウィリアム・ハモンドと、親友のベシイル・スチュアートなる新聞記者を活躍させて、スコットランドヤードの警部をだしぬいてしまうのである。北欧の舞台を扱っている場合には、色々の警部を出して居り、別にきまった名前はない様だが、ウェンゲル警部と云うのが屢々活躍するようだ。」(新字新仮名遣いに直した)

039 フィンランド フィンランド語 リクハルド・ホルナンリンナ
Rikhard Hornanlinna, 1889-1957
『時計の秘密』
Kellon salaisuus
1910 フィンランド最初の探偵小説。ホームズ風の紳士探偵マックス・ルドルフ(Max Rudolph)が登場。
マックス・ルドルフはもう1編、1910年の『Lähellä kuolemaa』でも活躍。
040 フィンランド フィンランド語 ラウリ・サウラモ
Lauri Sauramo, 1875-1919
『赤衛軍司令官の娘』
Punakaartin päällikön tytär
1918 1910年代末に、ホームズ風の私立探偵ヴァイノ・ハウッカ(Väinö Haukka)が活躍する作品を2編発表。
もう1編は1917年の『聖なる島の秘密』(Pyhäsaaren arvoitus)。
041 フィンランド フィンランド語 ミカ・ワルタリ
Mika Waltari, 1908-1979
『パルム警部の誤算』
Komisario Palmun erehdys
1940 《現代欧米探偵小説傑作選集》(オリエント書房、1947年)の第19巻『死の戯れ』として予告された作品。
全3作のパルム警部シリーズのうちの第2作。
042 フィンランド フィンランド語 ヴィルホ・ヘラネン
Vilho Helanen, 1899-1952
『夜中の三発の銃声』
Kolme laukausta yössä
1950 弁護士カールロ・ラウタ・シリーズ。継続戦争(第2次ソ芬戦争、1941-1944)の時代を背景に、
政府高官の殺害事件を解決するためカールロ・ラウタがヘルシンキを奔走する。
043 フィンランド フィンランド語 マウリ・サリオラ
Mauri Sariola, 1924-1985
『赤き雄鶏の歌』
Punaisen kukon laulu
1963 この作家の唯一の邦訳『ヘルシンキ事件』(TBS出版会、1979年)は傑作。
『ヘルシンキ事件』を第1作とする弁護士オスモ・キルピ・シリーズの第3作。
044 フィンランド フィンランド語 タウノ・ユリルーシ
Tauno Yliruusi, 1927-1994
『犯罪捜査官の休日』
Rikosetsivien vapaapäivä
1963 クリスティーの『そして誰もいなくなった』と似た作品らしいが、『犯罪捜査官の休日』の方がより優れている……らしい。
刑事複数名がヘルシンキ近くの島で休日を過ごしていたところ、そこを嵐が襲い、そして殺人が――というストーリー。
+補足説明(クリックで展開)
  • 39 … 作者の本名はRudolf Richard Ruth。ほかにH・R・ハッリ(H. R. Halli)というペンネームでも作品を発表しており、1939年にハッリ名義で発表した探偵小説『Yhä murhat jatkuvat』は1941年に『Viimeinen vieras』というタイトルで映画化されている。
  • 41 … パルム警部シリーズは1939年、1940年、1962年発表の全3作。第1作の『Kuka murhasi rouva Skrofin?(スクロフ夫人を殺したのは誰か?)』は、1939年の北欧ミステリコンテスト(懸賞募集)のフィンランドの一等賞作品。ミカ・ワルタリの作品の邦訳には、紀元前14世紀のエジプトを舞台にした歴史小説『ミイラ医師シヌヘ』(木原悦子訳、小学館、1994年7月、抄訳)がある。この作品は飯島淳秀の訳で『エジプト人』というタイトルでも訳されており、1950年に岡倉書房より上下巻で刊行、1958年に平凡社の世界名作全集第34巻に収録され、1960年には角川文庫より上中下巻で刊行されている。
  • 42 … 弁護士カールロ・ラウタ(Kaarlo Rauta)は1941年出版の『Helsingissä tapahtuu』で初登場。これは1939年の北欧ミステリコンテストで第2位になった作品(1位は前述のとおり、ミカ・ワルタリの『スクロフ夫人を殺したのは誰か?』)。ヴァン・ダインの熱烈なファンで、そこからアイディアを得て書いた作品もあるとか。英文での詳しい経歴紹介が「こちら」で読める。ヴィルホ・ヘラネンは1952年に急死。その4年後にデビューしたマウリ・サリオラは「ヴィルホ・ヘラネンの後継者」と呼ばれたという。
  • 43 … 弁護士オスモ・キルピ・シリーズは全部で4作(あるいは数え方によっては5作)書かれているようだ。第1作から順に、『ヘルシンキ事件』(Lavean tien laki)(1961)、『Hurjan pojan koti』(1962)、『Punaisen kukon laulu(赤き雄鶏の歌)』(1963)、『Budapestin uni』(1967)。マウリ・サリオラにはスシコスキ(Susikoski)警部シリーズもあり、こちらは長編が30作以上書かれている。1965年の『Pyykki on pantu ja pysyy』という作品ではスシコスキ警部とオスモ・キルピ弁護士が共演しているという。ところで、この弁護士の名前はフィンランド語の原書ではマッティ・ヴィーマ(Matti Viima)なのだが、英訳仏訳独訳ではオスモ・キルピ(Osmo Kilpi)に変更されており、仏語版からの重訳である日本語版もそれを踏襲している。なぜ名前が変わったのかは分からない。マウリ・サリオラの作品で英訳があるのは、オスモ・キルピ弁護士シリーズの第1作と第3作のみ。タイトルはそれぞれ『The Helsinki Affair』、『The Torvick affair』。独訳もこの2冊で、タイトルは『Der Mord an dem Millionär』、『Giftige Blüten』。フランスでもオスモ・キルピ弁護士シリーズについてはこの2冊(『Un printemps finlandais』『Une Finlandaise au cœur chaud』)しか出ていないが、それ以外にスシコスキ警部シリーズの作品も何作か仏訳されている。マウリ・サリオラについては英文での詳しい経歴紹介が「こちら」で読める。
  • 44 … ドイツ語のオーディオブック版『Mord ist ein Kinderspiel』が出ているが、朗読ではなく複数の声優が演じるタイプのもののようなので、だいぶ脚色されたものではないかと思われる。通常の紙の本の形式では出ていないようだ。作者のタウノ・ユリルーシは1960年代前半にミステリを6作発表した。英文での詳しい経歴紹介が「こちら」で読める。

第5期[第45巻~第54巻] フランス・ベルギー編(10冊)

045 フランス フランス語 アンリ・コーヴァン
Henry Cauvain, 1847-1899
『マクシミリアン・エレール』
Maximilien Heller
1871 変わり物の青年マクシミリアン・エレールと医師の「私」が密室内の毒殺事件の謎を解く。
コナン・ドイルのホームズ&ワトソンの造形に影響を与えたのではないかともいわれる作品。
046 ベルギー フランス語 スタニスラス=アンドレ・ステーマン
Stanislas-André Steeman, 1908-1970
(作品未定) 1928年に同僚の新聞記者との共作で探偵小説を発表し、1930年以降単独で探偵小説を次々と発表。
フランス語ミステリ界の本格派を代表する作家の一人。邦訳に『六死人』など。
047 フランス フランス語 ピエール・ヴェリー
Pierre Véry, 1900-1960
(作品未定) 1930年から探偵小説を発表。フランスの本格派を代表するミステリ作家の一人。
邦訳に『サンタクロース殺人事件』など。
048 フランス フランス語 ノエル・ヴァンドリー
Noël Vindry, 1896-1954
(作品未定) 1930年代に密室物を多数書いた作家。その作品で探偵役を務めるのはアルー判事。邦訳なし。
049 フランス フランス語 ジャック・ドゥクレ
Jacques Decrest, 1893-1954
(作品未定) 1930年代からジル警視を探偵役とするシリーズを発表。ノエル・ヴァンドリーと同じく「トリック一辺倒の作家」で、
「この両作家のものは、たとえば島田荘司ファンのような探偵小説好きには受けるだろう」と
松村喜雄氏が『怪盗対名探偵 フランス・ミステリーの歴史』で書いている(双葉文庫版、p.341)。邦訳なし。
050 フランス フランス語 エドゥアール・ルタイヤール
Edouard Letailleur, 1897-1976
(作品未定) 江戸川乱歩がフランスのミステリ作家イゴール・B・マスロフスキーから受け取った手紙で、
「フランスのジョン・ディクスン・カーともいうべき作家で、凡ての作品に多かれ少なかれ悪魔的嗜好が見える」
と紹介されている。1930年代にガリマール社から探偵小説を10冊刊行。邦訳なし。
051 フランス フランス語 シルヴァン・ローシュ
Sylvain Roche, 1914-????
(作品未定) 江戸川乱歩がフランスのミステリ作家イゴール・B・マスロフスキーから受け取った手紙によれば、
1942年からフランスのブラウン神父とでもいうべきラロンド神父のシリーズを発表した。邦訳なし。
052 フランス フランス語 イゴール・B・マスロフスキー
Igor B. Maslowski, 1914-1999
(作品未定) 江戸川乱歩と1951年から1952年にかけて文通した作家。乱歩にアジアの推理小説の調査を依頼した。
邦訳にオリヴィエ・セシャンとの共著の『まだ殺されたことのない君たち』(木々高太郎・槇悠人共訳、東都書房、1962年)。
053 フランス フランス語 マルセル・F・ラントーム
Marcel F. Lanteaume, 1902-1988
(作品未定) 1944年の『聖週間の嵐』(Orage sur la grande semaine)か1948年の『十三番目の銃弾』(La Treizième balle)。
それぞれ、探偵ボブ・スローマンを主人公とする本格ミステリシリーズ(全3作)の第1作と第3作。
第2作『騙し絵』(1946)は創元推理文庫より2009年に邦訳が出ている。
054 フランス フランス語 フランシス・ディドロ
Francis Didelot, 1902-1985
『七人目の陪審員』
Le septième juré
1956? 森英俊編著『世界ミステリ作家事典 本格派篇』によれば、この作品は「植草甚一が絶賛したことでも知られている。
その評価に偽りはなく、まさにディドロの真骨頂が発揮された法廷ミステリの傑作である」。
+補足説明(クリックで展開)
  • 45 … 松村喜雄『怪盗対名探偵 フランス・ミステリーの歴史』(晶文社、1985年6月 / 双葉文庫 日本推理作家協会賞受賞作全集52、2000年11月)の第1部第9章「密室について」にこの作品のあらすじ紹介がある。インターネット上の日本語サイトでは、ブログ「スリムじゃない生活」の「ルパンシリーズのホームズ(その1) ホームズとショルメス」(2005年9月6日)、「十九世紀フランスの忘却作家名鑑」の「アンリ・コーヴァン」のページが詳しい。
  • 50、51 … 江戸川乱歩の随筆「フランス探偵小説界の現状 ――パリからの第二信――」(『宝石』1952年4月号 / 江戸川乱歩『子不語随筆』[講談社《江戸川乱歩推理文庫》第63巻、1988年]に収録)では、イゴール・B・マスロフスキーからの第二信のほぼ全文が翻訳されている。ここでマスロフスキーは1930年以降にデビューした主なフランスのミステリ作家を簡単な紹介文と主要作品リスト付きで列挙しており、エドゥアール・ルタイヤールとシルヴァン・ローシュの名前はそこで知った。シルヴァン・ローシュについては「師父ブラウンに似たタイプの Père Larronde (師父ラロンド)を主人公とす。」と紹介されている。
  • 52 … イゴール・B・マスロフスキー(Igor B. Maslowski、1914-1999)はフランスの推理作家。帝政ロシアのスモレンスクに生まれる。5歳の時にポーランドに移住。1931年にパリに移る。1935年ごろからはフランスでジャーナリストとして活動。1943年、長編探偵小説『死者は二十二時に甦る』(原題 La mort se lève à 22 heures、邦訳なし)でデビュー。1944年には長編『陪審員は餓えている』(原題 Le jury avait soif、邦訳なし)を書き上げたが、これが出版されたのは1950年になってからだった。1948年以降、フランス版EQMMの評論コーナーを担当。1950年、オリヴィエ・セシャン(Olivier Séchan、1911-2006、フランス語版Wikipedia)との共著の長編『Défi à la mort』をLaurence T. Ford(Laurence Tecumseh Ford)名義で刊行。翌1951年、同じくセシャンとの共著である『まだ殺されたことのない君たち』(Vous qui n'avez jamais été tués)を刊行。同年、この作品でフランス冒険小説大賞(Prix du Roman d'Aventures)を受賞した。セシャンとはその後も『Vient de disparaître』(1953)、『Voulez-vous mourir avec moi?』(1954)を共作で発表。都合4作の共作長編があることになる。このほかに共作短編もあるようである。
    • 以上のマスロフスキーの経歴は江戸川乱歩の随筆「パリからの第三信」(『宝石』1952年5月号 / 江戸川乱歩『子不語随筆』)の「マスロヴスキ氏の略歴」の節およびフランスで刊行されたミステリ事典『Dictionnaire des littératures policières』(初版2003年、通称メスプレード事典)の第2版(2007年)のマスロフスキーの項目を参考にした(出版年に食い違いがある場合はメスプレード事典の方に従った)。
    • 『死者は二十二時に甦る』と『陪審員は餓えている』のうち前者の方はRenée Gaudinというペンネームで刊行された。『死者は二十二時に甦る』は1945年にスペイン語訳『La Muerte aparece a las 22』、1947年にチェコ語訳『Smrt přichází o 22. hodině』が出ており、『陪審員は餓えている』は1950年にスペイン語訳『El Jurado tenía sed』が出ている(3冊ともRenée Gaudin名義)。
    • 木々高太郎は1956年、学会出席のためにベルギーを訪れた際、ジョルジュ・シムノンおよびイゴール・B・マスロフスキーとそれぞれ面会している。その際に翻訳を約束したのが、その6年後に東都書房から刊行された『まだ殺されたことのない君たち』である。実際に訳したのは槇悠人で、木々高太郎がそれに手を加えた。マスロフスキーの作品の邦訳は『まだ殺されたことのない君たち』以外に、同じくオリヴィア・セシャンとの共作である短編「死のシンフォニー」(『ミステリマガジン』2004年10月号)がある。
  • 53 … 東京創元社『Webミステリーズ!』の「幻のフランス本格ミステリ登場! マルセル・F・ラントーム『騙し絵』[2009年10月]」も参照のこと。
  • 54 … この作品は数年前に論創社で刊行予告があった。森英俊編著『世界ミステリ作家事典 本格派篇』(国書刊行会編、1998年)によればストーリーは、ある男がふとしたはずみで人を殺してしまうが、別の人物がその被疑者として逮捕され、犯人である男がその裁判の陪審員になってしまうというもの。男は自分が犯人だとばれないようにしつつ、被告をなんとか無罪にしようとする。フランシス・ディドロの邦訳は長編『月あかりの殺人者』(ハヤカワ・ミステリ、1961年5月)のほか、「裏の裏の真相」(『新青年』1936年8月増刊)、「藁の大統領」(『新青年』1940年1月増刊)、「羊頭狗肉」(長島良三編『フランス・ミステリ傑作選1 街中の男』ハヤカワ・ミステリ文庫、1985年4月)がある。
    • ちなみに、森英俊編著『世界ミステリ作家事典 本格派篇』で紹介されているフランス語圏の作家は、エミール・ガボリオ、ガストン・ルルー、スタニスラス=アンドレ・ステーマン、ピエール・ヴェリイ、イゴール・B・マスロフスキー、ボアロー&ナルスジャック、そしてフランシス・ディドロの8人(6人と1コンビ)である。

第6期[第55巻~第66巻] 南欧編(12冊)

055 イタリア イタリア語 フランチェスコ・マストリアーニ
Francesco Mastriani, 1819-1891
『私の死体』
Il mio cadavere
1852 イタリア最初の探偵小説(という説がある)。
056 イタリア イタリア語 アウグスト・デ・アンジェリス
Augusto De Angelis, 1888-1944
『ホテル《三つのバラ》』
L'Albergo delle Tre Rose
1936 イタリアを舞台とするデ・ヴィンチェンツィ警部シリーズの作品。
《現代欧米探偵小説傑作選集》ではこのシリーズが3作邦訳出版される予定だった。
057 イタリア イタリア語 エツィオ・デリコ
Ezio D'Errico, 1892-1972
『動物園殺人事件』
Plenilunio allo Zoo
1939 フランスを舞台とするエミリオ・リシャール警部シリーズの作品。
《現代欧米探偵小説傑作選集》では『動物園殺人事件』を含む3作が邦訳予定だった。
058 イタリア イタリア語 ジョルジョ・シェルバネンコ
Giorgio Scerbanenco. 1911-1969
『盲目の人形』
La bambola cieca
1941 ボストン警察職員アーサー・ジェリングとそのワトソン役の心理学者トンマーゾ・ベッラのシリーズの第2作。
《世界傑作探偵小説集》(未来社、1946年)で刊行が予告された作品。
+補足説明(クリックで展開)
  • エツィオ・デリコのイタリア語版Wikipediaページはこちら→ http://it.wikipedia.org/wiki/Ezio_D'Errico (アドレスに「'」が含まれているため表中でうまくリンクが貼れない)

  • 55 … 『私の死体』がどのような作品なのかは分からない。ネット上をざっと見てみると、以前はエミリオ・デ・マルキ(Emilio De Marchi、1851-1901)の1887年の作品『司祭の帽子』(Il cappello del prete)がイタリア最初の推理小説とみなされていたようだが、ミステリ作家のマッシモ・シヴィエロ(Massimo Siviero、1942- )が、フランチェスコ・マストリアーニの1852年の作品『私の死体』(Il mio cadavere)こそがイタリア最初の推理小説だという説を提出したらしい。こちらの説が一般にどれほど受け入れられているのかは分からない。またほかに、1929年に創刊されたモンダドーリ社のミステリ叢書《リブリ・ジャッリ》(I libri gialli、=黄色い本)で1931年に初めて刊行されたイタリア国産作品、アレッサンドロ・ヴァラルド(Alessandro Varaldo、1876? 78?-1953)の『ダイヤの七』(Il sette bello)がそのようにいわれることもあるようだ。これは「ジャッロ」(=ミステリ)として販売された最初のイタリア小説という意味だろうか。アレッサンドロ・ヴァラルドがこの作品で登場させたアスカニオ・ボニキ警部(Ascanio Bonichi)の活躍譚はシリーズ化され好評を博したようだが、ROM氏は『ROM』135号(2010年)での『ダイヤの七』レビューで、魅力的な発端を評価しつつも、「探偵小説的な意味での解決はまったくなっていない」、「作者が本当の意味での探偵小説を知らない、ということは間違いなく指摘できようかと思う」、「普通小説の腕だけで書いた探偵小説的青春小説」と評している。アレッサンドロ・ヴァラルドはこの『ダイヤの七』を発表した当時すでに文学界の大家だったそうだが、その後ミステリ作家としての腕前は上がっていったのか、気になるところである。
  • 56~58 … アウグスト・デ・アンジェリス、エツィオ・デリコ、ジョルジョ・シェルバネンコについては「イタリア推理小説略史」も参照のこと。
  • 56 … 『ROM』126号(2006年)にROM氏によるレビューあり(「失われたミステリ史、その3」)。《現代欧米探偵小説傑作選集》(オリエント書房、1947年)では第6巻、第12巻、第23巻としてデ・ヴィンチェツィ警部シリーズの『宿命のC』(Il do tragico)(1937)、『チネチッタ撮影所の怪事件』(Il mistero di Cinecittà)(1941)、『三つの蘭花』(Il mistero delle tre orchidee)(1942)の刊行が予告されていたが、未刊に終わった。この3作も『ROM』135号(2010年)でレビューを読むことが出来る(ROM氏またはつずみ綾氏によるレビュー)。1960年代に千種堅氏が『ホテル《三つのバラ》』を含むシリーズ3作品を翻訳したこともあったが、そのときにも世に出ず、このシリーズの邦訳は今のところ1作も出版されていない。千種堅氏がデ・ヴィンチェンツィ警部シリーズを翻訳した経緯については「イタリア推理小説略史」を参照のこと。
  • 57 … 『ROM』135号(2010年)にROM氏によるレビューあり(「失われたミステリ史、その6」)。『動物園殺人事件』は《現代欧米探偵小説傑作選集》の第9巻として刊行されるはずだったもの。ほかに同叢書では第13巻、第14巻としてエミリオ・リシャール警部シリーズの『犯人なき殺人』(L'affare Jefferson)(1940)、『モレル家の秘密』(La famiglia Morel)(1938)の刊行が予告されていた。《世界傑作探偵小説集》(未来社、1946年)ではこのシリーズの1編『悪魔を見た処女』が刊行され、乱歩は「シムノンやハーリヒのスクールに属するかなり優れた探偵小説」と評している。
  • 58 … 《現代欧米探偵小説傑作選集》では第26巻、第29巻としてアーサー・ジェリング・シリーズの『ルシアナ失踪』(L'antro dei filosofi)(1942)、『六日目の脅迫』(Sei giorni di preavviso)(1940)の刊行が予告されていたが、未刊に終わった。アーサー・ジェリング・シリーズについては「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(3) ヨーロッパ諸国編」も参照のこと。

059 スペイン スペイン語 エンリケ・ハルディエル・ポンセラ
Enrique Jardiel Poncela, 1901-1952
『シャーロック・ホームズの新たな七つの冒険』
Las siete novísimas aventuras de Sherlock Holmes
1928 ロンドンを散策していた作者のポンセラは、死んだと思われていたシャーロック・ホームズと出会う。
新たなワトソン役になることを頼まれたポンセラが記録したシャーロック・ホームズの新たな探偵譚。
060 スペイン スペイン語 E・C・デルマル
E.C. Delmar
『ガスメーターの秘密』
El secreto del contador de gas
1932 バルセロナを舞台とするベナンシオ・ビジャバーハ警部(Venancio Villabaja)シリーズの第1作。
このシリーズは1932年から1937年にかけて3作発表された。
061 スペイン スペイン語 ベンセスラオ・フェルナンデス・フローレス
Wenceslao Fernández Flórez, 1885-1964
『チャールズ・リングの功績』(短編集)
Los trabajos del detective Ring
1934 イギリス人探偵(あるいは刑事?)のチャールズ・リング(Charles Ring)の事件簿。
062 スペイン スペイン語 マリオ・ラクルース
Mario Lacruz, 1929-2000
『無実』
El inocente
1953 義父の殺害を疑われる男。果たして真実は? 戦後スペイン・ミステリの最初の傑作とされる作品。
+補足説明(クリックで展開)
  • 59 … 作者のエンリケ・ハルディエル・ポンセラはユーモア小説作家で、邦訳に短編「スウェーデン人探険家ポルティファックス」(東谷穎人編訳『笑いの騎士団 スペイン・ユーモア文学傑作選』白水社 白水Uブックス、1996年7月)がある。『シャーロック・ホームズの新たな七つの冒険』(1928)はタイトルの通り短編7編を収録。これが好評だったそうで、1936年には収録作のうちの1編である「Los Asesinatos Incongruentes del Castillo de Rock」を中編化した『Los 38 asesinatos y medio del Castillo de Hull』も出版された。2010年にはこの2冊を収録した『Sherlock Holmes visto por Jardiel Poncela』(シャーロック・ホームズ、ハルディエル・ポンセラと出会う)という本がスペインで刊行されている(中編化された作品のもとになった短編が収録されているかは不明だが、おそらく収録されてはいないだろう)。新たなワトソン役となったハルディエル・ポンセラは、ホームズからは「ハリー」(Harry)と呼ばれているそうである。
  • 60 … ベナンシオ・ビジャバーハ警部シリーズのあとの2作は、『Piojos grises』(1936)と『La tórtola de la puñalada』(1937)。作品内容についても作者についてもよく分からないが、検索してみるとE.C. DelmarというのはJulián Amich Bert(1895-1968)の別名であるという情報が出てくる。ほかに「Jaime Bertの別名」との記述も見つかるが、こちらの名前については検索してもよく分からない。Julián Amich Bertの別名の一つだろうか。
  • 61 … 「"Los trabajos del detective Ring"」でネット上を検索してみると、この作品が掲載された当時の新聞の紙面が見つかる。探偵(刑事?)のチャールズ・リングはほかに1941年の『La novela número 13』にも登場。こちらではチャールズ・リングがスペインに赴くらしいが、反共産主義、ファシスト賛美の内容になっているとか。ベンセスラオ・フェルナンデス・フローレスの邦訳状況については、フヂモト・ナオキ氏の「ウィアード・インヴェンション~戦前期海外SF流入小史~050 スペイン編(その一) ベンセスラオ・フェルナンデス・フローレス/永田寛定訳「真夏の海魔」」(SFファングループTHATTA、オンライン・ファンジン『THATTA ONLINE』283号[2011年11月])が詳しい。『スペイン幻想小説傑作集』(白水社、1992年)などに邦訳があるが、ミステリ作品の邦訳はなさそうである。
  • 62 … ミステリ叢書の1冊としてに刊行されたものだが、どちらかというと警官の腐敗などを描くことに重点がある作品のようである。検閲を避けるためか舞台はスペインではないどこかになっており、一見事故死に見える変死事件を、警官が証言者を脅したり検死官に口止めしたりして、殺人事件という結論に持っていこうとする。カフカやドストエフスキーの作品に近いとも。


063 ポルトガル ポルトガル語 エッサ・デ・ケイロース&
ラマーリョ・オルティガン
Eça de Queirós, 1845-1900
Ramalho Ortigão, 1836-1915
『シントラ通りの謎』
O Mistério da Estrada de Sintra
1870 奇怪な殺人事件の顛末をつづった新聞編集者あての書簡を掲載する、というていで新聞連載されたもので、
最終回ですべてフィクションだったと明かされるまで読者はみな現実の事件を扱ったものだと信じていたという。
ポルトガルの最初期の探偵小説の一つ。エッサ・デ・ケイロースは19世紀ポルトガルを代表する文豪である。
064 ポルトガル ポルトガル語 マリア・オネイル
Maria O'Neill, 1873-1932
『シャーロック・ホームズの模倣者』
Um imitador de Sherlock Holmes
1909? リスボンの弁護士、シウヴェストリ子爵(Visconde Silvestre)の事件簿。ワトソン役はペドロ・モンタグラソ(Pedro Montagraço)。
ホームズ物の影響下でポルトガルで書かれたいくつかのシリーズの中でもベスト級のものだという。
065 ポルトガル ポルトガル語 レイナウド・フェレイラ
Reinaldo Ferreira, 1897-1935
(作品未定) くだらない作品も多い一方、魅力的な不可能犯罪物や安楽椅子探偵物も残したというが詳細不明。
作品はどれも型破りで、ドイルと黄金時代探偵作家とハリー・スティーヴン・キーラーを混ぜ合わせたような作風だとか。
066 ポルトガル ポルトガル語 ジェイムズ・A・マーカス
James A. Marcus
『白い殺人』
Um crime branco (White Murder)
1950 英国ミステリ『White Murder』を訳したもの、というていで出版された。
エラリー・クイーン風の推理が展開される本格ミステリの傑作であるらしい。
+補足説明(クリックで展開)
  • 63~66については、黄金時代探偵小説のファンサイトに掲載されたポルトガルの黄金時代探偵小説についての英文記事「Portuguese GAD」を参考にしている。

  • 63 … 「Portuguese GAD」によれば、ポルトガルのミステリの歴史は19世紀半ば、フランスの新聞小説の大家ウージェーヌ・シュー(Eugène Sue、1804-1857)やそのフォロワーの強い影響下に始まった。ポーやガボリオの作品が広く読まれたが、ポルトガル人による創作探偵小説は探偵小説のパロディの形を取ることが多かった(この辺り、スペインと事情は同じようである)。その代表例が、1870年に新聞連載された『シントラ通りの謎』である。作者は19世紀ポルトガルを代表する文豪の一人であるエッサ・デ・ケイロースと、その友人の作家でガボリオファンのラマーリョ・オルティガン(Ramalho Ortigão、1836-1915)だった。
    • エッサ・デ・ケイロースの邦訳単行本は『縛り首の丘』(中編2編収録)、『アマーロ神父の罪』、『逝く夏 プリモ・バジリオ』があるが、これらにミステリの要素を含む作品があるのかは未確認。
    • ホルヘ・ルイス・ボルヘスはエッサ・デ・ケイロースについて、アルゼンチンの作家マリア・エステル・バスケスとの対話のなかで以下のように言及している。ホルヘ・ルイス・ボルヘス、垂野創一郎編訳『ボルヘスと推理小説』(エディション・プヒプヒ、2011年12月)より。「他の分野の作家がこのジャンルに手を染めることがときどきあって、その一人、ポルトガルの大作家エッサ・デ・ケイロスは、おそらく十九世紀のイベリア半島で最も優れた作家です。」(p.75)。引用中の「このジャンル」というのは推理小説のこと。また、ホルヘ・ルイス・ボルヘスとアドルフォ・ビオイ=カサーレスは推理小説叢書《第七圏》を企画・監修しているが、それについての二人の連名の文章「「第七圏」発刊にあたって」(1946)でもエッサ・デ・ケイロースへの言及がある。再度、垂野創一郎氏の編訳による『ボルヘスと推理小説』から引用する。「推理小説の伝統はこのうえなく高貴である。ホーソーンは一八三七年のある短編でそれを予告した。傑出した詩人エドガー・アラン・ポーがそれを一八四一年に創造した。そしてウィルキー・コリンズ、ディケンズ、R・L・スティーブンスン、キプリング、エッサ・デ・ケイロス、アーノルド・ベネット、そしてアポリネールにより発展した。近年ではチェスタトン、フィルポッツ、イネス、ニコラス・ブレイクがいる。」(pp.60-61)。
  • 64 … 「Portuguese GAD」によれば、ポルトガルではガボリオらの探偵小説が流行したのち、こんどはシャーロック・ホームズ・シリーズ(1887~1927)がその創作に大きな影響を与えることになる。同記事では、ホームズ物を真似て書かれたポルトガルの作品のなかで読む価値があるものとして、マリア・オネイルのシウヴェストリ子爵シリーズと、ロシャ・マルティンス(Rocha Martins、1879-1952)の「Chief Jacobシリーズ」(ポルトガル語表記は Chefe Jacob か?)が挙げられている。「Chief Jacobシリーズ」についてはネット上では情報を見つけられなかった。
    • マリア・オネイルの『シャーロック・ホームズの模倣者』は2003年にポルトガルのブラジル出版(Livros do Brasil)の叢書《ヴァンパイア・コレクション》(colecção Vampiro)のNo.668として復刊された(書影)。
    • また、「Portuguese GAD」には1911年にスウェーデン系ポルトガル人のGustaf Bergströmがシャーロック・ホームズのパスティーシュを出版したとの記述がある。これはGustaf Adolf Bergströmの『As Vitórias da Lógica』のことで、《ヴァンパイア・コレクション》のNo.658として2002年に復刊されている(書影)。
  • 65 … もう少し正確に書くと、「Portuguese GAD」では、コナン・ドイル、エドガー・ウォーレス、ハリー・スティーヴン・キーラー、そして黄金時代の探偵作家を混ぜ合わせたような作風とされている(もっとも、フェレイラは彼らの作品をほとんど読んでいないらしい)。ハリー・スティーヴン・キーラーは「史上最低のミステリ作家」ともいわれるアメリカのミステリ作家。「Portuguese GAD」によれば、1920年代~30年代のポルトガルの「黄金時代」探偵小説は英米仏の模倣でほとんどはつまらないものだったが、レイナウド・フェレイラだけは例外で、くだらない作品も多い一方で優れた作品もあるという。
  • 66 … 「Portuguese GAD」によれば、ジェイムズ・A・マーカスはその後さらに長編3作と短編集1冊を発表しているが、それらは第1作の『白い殺人』にはおよばないという。マーカスは1980年代~90年代まで、イギリスの作家だと信じられていた。

第7期[第67巻~第79巻] ロシア・ソ連編(13冊)

※67~70は後日追加。
071 ソ連 ロシア語 レオニード・ボリソフ
Борисов, 1897-1972
『記憶を喪った男』
Ход конем
1927 《ソヴエト・ロシア探偵小説集》(内外社、1930年)の第2巻として予告されていた作品。
第1巻はアレクセイ・トルストイの『技師ガーリン』で、「近代デジタルライブラリー」で読める。
072 ソ連 ロシア語 ニコライ・シパーノフ
Шпанов, 1896-1961
《ニール・クルチーニンの冒険》 1940s- ソ連のシャーロック・ホームズ。ホームズ型探偵譚をソ連に適用すべきではないと当時批判を受けた。
シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(7) ソ連編」参照。
073 ソ連 ロシア語 アルカージー・アダモフ
Адамов, 1920-1991
『雑色事件』
Дело «пёстрых»
1956 ソ連における警察小説の先駆け。
「犯罪のロマンス」を信奉するギャング団と、その正体をつかもうとするモスクワ警察特捜班の対決。
074 ソ連 ロシア語 ロマン・キム
Ким, 1899-1967
『枕の下のコブラ』
Кобра под подушкой
1962 江戸川乱歩と文通した推理作家・スパイ小説作家の作品。
モロッコの都市カサブランカを舞台に、ソ連のジャーナリストやイギリスの諜報機関が登場するスパイ小説。
075 ソ連 ロシア語 パーヴェル・シェスタコーフ
Шестаков, 1932-2000
『迷宮をこえて』
Через лабиринт
1967 「ソ連のアガサ・クリスティー」のデビュー作。「ドイツ軍占領下で敵に協力した男が戦後長い間身分を偽って
暮しているが、殺人事件とからんでそれが暴露さる。思いがけないドンデン返しが用意されている」
深見弾「ソ連と東欧の警察小説」(『ミステリマガジン』1976年11月号)
076 ソ連 ロシア語 ブラギンスキー&リャザーノフ
Брагинский, 1921-1998
Рязанов, 1927-
『図書館の殺人』
Убийство в библиотеке
1969 ユーモアミステリ。このコンビは映画の脚本家として有名。
2人で執筆した脚本をリャザーノフが監督を務め映画化していた。
077 ソ連 ロシア語 ユリアン・セミョーノフ
Семёнов, 1931-1993
『オガリョーワ、6』
Огарёва, 6
1972 傑作『ペトロフカ、38』に続くシリーズ第2弾。「企業幹部がからんだ大がかりな横領と殺人をペトロフカ・38で
活躍したサーチコフが手がける話」深見弾「ソ連と東欧の警察小説」(『ミステリマガジン』1976年11月号)
078 ソ連 ロシア語 ワイネル兄弟
Братья Вайнеры
兄 アルカージー 1931-2005
弟 ゲオールギー 1938-2009
『ミノタウロスを訪ねて』
Визит к Минотавру
1972 新訳。『ミノトール訪問』のタイトルで『季刊ソヴェート文学』1974年夏季号(通巻48号)に抄訳あり(泉清訳)。
079 ソ連 ロシア語 ニコライ・レオーノフ
Леонов, 1933-1999
(刑事グーロフ・シリーズのどれか) 1970s- このシリーズは1975年から作者が死去する1999年までに30作ほどが発表されたようだ
(うち10作ほどがソ連時代の発表)。ソ連崩壊後もベストセラーリストに入り続けた人気シリーズ。
+補足説明(クリックで展開)
  • 71 … 飯田規和「ソ連の探偵小説」(『EQMM』1965年4月号 / ほぼ同じものがユリアン・セミョーノフ『ペトロフカ、38』[ハヤカワ・ミステリ、1965年3月]の巻末にも収録)によればこの作品は、「レニングラードのある街で起こった犯罪の究明をテーマにしている。ある日突然一人の女性が殺された。最初に、嫌疑は、殺された女性の知人で、彼女を憎んでいた精神異常の男にかけられる。しかし、その精神異常者の周辺を洗っているうちに、もっと有力な別の手がかりに行き当たり、結局、大きな暗黒勢力を背景にした真の下手人を探し出すまでの物語である。この小説は話の組立てのうまさ、事件の調査が進行するにつれて、殺人事件の関係者をまるで写真の現像のように次第にはっきりと次々に浮びあがらせる手法の見事さなどによって、二〇年代のソ連の複雑な社会を知るにはもってこいの作品である。」(飯田氏はタイトルを『桂馬の一手』としている)
    • 深見弾「ロシヤ・ソビエトSFはこんなに訳されている(戦前)」(ナウカ株式会社『窓』1978年3月号)には《ソヴエト・ロシア探偵小説集》について以下のようにある。「内外社のソヴエト・ロシヤ探偵小説の企画は第二弾としてレオニード・ボリソフの『記憶を喪った男』を準備していた。どうやらこれは不発に終ったらしい。調べた限りでは、出版された形跡がない。しかし、未刊だったと判定もできないでいる。ご存知のかたがあればお教えいただきたい。」 これに続いて、『記憶を喪った男』のあらすじが広告文から引用されている。以下に孫引きする。「(中略)」は深見氏による省略箇所である。
――チエカとアフラナの力くらべ――
 アフラナは旧帝政ロシヤの特務機関だ。いまは白色欧洲の諸都市に巣喰つている、反ソヴエト戦線の犬だ。(中略)本編の主人公ガルキン。大戦で隻脚と共に記憶も喪って、精神病院に永く入院していたが、十三年ぶりに記憶が時々ボンヤリとよみがへつてくる。事件の発端はこの殺人狂の病院脱走から始まる。
 絶世の美人マルタ・シヤトノフスカ、変装に巧みな秘密だらけの怪人フリトフ、精神病学の泰斗ソトニコフチエカの刑事部長トベルゲ、淫売上りの白色将官夫人ドリヤ等々が、ガルキンを中心に渦を巻く。怪奇な筋のラビリスが、白赤の二大闘争の遺族を通じて、読者を徹夜にまで誘惑するその間に現在ソヴエト・ロシヤの世情人態を微細に写して余るところがない。

  • 73 … もう少し詳しいあらすじや作者については「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(7) ソ連編」末尾の補足を参照のこと。
  • 74 … ロマン・キムの生涯や江戸川乱歩との文通の経緯などについては「こちら」で詳しく紹介した。
  • 75 … パーヴェル・シェスタコーフが「ソ連のアガサ・クリスティー」と呼ばれたことがあったのかは知らないが、イリーナ・ボガートコ「ソヴェートの推理小説 ――最近年間の作品の概観――」(岡野肇訳、『季刊ソヴェート文学』1974年夏季号[48号])ではパーヴェル・シェスタコーフの作品はクリスティーの作品に近いとされているので、このページでは「ソ連のアガサ・クリスティー」と勝手に呼ぶことにした。この論文が書かれた1974年当時、ソ連の推理小説は警察による集団的捜査をリアルに描くタイプの作品が主流で、謎とその解決に重点を置いたフーダニット物などはあまり書かれていなかった。パーヴェル・シェスタコーフはこの後者の系統を代表する作家で、前掲の論文では「わが国推理小説の今一つの、より発達していない一分岐の代表者」とされている。「『迷路をこえて』、『ダゲザンでの三日間』は、強靱で、颯爽としており、こんがらかった探索的物語であり、そこでは作者にとって最も重要なのは、順次に否決される所見を提示しつつ、登場人物の各自に相次いで嫌疑をかけつつ、殺人犯捜査の緊張のなかに読者をつなぎ止めておくことである。ペ・シェスタコーフのこれらの作品は、アガータ・クリスチィの小説に最も近い」。当時同じように謎とその解明に重点を置いた作家としては、ヴィクトル・スミルノフ(Виктор Смирнов、1933- 、ロシア語版Wikipedia)やニコライ・レオーノフがいた。
  • 76 … 「セミョーノフの『ペトロフカ、38』の系統に属する作品では、ユーモアたっぷりの推理小説『自動車に御用心!』、『図書館の殺人』などを書いているブラグンスキーとリャザノフの二人組などがいて」――飯田規和「ソ連の推理小説」(『世界ミステリ全集12』[早川書房、1972年]月報)
  • 79 … ニコライ・レオーノフはイリーナ・ボガートコ「ソヴェートの推理小説 ――最近年間の作品の概観――」(岡野肇訳、『季刊ソヴェート文学』1974年夏季号[48号])では、パーヴェル・シェスタコーフ、ヴィクトル・スミルノフとともに、ソ連では希少なフーダニットを書く作家として挙げられている。そこで言及されている作品は「逮捕にとりかかる」(Приступаю к задержанию)(1965)(1968?)だが、どうもこれは短編のようである。飯田規和「ソ連の推理小説」(『世界ミステリ全集12』[早川書房、1972年]月報)にはこの作品の内容紹介がある(こちらではタイトルは「逮捕に踏み切る」とされている)。刑事グーロフ・シリーズについては、桜井厚二「社会の断面を描く推理小説」(『現代ロシアを知るための55章』明石書店、2002年6月)で、「レオーノフの刑事はかつて地道にコツコツと殺人捜査を遂行するメグレ型の探偵であったが、近年ではマフィアを相手に派手なアクションも引き受けるようになってきた。」と紹介されている。

第8期[第80巻~第89巻] 中欧編1(10冊)

080 ポーランド ポーランド語 ヘンリク・ナギェル
Henryk Nagiel, 1859-1899
『ナレフキ通りの謎』
Tajemnice Nalewek
1888 2012年にポーランドで刊行が始まった《戦前ワルシャワ探偵小説コレクション》の第3巻
081 ポーランド ポーランド語 アレクサンデル・ブワジェヨフスキ
Aleksander Błażejowski, 1890-1940
『赤い道化師』
Czerwony Błazen
1925 《戦前ワルシャワ探偵小説コレクション》の第1巻
ポーランド最初の(純粋な)探偵小説と見なされている作品。
082 ポーランド ポーランド語 アダム・ナシェルスキ
Adam Nasielski, 1911-2009
『スペードのエース』
As Pik
1938 1933年から1938年にかけて長編8作が刊行されたベルナルト・ジュビク警部シリーズの作品。
1939年にロンドンで英訳『The ace of spades』が出版されている。
083 ポーランド ポーランド語 ブルーノ・ヤセンスキー
Bruno Jasieński, 1901-1938
『人間は皮膚を変える』
Człowiek zmienia skórę
1933-37 ロマン・キムが乱歩に送った手紙で、1930年代の探偵小説の傑作とされているスパイ小説。
邦訳もあるが、完訳ではないようである。
084 ポーランド ポーランド語 ジョー・アレックス
Joe Alex, 1920-1998
(ジョー・アレックス・シリーズのどれか) 1959- 「ジョー・アレックス」という作者名は筆名。主に1950年代末から1960年代にかけての時期に、
作者と同名のジョー・アレックスを探偵役とするイギリスが舞台の探偵小説シリーズを発表した。
+補足説明(クリックで展開)
  • 80、81 … この2冊は2012年にポーランドで刊行が始まった《戦前ワルシャワ探偵小説コレクション》(Kryminały przedwojennej Warszawy)から選んだ。
    • 80をとばしてまずは81について。81のアレクサンデル・ブワジェヨフスキー『赤い道化師』(1925)は戦前には第三版まで出版され映画化もされたそうだが、戦後は共産党政権により禁書に指定され、2012年版が戦後初の刊行となるようである。作者は1940年にソ連の内務人民委員部(НКВД、NKVD、ポーランドでの表記はNKWD)により殺害されたという。
    • 80のヘンリク・ナギェル『ナレフキ通りの謎』(1888)は現在までに6冊刊行されている《戦前ワルシャワ探偵小説コレクション》のうち最も古い作品。この作品もやはり戦前に映画化されているようだ。『赤い道化師』がポーランド最初の探偵小説とされているということは、『ナレフキ通りの謎』の方は純粋な探偵小説とはいえない作品なのだろうか?
  • 82 … 警部ベルナルト・ジュビク(Bernard Żbik)シリーズの『スペードのエース』はシリーズで唯一英訳が出ている作品。シリーズ第1作『アリバイ』(1933)は、《戦前ワルシャワ探偵小説コレクション》の第6巻として2013年に刊行された。なお、戦間期のポーランドでアダム・ナシェルスキと並んで人気を博した探偵作家には、マレク・ロマンスキ(Marek Romański、1910-1974)、アントニ・マルチンスキ(Antoni Marczyński、1899-1968)がいた。アダム・ナシェルスキについての詳細は「こちら」(リンク先ポーランド語)。
    • 戦間期ポーランドの探偵小説については、イェジィ・エディゲイ『顔に傷のある男』(ハヤカワ・ミステリ、1977年10月)の訳者あとがきで深見弾氏が以下のように書いている。「ポーランドに本格的なミステリが現われたのは第一、第二次世界両大戦をはさんだ時期だと言われている。当時のポーランド推理小説界は、日本では最近はあまり作品が紹介されていないが、E・S・ガードナーと並んで多作で有名だったエドガー・ウォーレス(一八七五~一九三二)の強い影響をうけ、ほとんどの作家もかれの模倣か亜流で終ってしまい、見るべき作品は残っていない。ウォーレスの作風にならって、現実離れをしたスリラーもの、怪奇・猟奇趣味に走った俗うけのする作品がやたらに多かった。しかも師であるウォーレスをしのぐほどの才能にめぐまれた作家は出ず、貧弱なイマジネーションにうんざりした読者からも飽きられ見離されたし、批評家たちからもそれらの作品はほとんど無視された。」
      • この引用部のあと、ポーランドの推理小説は1950年代から独自の成長を始めたという話になるのだが、これはあくまでも当時の共産党政権下のポーランドでの見方だということに注意する必要があるだろう。見るべき作品が本当にないのかは、実際に読んでみないと分からない。
  • 83 … ブルーノ・ヤセンスキーの『人間は皮膚を変える』は、ソ連のスパイ小説作家のロマン・キムが江戸川乱歩に送った手紙で、1930年代の探偵小説の傑作として挙げられている作品である(江戸川乱歩「探偵小説の世界的交歓」『宝石』1956年10月号 ※ロマン・キムからの第一信が原卓也訳で掲載されている ※ここでの表記は「皮膚を取換える男」)。ヤセンスキー作品の邦訳事情については、SFファングループ「THATTA」のオンライン・ファンジン『THATTA ONLINE』241号(2008年5月号)に掲載されたフヂモト・ナオキ氏の「ウィアード・インヴェンション~戦前期海外SF流入小史~008」が詳しいが、それによれば、『人間は皮膚を変える』は全訳ではないものの1937年に邦訳が出ていたそうである。戦後も1957年にヤセンスキー選集第4巻の上巻・中巻として『人間は皮膚を変える 上』、『人間は皮膚を変える 中』が刊行されたが、下巻は刊行されていない。探偵雑誌では、『探偵倶楽部』1955年6月号(6巻6号)にヤセンスキーの「人造運命の支配者」が掲載されている(南沢十七訳、著者名表記「E・ヤーシンスキイ」)。
  • 84 … 1991年に発表された作品も含め、ジョー・アレックスを主人公とする探偵小説シリーズは全8作。ジョー・アレックスについては、マレック・カミンスキ「ポーランドのミステリー事情 現実と虚構の交錯」(吉崎由紀子訳、『ジャーロ』5号[2001年秋号])に以下のようにある。「コミュニズム政権下で最も人気の高かったポーランド人作家は、マチェイ・スウォムチンスキーである。「ジョー・アレックス」というペンネームで、探偵小説を数多く刊行した。外国人風の名前と、イギリスで大量に発表されていた犯罪小説の手法を取り入れた作風によって、ポーランドで一躍名を馳せる。彼の作品はワルシャワ条約機構加盟国の多くで翻訳・出版され、映画やテレビの原作となった作品も数多い。【中略】ジョー・アレックスは、しばしばアガサ・クリスティのパターンを取り入れた。さまざまな憶測、誤認が飛び交う捜査の末、意外な展開で犯人が明らかになる。」

085 チェコ チェコ語 エミル・ヴァヘク
Emil Vachek, 1889-1964
『男と影』
Muž a stín
1932 近年もチェコで映像化されている人気シリーズ、クルビーチコ警部シリーズの第2作。
エミル・ヴァヘクはチェコの探偵小説を形作った二大作家の一人。
086 チェコ チェコ語 エドゥアルト・フィッケル
Eduard Fiker, 1902-1961
『灰色の家の女』
Paní z Šedivého domu
1941 スコットランドヤードのT・B・コーン警部シリーズの第3作。
エドゥアルト・フィッケルはチェコの探偵小説を形作った二大作家の一人。
087 チェコ チェコ語 ミラン・クンデラ ほか
Milan Kundera, 1929-
『編集室の殺人』
Vražda v redakci
1964 ミラン・クンデラやイヴァン・クリーマ、ヨゼフ・シュクヴォレツキーらチェコの作家8人が
週刊紙に10回にわたって連載したリレー探偵小説。
088 チェコ チェコ語 ヨゼフ・シュクヴォレツキー
Josef Škvorecký, 1924-2012
『警部ボルーフカの憂鬱』(短編集)
Smutek poručíka Borůvky
1966 「プラハの春」直前のチェコで刊行されたミステリ。これはシリーズの第1短編集だが、第2短編集は
英国推理作家協会賞にノミネートされ、またその収録作の1編はカナダ推理作家協会賞を受賞している。
089 チェコ チェコ語 イジー・ブラベネツ&ズデニェク・ヴェセリー
Jiří Brabenec, 1911-1983
Zdeněk M. Veselý, 1927-1992
『〈虹の入江〉での犯罪』
Zločin v Duhovém zálivu
1966 未来の月を舞台にシャーロック・ホームズ式の古典的捜査が展開されるSFミステリ。
+補足説明(クリックで展開)
  • 85 … チェコではエミル・ヴァヘク(1889-1964)とエドゥアルト・フィッケル(1902-1961)の2人がチェコの探偵小説を形作った二大作家と見なされているようだ。エミル・ヴァヘクのクルビーチコ(Klubíčko)警部シリーズの第1作『Tajemství obrazárny』が刊行されたのは1928年。続いて1932年に第2作(翌年映画化)、1933年に第3作が出ているが、その次は1958年まで間が空く。やはり1930年代も半ばを過ぎると、時勢的に探偵小説は書きづらくなったのだろうか。戦後は1958年から作者の没年の1964年までに少なくとも5作が発表されている。
    • エミル・ヴァヘクのクルビーチコ警部シリーズは今でも人気があるようで、2007年から2008年にかけて第2作『男と影』(1932)、第3作『Zlá minuta』(1933)、そして戦後作品の『Devatenáct klavírů』(1964)がテレビ映画化されている(『Zlá minuta』の映画化は2005年という情報もあり)。(『男と影』映画版情報 リンク1リンク2 / 『Zlá minuta』映画版情報 リンク1リンク2 / 『Devatenáct klavírů』映画版情報 リンク1リンク2
    • クルビーチコ警部シリーズの英訳はなさそうである。第1作『Tajemství obrazárny』は、1964年にプラハで独訳『Das Geheimnis der Galerie』が出ている。
  • 86 … スコットランドヤードの警部T・B・コーンのシリーズは1933年から1948年にかけて5作発表された。少なくとも第1作と第2作、それから第5作で悪党のテッド・ブレント(Ted Brent)が登場する(第5作の副題は「テッド・ブレントの帰還」)。2人は明智小五郎と怪人二十面相のような関係なのだろうか? 
    • エドゥアルト・フィッケルの作品の英訳はなさそうである。ドイツ語訳は少なくとも6冊。ただし、T・B・コーン・シリーズは訳されていない。独訳があるのは、チェコを舞台とするチャデック警部(inspektor Čadek)シリーズの『Zinková cesta』(1942)(独題 Der Zinksarg)、『Nikdo není vinen?』(1947)(独題 Fisch im Netz)、スパイ小説の探偵カルリーチェク(Karlíček)シリーズの『Zlatá čtyřka』(1955)(独題 Die goldene Vier)、『Série C-L』(1958)(独題 Serie C L)、それからノンシリーズ作品の『Ilavský zločin』(1946)(別題 Rozkaz 42)(独題 Befehl 42)、『U Tří kufrů』(1957)(独題 Die Drei Koffer)である。
    • 2003年から国際推理作家協会(AIEP)のチェコ支部は独自にエドゥアルト・フィッケル賞(Cena Eduarda Fikera)を授与している。これは日本の乱歩賞に相当する賞で、未発表の推理小説を募集し、受賞作は刊行される。2003年の受賞作はFrantišek Uherの『Princip bumerangu』、2004年は該当作なし、2005年はRudolf Čechura『Jako zvíře』、2006年はZdeněk Třešňák『Špagát』。2007年から出版社が見つからず休止状態になっていたようだが、2011年に復活。受賞作はFrantišek Uherの『Odstín nebezpečí』(2003年の受賞者が再度受賞)。その後の実施状況は分からない。(エドゥアルト・フィッケル賞に関する情報源)(国際推理作家協会チェコ支部のブログ
  • 87 … ミラン・クンデラは20世紀後半のチェコ文学界を代表する作家。そのミラン・クンデラが探偵小説を書いたことがあるのだという。1964年、チェコの作家8人が週刊『文芸新聞』(Literární noviny)7月11日号~9月12日号(28号~37号)で全10回のリレー探偵小説を連載。その参加者のなかにミラン・クンデラがいたのである。参加者にはほかに当時同紙の編集者だった作家のイヴァン・クリーマや、短編ミステリ集『ノックス師に捧げる10の犯罪』などが訳されているヨゼフ・シュクヴォレツキーらがいた。タイトルは『編集室の殺人』(Vražda v redakci)で、編集者が編集室に着いてみると死体が……という発端から始まるストーリーらしい。誰が第何回を書いたかは明記されていないそうだ。こちらのチェコ語ブログにレビューがある(リンク)。また、こちらで当時の紙面がオンラインで公開されている(リンク / 毎号6面、または6~7面に掲載)。8人の執筆者はすでに名前を挙げたミラン・クンデラ、イヴァン・クリーマ、ヨゼフ・シュクヴォレツキーのほかに、Karel Michal、Pavel Hanuš(以上の2人は単独でも探偵小説を発表している)、Alexandr Kliment、Milan Schulz、Ludvík Vaculík。
  • 88 … 『警部ボルーフカの憂鬱』は『ミステリマガジン』2008年6月号の洋書案内〈世界篇〉でレビューされている。警部ボルーフカ・シリーズは『警部ボルーフカの憂鬱』(1966)、『警部ボルーフカの最後』(1975)、『警部ボルーフカの帰還』(1981)の3冊。「憂鬱」と「最後」は短編集で、「帰還」のみ長編である。またこれ以外に、短編集『ノックス師に捧げる10の犯罪』(1973)(邦訳1991年、早川書房)のいくつかの短編にもボルーフカが登場する。第2作『警部ボルーフカの最後』は、1990年に英国推理作家協会の「'92年賞」(CWA '92 Award)という賞にノミネートされている。これはヨーロッパ大陸を舞台にしたミステリの最優秀作に贈られるもので、1990年から1992年までの3年間だけ設けられていた賞らしい。1990年の受賞作はマイクル・ディブディン『血と影』。また、同短編集の収録作である「Humbug」は1990年、カナダ推理作家協会賞(アーサー・エリス賞)の最優秀短編賞を受賞している。
    • ヨゼフ・シュクヴォレツキーは1949年、最初の長編『卑怯者たち』(非ミステリ)を書きあげるが、検閲に阻まれて出版できなかった。1958年にやっと出版が叶うが、数年後には禁書扱いになる。本名での執筆活動が困難になったため、翻訳家の友人ヤン・ザーブラナ(Jan Zábrana、1931-1984)と合作でミステリの創作を始め、1962年から1967年にかけてドクトル・ピヴォンカ(Doktor Pivoňka)シリーズを3作発表(ヤン・ザーブラナの単独名義での発表)。そして本名で最初に発表したミステリが、1966年の短編集『警部ボルーフカの憂鬱』だった。1969年には非シリーズ物のミステリ『Lvíče』も発表したが、この年、カナダに亡命。その後はカナダのトロントで作品のチェコ語での出版を続けた。妻のズデナ・サリヴァロヴァー(Zdena Salivarová、1933- )との共著のミステリもある。
  • 89 … 『東欧SF傑作集』下巻(創元推理文庫、1980年11月)巻末の深見弾「東欧SFの系譜」のp.330で挙げられている作品。それによれば、イジー・ブラベネツとズデニェク・ヴェセリーはヨーロッパSF界で名の知れたSF作家で、『〈虹の入江〉での犯罪』は、未来の月を舞台にシャーロック・ホームズ式の古典的捜査が展開されるSFミステリだという。深見氏による作者名のカタカナ表記はイルジ・ブラベネツ、ズデネク・ヴェセラ。また深見氏はタイトルを『〈魂の入江〉での犯罪』と書いているが、これは1967年に出たロシア語版のタイトル『Преступление в заливе духов』に従ったものだと思われる。原題は『〈虹の入江〉での犯罪』であり、またロシアでも1988年版では『〈虹の入江〉での犯罪』(Преступление в радужном заливе)というタイトルになっている。「虹の入江」は月に実際にある平原の名称である。

第9期[第90巻~第97巻] 中欧編2(8冊)

※説明は後日追加
※ハンガリーの作家は「姓-名」の順
090 スロバキア スロバキア語 グスターウ・アドルフ・ベジョ
Gustáv Adolf Bežo, 1890-1952
(作品未定) 1920s Gab. Zosenatru Bielohorskýという筆名で1921年から1926年にかけて短編推理小説5編を発表したらしい。
スロバキア文学情報センターに簡単な経歴紹介があるが(リンク)、作品内容は不明。
091 スロバキア スロバキア語 エミル・B・シュテファン
Emil B. Štefan, 1920-2000
『第二の十字架』
Druhý kríž
1962 1960年代に探偵小説を4作発表した作家。
作品概要(スロバキア語)、作者経歴(スロバキア文学情報センター)。
092 スロバキア スロバキア語 ヨゼフ・タロ
Jozef Tallo, 1924-1979
『窓のない家』
Dom bez okien
1963 作者は小説家、映画の脚本家。スロバキアでのミステリ映画製作の先駆者の一人。
作品概要(スロバキア語)、作者経歴(スロバキア文学情報センター)。
093 スロバキア スロバキア語 カタリーナ・ラザロヴァー
Katarína Lazarová, 1914-1995
『レムリアの王女』
Kňažná z Lemúrie
1964 1964年から1970年にかけて5編発表された編集者ジタ・マリノヴァー(Zita Malinová)シリーズの第1作。
作者経歴(スロバキア文学情報センター)、シリーズ一覧
094 ハンガリー ハンガリー語 レイテー・イェネー
Rejtő Jenő, 1905-1943
(作品未定)
095 ハンガリー ハンガリー語 ナジ・カーロイ
Nagy Károly, 1909-1942
(作品未定)
096 ハンガリー ハンガリー語 バルシ・エデン
Barsi Ödön, 1904-1963
(作品未定)
097 ハンガリー ハンガリー語 セルブ・アンタル
Szerb Antal, 1901-1945
『ペンドラゴン伝説』
A Pendragon legenda
1934 日本では作者名は「アンタール・セルプ」とも表記。

第10期[第98巻~第106巻] 旧ユーゴスラビア編(9冊)

※説明は後日追加
098 スロベニア スロベニア語 イヴォ・ショルリ
Ivo Šorli, 1877-1958

Pasti in zanke
1922
099 スロベニア スロベニア語 リュバ・プレンネル
Ljuba Prenner, 1906-1977

Neznani storilec
1939
100 スロベニア スロベニア語 フラン・ヨシップ・クナフリッチ
Fran Josip Knaflič, 1879-1949

Lov za skrivnostmi
1944
101 クロアチア クロアチア語 ネナド・ブリクシ
Nenad Brixy, 1924-1984
『死者立入禁止』
Mrtvacim ulaz zabranjen
1960
102 クロアチア クロアチア語 ブランコ・ベラン
Branko Belan, 1912-1986
(作品未定)
103 クロアチア クロアチア語 パヴァオ・パヴリチッチ
Pavao Pavličić, 1946-
(作品未定)
104 クロアチア クロアチア語 ゴラン・トリブソン
Goran Tribuson, 1948-
(作品未定)
105 セルビア セルビア語 アレクサンダル・ポポヴィッチ
Александар Поповић, 1929-1996
『三角形の殺人』
Убиство у троуглу
1959
106 セルビア セルビア語 ボリスラヴ・ペキッチ
Борислав Пекић, 1930-1992
『狂犬病』
Беснило
1983

第11期[第107巻~第117巻] 東欧・バルカン諸国編(11冊)

※説明は後日追加
107 ベラルーシ ベラルーシ語 ウラジミル・カラトキェヴィチ
Караткевіч, 1930-1984

Дзікае паляванне караля Стаха
1964
108 ウクライナ ウクライナ語 ボロディムィル・カシン
Кашин, 1917-1992
(ドムィトロ・コヴァリ警部シリーズのどれか) 1968-
109 ルーマニア ルーマニア語 ヴィクトル・エフティミュ
Victor Eftimiu, 1889-1972
『星くずの着物』
Kimonoul înstelat
1932
110 ルーマニア ルーマニア語 リビウ・レブリャーヌ
Liviu Rebreanu, 1885-1944
『両方』
Amândoi
1940
111 ルーマニア ルーマニア語 ホリア・テクチャーヌ
Horia Tecuceanu, 1929-1997
『刑事アポストレスクと二つの謎』
Capitanul Apostolescu si dubla enigma
1972
112 ルーマニア ルーマニア語 ロディカ・オジョグ=ブラショヴャーヌ
Rodica Ojog-Brașoveanu, 1939-2002
(作品未定) 「ルーマニアのアガサ・クリスティー」と呼ばれた作家。
113 ブルガリア ブルガリア語 ステファン・ブラシュナロフ
Стефан Брашнаров, 1901-1966
(作品未定)
114 ブルガリア ブルガリア語 ボゴミール・ライノフ
Богомил Райнов, 1919-2007
(作品未定)
115 ブルガリア ブルガリア語 パーヴェル・ヴェージノフ
Павел Вежинов, 1914-1983
(作品未定)
116 ブルガリア ブルガリア語 ジミトル・ペーエフ
Димитър Пеев, 1919-1996
(作品未定)
117 ギリシャ ギリシャ語 ヤニス・マリス
Γιάννης Μαρής, 1916-1979
『コロナキの犯罪』
Έγκλημα στο Κολωνάκι
1953 ギリシャの探偵小説の父の(おそらく)デビュー作。

第12期[第118巻~第XX巻] バルト三国編(X冊)

 エストニア、ラトビア、リトアニアの3か国。資料がないので具体的なタイトルを挙げることは出来ないが、エストニア語版Wikipediaに「エストニアの推理小説のリスト」(Eesti kriminaalkirjandusteoste loend)という項目があり、それを見るとどうやらエストニアでは1880年代から推理小説が書かれていたようである。ほかの2か国でも「クラシック・ミステリ」と呼び得る作品はあるだろう。
 エストニアの最新の推理小説シリーズの1つに薬剤師メルキオールシリーズがある。ブログ「エストニア情報瓦版 - Vanapagan pajatab」の2012年4月19日のエントリ「エストニアの推理小説 - kriminaalromaan」で紹介されている。

  • エストニア語版Wikipedia
  • ラトビア語版Wikipedia
    • ラトビア語版Wikipedia内を「kriminālromānu」(推理小説)、「detektīvromānu」(探偵小説)で検索してみたが、ラトビアの作家は以下の2人しか見つからなかった。
  • リトアニア語版Wikipedia

+補足説明(クリックで展開)
 ――と、ここまで書いてから、そういえば日本の推理作家とラトビアの推理作家の交流についての資料を以前にコピーしたはず……と思い出して、改めて読んでみたところ仰天した。推理作家の高柳芳夫氏が第1回日ソ推理作家会議(1988年)について書いたエッセイのなかに、ラトビアの推理作家の「コルベルク」と「チルリス」が登場していたのである。これはまさに、さっきたまたま見つけた「Andris Kolbergs」と「Gunārs Cīrulis」の2人に間違いないだろう。
 1988年に日本推理作家協会の代表団がソ連を訪問し、日ソ推理作家会議が開催された。約10日間の日程のなかにはラトビア(当時はソ連内の共和国)での会議もあり、日本の代表団はそこでラトビアの推理作家らと対面している。高柳氏のエッセイ「日ソ推理作家会議に出席して」(『日本推理作家協会会報』1988年9月号)によれば、「コルベルク氏」はソ連作家同盟ラトビア支部会長(当時)。また、「ソ連作家同盟ラトビア支部のチルリス氏は、ドイツ語の堪能な作家で、私がドイツ語を話すことから親しくなり、半日自動車であちこち案内してくれた」という。