南欧ミステリ邦訳一覧

2013年6月17日

 昨日公開した「北欧ミステリ邦訳一覧」の姉妹ページです。
 その後「ドイツ語圏ミステリ邦訳一覧」も作成しました(2013年7月22日)。
 「ロシア・中東欧ミステリ邦訳一覧」も作成しました(2014年8月18日)。

 スペイン語・ポルトガル語のミステリについては、「中南米ミステリ邦訳一覧」もご覧ください。

Index

イタリア

  日本での邦訳紹介の順に並べている。 以下の「1940年代~50年代」、「1970年代」などの区分は作品発表時期による区分ではないことにご注意ください。

(1)1940年代~50年代の邦訳

  • エツィオ・デリコ (Ezio D'Errico、1892-1972)
    • 『悪魔を見た処女』 (江杉寛[渡辺芳夫]訳、未来社 《世界傑作探偵小説集》、1946年11月)
      • 雑誌再録 『悪魔を見た処女』 (『別冊宝石』71号[世界探偵小説全集27]、1957年10月)
      • 雑誌『中学時代二年生』付録 中二ライブラリー 『悪魔を見た少女』 (原作:デリコ、文:白木茂)(旺文社の雑誌『中学時代二年生』1963年9月号の付録小冊子)
  • マリオ・ソルダーティ (Mario Soldati、1906-1999)
    • 中編 「窓」 (飯島正訳)(東京創元社《現代推理小説全集》第14巻『牝狼・窓』、1957年、この本での表記は「マリオ・ソルダアティ」)

 『中学時代二年生』付録のデリコ『悪魔を見た少女』は現物未見。おそらくは邦訳の『悪魔を見た処女』をリライトしたものだろう。
 マリオ・ソルダーティ「窓」についての訳者の飯島正の見解→「「窓」はもちろん本格的な推理小説ではないし、本当は推理小説というレッテルは冠することが無理かも知れない。しかしだんだん秘密をときほごして行くうまさや、どうなるかとおもわせるサスペンスは、推理小説とは別の意味で、これはまことに貴重なものだとおもう。」「たとえ諸君がコチコチの本格推理小説のファンであっても、その親類つづきにこういうおもしろい小説があるということは、知っておいても損のないことだとぼくは信じる。」(巻末解説より)
 「窓」と同時収録の『牝狼』はフランスのボアロー&ナルスジャックの作品。マリオ・ソルダーティの邦訳はほかに長編『偽られた抱擁』(清水三郎治訳、講談社、1959年)と短編「雪の上の足跡」(大久保昭男訳、『現代イタリア短編選集』白水社、1972年)がある。『偽られた抱擁』は訳者あとがきによれば「奇異な環境と複雑な事件を巧みにおりまぜながら、主人公ハリー青年と妻ジェーンの心理を微妙に、しかもリアルに描いて罪の観念を鋭く追及」した作品だそうだが、未読なのでミステリと呼べる作品なのかは分からない。「雪の上の足跡」はミステリではない。

(2)1970年代の邦訳

  • ルドヴィコ・デンティーチェ (Ludovico Dentice、1925- ??)
    • 『夜の刑事』 (千種堅訳、ハヤカワ・ミステリ1110、1970年5月)
  • カルロ・エミーリオ・ガッダ (Carlo Emilio Gadda、1893-1973)
    • 『メルラーナ街の怖るべき混乱』 (千種堅訳、早川書房『現代イタリアの文学』第1巻に収録、1970年、著者名表記「カルロ・エミリオ・ガッダ」)
      • 新訳 『メルラーナ街の混沌たる殺人事件』 (千種堅訳、水声社、2011年12月、著者名表記「カルロ・エミーリオ・ガッダ」)
  • ジョルジョ・シェルバネンコ (Giorgio Scerbanenco、1911-1969)
    • 『裏切者』 (千種堅訳、『世界ミステリ全集』第12巻[早川書房、1972年]に収録) - 1968年フランス推理小説大賞
  • カルロ・フルッテロ (Carlo Fruttero、1926-2012)& フランコ・ルチェンティーニ (Franco Lucentini、1920-2002)
  • レオナルド・シャーシャ (Leonardo Sciascia、1921-1989)
    • 『権力の朝』 (千種堅訳、新潮社、1976年)
    • 『マヨラナの失踪 : 消えた若き天才物理学者の謎』 (千種堅訳、出帆社、1976年) - 実在の物理学者の失踪事件を元にした小説
    • 『真昼のふくろう』 (竹山博英訳、朝日新聞社、1987年4月) - 「ドイツ語圏のミステリファンが選ぶミステリ・オールタイムベスト119(1990年)」に選出されている
    • 『ちいさなマフィアの話』 (武谷なおみ訳、白水社、1994年11月) - 長編2編収録( 『ちいさなマフィアの話』『人それぞれに』
    • 短編 「マフィア・ウェスタン」 (千種堅訳)(ジェローム・チャーリン編『ニュー・ミステリ ジャンルを越えた世界の作家42人』早川書房、1995年10月、この本での表記は「レオナルド・シャッシャ」)

 ジョルジョ・シェルバネンコはイタリア国産ミステリの父とされる人物。その名は現在、イタリアの公募ミステリ賞の名称にもなっている。レオナルド・シャーシャは1989年に、フルッテロ&ルチェンティーニは1994年にイタリアのレイモンド・チャンドラー賞を受賞している(イタリアのミステリ祭でミステリ作家の生涯の功績に対して贈られる賞)。レオナルド・シャーシャの邦訳はほかに、イタリアの元首相アルド・モーロの誘拐殺害事件の真相を追った『モロ事件 : テロと国家』(千種堅訳、新潮社、1979年4月)がある。
 ガッダの『メルラーナ街の混沌たる殺人事件』はミステリとしては破格だが、イタリアでは「偉大なジャッロ(ミステリ)」と呼ばれているという。ガッダはほかにも非ミステリ作品の邦訳あり。

(3)1980年代の邦訳

  • L・G・ブッファリーニ (ルイージ・グィーディ・ブッファリーニ)(Luigi Guidi Buffarini)
    • 『〈吸血鬼(ピオヴラ)〉の影』 (大久保昭男訳、角川文庫、1985年5月)
  • マルコ・パルマ (Marco Parma、1940- )
    • 『ドレスの下はからっぽ』 (千種堅訳、集英社文庫、1985年8月)
  • ロリアーノ・マッキアヴェッリ (Loriano Macchiavelli、1934- )
    • 『『バラの名前』後日譚』 (谷口勇、ジョヴァンニ・ピアッザ訳、而立書房、1989年6月) - 『薔薇の名前』を踏まえた作品だが、『薔薇の名前』よりも先に邦訳された
  • ジェズアルド・ブファリーノ (Gesualdo Bufalino、1920-1996)
    • 『その夜の嘘』 (千種堅訳、早川書房、1989年7月)

(4)1990年代の邦訳

  • ウンベルト・エーコ (Umberto Eco、1932- 、Wikipedia
    • 『薔薇の名前』 【上下巻】(河島英昭訳、東京創元社、1990年1月) - 1984年アメリカ探偵作家クラブ(MWA)エドガー賞最優秀長編賞ノミネート
      • ほかに小説では 『フーコーの振り子』、『前日島』、『バウドリーノ』が邦訳されている
  • P・フェラーリ (ピヌッチャ・フェラーリ)(Pinuccia Ferrari、1943- )& S・ジャチーニ (ステファーノ・ジャチーニ)(Stefano Jacini、1939- )
    • 『ミラノ殺人事件』 (武田秀一訳、扶桑社ミステリー、1990年11月)
  • レナート・オリヴィエリ (Renato Olivieri、1925-2013)
    • 『呪われた祝日』 (伊知地小枝訳、近代文芸社、1995年1月)
    • 『コドラ事件』 (伊知地小枝訳、近代文芸社、1995年6月)
  • パオロ・マウレンシグ (Paolo Maurensig、1943- )
    • 『復讐のディフェンス』 (鈴木昭裕訳、白水社、1995年1月)
    • 『狂った旋律』 (大久保昭男訳、草思社、1998年12月)
  • アンドレア・カミッレーリ (Andrea Camilleri、1925- )
    • 『モンタルバーノ警部 悲しきバイオリン』 (千種堅訳、ハルキ文庫、1999年12月) - 邦訳はこちらが先だが、発表順&時系列順に従って先に『おやつ泥棒』を読むことをお勧めする
    • 『おやつ泥棒 モンタルバーノ警部』 (千種堅訳、ハルキ文庫、2000年7月)
    • 短編
      • 「モンタルバーノ刑事の元日」 (大條成昭訳、『ミステリマガジン』1999年3月号)
      • 「芸術家肌」 (大條成昭訳、『ミステリマガジン』1999年10月号)
      • 「ふたりのモンタルバーノ」 (大條成昭訳、『ミステリマガジン』2001年2月号)
      • 「匿名の手紙」 (北代美和子訳、『ジャーロ』3号[2001年春号])
      • 「略号」 (北代美和子訳、『ジャーロ』3号[2001年春号])

 アンドレア・カミッレーリは2012年の英国推理作家協会(CWA)インターナショナル・ダガー賞(最優秀翻訳ミステリ賞)受賞者。それ以前にも同賞に4度ノミネートされている。また、2011年にはイタリアのレイモンド・チャンドラー賞を受賞した。
 この時期に邦訳された作品では、ダーチャ・マライーニ(Dacia Maraini、1936- )の 『声』 (大久保昭男訳、中央公論社、1996年)、アントニオ・タブッキ(Antonio Tabucchi、1943-2012)の 『ダマセーノ・モンテイロの失われた首』 (草皆伸子訳、白水社、1999年)もミステリ仕立ての作品だとのこと。

(5)2000年以降の邦訳

※ミステリの周辺領域の作品も一部含みます

  • ニコロ・アンマニーティ (Niccolò Ammaniti、1966- )
    • 『ぼくは怖くない』 (荒瀬ゆみこ訳、ハヤカワepi文庫、2002年12月)
      • ほかの邦訳に『孤独な天使たち』(中山エツコ訳、河出書房新社、2013年2月、著者名表記「ニッコロ・アンマニーティ」)
  • マルチェロ・フォイス (Marcello Fois、1960- )
    • 『弁護士はぶらりと推理する』 (草皆伸子訳、ハヤカワ・ミステリ文庫、2004年1月)
      • 中編(短めの長編)2編収録( 『いかなるときでも心地よきもの』『空から降る血』 ) - 『いかなるときでも心地よきもの』 1998年シェルバネンコ・ミステリ大賞受賞、2003年英国推理作家協会(CWA)エリス・ピーターズ賞ノミネート
  • ジュゼッペ・ジェンナ (Giuseppe Genna、1969- )
    • 『イスマエルの名のもとに』 (荒瀬ゆみこ訳、角川書店、2004年6月)
  • カルロ・ルカレッリ (Carlo Lucarelli、1960- )
    • デルーカの事件簿1 『白紙委任状』 (菅谷誠訳、柏艪舎、2005年1月)
    • デルーカの事件簿2 『混濁の夏』 (菅谷誠訳、柏艪舎、2005年3月)
    • デルーカの事件簿3 『オーケ通り』 (菅谷誠訳、柏艪舎、2005年5月) - 1996年シェルバネンコ・ミステリ大賞
  • ジュゼッペ・ペデリアーリ (Giuseppe Pederiali、1937- )
    • 『霧に消えた約束』 (関口英子訳、二見文庫、2005年4月)
      • ほかに児童書『ぼく、ママのおなかにいたいの…』の邦訳あり
  • アレッサンドロ・ペリッシノット (Alessandro Perissinotto、1964- )
    • 『8017列車』 (菅谷誠訳、柏艪舎、2005年9月)
    • 『僕の検事へ : 逃亡殺人犯と女性検事の40通のメール』 (中村浩子訳、講談社、2007年6月)
  • ジャンリーコ・カロフィーリオ (Gianrico Carofiglio、1961- )
    • 『無意識の証人』 (石橋典子訳、文春文庫、2005年12月)
    • 『眼を閉じて』 (石橋典子訳、文春文庫、2007年2月)
  • マリオ・スペッツィ (Mario Spezi、1945- )
    • 『連続殺人「赤い死神」』 (仲西えり訳、扶桑社ミステリー、2007年2月)
      • ほかにジャーナリストの島村菜津との共著のノンフィクション『フィレンツェ連続殺人』(新潮社、1994年10月)が出版されている
  • ジョルジョ・ファレッティ (Giorgio Faletti、1950-2014)
    • 『僕は、殺す』 【上下巻】(中田文、村上圭輔訳、文春文庫、2007年4月)
  • ルカ・ディ・フルヴィオ (Luca Di Fulvio、1957- )
    • 『ディオニュソスの階段』 【上下巻】(飯田亮介訳、ハヤカワ文庫NV、2007年9月) - 2007年『IN☆POCKET』文庫翻訳ミステリー・ベスト10「作家が選んだベスト10」第10位(2007年11月号)
  • ディエゴ・マラーニ (Diego Marani、1959- )
    • 『通訳』 (橋本勝雄訳、東京創元社、2007年11月)
  • ジュリオ・レオーニ (Giulio Leoni、1951- )
    • 『未完のモザイク』 (鈴木恵訳、二見文庫、2009年2月)
  • エンリコ・ソリト (Enrico Solito、1954- )
    • 『シャーロック・ホームズ 七つの挑戦』 (天野泰明訳、国書刊行会、2009年9月)
  • シルヴァーノ・アゴスティ (Silvano Agosti、1938- )
    • 『罪のスガタ』 (野村雅夫訳、シーライトパブリッシング、2009年11月)
      • ほかの邦訳に『1日3時間しか働かない国』(マガジンハウス)、『見えないものたちの踊り』(シーライトパブリッシング ※オンデマンド出版)がある
  • アンドレア・ヴィターリ (Andrea Vitali、1956- )
    • 『オリーブも含めて』 (久保耕司訳、シーライトパブリッシング、2011年8月)
    • 『レモンの記憶』 (久保耕司訳、シーライトパブリッシング、2012年4月)※オンデマンド出版
      • ほかの邦訳に『ブティックの女』(久保耕司訳、シーライトパブリッシング、2011年10月、オンデマンド出版)がある
  • ドナート・カッリージ (Donato Carrisi、1973- )
    • 『六人目の少女』 (清水由貴子訳、ハヤカワ・ミステリ、2013年1月) - フランス国鉄ミステリ大賞ヨーロッパ部門など受賞
    • 『ローマで消えた女たち』 (清水由貴子訳、ハヤカワ・ミステリ、2014年6月)
  • ルーサー・ブリセット (Luther Blissett)
    • 『Q』 【上下巻】(さとうななこ訳、東京創元社、2014年4月)

◆短編のみ邦訳

  • ラーウラ・グリマルディ (Laura Grimaldi、1928-2012)
    • 「父親と娘」 (千種堅訳)(ジェローム・チャーリン編『ニュー・ミステリ ジャンルを越えた世界の作家42人』早川書房、1995年10月)
  • カルメン・アイレーラ (Carmen Iarrera、1950- )
    • 「助け」 (『ミステリマガジン』1999年3月号)

 『ニュー・ミステリ ジャンルを越えた世界の作家42人』にはほかにイタリアの作品ではレオナルド・シャーシャの「マフィア・ウェスタン」、イタロ・カルヴィーノの「都市と死者」が収録されている(どれも数ページの掌編)。

◆未刊に終わったイタリア古典探偵小説

 未来社の《世界傑作探偵小説集》ではエツィオ・デリコの 『悪魔を見た処女』 (江杉寛[渡辺芳夫]訳、1946年11月)のほか、ジョルジョ・シェルバネンコの 『盲目の人形』 (La bambola cieca)も出版される予定だったがこれは未刊に終わった。
 また、全30巻のラインナップが予告された1947年創刊の《現代欧米探偵小説傑作選集》(オリエント書房)ではイタリア・ミステリが8冊入っていたが、この叢書は第1巻のカルロ・アンダーセン(デンマーク)『遺書の誓い』(遺書の誓ひ)(吉良運平[渡辺芳夫]訳、1947年1月)のみで中絶してしまった。未刊に終わったイタリア・ミステリの8冊は以下の通り。(全30巻の予告ラインナップはこちら

  • エツィオ・デリコ
    • 第9巻 『動物園殺人事件』 (Plenilunio allo Zoo)(1939) - 『ROM』135号(2010年10月31日)にROM氏によるレビュー掲載
    • 第13巻 『犯人なき殺人』 (L'affare Jefferson)(1940)
    • 第14巻 『モレル家の秘密』 (La famiglia Morel)(1938)
  • ジョルジョ・シェルバネンコ
  • アウグスト・デ・アンジェリス(Augusto De Angelis、1888-1944)
    • 第6巻 『宿命のC』 (Il do tragico)(1937) - 『ROM』135号(2010年10月31日)につずみ綾氏によるレビュー掲載
    • 第12巻 『チネチッタ撮影所の怪事件』 (Il mistero di Cinecittà)(1941) - 『ROM』135号(2010年10月31日)にROM氏によるレビュー掲載
    • 第23巻 『三つの蘭花』 (Il mistero delle tre orchidee)(1942) - 『ROM』135号(2010年10月31日)につずみ綾氏によるレビュー掲載

スペイン

(1)戦前の邦訳

  • ペドロ・アントニオ・デ・アラルコン (Pedro Antonio de Alarcón、1833-1891)
    • 短編 「釘」
      • 『世界短篇小説大系 探偵家庭小説篇』近代社、1926年、谷口武訳
      • 博文館 世界探偵小説全集第1巻『古典探偵小説集』、1930年、訳者不明 ← 当サイトで全文公開中

 スペインのミステリ史を扱ったパトリシア・ハート(Patricia Hart)の『The Spanish Sleuth: The Detective in Spanish Fiction』(1987年)によれば、スペイン最初の探偵小説はペドロ・アントニオ・デ・アラルコンが1853年に発表した「釘」(原題 El clavo)だとするのが通説だという(ポーの「モルグ街の殺人」は1841年発表)。
 ほかに、邦訳のある長編 『醜聞』 (1875年)も探偵小説的手法を使った作品だそうだ。岩波文庫版(高橋正武訳、上巻1952年12月、下巻1953年2月)の訳者あとがきから引用する。

 そして、いくぶん探偵小説的な手法を使い――ごく初期の『釘』 El Clavo, 1855 など、短篇のうちで出色のひとつと思いますが、これなんかにも同様な手法が見うけられます――、多少のメロドラマティズムがなくはありませんが、全体の構成を単純に見せながら、実はモザイク的に複雑な事件を組みあわせて、これを自然に展開し、激しい場面をつぎつぎと連続させていきます。

 引用中では「釘」の初出が1855年となっているが、岩波文庫版『醜聞』下巻に収録された「ペドロ・デ・アラルコン略年譜」では1853年の作品とされているので、ここで1855年となっているのは誤植だろう。ペドロ・アントニオ・デ・アラルコンは「釘」や『醜聞』以外にも邦訳が何作品かある。『新青年』1928年新春増刊号(9巻3号)掲載の短編「二種の栄光」はルーベンスを扱った宗教的小話で探偵小説ではない。その他の邦訳作品の中に探偵小説(的な作品)があるかどうかは未調査。

 では、イタリア最初の探偵小説はなんなのだろうか。ネット上をざっと見てみると、以前はエミリオ・デ・マルキ(Emilio De Marchi、1851-1901)の1887年の作品『司祭の帽子』(Il cappello del prete)がそうだとみなされていたようだが、ミステリ作家のマッシモ・シヴィエロ(Massimo Siviero、1942- )は、フランチェスコ・マストリアーニ(Francesco Mastriani、1819-1891)の1852年の作品『私の死体』(Il mio cadavere)こそがイタリア最初の探偵小説だという説を提出したらしい。こちらの説が一般にどれほど受け入れられているのかは分からない。

(2)1980年代の邦訳

  • ガルシア・パボン (García Pavón、1919-1989)
    • 『雨の七日間』 (中平紀子、高井清仁訳、西和書林、1984年5月)
  • マヌエル・バスケス・モンタルバン (Manuel Vázquez Montalbán、1939-2003)
    • 《私立探偵カルバイヨ》シリーズ
      • 『楽園を求めた男』 (田部武光訳、創元推理文庫、1985年8月) - 1981年フランス推理小説大賞、1992年スウェーデン推理作家アカデミー最優秀翻訳ミステリ賞
      • 『中央委員会殺人事件』 (柴田純子訳、西和書林、1985年11月、著者名表記「マヌエル・バースケス・モンタルバン」) - 1986年ドイツ・ミステリ大賞第3位
      • 『死の谷を歩む男』 (田部武光訳、創元推理文庫、1986年4月)
      • 長編の一部分のみ翻訳 「刺青(いれずみ)」 (市川秋子訳、『ジャーロ』8号[2002年夏号])

 ガルシア・パボンはほかに非ミステリの短編「透明の世界」(東谷穎人編訳『笑いの騎士団 スペイン・ユーモア文学傑作選』、白水社、1996年7月)が日本語で読める。マヌエル・バスケス・モンタルバンの邦訳はほかに短編「少年と犬」(芹沢恵訳)(ジェローム・チャーリン編『ニュー・ミステリ ジャンルを越えた世界の作家42人』早川書房、1995年10月)がある。

 ガルシア・パボンの出身地であるトメジョーソ市(Tomelloso)はガルシア・パボンの名を冠した長編ミステリの公募賞「ガルシア・パボン賞」を主催している。毎年7月に受賞作が発表され、10月に出版される。
 バルセロナのミステリ祭《BCNegra》では2006年から、モンタルバンの生んだ私立探偵の名を冠した「ペペ・カルバイヨ賞」が毎年授与されている。国内外のミステリ作家の生涯の業績に対して贈られるもので、日本で知られた作家ではヘニング・マンケルやP・D・ジェイムズ、マイクル・コナリー、イアン・ランキンらが受賞。今年(2013年)の受賞者はスウェーデンのマイ・シューヴァル。スペインの作家ではフランシスコ・ゴンサレス・レデスマとアンドレウ・マルティンが受賞しているが、2人とも邦訳がない。

(3)1990年代以降の邦訳

※ミステリの周辺領域の作品も一部含みます

  • アルトゥーロ・ペレス・レベルテ (Arturo Pérez-Reverte、1951- )
    • 『フランドルの呪画(のろいえ)』 (佐宗鈴夫訳、集英社、1995年10月 / 集英社文庫、2001年5月) - 1993年フランス推理小説大賞
    • 『呪(のろい)のデュマ倶楽部』 (大熊栄訳、集英社、1996年11月) - 映画化に合わせて 『ナインスゲート』 に改題して文庫化(集英社文庫、2000年4月) - 1995年デンマーク推理作家アカデミー パレ・ローゼンクランツ賞(国内外最優秀長編賞)、1999年フィンランド・ミステリ協会外国推理作家賞
    • 『サンタ・クルスの真珠』 (佐宗鈴夫訳、集英社、2002年10月)
    • 『ジブラルタルの女王』 【上下巻】(喜須海理子訳、二見文庫、2007年8月)
    • 『戦場の画家』 (木村裕美訳、集英社文庫、2009年2月)
  • ハビエル・マリアス (Javier Marías、1951- )
    • 『白い心臓』 (有本紀明訳、講談社、2001年10月)
  • ホセ・カルロス・ソモサ (José Carlos Somoza、1959- )
    • 『イデアの洞窟』 (風間賢二訳、文藝春秋、2004年7月) - 2002年英国推理作家協会(CWA)ゴールドダガー賞(最優秀長編賞)、2005本格ミステリ・ベスト10第7位
    • 『Zig Zag(ジグザグ)』 (宮崎真紀、山田美明訳、エンターブレイン、2007年11月、著者名表記「ホセ・カルロス・ソモザ」)
  • フリア・ナバロ (Julia Navarro、1953- )
    • 『聖骸布血盟』 (白川貴子訳、ランダムハウス講談社、2005年9月)
  • フアン・ボニージャ (Juan Bonilla、1966- )
    • 『パズルの迷宮』 (碇順治 監訳、沢村凛、ITT訳、朝日出版社、2005年11月)
  • カルロス・ルイス・サフォン (Carlos Ruiz Zafón、1964- )
    • 『風の影』 【上下巻】(木村裕美訳、集英社文庫、2006年7月) - 『このミステリーがすごい!』2007年版 第4位
    • 『天使のゲーム』 【上下巻】(木村裕美訳、集英社文庫、2012年7月) - 『このミステリーがすごい!』2013年版 第9位
  • サンティアーゴ・パハーレス (Santiago Pajares、1979- )
    • 『螺旋』 (木村榮一訳、ヴィレッジブックス、2010年2月)
    • 『キャンバス』 (木村榮一訳、ヴィレッジブックス、2011年12月)
  • イルデフォンソ・ファルコネス (Ildefonso Falcones、1959- )
    • 『海のカテドラル』 (木村裕美訳、RHブックス・プラス、武田ランダムハウスジャパン、2010年5月)
  • エステバン・マルティン (Esteban Martín、1956- )& アンドレウ・カランサ (Andreu Carranza、1957- )
    • 『ガウディの鍵』 (木村裕美訳、集英社文庫、2013年10月)
  • トニ・ヒル (Toni Hill、1966- )
    • 『壊れた玩具たちの夏』 (宮崎真紀訳、集英社文庫、2014年9月◆予定)

関連書籍

 スペインのSF小説、フェリクス・J・パルマ 『時の地図』 【上下巻】(宮崎真紀訳、ハヤカワ文庫NV、2010年10月)は『IN☆POCKET』2011年11月号の「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」で第7位。続編の 『宙(そら)の地図』 【上下巻】(宮崎真紀訳、ハヤカワ文庫NV、2012年11月)も刊行されている。

 フランシスコ・アヤラ『仔羊の頭』(松本健二、丸田千花子訳、現代企画室、2011年3月)に収録の短編「言伝(メンサヘ)」はミステリの手法を使った作品だという(参照:逢坂剛による書評「スペイン内戦の悲惨  鋭く描く」朝日新聞2011年5月29日)。

スペインの非スペイン語ミステリ

 スペインではいわゆる「スペイン語」だけが使用されているわけではない。スペイン語(カスティーリャ語)はスペイン全域の公用語となっているが、それ以外にも、スペイン語によく似た言語であるカタルーニャ語とガリシア語、そしてスペイン語とはまったく系統の異なる言語であるバスク語などが地方の公用語となっている。そして地方公用語であるカタルーニャ語やガリシア語でもミステリが書かれている(バスク語で書かれたミステリもおそらくあるだろう)。
 カタルーニャ語で書くミステリ作家の作品の邦訳は、 マリア・アントニア・オリベール (Maria Antònia Oliver、1946- )の短編 「どこにいるの、モニカ」 (サラ・パレツキー編『ウーマンズ・アイ』下巻、ハヤカワ・ミステリ文庫、1992年9月)がある。この邦訳書での著者名表記はマリア・アントニア・オリヴァー。

ポルトガル

  • ルイス・ミゲル・ローシャ (Luís Miguel Rocha、1976- )
    • 『P2』 【上下巻】(木村裕美訳、新潮文庫、2010年6月)

 『P2』は、「『ダ・ヴィンチ・コード』をも凌ぐ迫力。ヴァチカン、そしてフリーメーソンを侵蝕する闇の勢力。世界が震撼した歴史的大事件の真実を暴く!」という作品(新潮社公式サイト 書籍紹介ページより)。
 また、ノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの 『複製された男』 (阿部孝次訳、彩流社、2012年10月)は、出版社の紹介文によれば「孤独な現代人の苦悩とアイデンティティの危機をミステリー仕立てで描いた」作品。

ギリシャ

  • アンドニス・サマラキス (Αντώνης Σαμαράκης、1919-2003)
    • 『きず』 (小池滋訳、筑摩書房 世界ロマン文庫18、1970年 / 改装版 筑摩書房 世界ロマン文庫3、1977年12月 / 創元推理文庫、1987年10月)

 『きず』は1970年のフランス推理小説大賞(翻訳作品部門)受賞作。
 ギリシャのミステリとしてはほかに、ソポクレスの 『オイディプス王』 を挙げてもいいかもしれない。紀元前の作品だが、この作品はミステリの源流と見られることもあり、フランスのミステリ叢書《セリ・ノワール》に収録されていたりもする。邦訳は岩波文庫(藤沢令夫訳)など。


更新履歴
  • 2013年6月17日:イタリア最初の探偵小説についての記述を追加。ポルトガル、ジョゼ・サラマーゴ『複製された男』追加。
  • 2013年6月23日:スペイン、ペドロ・アントニオ・デ・アラルコン『醜聞』について追加。
  • 2014年8月11日:スペイン、ハビエル・マリアス『白い心臓』(邦訳2001年10月)、イルデフォンソ・ファルコネス『海のカテドラル』(邦訳2010年5月)追加。


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