シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(番外編) 明智小五郎


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2012年12月21日

 「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち」では、『クイーンの定員』からオーストリアのシャーロック・ホームズこと 探偵ダゴベルト (#44)、メキシコのアルセーヌ・ルパンこと マキシモ・ロルダン (#102)を紹介した。『クイーンの定員』は、実は日本のある探偵にも言及している。江戸川乱歩が創造した 明智小五郎 である。このページでは「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち」の番外編として、明智小五郎物の英訳状況を紹介する。

Index

第一章 『クイーンの定員』の江戸川乱歩および明智小五郎への言及

(1-1)クイーンの定員 #71.5 江戸川乱歩『心理試験』(1925年刊)

 1951年刊行のエラリー・クイーン『クイーンの定員』(Queen's Quorum)は、エラリー・クイーンが古今東西のミステリ短編集から歴史的意義などを基準に名著106冊を選び、刊行年順に紹介したものである。1969年に刊行された増補版では1951年~1967年の19冊が追加され、全125冊が紹介されている。ほとんどが英語圏のものだが、8冊だけ非英語圏作家の短編集が選出されている。フランス語圏から5冊、ドイツ語圏から1冊、スペイン語圏から2冊である(「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(6) ラテンアメリカ編」でこの8冊の一覧を示した)。

 『クイーンの定員』の邦訳(小鷹信光氏の訳で『EQ』1981年1月号~1982年3月号に連載・全訳)を読みながら、もし日本から選ばれていたとしたら何だっただろう、やっぱり岡本綺堂の『半七捕物帳』とか、江戸川乱歩の短編集だろうか――とつらつらと考えていたら、『クイーンの定員』自体に江戸川乱歩の短編集についての記述が出てきて仰天した。『クイーンの定員』が乱歩に言及しているということは、乱歩のエッセイを読んでいる人ならわりと知っていることだと思うが(たとえば『探偵小説四十年』や『わが夢と真実』にこのことへの言及がある)、私は乱歩のエッセイは拾い読みしかしたことがなかったので、そんなことはまったく知らなかったのである。あるいはもしかしたら該当箇所を読んだこともあったかもしれないが、そうだとしても今まで『クイーンの定員』というものを気にしたことがなかったので、すっかり頭から抜け落ちていたのである。

エラリー・クイーン『クイーンの定員』より引用(小鷹信光訳、光文社『EQ』1981年9月号)
 一九二五年には日本の探偵作家の長老である江戸川乱歩(平井太郎の筆名)が初めての著作―― 明智小五郎探偵の物語『心理試験』 (春陽堂、東京、一九二五年刊)を刊行した。乱歩は日本におけるミステリー作家中、最も寡作なひとりではあるが、すでに長短とりまぜて三十冊余の著作と、六冊もの探偵小説評論を公にしている。代表的な短編集としては、ほかに『柘榴』や Mystery and Imagination がある。江戸川乱歩という名を大きく、繰り返し日本語で口にしていると、しだいに耳慣れたものに近づいてゆくだろう。それもそのはず、実は日本式に発音したエドガー・アラン・ポーを逐語的に置き換えたものなのだ。

 原文も引用しておく。

Ellery Queen, Queen's Quorum, Biblo & Tannen Publishers, 1969, pp.77-78(Googleブックス
In 1925 Edogawa Rampo (pseudonym of Taro Hirai), dean of Japanese detective-story writers, published his first book――THE PSYCHOLOGICAL TEST AND OTHER STORIES (Tokyo: Shunyo-Do, 1925), about detective Kogoro Akechi. Although one of the least prolific of contemporary mystery writers in Japan, Rampo has already produced more than thirty full-length books, containing novels, novelettes, and short stories, and half a dozen volumes of detective-story criticism. Other representative titles, among his short-story collections, are FRUITS OF POMEGRANATE (Tokyo: Ryukoo Shoin, 1935) and MYSTERY AND IMAGINATION (Tokyo: Hanga-Soo, 1937). If you say the name Edogawa Rampo aloud, and keep repeating it, the name will seem to grow more and more familiar: and it should, because it is a verbal translation of the Japanese pronunciation of Edgar Allan Poe.

(1-2)乱歩の短編集の紹介が『クイーンの定員』(1951年)に載った経緯

 『クイーンの定員』が最初に単行本として刊行されたのは1951年だが、その原型となるリストは1948年刊のエラリー・クイーン編のアンソロジー"Twentieth Century Detective Stories"(二十世紀探偵小説)で発表されていた。このときはまだ乱歩への言及はない。乱歩の短編集の紹介は1951年の単行本版で付け加えられたのである。
 『クイーンの定員』でタイトルが示されている乱歩の短編集は以下の3冊である。

  • THE PSYCHOLOGICAL TEST AND OTHER STORIES - 『心理試験』(春陽堂、1925年7月) - 乱歩の最初の著書
  • FRUITS OF POMEGRANATE - 『石榴』(柳香書院、1935年)
  • MYSTERY AND IMAGINATION - 『幻想と怪奇』(版画荘、1937年)

 この3冊の収録内容はあとで紹介する。これらは残念ながらクイーンが選んだ「106冊」の中に入ったわけではなく、1924年刊のアガサ・クリスティー『ポワロの事件簿1』(#71)と、1925年刊のエドガー・ウォーレス"The Mind of Mr. J. G. Reeder"(J・G・リーダー氏の心)(#72)の間で紹介されている。乱歩だけが特別ということではなく、このような形で取り上げられている作家はほかにも複数いる。(「#71.5」というのは当ページが勝手に書いていることであって、『クイーンの定員』で乱歩の『心理試験』に対してこのような数字が振られているわけではない)

 乱歩の短編集についての紹介が『クイーンの定員』に載った経緯は、乱歩の随筆「「クイーンの定員」その他」(『宝石』1951年12月号/随筆集『わが夢と真実』収録)に詳しい。それによれば、乱歩は終戦直後からクイーンに手紙を送っていたが、うまく届かなかったのかなかなか返事が来ず、1950年の春になってやっと初めて返事をもらった。返事をくれたのは2人のクイーンのうち、フレデリック・ダネイの方だった。その後の経緯を引用する。

江戸川乱歩「「クイーンの定員」その他」より(光文社文庫江戸川乱歩全集版『わが夢と真実』p.258-259)
 それから数カ月にわたって、五、六回手紙の往復をつづけたが、クイーンの方では、日本の探偵小説なんて全く知らないわけだから、私は涙香以来、小栗虫太郎、木々高太郎に至る、日本探偵小説略史のようなものを書いて送り、私の初期の短篇集三冊と、私が編纂した春秋社版の「日本探偵小説傑作集」に英文の註をつけて、クイーンに贈呈した。又、ジェームス・ハリス君が英訳した私の短篇小説五、六篇を送って、そのうちのどれかをEQMMにのせてくれとも云ってやった。
 私の短篇は、地の文の長い、非行動的文体なので、現在のアメリカの目で見れば、まことに古めかしいものに相違なく、クイーンはどうも感心しなかったらしい。一言の批評も書いて来ない。本当に読んでくれたのかどうかと怪しまれるほどである。しかし、書誌学者のダネー君は、日本にも探偵小説があるということには、一応興味を持ったらしく、 次に出版する短篇書誌の本には、君のことものせたいから、初版本の発行所や年度を知らせてくれと云って来た 《後略》

 そして、1951年9月下旬にはエラリー・クイーンから乱歩のもとに、『Queen's Quorum』(クイーンの定員)が献辞付きで届く。

江戸川乱歩「「クイーンの定員」その他」より(光文社文庫江戸川乱歩全集版『わが夢と真実』p.263-264)
 この「クイーンの定員」を読んでいたところ、「第一期現代」の章のクリスティーの解説のあとに、行をかえて、突如として、私のことが紹介してあった。ここで、クイーンは昨年の手紙による約束を果たしたわけである。その部分を原文のまま記しておく。
《引用部分略》
 そして、私のすぐあとには、ウォーレスがつづいている。(もっと)も私のは百六冊の名作定員に加わっているわけでなく、番号なしの挿入文なのだが、こういう取扱いを受けている例は、ほかにも沢山あり、その中にはヒュー・ウォルポール、ダンセイニ、ベン・ヘクト、ピエール・ヴェリーなども散見する。

 なお乱歩(と高木彬光)は1952年にアメリカ探偵作家クラブ(MWA)の国外会員になっている。

 クイーンがもう少し早く、1948年の原型のリストを発表する前に乱歩のことを知っていたら、ひょっとしたら乱歩の短編集が「クイーンの定員」に加わっていたかもしれない……と乱歩ファンとしては考えたくなってしまうが、クイーンの乱歩作品に対する評価と「クイーンの定員」の性質を考えるとそれは難しかっただろう。

 「クイーンの定員」は歴史的重要性(Historical Significance)、文体とプロットの独創性における質的価値(Quality)、初版の稀覯本としての希少価値(Rarity)の3つが選出基準となっており、それぞれの短編集はどれが選出理由なのかが「H」「Q」「R」のイニシャルで明示されている(選出理由は一つとは限らない) *注 。選ばれた106冊のうち、古い短編集については「Q」が付されていないものが散見される。つまり、ある程度古い作品については、クイーンがその質を必ずしも評価していなくても、歴史的重要性や希少価値を理由に定員に加えているのである。しかし時代が下ってくると「Q」が付されていない短編集は少なくなっていく。新しい作品については、クイーンは質を重視した選考をしているのである。
 乱歩の『心理試験』は1925年の刊行だが、「クイーンの定員」の1921年以降の短編集で「Q」が付されていない短編集は1冊もない。そして1921年~1930年の「第一期現代」の短編集を選ぶ際にはそれまでと違って「質」を重視したということが明記されている。江戸川乱歩の初の著書である短編集『心理試験』は希少価値は申し分ないし、英米から遠く離れた極東の国の記念碑的な短編集であるから歴史的意義も大きいといえる(クイーンがそれをどれぐらい重視したかは別にして)。ただ、乱歩のエッセイによればクイーンは乱歩の作品をあまり高くは評価していなかったようなので、仮に1948年の段階で短編集『心理試験』の存在を知っておりその英訳を読んでいたとしても、この短編集に「Q」の評価は与えなかっただろう。そうすると、短編集『心理試験』がもしかしたら「クイーンの定員」に選ばれていたかもしれないと考えるのも、残念ながらあまり現実的ではない。

  • :「R」(Rarity)の評価をつけるほどの希少価値はないが入手困難である本については「S」(Scarcity)の評価がつけられる。また、当然ではあるが「H」(歴史的重要性)の評価はすべての本に付されているので、「クイーンの定員」に選出された106冊は実質的には質的価値に関しての二段階評価「Q/φ」と、希少価値に関する三段階評価「R/S/φ」を掛けあわせた6パターンの分類になっている。総計が1冊足りないのは、クイーン自身の作品である#90『エラリー・クイーンの冒険』には評価が付されていないからである。
R S φ 合計
Q HQR 35冊 HQS 35冊 HQ 10冊 80冊
φ HR 18冊 HS 5冊 H 2冊 25冊
合計 53冊 40冊 12冊 105冊

(1-3)『クイーンの定員』で言及されている乱歩の3冊の短編集

 『クイーンの定員』で言及されている短編集『心理試験』(1925年)の収録作は以下の通り。それぞれの短編の英訳があるかどうかも一緒に示す。

『心理試験』 (春陽堂、1925年7月) / The Psychological Test and Other Stories (Tokyo: Shunyo-Do, 1925)
Original Title Romanized Title Year English Translation
二銭銅貨 Nisen Doka 1923 The Two-Sen Copper Coin
D坂の殺人事件 D-zaka no Satsujin Jiken 1925 The Case of the Murder on D. Hill
黒手組 Kurote Gumi 1925 The Black Hand Gang
心理試験 Shinri Shiken 1925 The Psychological Test
一枚の切符 Ichimai no Kippu 1923
二癈人 Ni Haijin 1924 Two Crippled Men
双生児 Soseiji 1924 The Twins
日記帳 Nikkicho 1925
算盤が恋を語る話 Soroban ga Koi o Kataru Hanashi 1925
恐ろしき錯誤 Osoroshiki Sakugo 1923
赤い部屋 Akai Heya 1925 The Red Chamber
★=明智小五郎登場作品

 これは乱歩の最初の著書で、デビュー作の「二銭銅貨」から、『新青年』1925年4月号掲載の「赤い部屋」までの短編11編をすべて収録したものである。『クイーンの定員』では「明智小五郎探偵の物語『心理試験』」(THE PSYCHOLOGICAL TEST AND OTHER STORIES, about detective Kogoro Akechi)と紹介されていたが、収録作のうち明智小五郎が登場するのは3編のみである。この3編のうち、「D坂の殺人事件」、「黒手組」はいまだに英訳がない(明智小五郎登場作品の英訳状況については後述)【2014年12月追記:「D坂の殺人事件」と「黒手組」は2014年11月に英訳された】。

 あとの2冊についても、収録作と英訳の有無を示しておく。

『石榴』 (柳香書院、1935年) / Fruits of Pomegranate (Tokyo: Ryukoo Shoin, 1935)
Original Title Romanized Title Year English Translation
石榴 Zakuro 1934
陰獣 Inju 1928 Beast in the Shadows
心理試験 Shinri Shiken 1925 The Psychological Test

『幻想と怪奇』 (版画荘、1937年) / Mystery and Imagination (Tokyo: Hanga-Soo, 1937)
Original Title Romanized Title Year English Translation
押絵と旅する男 Oshie to Tabisuru Otoko 1929 The Traveler with the Pasted Rag Picture / The Man Traveling with the Brocade Portrait
鏡地獄 Kagami Jigoku 1926 The Hell of Mirrors
人間椅子 Ningen Isu 1925 The Human Chair
屋根裏の散歩者 Yaneura no Sanposha 1925 The Stalker in the Attic
白昼夢 hakuchumu 1925 The Daydream
双生児 Soseiji 1924 The Twins
人でなしの恋 Hitodenashi no Koi 1926
火星の運河 Kasei no Unga 1926 The Martian Canals
Mushi 1929
★=明智小五郎登場作品

第二章 明智小五郎の英語圏での受容

(2-1)英字紙で明智小五郎が紹介される(1952年)

 江戸川乱歩の『探偵小説四十年』を読んでいると、米軍機関紙『星条旗』の1952年12月24日の紙面で明智小五郎が「 日本のシャーロック・ホームズ 」として紹介されたとの記述があった(光文社文庫江戸川乱歩全集第29巻、p.433)。早速実際の紙面を確認してみた。

Pacific Stars and Stripes 1952年12月24日、7面 「Nippon's ‘Whodunit’ Ace Rivals / Exploits Of Fictional Crime Solvers」
 Detective fiction readers in the United States have their Mike Hammer, In England, Sherlock Holmes in all the rage. And in Japan, a shrewd detective named Kagoro(ママ) Akechi plays the role of the nation's champion detective.
《中略》
 This hero of the Japanese mysteries is the product of the imagination of Taro Harai(ママ), or Edogawa Rampo, as he is better known to his reading public.
《中略》
 In all the stories, Akechi works with smoothness of operation that would make most “private eyes” green with envy. The best part of the detective's makeup is that he doesn't have to get thumped on the head or bang up his hands on the villain's jaw. Instead, he depends upon his quick wit and brilliant deduction to bring a culprit to justice.

 アメリカにマイク・ハマー、イギリスにシャーロック・ホームズがいるように、日本には明智小五郎がいる、という内容である。乱歩の本名であるヒライ・タローがハライ・タロー、アケチ・コゴローがアケチ・カゴローと誤植されている。「日本のシャーロック・ホームズ」という形容自体はこの記事には出てこない。明智小五郎はほかの探偵たちが嫉妬するほどの手際の良さで行動し、拳で悪党を倒すタイプの探偵ではなく、知性と推理を武器にする探偵だと紹介されている。記事の見出しは「Rivals」となっているが、紹介されているのは明智小五郎だけである。なお、乱歩の初の英訳短編集が出るのは1956年であり、この記事が出た時点では英語圏の読者たちはまだ明智小五郎の活躍を読むことは出来なかった。

(2-2)「心理試験」の英訳(1956年)

 1956年には、江戸川乱歩の初の英訳短編集『Japanese Tales of Mystery & Imagination』がタトル商会から出版された。英訳を担当したのは、1948年から1950年代初頭にかけて日本で探偵作家として活躍したジェームス・ハリス(1916-2004)である。収録作は下記の9編。

  • 「人間椅子」、「心理試験」、「芋虫」、「断崖」、「鏡地獄」、「双生児」、「赤い部屋」、「二癈人」、「押絵と旅する男」

 このうち明智小五郎登場作品は「心理試験」の1編である。出版の経緯などは後述するが、収録作は乱歩が選んだものであり、訳文にも乱歩がすべて目を通している。乱歩が書き残しているところによると(『探偵小説四十年』昭和三十一年の「英訳短篇集」の節)、この本が出版されると先に触れた米軍機関紙『星条旗』やその他の日本の英字紙に好意的な書評が載ったほか、アメリカの書評誌『土曜評論』と新聞『ロサンゼルス・タイムズ』にも書評が載ったそうだ。とはいえ、「多少の書評など受けても、まだ向こうで知られるというには程遠い」と乱歩は書いている。

 収録作9編のうち「人間椅子」はアメリカ探偵作家クラブ(MWA)の1961年刊のアンソロジー『Tales for a Rainy Night』に収録された。『Japanese Tales of Mystery & Imagination』はその後も版を重ね(私が持っているのは2000年の23刷)、2012年5月には同出版社からPatricia Welchによる新たな序文を付した新版が出版されている(現物未確認)。

 「クイーンの定員」の1969年版の増補分(1951年~1967年の17冊)では、この期間にアメリカオリジナル編纂で出版された非英語圏作家の短編集が採用されたりもしている(#118 ジョルジュ・シムノン『メグレ警視の小事件簿』)。だから、乱歩のこの英訳短編集も1956年刊の短編集として「クイーンの定員」の増補分に入る資格は充分にあったわけだが、残念ながら選ばれてはいない。ちなみに、1956年刊の短編集で「クイーンの定員」に選ばれたのは、スタンリイ・エリンの『特別料理』と、エヴァン・ハンター(エド・マクベイン)の『ジャングル・キッド』である(どちらも邦訳あり)。

◆「言葉の連想反応実験による犯人の指摘」

 さて、9編の収録作のうち唯一の明智小五郎登場作である「心理試験」(1925年発表)は好きな短編なので、英訳が出た当時英語圏でどのように評価されたのか気になるが、そこで思い出されるのがヴァン・ダインの二十則(1928年発表)である。ヴァン・ダインはこの第20則で、ミステリにおいてすでに使い古された手法をいくつか挙げ、それを使用した場合は「作者の無能と独創性の欠如を告白」しているものとみなすとしている。そこで挙げられているものの一つに、「言葉の連想反応実験による犯人の指摘」(原文 The word association test for guilt)がある。乱歩の「心理試験」はその使い方にひねりを加えているとはいえ、そのタイトル通り、言葉の連想反応実験をメインに据えた作品である。当時の英語圏のミステリファンは乱歩の「心理試験」を読んでも、使い古された手法の作品としか思わなかったかもしれない。

 ヴァン・ダインは二十則の前年に発表した「推理小説論」でも、「有罪かどうかを験すために《心理的》言葉の連想を利用」するなどの使い古された手法を用いた作家は、「読者の愛情はおろか、尊敬を要求する権利はないだろう」とまで書いている。なお、ここでこの種の作品の前例として挙げられているのは以下の2編である。

  • アーサー・B・リーヴ「科学的泥棒」(Arthur B. Reeve "The Scientific Cracksman")
    • クイーンの定員#49『The Silent Bullet』(1912年)に収録
    • 「アメリカのホームズ」とも呼ばれた科学探偵クレイグ・ケネディ教授(Professor Craig Kennedy)物の1編
  • アーネスト・M・ポート『錠がおりた扉』(Ernest M. Poate "Behind Locked Doors")
    • 『Street & Smith's Detective Story Magazine』1919年1月7日号~2月4日号、全5回連載、1923年に同題で単行本化(情報源
    • ベンティロン博士(Dr. Bentiron)物の1編、ベンティロン博士初登場作品

 どちらもぜひ読んでみたいものだが、邦訳はなさそうである。なお、クレイグ・ケネディ教授やベンティロン博士のようになにか肩書きがあった方がいいと乱歩が思ったのか、この英訳版の「心理試験」では明智小五郎は探偵の「Dr. Akechi」として登場する。もちろん、「Dr.」に対応する単語は原文では使われていない(改めて書いておくと、この英訳は英語が読めた乱歩が目を通し、訳者と直接会って話し合いながら何度も修正し、OKを出したものである)。

※ヴァン・ダインの二十則および「推理小説論」の引用はどちらも井上勇訳、創元推理文庫のヴァン・ダイン『ウインター殺人事件』巻末に収録。
※英訳版で明智小五郎が「Dr.」になっているというのは、以前にTwitter上で芦辺拓先生に教えていただきました。

(2-3)その後の明智小五郎登場作品の英訳状況

  • 1956年:短編「心理試験」
  • 2006年:長編『黒蜥蜴』
  • 2008年:短編「屋根裏の散歩者」
  • 2012年:少年向け長編『怪人二十面相』
    • (1988年:少年向け長編『少年探偵団』※講談社英語文庫。国内の英語学習者向けの本。海外では流通していない)

 現在までに英訳されているのはこれだけである。国内向けの講談社英語文庫版を無視すると、「心理試験」の次の英訳は実にその50年後ということになる。なおこの間、ほかの乱歩作品も一切英訳されていない。

【2014年12月12日追記】
  • 2014年11月、明智小五郎物の英訳作品集『The Early Cases of Akechi Kogoro(明智小五郎の初期事件簿)』が発売になった。収録内容は短編「D坂の殺人事件」、「黒手組」、「幽霊」、長編『一寸法師』。

第三章 乱歩初の英訳短編集(ジェームス・ハリス訳、1956年刊)

(3-1)出版の経緯と特殊な翻訳手法

 「心理試験」が収録された1956年の英訳短編集『Japanese Tales of Mystery & Imagination』についてもう少し詳しく書いておく。出版までの経緯を乱歩がエッセイで書いているので、それを引用する。

江戸川乱歩『探偵小説四十年』昭和三十一年の「英訳短篇集」の節より
 私は英米で探偵小説を発表してみたいという考えは、学生時代から持っていた(大学を出てアメリカ渡航を考えたこと)。
《中略》
 戦後はクイーンなんかと文通するようになり、日本にエドガー・アラン・ポーをもじった筆名の作家がいるというので、クイーンの著書やニューヨーク・タイムズ・ブック・レヴューなどにも載り、名前だけはちょっと知られたのだが、作品には及ばなかった。
 私は英文の手紙がうまく書けないので、ジェームス・ハリス君に週一度ずつ家へ来てもらい、手紙の原稿をためておいて、英訳をタイプしてもらっていたのだが、やがて、手紙をそんなに書かなくなり、時間が余ってきたので、私の短篇を訳してもらうことにした。そして、長い間かかって九篇の訳が完了した。それを昭和三十年【正しくは昭和三十一年】四月に、タトル商会が出版してくれたのである。それは、 Japanese Tales of Mystery and Imagination という題で、並製本はPXで日本在住の外人、軍人などに売り、特製本はアメリカのタトル商会から同国の小売屋へ卸すというやり方であった。

◆探偵作家としてのジェームス・ハリス

 英訳を担当したジェームス・ハリス(1916-2004)は、戦後の日本で探偵作家として活躍した人物。神戸市生まれで、父はイギリス人、母は日本人。少年期はアメリカで過ごした。1948年に日本で探偵作家デビューし、1949年には雑誌発表した探偵小説を集めた短編集『禁断の実』(龍口直太郎訳、文京出版、1949年4月30日発行)を上梓している。表題作の「禁断の実」は、フランク・アダムという名の死刑囚が死刑の前日に、自分と林檎との忌まわしい因縁を看守に語るという短編である。家族の続けざまの不幸な死に、因縁のようにからみつく林檎。そして彼自身もまた、「林檎の呪い」によってこうして死刑囚となるにいたったのだった。なかなかスリリングな語り口の作品である。
 探偵作家クラブ(現・日本推理作家協会)会報の1950年1月号を見ると、新入会員のところにジェームス・ハリスの名が見られる。『新潮』1950年4月号(『小説新潮』ではなく)は探偵小説特集を組んだが、掲載された短編小説6編のなかにはジェームス・ハリスの「冬の魔術」(龍口直太郎訳)もあった。この作品について乱歩は以下のように書いている。

江戸川乱歩『探偵小説四十年』昭和二十五年の「「新潮」の探小特集号」の節より
 ハリス君は私の短篇集の英訳者だが、このころは「譚海」という通俗雑誌によくスリラー小説を書いていた。日本文は全く書けないので、英文で書いたものを編集部で抄訳してのせるというやり方で、ハリス君はいつも不満を漏らしていた。しかし、この「新潮」にのった短篇は竜口直太郎氏の訳で、しっかりしたものであった。原作もウィットのある軽い本格もので、EQMMにのりそうな作品であった。のちに、ハリス君はこの原文を、EQMMのコンテストに送ったが、やや好評ではあったけれども、入選作とはならなかった。

 「冬の魔術」では、かねてから妻に不満をもっていた夫のジョン・ギブソンがついにその殺害を決意する。宿泊中のホテルの部屋での毒殺を企むが、自分に疑いが掛かることは避けねばならない。そしてギブソンは妙案を思い付く。妻に毒を飲ませたあと、妻が助からないぎりぎりのタイミングを見計らって、「妻が自分で毒を飲んだ」といって、医師を呼びに行くのである。取り乱した様子で医師を呼んだ人物がまさか毒を盛った張本人だとは誰も思うまい。しかしこの策略の成功のためには、医師を呼ぶために自分が部屋を出たあと、妻が最後の力を振り絞って真実を書き残すようなことがあってはならない。筆記用具を隠すのは勿論のこと、床に爪で文字を書くようなことも絶対に防がなくてはならない。ギブソンは細心の注意を払って準備を終え、計画を実行に移す。果たしてギブソンの企みは上手くいくのだろうか――という話である。
 ジェームス・ハリスはデビューして3、4年ほどは旺盛な執筆活動を見せていたが、その後は旺文社の社員として働くようになり、小説は書かなくなってしまったようである。また、私はその世代ではないのでよく知らないのだが、1950年代から1990年代まではラジオの英語講座の講師などとしても活躍し、広く一般に名が知られていたようである。J・B・ハリス名義で大学受験用の英語参考書の執筆などにも関わっている。1985年には日本英語教育協会からJ・B・ハリス名義の『英語で読む書き下ろしサスペンス・ストーリー (1) フランケンシュタインの仮面』、『英語で読む書き下ろしサスペンス・ストーリー (5) 復讐への道』が刊行されているが(2~4の著者は別人)、これは探偵作家として活躍していたときに執筆した作品をそのまま出したものだろうか。

◆特殊な翻訳手法

 ジェームス・ハリスは日本語を話すことは出来たが、日本語を読んだり書いたりすることは出来なかった。そのため、乱歩作品の英訳に当たってはかなり特殊な方法がとられている。

『Japanese Tales of Mystery & Imagination』のジェームス・ハリスによる序文の和訳(『探偵小説四十年』昭和三十一年の「英訳短篇集」の節より)
 本書の飜訳に当っては、珍しい方法がとられたので、それを簡単に記しておくのも、読者に興味のないことではないと思う。江戸川乱歩は英文を読んで理解する力はあるが、話したり書いたりはできない。一方、英人を父とし日本人を母として生れた飜訳者は、日本語を話すことは自由にできるが、幼時から英語学校で教育されたので、日本文を読んだり書いたりすることができない。そこで、作者と訳者とは、それぞれの仕事の余暇に、一週間一回ずつ会合して、ほとんど五年の長きにわたって共同作業をつづけた。作者は原作の日本文を何度も訳者に読んで聞かせ、辛抱強くその意味するところを説明した。訳者はタイプライターに向って、大汗をかきながら、英文を打ってはけし、打っては消しして、作者がその文章に満足するまで、これをつづけたのである。

 この序文に関して乱歩は、「五年かかったと書いてあるが、これは誇張で、手紙の英訳に費した月日も多いのである」と書いている。

(3-2)原文と英訳版で大きく異なる「心理試験」の明智登場シーン

 前述のような特殊な英訳手法がとられているので、英訳版はストーリーは同じだが、原文との文や単語レベルでの一対一対応はほぼないといって良い。また、乱歩が英語圏での明智小五郎の初登場を印象的にしようと思ったのか、「心理試験」の明智初登場シーンが原文と英訳版では大きく異なっている。

「心理試験」第五節冒頭
 笠森判事の心理試験が如何様に行われたか。それに対して、神経家の斎藤がどんな反応を示したか。蕗屋が、如何に落ちつきはらって試験に応じたか。ここにそれらの管々(くだくだ)しい叙述を述べ立てることを避けて、直ちにその結果に話を進めることにする。
 それは心理試験が行われた翌日のことである。笠森判事が、自宅の書斎で、試験の結果を書きとめた書類を前にして、小首を傾けている所へ、明智小五郎の名刺が通じられた。
「D坂の殺人事件」を読んだ人は、この明智小五郎がどんな男だかということを、幾分御存じであろう。彼はその後、屢々(しばしば)困難な犯罪事件に関係して、その珍しい才能を現し、専門家達は勿論一般の世間からも、もう立派に認められていた。笠森氏ともある事件から心易くなったのだ。
 女中の案内につれて、判事の書斎に、明智のニコニコした顔が現れた。このお話は「D坂の殺人事件」から数年後のことで、彼ももう昔の書生ではなくなっていた。
却々(なかなか)、御精が出ますね」
 明智は判事の机の上を覗きながら云った。
「イヤ、どうも、今度はまったく弱りましたよ」
 判事が、来客の方に身体の向きを換えながら応じた。
「例の老婆殺しの事件ですね。どうでした、心理試験の結果は」
 明智は、事件以来、度々笠森判事に逢って詳しい事情を聞いていたのだ。
「イヤ、結果は明白ですがね」と判事「それがどうも、僕には何だか得心出来ないのですよ。《後略》

英訳版の同一箇所の和訳(拙訳)
 それは二人の容疑者に対して心理試験が行われた翌日のことである。笠森検事が、自宅の書斎で、試験の結果を詳細に検討していたところ、突然、女中が来訪者があることを告げた。
 文字通り書類に埋もれるようになっていた検事は客を迎えられる気分ではなかったので、いらだった声で女中に告げた。
「誰が来たのかは知らないが、主人は今日は忙しいから面会は出来ないと丁重に断っておいてくれ」
「承知しました」女中は従順にうなずいたが、彼女が振り返ると、扉が突然開いて、訪問者がいたずらっぽく首をニュッと突き出した。
「こんにちは、検事さん」驚き顔の女中には目もくれず、訪問者は快活に云った。「あなたはまさか、旧友の明智にも面会出来ないぐらい忙しいというのではないでしょうね」
 検事はつるなし眼鏡を外して、訪問者を鋭く見つめた。しかしすぐに、彼の顔はにこやかな笑顔に変わった。
「おお、明智博士(Dr. Akechi)、あなたでしたか!」検事は云った。「許してください、あなただとは知らなかったのです。さあ、入ってください。実を云えば、あなたがひょこっと顔を出してくれないものかと思っていたところでした」
 検事は女中をさっさと下がらせると、客人に席を勧めた。明智小五郎博士は鋭い知性と、複雑な問題を解決するための並はずれた手腕を備えた探偵(sleuth)である。検事にとって彼は、電車に駆け込もうとしているときでさえ足をとめて話しかけるだろう唯一の人物だ。今までに何度か、検事は「不可能犯罪」とされた事件の解決のために彼に協力を仰いできた。そしてどの事件でも明智博士は、日本でも屈指の優秀な探偵というその名声に恥じない仕事をしてくれた。
 シガレットに火をつけると、明智博士は机上の書類の山を見て意味ありげにうなずいた。
「忙しそうですね」彼は事もなげにいう。「最近発生した老婆殺しの件ですか?」
「はい」検事は答える。「正直に云って、もう弱り果てていますよ」
「悲観主義はあなたには似合いませんよ、検事さん」明智博士はドライに微笑むとそう云う。「さあ、心理試験の結果を見せてください。二人の容疑者に心理試験を実施したのでしょう?」
 検事は驚いた。「いったいどうして試験のことを知っているのです?」すぐに尋ねる。
「あなたの部下の一人が教えてくれたのですよ」明智博士は説明する。「僕もこの事件には非常に興味を引かれています。ですから、ささやかながら助力出来ないものかと思ってこうしてやってきたのです」
「ご来訪感謝いたします」検事はそう云うと早速、不可解な試験結果の議論に入った。
「ご覧になって分かる通り、結果は明白です」と検事。「ですが、どうにも得心出来ないのですよ。《後略》

 「心理試験」は「D坂の殺人事件」に続く明智小五郎の2作目の登場作品であり、原典だと明智の登場の仕方はあっさりとしたものである。一方、英訳版では明智小五郎は笠森検事(判事ではなく)の家を突然訪れ、検事が呼び入れてもいないのに勝手に家の中に入ってくるというエキセントリックな登場の仕方になっている。さらに、心理試験の結果はどうなったのかと尋ねて笠森を驚かせている。原典では明智は以前から笠森に老婆殺しについての詳しい事情を聞いていたことになっているが、英訳版ではそういう経緯がないため、明智は心理試験のことは知らないはずなのである。また英訳版では明智がシガレットを吸っているが、これも原典にはない。キャラクター造型の一つとして付け加えられたものだろう。

(3-3)ハリス英訳版をどう評価するか

 「明智博士」というのは違和感があるにしても、このハリス英訳版を「原文を尊重していない」といって切って捨てるわけにもいかない。英訳作業には乱歩も深くかかわっているからである。そもそも、乱歩は早稲田大学の学生だったころ、卒業したらアメリカに渡って向こうの文学青年と交流し、英文で探偵小説を書いて発表したいという夢を持っていた(乱歩の卒業は1916年)。乱歩は「英米の探偵小説雑誌などを読んで、構想などは大したことはない、これ以上のものが書ける」(随筆集『わが夢と真実』所収の「二十年前の日記」)と考えていたのである(乱歩はこれを「自惚れていた」と書いている)。また、ハリスとの共同の英訳作業はデビューして30年後のことだから、「心理試験」などの初期作については、手を入れたいと思う部分もやはりあっただろう。それらを考え合わせると、たとえばこのハリス英訳版の「心理試験」は、ハリスという最適の協力者を得てついに実現した乱歩自身の英文作品であり、30年ぶりのリライトバージョンであると考えられなくもない。英米の読者に受けいられらるように改変した箇所もあるだろうが、それにしたって乱歩にとっては不本意の改変というわけではなかっただろう。なにしろ、英米で探偵小説を発表してみたいというかねてからの夢がついに叶うのである。そのためには、英米の読者に合わせた改変も、乱歩は積極的に行ったのではないかと私は想像する。ハリスの英訳版は、乱歩自身が積極的に手を加えたリライト版であると評価してもよいのではないだろうか。

江戸川乱歩『探偵小説四十年』「処女作発表まで」の章の「アメリカ渡航の夢」より
 卒業すると、すぐさま私は大阪の貿易商に入ったのだが、それを決心する前に、アメリカに行きたくて大いに悩んだものである。それは、何とかしてアメリカに渡航し、皿洗いのボーイでもやりながら英語に習熟し、英文で探偵小説を書いて、アメリカ並びにイギリスの雑誌に発表したいという空想的野望であった。
《中略》
 なぜアメリカを目ざしたかというと、イギリスなどに比べて苦学の便が多いということもあったが、もう一つは、当時(ヴァン・ダイン出現以前)のアメリカの探偵雑誌などに載っている作品が、多くはつまらない駄作ばかりで、俺だったらこんなものより遙かに独創的な小説を書いて見せるという自惚れから、まことに不遜な野望を持ったのである。私は後に「新青年」初期の海外発展奨励を嗤ったが、私自身そういう別の意味の海外発展を夢みていたのだ。夜更けに人さだまって、独り床中に物思うとき、この妄想がムラムラと湧き上って、胸の高鳴りを禁ずることが出来なかったものである。

 とはいえ、一方で原典通りの英訳もいつかなされることを期待したい。だがその場合、ハリス英訳版をなかったことにしてしまうのも不合理である。仮に原典からの翻訳がなされた場合、英語圏ではハリス訳のある9編については2種類のテキストが併存していくことになるのだろうか。

  • 「芋虫」と「押絵と旅する男」はすでに、Michael Tangemanによる別の英訳が存在する。2008年にハワイ大学出版から刊行された日本の短編小説のアンソロジー『Modanizumu: Modernist Fiction from Japan, 1913-1938』に収録。この本はほかに乱歩作品では、Jeffrey Angles訳の「二銭銅貨」が収録されている。
  • 【2012年12月23日追記】ほかに、2012年創刊?の英文の電子雑誌『Noir Nation: International Crime Fiction』の第2号(2012年9月発売?)に「断崖」の英訳"The Precipice"が掲載されている(この雑誌に「断崖」が掲載されていることは、平山雄一氏のブログの2012年12月6日のエントリー「乱歩の新しい英訳?」および同記事に対する「名張人外境」の中相作氏のコメントで知りました)。この雑誌の公式サイトは「こちら」。サイト内の第2号の目次を見ると、翻訳者はEddie Vegaとなっている。この人はこの電子雑誌の編集長で、同サイトからリンクをたどって経歴を見ると、キューバ生まれ、ニューヨーク在住の作家・詩人だそうだ。経歴の中に、日本語を学んだことがあるとか日本に住んだことがあるといったような記述は見当たらない。

◆ハリス英訳版からの重訳

 ヨーロッパで出版された以下の乱歩の短編集はハリスの英訳版と収録作が共通している。


 このうちポルトガル語版とイタリア語版は英訳版からの重訳である。オランダ語版とスペイン語版もおそらくは重訳だろう。ほかにも、ハリスの英訳版からの重訳で作品が読まれている国々はあるかもしれない。1998年にドイツで出た乱歩短編集『Die Spiegelhölle』(鏡地獄)は、すでにドイツ語訳のあった「押絵と旅する男」を除く8編を収録。ただこの本は、Worldcatの記述によれば日本語からの翻訳であるらしい。

第四章 乱歩のホラー作家としての評価

(4-1)「クイーンの定員」には選ばれなかったが「キングの定員」には選ばれた

【この節、2012年12月30日追加】

 乱歩の初の英訳短編集『Japanese Tales of Mystery & Imagination』は「クイーンの定員」には選ばれなかったが、乱歩の没後、「キングの定員」(?)に選ばれている。スティーヴン・キングが選んだホラー小説110選に、日本から唯一、乱歩のこの短編集が選出されているのである。この推薦リストはキングが1981年に上梓したホラー小説の評論書『死の舞踏』(原題 Danse Macabre / 邦訳1993年、福武書店、安野玲訳 等)の巻末に収録されている。1950年から1980年までの30年間に出版された書籍(長編小説および短編集)を対象とするもので、「本当に傑作ばかり選んだ」(p.577)、「ホラーというジャンルにとってはどれも重要な作品」(p.623)とキングは書いている。それぞれの書籍に対する個別のコメント等は付されておらず、乱歩作品に対するキングの具体的な感想を知ることができないのが残念である。『死の舞踏』本編にも乱歩への言及は見当たらない(ざっと見ただけなので、もしかしたら見落としているかもしれないが)。別のところでキングが乱歩について言及したようなことはあったのだろうか?
 推薦リスト110冊中でもキングが特に気に入っているものには「*」マークがつけられている。数えてみると「*」が付されているのは53冊だったが、その中に乱歩の短編集は入っていない。なお同書の巻末にはキングが選んだお薦めのホラー/ファンタジー映画約100本のリストも掲載されている。日本からは、本多猪四郎監督作品『美女と液体人間』(1958年)が選ばれている。

(4-2)英語圏のホラーアンソロジーへの収録状況

【この節、2012年12月30日追加】

 乱歩の英訳短編集『Japanese Tales of Mystery & Imagination』(1956年)の収録作をもう一度示しておく。

  • 「人間椅子」、「心理試験」、「芋虫」、「断崖」、「鏡地獄」、「双生児」、「赤い部屋」、「二癈人」、「押絵と旅する男」

 このうち「人間椅子」はアメリカ探偵作家クラブ(MWA)の1961年刊のアンソロジー『Tales for a Rainy Night』に収録された。また、「心理試験」と「赤い部屋」は1987年にアメリカで刊行された日本ミステリアンソロジー『Murder in Japan』に収録された。
 ただ、乱歩のこの英訳短編集は前述の通りスティーヴン・キングのホラー小説110選に選ばれたりもしており、どちらかというとミステリというよりはホラーの分野で評価されたようである。以下に、英語圏のホラーアンソロジーへの乱歩作品の収録状況を示す。参照元は、1995年出版のホラー系アンソロジー総目録『The Supernatural Index: A Listing of Fantasy, Supernatural, Occult, Weird, and Horror Anthologies』である。これは英語圏のホラー小説、ファンタジー小説、超自然(Supernatural)を扱った小説などのアンソロジーの目録で、1813年以降のアンソロジー2100冊以上の目次や収録作の著者別一覧などが示されている(Googleブックスおよびamazon.comの「なか見!検索」で閲覧しました)。ちなみにこの本では、いたしかたないことだが「Edogawa Rampo」の「Rampo」が姓だと思われたらしく、乱歩は「R」のところに配列されている。

  • 鏡地獄 (The Hell of Mirrors)
    • 『The Hell of Mirrors』(ピーター・ヘイニング編、ロンドン、Four Square、1965年12月)
      • 『The Hell of Mirrors』(ピーター・ヘイニング編、ロンドン、Sidgwick & Jackson、1974年)※1965年版『The Hell of Mirrors』を大幅に改訂したもの。収録作品が異なる。
      • 『Everyman's Book of Classic Horror Stories』(ピーター・ヘイニング編、ロンドン、Everyman、1976年)※1974年版『The Hell of Mirrors』を改題したペーパーバック版。
    • 『Oriental Tales of Terror』(J. J. Strating編、ロンドン、Fontana、1971年)
  • 人間椅子 (The Human Chair)
    • 『Beyond the Curtain of Dark』(ピーター・ヘイニング編、ロンドン、Four Square、1966年)
    • 『The Devil's Kisses』(Linda Lovecraft編、ロンドン、Corgi、1976年)
  • 芋虫 (The Caterpillar)
    • 『The Hell of Mirrors』(ピーター・ヘイニング編、ロンドン、Four Square、1965年12月)※1974年に出版された同題の改訂版には収録されていない。
    • 『Summoned from the Tomb』(ピーター・へイニング編、ロンドン、Sidgwick & Jackson、1973年)※1966年の同題アンソロジーの改訂版。1966年版には乱歩作品は収録されていない。

アンソロジー刊行年順一覧 (『The Supernatural Index』[1995年]で示されているもののみ)
A 『The Hell of Mirrors』 ピーター・ヘイニング編 ロンドン Four Square 1965年12月 「芋虫」、「鏡地獄」
B 『Beyond the Curtain of Dark』 ピーター・ヘイニング編 ロンドン Four Square 1966年 「人間椅子」
C 『Oriental Tales of Terror』 J. J. Strating編 ロンドン Fontana 1971年 「鏡地獄」
D 『Summoned from the Tomb』 ピーター・へイニング編 ロンドン Sidgwick & Jackson 1973年 「芋虫」
E 『The Hell of Mirrors』 ピーター・ヘイニング編 ロンドン Sidgwick & Jackson 1974年 「鏡地獄」 Aの改訂版
F 『Everyman's Book of Classic Horror Stories』 ピーター・ヘイニング編 ロンドン Everyman 1976年 「鏡地獄」 Eの改題ペーパーバック版
G 『The Devil's Kisses』 Linda Lovecraft編 ロンドン Corgi 1976年 「人間椅子」

 1965年12月には、なんと乱歩の「鏡地獄」を表題作とするアンソロジーが出ている。収録作は乱歩の「鏡地獄」、「芋虫」を含む14編である。

  • アンソロジー『The Hell of Mirrors』(ピーター・ヘイニング編、ロンドン、Four Square、1965年12月)収録作
    • フレデリック・マリヤット「人狼」(創元推理文庫『怪奇小説傑作集』2などに収録)
    • エドガー・アラン・ポー「リジイア」
    • エドガー・アラン・ポー「黒猫」
    • ナサニエル・ホーソーン「ヤング・グッドマン・ブラウン」(岩波文庫『ホーソーン短篇小説集』などに収録)
    • レ・ファニュ「シャルケン画伯」(創元推理文庫『吸血鬼カーミラ』などに収録)
    • アンブローズ・ビアス「あん畜生」
    • アンブローズ・ビアス「右足の中指」
    • ブラム・ストーカー「牝猫」
    • モーパッサン「たれぞ知る」
    • モーパッサン The Drowned Man (「Le Noyé」か? 邦訳なし?)
    • 江戸川乱歩「芋虫」
    • 江戸川乱歩「鏡地獄」
    • ヘンリー・スレッサー The Knocking in the Castle (邦訳なし?)
    • アーサー・ポージス「狂信者」

 物珍しさもあったのだろうが、錚々たる作品群の中で乱歩の作品が表題作となる栄誉を得ている。ただ、乱歩が亡くなったのはこの年の7月なので、残念ながら乱歩自身はこの書籍を手にすることは出来ていない。
 ほかのアンソロジーの収録作は省略。『The Supernatural Index』で調べたあとに気付いたのだが、「The Internet Speculative Fiction Database」というWebサイトの「Edogawa Rampo」の項目でも乱歩のアンソロジー収録状況やそれぞれのアンソロジーの収録作を確認することができる。『Oriental Tales of Terror』には「鏡地獄」のほか、日本からは芥川龍之介の「地獄変」が収録されている(ほかに小泉八雲の「孟沂(もうぎ)の話」も収録)。

(4-3)「人間椅子」をこよなく愛するアメリカのSF作家

【この節、2013年2月1日改訂】

 「人間椅子」はその後、2000年にアメリカで刊行されたホラー小説アンソロジー『My Favorite Horror Story』にも収録されている。このアンソロジーは15人の著名な作家にそれぞれ1編ずつ好きなホラー短編を挙げてもらって編んだアンソロジーで、乱歩の「人間椅子」を挙げたのは『世界の中心で愛を叫んだけもの』などで知られるSF作家のハーラン・エリスンである。
 エリスンは1999年刊行のアンソロジー『Master's Choice』(邦訳2001年、『巨匠の選択』ハヤカワ・ミステリ)のコメントでは、自分にとっての短編小説の最高の3編は乱歩の「人間椅子」とジョン・スタインベックの「熊のジョニー」、ジャック・フットレルの「十三号独房の問題」だと述べている(「熊のジョニー」は他の訳題に「ジョン熊」、「ジョニー・ベア」)。『巨匠の選択』も『My Favorite Horror Story』と同じようなコンセプトのアンソロジーで、結局こちらではエリスンは、これ以上絞り切れないといいながらも、「歯を食いしばって耐えることを強いられた挙げ句、最終的にフットレルを選んだ」。

 ハーラン・エリスンは『SF宝石』1981年6月号(=『SF宝石』の最終号)掲載のインタビューでも「人間椅子」が好きだと語っている(pp.31-32から引用、下線と太字化は引用者)。

エリスン  話は変わるが、ぼくの最も好きな芸術家はヒロシゲ(広重)なんだ。「東海道五十三次」は実に素晴らしい。椅子にゆったりと座って見るなんて最高だね。何冊か持っている。いつか東海道を自分自身で旅行できたら、と思うね。きっと実現させるさ。
みきあきみ  日本料理は食べますか。
エリスン  大好きなんだ。サシミは、残念ながらあまり口に合わないが、テンプラ、ミソ・スープ、ニク・ドウフ、もう何でも食べちゃう。何よりも日本食が好きだね。
  ちょっと聞くが、江戸川乱歩はまだ活躍しているの?
みきあきみ  もう他界しましたよ。
エリスン  えっ、死んだの? そうか亡くなったのか(悲嘆の声をあげる)。
 ある日、ぼくは乱歩の本を見つけた。「人間椅子」という作品を読んで、驚いた。信じられなかったよ。これまで読んだ作品の中でも、いちばんすごい作品だと思うよ。
 乱歩は、ほかにも作品を書いたのかい?
みきあきみ  たくさんの作品がありますが、残念ながら英訳されていないのです。
エリスン  それは悲劇だ。日本の作家で英訳されているのは、安部公房と三島由紀夫くらいじゃないだろうか。翻訳が少ないというのは、まったく残念なことだね。
みきあきみ  安部公房と三島由紀夫は、読みましたか。
エリスン  読んだ。彼らもすごいね。
 ぼくはかねがね思っているんだが、英語圏の人間は、非常に高慢なところがあって、その他の言語を解そうとしないし、英語以外で書かれたものの作品価値を認めようとしないところがある。また、英語圏でない国では、アメリカやイギリスの作家ばかり崇拝する傾向があることも確かだ。母国に素晴らしい作家がいるのに、彼らを軽んじるような態度には腹が立つことがある。
 ぼく自身、フランスでそれを経験したことがある。パリの講演会で、聴衆に言ったんだ。なぜ英米SFばかり輸入し、なぜフランスSFを輸出しないのか、とね。英語から仏語への翻訳ばかりで、その逆がない。すると、聴衆は異口同音にブーブー言い始めた。フランスには、英米のような優れたSF作家はいないじゃないか、と。とんでもない。フランスSF作家の才能が素晴らしくても、世界に出ることが少ないから、なかなか認められないだけなのだ。それでますます、自国の作家と作品に自信を持てないというわけなのだ。

 「ある日、ぼくは乱歩の本を見つけた」という訳文を信じれば、ハーラン・エリスンは乱歩の英訳短編集『Japanese Tales of Mystery & Imagination』(1956年)を読んだということになるが、エリスンの発言は「人間椅子」しか読んでいないようにも読める。「人間椅子」の英訳は前述の通り、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)の1961年刊のアンソロジー『Tales for a Rainy Night』や、イギリスで刊行されたホラーアンソロジー『Beyond the Curtain of Dark』(1966年)、『The Devil's Kisses』(1976年)にも収録されているので、エリスンはこれらのアンソロジーで「人間椅子」を読んだ可能性もある。

補足資料:明智小五郎登場作品一覧

 明智小五郎は1925年に短編「D坂の殺人事件」で初登場し、同年にはそれを含む短編5作に登場している。1926年から翌年にかけて連載された『一寸法師』で初めて長編に登場し、以降、『蜘蛛男』、『魔術師』、『黄金仮面』などの一般向けの通俗長編や少年向け作品で主に活躍するようになる。

 明智小五郎が登場する短編は少年物を除くと、1925年発表の5編と1929年の「何者」、および戦後に発表された「兇器」(1954)、「月と手袋」(1955)の計8編があるだけで、意外と少ない。1995年にはこの8編を1冊にまとめた『明智小五郎全集』(新保博久編、講談社 大衆文学館)という本が文庫で出ている。短編8編のうち、英訳があるのは「心理試験」と「屋根裏の散歩者」の2編である【2014年11月に「D坂の殺人事件」、「黒手組」、「幽霊」が英訳された】。

明智小五郎登場作品・短編
Original Title Romanized Title Year English Translation
D坂の殺人事件 D-zaka no Satsujin Jiken 1925 The Case of the Murder on D. Hill 『The Early Cases of Akechi Kogoro』(2014年)に収録
心理試験 Shinri Shiken 1925 The Psychological Test 『Japanese Tales of Mystery & Imagination』(1956年)に収録
黒手組 Kurote-gumi 1925 The Black Hand Gang 『The Early Cases of Akechi Kogoro』(2014年)に収録
幽霊 Yurei 1925 The Ghost 『The Early Cases of Akechi Kogoro』(2014年)に収録
屋根裏の散歩者 Yaneura no Sanposha 1925 The Stalker in the Attic 『The Edogawa Rampo Reader』(2008年)に収録
何者 Nanimono 1929
兇器 Kyoki 1954
月と手袋 Tsuki to Tebukuro 1955

 このうち「黒手組」は暗号物なので英訳は難しいだろう。といっても、同じく暗号物である乱歩のデビュー作「二銭銅貨」は英訳されているし、「黒手組」の英訳も不可能ではないだろうが。ただ、乱歩は自作の「黒手組」、「幽霊」を駄作と見なしていたので、そもそも乱歩自身がこれらの作品の英訳は望んでいないかもしれない。なお新保博久氏は「黒手組」を、「コナン・ドイルに最も近い味を発揮した一篇」(講談社大衆文学館『明智小五郎全集』巻末解説)、「ホームズ短篇のほぼ完璧なコピー」(『ミステリマガジン』2000年8月号「ミステリ再入門第4回 半七は本当に日本のホームズか」)と評している。個人的にはこの中では本格ミステリに徹している「何者」が一番好きなので、これは是非英訳されてほしいものである。
 「D坂の殺人事件」は、黒田藩プレスが2013年初頭の英訳出版を予定していた『パノラマ島綺譚』に併録の予定だったが、『パノラマ島綺譚』が別の出版社で英訳出版されることが判明して黒田藩プレス版が中止になり、「D坂の殺人事件」の英訳の話も残念ながら消えてしまった(予定されていた英題は「The Case of the Murder on D-Slope」)。

 明智小五郎が登場する長編は以下の通り。『黒蜥蜴』が2006年に英訳出版されている。 

明智小五郎登場作品・長編
Original Title Romanized Title Year English Translation
一寸法師 Issun-Boshi 1926-27 The Dwarf 『The Early Cases of Akechi Kogoro』(2014年)に収録
蜘蛛男 Kumo Otoko 1929-30
猟奇の果 Ryoki no Hate 1930
魔術師 Majutsushi 1930-31
吸血鬼 Kyuketsuki 1930-31
黄金仮面 Ogon Kamen 1930-31
黒蜥蜴 Kuro Tokage 1934 The Black Lizard
人間豹 Ningen Hyo 1934-35
悪魔の紋章 Akuma no Monsho 1937-38
暗黒星 Ankokusei 1939
地獄の道化師 Jigoku no Dokeshi 1939
化人幻戯 Kenin Gengi 1954-55
影男 Kage Otoko 1955

 リストは省略するが、少年向け作品では『怪人二十面相』(1936)が2012年に英訳出版されている。明智が登場する少年向け作品ではほかに『少年探偵団』も英訳されているが、これは国内向けの講談社英語文庫で出たもので、海外では流通していない。

  • The Fiend with Twenty Faces (黒田藩プレス、2012年3月)
  • The Boy Detectives Club (講談社英語文庫、1988年8月)※国内向け

 明智小五郎物以外も含む江戸川乱歩の英訳作品一覧は「こちら」。

 ところで、マンガ『名探偵コナン』のメインキャラクターの一人に、探偵の毛利小五郎がいる。おそらくは明智小五郎から名前をとったのだろう。『名探偵コナン』はアメリカでは『Case Closed』というタイトルで翻訳刊行されており、毛利小五郎という名のキャラクターの活躍は、明智小五郎の認知度の上昇にも貢献してくれるんじゃないかと思ったが、どうも毛利小五郎は英語圏ではリチャード・ムーア(Richard Moore)という名前になっているようである。その娘の毛利蘭はレイチェル・ムーア(Rachel Moore)である。毛利蘭を「Ran Moori」と表記すると、なるほど、一応元の名前を踏まえた命名になっていることが分かる。
 『名探偵コナン』は2012年12月現在、日本では第78巻まで出ている。アメリカでは2004年に英訳出版が始まり、第44巻まで刊行されている。

 『名探偵コナン』の主人公が名乗る「江戸川コナン」という名は、彼が偽名を名乗る際に、とっさに本棚に並んでいた「江戸川乱歩」と「コナン・ドイル」の名を組み合わせて作ったものである。『名探偵コナン』は世界で知られており、このことの影響力は大きい。江戸川乱歩の色々な言語のWikipedia記事を見ると、多くの記事で「この人は江戸川コナンの名前の元になった人だ」ということが記述されている。2011年にインドネシアで出た乱歩の短編集『Neraka Cermin』(鏡地獄)の表紙の右下隅には名探偵コナンのイラストがあり、なにか文字が書かれている。おそらくこれも、「この江戸川乱歩という人は、自分の名前の由来になった人だ」ということを説明しているのだろう(インドネシア語版の表紙はこちらで見られる)。

 また、マンガ『金田一少年の事件簿』には明智健悟警視が登場する。その姓はやはり明智小五郎に由来するのだろう。アメリカでは2003年から2008年にかけて「ファイル16 黒死蝶殺人事件」までが英訳出版されているが、そこで刊行がストップしている。

おまけ:その他の日本の探偵たちの英訳状況


 上記の英訳本のうち、岡本綺堂の『半七捕物帳』のみ短編集。半七は1917年発表の短編「お文の魂」で初登場。この作品で彼は、「江戸時代に於ける隠れたシャアロック・ホームズ」と紹介されている。同年には『半七捕物帳 江戸名探偵物語』というタイトルの7編収録の短編集が出ている(国会図書館デジタル化資料としてオンラインで閲覧可能)。この本なんかは、「クイーンの定員」の1冊に加えられても良かったのではないだろうか。『クイーンの定員』では第二期黄金時代(1911年~1920年)を「花咲ける探偵たちを迎えた時代」としており(光文社文庫『クイーンの定員II』巻末解説参照)、『ブラウン神父の童心』(1911)や『ノヴェンバー・ジョーの事件簿』(1913)、マックス・カラドスの事件簿(1914)、『アンクル・アブナーの叡智』(1918)、『通信教育探偵ファイロ・ガッブ』(1918)、『フォーチュン氏を呼べ』(1920)など22冊の短編集が選出されている。

 平山雄一氏は「The Japanese Rivals of Sherlock Holmes」という論文でシャーロック・ホームズの日本におけるライヴァルとして岡本綺堂の生み出した半七や、野村胡堂の生み出した銭形平次(1931年初登場)を紹介している。銭形平次シリーズの英訳はなさそうである。また芦辺拓先生は、『ミステリマガジン』2000年12月号(特集:シャーロック・ホームズとライヴァルたち)に掲載のエッセイ「真説ホームズ対ライヴァルズ」で、日本におけるシャーロック・ホームズのライヴァルとして一番ふさわしいのは山中峯太郎翻案の「名探偵ホームズ」ではないかという説を提出している。

 「クイーンの定員」に関連して少し脱線すると――江戸川乱歩は1950年代前半、米国の『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』(EQMM)に載せてほしいといってエラリー・クイーンに自分の作品の英訳を送っていたが、その願いは叶えられなかった。EQMMに最初に載った日本の作品は、1979年6月号の松本清張「地方紙を買う女」である。1989年には講談社インターナショナルから、同作を含む短編6編を収録した松本清張の英訳短編集『The Voice and Other Stories』が出ている。収録作は1956年~1958年に発表された「共犯者」、「顔」、「地方紙を買う女」、「捜査圏外の条件」、「声」、「巻頭句の女」である。もしかしたらこの清張の英訳短編集も、1967年以前に出ていれば「クイーンの定員」の選考対象にはなっていたかもしれない。

 アメリカの出版エージェントのジャネット・リード(Janet Reid)氏が先日、米国版『容疑者Xの献身』、『聖女の救済』の担当編集者であるキース・カーラ(Keith Kahla)氏へのインタビューをブログに掲載した(2012年10月1日付けエントリー)。そこに興味深いことが書かれている。

(東野圭吾という作家をどのように見つけたのか、という質問に対して)私のところにこの話を持ってきてくれたのは、日本著作権輸出センターの栗田明子さんでした。以前に私達は、日本ミステリ界の大人物である 江戸川乱歩 の本について話し合ったことがありました。それで栗田さんは『容疑者Xの献身』の海外版権の取り扱いを引き受けた際、アメリカのエージェントを通じてその翻訳出版の話を私のところに持ってきてくれたんです。これが私と東野圭吾の最初の出会いでした。

 その後、2011年2月にアメリカで『容疑者Xの献身』の英訳版が出版され、アメリカ図書館協会の2012年度最高推薦図書(ミステリー部門)に選出されたほか、エドガー賞やバリー賞にノミネートされるなど高い評価を得たというのは周知の通りである。その英訳出版のきっかけを乱歩が作った――という言い方は強引すぎるが、アメリカの大手出版社の一部門であるMinotaurがそれ以前に乱歩作品の翻訳出版を検討していたというのは興味深い。
 『容疑者Xの献身』は英訳版が出る以前にすでに韓国語、中国語(台湾及び中国)、タイ語、ベトナム語、ロシア語に翻訳されていたが、英訳版が出たのちにはさらに、私が把握している限りでスペイン語、カタルーニャ語、フランス語、オランダ語、イタリア語、ハンガリー語、ドイツ語に翻訳され、同じくエドガー賞にノミネートされた桐野夏生の『OUT』以来の日本ミステリ界からの世界的なベストセラーとなっている(『容疑者Xの献身』の翻訳本のうち、少なくともイタリア語版は英訳版からの重訳)。



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