シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(4) 東南・南アジア編

2012年11月25日

 イギリスは1765年に東インド地域の徴税権・行政権を獲得し、その後もベンガル地方のカルカッタを拠点としてインドの植民地化を進行した。1877年にはイギリスのヴィクトリア女王がインド皇帝を兼ねることを宣言し、正式にイギリス領インド帝国が成立している(インド以外に、現在のパキスタン、バングラデシュ、スリランカも含む)。イギリスはその後も植民地政策を進め、1886年にはミャンマー(ビルマ)をインド帝国の1州とした。1887年、イギリスでシャーロック・ホームズが誕生すると、これらの地域でも「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」というべき探偵たちが登場している。

Index

東南・南アジア編(1)ミャンマーのシャーロック・ホームズ、名探偵ウー・サンシャー

邦訳:短編7編

 昨年(2011年)の12月、『ハヤカワミステリマガジン』のアジアミステリ特集号(2012年2月号)が発売されたとき、一番驚いたのはミャンマーのミステリについての記事だった。高橋ゆり氏が寄稿した「ミャンマー・ミステリ事情 ドイルも知らなかった「ホームズ」熱帯事件録とその後」によれば、ミャンマーでは100年も前からホームズにならった探偵物が書かれていたというのである。作者の名はシュエウーダウン(1889-1973)。1917年から1960年代初頭にかけて、名探偵ウー・サンシャーが活躍するシリーズを全166編執筆したという(「ウー」は成人男性の名につける敬称)。

 その後調べてみると、名探偵サンシャーシリーズは高橋ゆり氏によって何編か邦訳され、在日ミャンマー人を主な読者とする日本語・ミャンマー語の月刊紙『シュウェ・バマー』に掲載されたことがあるということが分かった。名探偵サンシャーシリーズはオリジナルの探偵譚以外にホームズ物の翻案や、さらにはホームズ物のパスティーシュの翻案なども含むもので、現在までに邦訳されている7編はすべて翻案作品である。詳しいことは今年2月に下記のページにまとめている。


 その後に知ったことだが、高野秀行氏のミャンマー道中記『ミャンマーの柳生一族』(集英社文庫、2006年)に「ミャンマーのシャーロック・ホームズ」(pp.187-197)という節があり、ここでも名探偵サンシャーが紹介されている。高野氏は子供のころからのホームズ好きだそうで、月刊紙『シュウェ・バマー』に名探偵サンシャーシリーズの翻訳が載ったのも高野氏の仲介だったそうだ。なお同書のあとがきによると、高橋ゆり氏は名探偵サンシャーシリーズの邦訳を単行本出版する意向があるとのこと。もし単行本が出るのであれば、今度はぜひ、名探偵サンシャーのオリジナルの探偵譚も訳してもらいたいものである。いつになるかは分からないが、刊行を期待して待ちたいと思う。

 さらにもう一つ、その後に知って驚いたことがある。これも高野秀行氏のブログで知ったのだが、なんと殊能将之のデビュー作『ハサミ男』(1999年)で、登場人物が名探偵サンシャーのことを話題にしているのだという(講談社ノベルス版 pp.358-359、講談社文庫版 pp.493-495)。『ハサミ男』は10年ぐらい前に読んでいるのだが、当時はアジアのミステリに特に興味を持っていなかったので、そんなことが書かれているなんてことはまったく記憶に残っていなかった。殊能先生の該博な知識、恐るべし……。

  • ハサミ男、驚愕のラスト (2012年6月2日、「辺境・探検・ノンフィクション MBEMBE ムベンベ ノンフィクション作家、高野秀行のオフィシャル・ブログ」)
    • (一応書いておくと、『ハサミ男』のネタばれはありません)

東南・南アジア編(2)インド南部のタミル語地域に現れたインドのホームズたち

邦訳なし

 探偵小説研究会の波多野健氏は以前からインドのミステリ事情の紹介に訳者・研究者として取り組んでおり、2010年にインドの本格ミステリ、カルパナ・スワミナタン『第三面の殺人』(講談社 アジア本格リーグ6、2010年6月)を訳したほか、同書の巻末の「インドの本格ミステリーの歴史と現在」や、「インド――ミステリ大国の予感――」(『ハヤカワミステリマガジン』2012年2月号)などの論考・エッセイを発表している。

 その波多野氏が、今年(2012年)の8月のコミケで発売になった探偵小説研究会の同人誌『CRITICA』第7号に「インド・ミステリ通史の試み――探偵小説の受容と変容、二重構造の発生」(pp.149-170)を寄稿している。この論考で波多野氏は、英語で書かれたインド文学史を適宜翻訳引用しながら、インド・ミステリの通史を素描することを試みている。『CRITICA』は例年通販でも購入可能なのだが、今年はまだ受け付けが始まっておらず、私は先日の文学フリマでやっと購入することができた。

 さて、ごく簡単にまとめるに留めるが、波多野氏の「インド・ミステリ通史の試み」によると、インドでは探偵小説は19世紀にまずインド東部で使用されているベンガル語に訳され、そこからほかのインド諸語に翻訳されていったのだという。19世紀末にはコナン・ドイルの作品がベンガル語地域とマラーティー語地域(インド西部)で大変な人気を博したそうだ。当時のインドはイギリスの統治下にあり、なかでもベンガル語地域はイギリス法による統治体制が整っていたので、探偵小説をすんなり移入することができたということらしい。ベンガル語地域ではパンチャガウリ・デー(1873-1945)*注1という人気の探偵作家が現れ、この作家の1910年の作品『殺人者は誰だ?』ではある有名作と同じトリックがそれよりも16年先行して使われているというのだから驚かざるを得ない。(なお、江戸川乱歩は同じトリックが1885年のロシアの作品で使われていることを指摘している)

 そして「インド・ミステリ通史の試み」によれば、タミル語地域(インド南部)では以下のようなオリジナルの探偵が生まれていたそうだ。

  • 「シャーロック・ホームズのタミル化身」(と波多野氏は訳している)、探偵ゴヴィンダン(Govindan)
  • ホームズをモデルにした探偵アナンド・シン(Anand Singh)
  • ホームズとブラウン神父を混合させたような探偵ディガンバラ・サミヤル(Digambara Samiyar)

 これらの探偵の活躍譚が日本で翻訳紹介される日は来るのだろうか?


  • 注1:波多野氏は「インド・ミステリ通史の試み」ではこの人名をすべて「Panchakauri De」、「Panchkauri De」と英字表記で書いているが、それが掲載された『CRITICA』第7号の執筆者後記では「パンチャガウリ・デー」とカタカナ書きしているのでそれに従う。
  • 注2:J. R. RangarajuとVaduvur Durasamy Iyengarの没年は資料によって食い違いがあるようだ。
  • 注3:探偵アナンド・シンの作者はArani Kuppusami Mudaliar、Arani Kuppusamy Mudaliar、Arani Kuppuswamy Mudaliar、探偵ディガンバラ・サミヤルの作者はVaduvur Duraisami Iyengarなどとも表記されるようである。




最終更新:2012年11月25日 18:50