イタリア推理小説略史 補遺

2012年7月1日
  • 2012年7月4日:「イタリア推理小説略史」に少々加筆を行っていたところ、ページの制限容量を超えてしまったので一部の情報をこちらに移す。

Index

(4-2)現代イタリアの推理作家たち(続き)

その他の作家たち

 イタリアの高名な作家であるアントニオ・タブッキ(Antonio Tabucchi、1943-2012、Wikipedia)も、1997年に発表した『ダマセーノ・モンテイロの失われた首』(草皆伸子訳、白水社、1999年)のようなミステリ仕立ての小説を書いている。

 同じくイタリアの高名な作家であるダーチャ・マライーニ(Dacia Maraini、1936- 、イタリア語版Wikipedia)も、ミステリ仕立ての小説『声』(大久保昭男訳、中央公論社、1996年)を発表している。ダーチャ・マライーニは東洋学者の父フォスコ・マライーニ(1912-2004)に伴われて来日し、幼少期の1938年(「1939年」とも)から1945年までを日本で過ごした。『イゾリーナ : 切り刻まれた少女』(望月紀子訳、晶文社、1997年)は1900年にイタリアで実際にあった殺人事件を検証する記録文学で、フィクションの要素はない。

その他のイタリア・ミステリの邦訳書(邦訳出版順)

作者 タイトル
ニコロ・アンマニーティ Niccolò Ammaniti 1966- 『ぼくは怖くない』 ハヤカワepi文庫、2002年
ジュゼッペ・ジェンナ Giuseppe Genna 1969- 『イスマエルの名のもとに』 角川書店、2004年
ジュゼッペ・ペデリアーリ Giuseppe Pederiali 1937-2013 『霧に消えた約束』 二見文庫、2005年
マリオ・スペッツィ Mario Spezi 1945- 『連続殺人「赤い死神」』 扶桑社ミステリー、2007年
ジョルジョ・ファレッティ Giorgio Faletti 1950-2014 『僕は、殺す』 文春文庫、2007年
ルカ・ディ・フルヴィオ Luca Di Fulvio 1957- 『ディオニュソスの階段』 ハヤカワ文庫NV、2007年
ディエゴ・マラーニ Diego Marani 1959- 『通訳』 東京創元社、2007年
ジュリオ・レオーニ Giulio Leoni 1951- 『未完のモザイク』 二見文庫、2009年
エンリコ・ソリト Enrico Solito 1954- 『シャーロック・ホームズ 七つの挑戦』 国書刊行会、2009年
シルヴァーノ・アゴスティ Silvano Agosti 1938- 『罪のスガタ』 シーライトパブリッシング、2009年
アンドレア・ヴィターリ Andrea Vitali 1956- 『オリーブも含めて』 シーライトパブリッシング、2011年
ドナート・カッリージ Donato Carrisi 1973- 『六人目の少女』 ハヤカワ・ミステリ、2013年1月
※ミステリの要素を含む文学作品、とでも形容すべき作品も含まれています。あらすじはネット上で検索してみてください。

 『霧に消えた約束』は歴史小説や子供向けの読み物を書いていたジュゼッペ・ペデリアーリが2003年に発表した初めてのミステリ小説。
 マリオ・スペッツィはジャーナリストで、『連続殺人「赤い死神」』は1996年に発表した初の小説。日本ではほかに、ジャーナリストの島村菜津との共著『フィレンツェ連続殺人』(新潮社、1994年)が出版されている。これはイタリアで実際に発生した連続殺人の真相に迫るノンフィクションである。
 ルカ・ディ・フルヴィオは1988年にデビュー。2000年に発表した"L'Impagliatore"は映画化されている(邦題『Jigsaw ジグソー』)。『ディオニュソスの階段』は2007年度『IN☆POCKET』文庫翻訳ミステリー・ベスト10の「作家が選んだベスト10」で第10位にランクインした。

短編のみ翻訳されている作家

 ラーウラ・グリマルディ(Laura Grimaldi、1928-2012、イタリア語版Wikipedia)はモンダドーリ社のミステリシリーズの編集長を長年務めた人物。1980年代末から1990年代にかけて発表したいくつかのサスペンス小説が代表作である。ほかに、マルコ・トロペア(Marco Tropea)との共著で政治ミステリー小説のパロディを何作か発表している。グリマルディの邦訳は、ジェローム・チャーリン編『ニュー・ミステリ ジャンルを越えた世界の作家42人』(早川書房、1995年)に収録された「父親と娘」がある。なおこの本には、イタリアの作品ではほかにレオナルド・シャーシャ「マフィア・ウェスタン」(作者名は「レオナルド・シャッシャ」表記)、イタロ・カルヴィーノ「都市と死者」が収録されている。どれも数ページの掌編である。

 カルメン・アイレーラ(Carmen Iarrera、イタリア語版Wikipedia)はスパイ小説を書く作家。『ミステリマガジン』1999年3月号に短編「助け」が訳載されている。なお、松坂健氏が2007年以降『ミステリマガジン』に毎年寄稿している国際推理作家協会の会議のレポートでは、イタリアのカルメン・イレーラ(2008年11月号)、カルメン・イラレーラ(2010年9月号)という人物が登場するが、おそらく同一人物だろう。2005年にはアメリカのミステリ雑誌『Ellery Queen's Mystery Magazine』の「Passport to Crime」コーナー(非英語圏の短編ミステリを英訳掲載する企画)にアイレーラの短編"The Wind"が掲載されている。この短編は、同コーナーの短編を集めたアンソロジー『Passport to Crime』(2007年1月)にも収録された。

(5)イタリアのミステリ賞

シェルバネンコ・ミステリ大賞

 イタリア北西端のクールマイユール(Courmayeur)で毎年12月に開催されるクールマイユール・ミステリ祭(Courmayeur Noir in Festival)で授与される賞。イタリア語で発表されたミステリの年間最優秀作に贈られる。

 以下の受賞作一覧はクールマイユール・ミステリ祭公式サイトの「こちらのページ」が情報源。リンク先を見る限り、どうやら「シェルバネンコ賞」と呼ばれるようになったのは1997年からのようである。その前年の1996年から、ジョルジョ・シェルバネンコの娘のチェチリア・シェルバネンコ(Cecilia Scerbanenco)が選考委員の一員になっている。

1993 レナート・オリヴィエリ(Renato Olivieri) Madame Strauss
1994 Tiziano Sclavi Mostri
1995 Andrea G. Pinketts Il senso della frase
1996 カルロ・ルカレッリ(Carlo Lucarelli) 『オーケ通り』 Via delle Oche
1997 Alan D. Altieri Kondor
1998 マルチェロ・フォイス(Marcello Fois) 『いかなるときでも心地よきもの』 Sempre caro
1999 Pino Cacucci Demasiado corazon
2000 Franco Mimmi Il nostro agente in Giudea
2001 Claudia Salvatori Sublime anima di donna
2002 Massimo Carlotto Il maestro di nodi
2003 Giancarlo De Cataldo Romanzo criminale
2004 Piero Colaprico Trilogia della città di M
Barbara Garlaschelli Sorelle
2005 Leonardo Gori L'angelo del fango
2006 Giancarlo Narciso Incontro a Daunanda
2007 Francesco Guccini & ロリアーノ・マッキアヴェッリ(Loriano Macchiavelli) Tango e gli altri. Romanzo di una raffica, anzi tre
2008 Paola Barbato Mani nude
2009 Marco Vichi Morte a Firenze
2010 Elisabetta Bucciarelli Ti voglio credere
2011 Gianni Biondillo I materiali del killer
2012 Maurizio De Giovanni Il metodo del coccodrillo
  • 1998年の受賞作『いかなるときでも心地よきもの』はハヤカワ・ミステリ文庫『弁護士はぶらりと推理する』に収録。

レイモンド・チャンドラー賞

 これもクールマイユール・ミステリ祭で授与される賞。イタリア国内外のミステリ作家の生涯の業績に対して贈られる。1988年にレイモンド・チャンドラーの生誕100周年を記念して創設され、1993年からクールマイユール・ミステリ祭で授与されるようになった。
 イタリアからの受賞者は、レオナルド・シャーシャ、フルッテロ&ルチェンティーニ、アンドレア・カミッレーリ。

 以下の受賞者一覧の情報源は、クールマイユール・ミステリ祭公式サイトの「こちらのページ」。

1988 英国 グレアム・グリーン(Graham Greene)
1989 イタリア レオナルド・シャーシャ(Leonardo Sciascia)
1990 英国 J・G・バラード(James Ballard)
米国 ドナルド・E・ウェストレイク(Donald Westlake)
1991 英国 フレデリック・フォーサイス(Frederick Forsyth)
1992 スペイン マヌエル・バスケス・モンタルバン(Manuel Vázquez Montalbán)
1993 アルゼンチン オスバルド・ソリアーノ(Osvaldo Soriano)
1994 イタリア カルロ・フルッテロ(Carlo Fruttero) & フランコ・ルチェンティーニ(Franco Lucentini)
1995 英国 P・D・ジェイムズ(P.D.James)
1996 米国 エド・マクベイン(Ed Mc Bain)
1997 米国 ジェイムズ・クラムリー(James Crumley)
1998 米国 ミッキー・スピレイン(Mickey Spillane)
1999
2000 米国 アンドリュー・ヴァクス(Andrew Vacchs)
2001 英国 ジョン・ル・カレ(John le Carrè)
2002 米国 ジョン・グリシャム(John Grisham)
2003 米国 ジェイムズ・グレイディ(James Grady)
2004 英国 イアン・ランキン(Ian Rankin)
2005 米国 ジョージ・P・ペレケーノス(George P. Pelecanos)
2006 米国 エルモア・レナード(Elmore Leonard)
2007 米国 スコット・トゥロー(Scott Turow)
2008 スペイン Alicia Giménez Bartlett(アリシア・ヒメネス・バルトレット)
2009 キューバ レオナルド・パドゥーラ(Leonardo Padura Fuentes)
2010 米国 マイクル・コナリー(Michael Connelly)
2011 ギリシャ Petros Markaris(ペトロス・マルカリス)
イタリア アンドレア・カミッレーリ(Andrea Camilleri)
2012 米国 ドン・ウィンズロウ(Don Winslow)
  • 特別賞
    • 1992年:クエンティン・タランティーノ(特別賞 Special Award)
    • 1995年:クリス・カーター(『Xファイル』などで知られる脚本家)(特別賞 Special Award)
    • 1999年:ファーリー・グレンジャー(ヒッチコック作品などに出演した俳優)(アルフレッド・ヒッチコック生誕100周年記念賞 Speciale Centenario Alfred Hitchcock)

    • 1993年受賞のアルゼンチンのオスバルド・ソリアーノは、フィリップ・マーロウを登場させたパロディ作品『Triste, solitario y final』(1973)などを書いた作家。邦訳には、絵本『ぼくのミラクルねこネグロ』(アリス館、2003年)がある。
    • 2011年受賞のペトロス・マルカリスのギリシャ文字表記は、Πέτρος Μάρκαρης

アルベルト・テデスキ賞

 アルベルト・テデスキ(1908-1979)は、1929年に創刊されたイタリア最大のミステリ叢書《ジャッロ・モンダドーリ》で初期から編集者を務めた人物。《ジャッロ・モンダドーリ》は英米ミステリの翻訳がメインの叢書で、2013年3月現在までに3300点以上を刊行している。創刊50周年の1979年には、その編集者としての業績をたたえてアメリカ探偵作家クラブからテデスキに大鴉賞が贈られたが、テデスキはその直後の同年5月に急逝。そこでテデスキの業績を記念して、公募ミステリ賞のアルベルト・テデスキ賞が創設された。未発表の長編ミステリを募集し、受賞作は《ジャッロ・モンダドーリ》で刊行される。1980年の初回の受賞者はロリアーノ・マッキアヴェッリ。

1999 Annamaria Fassio Tesi di laurea
2000 ジュリオ・レオーニ(Giulio Leoni) I delitti della Medusa
2001 Gianfranco Nerozzi Cuori perduti
2002 Massimo Carloni, Antonio Perria Il caso Degortes
2003 Lorenzo Arruga Suite algérienne
2004 Vittorio Paganini Il sequestro


『ハヤカワミステリマガジン』洋書案内コーナーで紹介されたイタリアの作品一覧

 レビュー執筆者はすべて荒瀬ゆみこ氏。各書籍の原題などは「こちら」を参照のこと。

  • 2008年3月号:ニコロ・アンマニーティ『えら』(1997年)
  • 2009年3月号:ニコロ・アンマニーティ『神様の命ずるままに』(2006年)
  • 2011年3月号:ニコロ・アンマニーティ『あたしとあんた』(2010年) →ニッコロ・アンマニーティ『孤独な天使たち』(中山エツコ訳、河出書房新社、2013年2月)
  • 2012年8月号:ニコロ・アンマニーティ『微妙な時機』(2011年)

  • 2008年9月号:ジャンカルロ・デ・カタルド『父と異邦人』(2007年?) ※2003年にシェルバネンコ賞を受賞した作家
  • 2009年9月号:マルコ・ヴィキ『ボルデッリ分署長』(2002年)
  • 2010年4月号:ジョルジョ・シェルバネンコ『ミラネーゼは土曜日に殺す』(1969年)
  • 2010年11月号:カミッレーリ & ルカレッリ『黙ってろ』(2010年)
  • 2011年7月号:シルヴィア・アヴァッローネ『鋼の夏』(2010年) ※邦訳あり
  • 2012年4月号:ジョルジョ・ファレッティ『女衒(ぜげん)の覚え書き』(2010年)
  • 2013年4月号:マルコ・マルヴァルディ『数えきれない』(2012年)



最終更新:2012年07月04日 22:46