詠坂雄二=ミスター・カラフル=アイロニックボマーのメフィスト投稿時代の軌跡

2011年5月29日

  光文社カッパ・ノベルスの新人発掘企画「KAPPA-ONE」でデビューした詠坂雄二は、応募原稿を四色の紙に印刷することで知られていたメフィスト賞の常連投稿者「ミスター・カラフル」である。

 これは以前は、「2ちゃんねる」創作文芸板のメフィスト賞スレッドの「このあたり」を発生源とする、真偽の不確かな噂に過ぎなかった。詠坂雄二のデビュー前の一時期、『メフィスト』巻末の原稿募集座談会で、応募原稿を四色の紙に印刷することから ミスター・カラフル と呼ばれている常連投稿者がいた。詠坂雄二のデビュー作『リロ・グラ・シスタ』が、全体を4分割して64ページごとに異なる色のインクで印刷されているという奇抜な造本であり、『リロ・グラ・シスタ』の内容もメフィストの座談会からうかがえるミスター・カラフルの作風と酷似していたため、このような説が生まれたのである。

 この説は現在では、詠坂雄二本人がインタビューで、デビュー前はメフィスト賞を中心に投稿を繰り返しており、応募原稿を四色のコピー用紙に印刷していたと語っているので、真であると見てよい(『ハヤカワミステリマガジン』2010年1月号、以下「HMM2010/01」と示す)。同時期に2人の投稿者が四色のコピー用紙を使うという同じ趣向で作品を投稿していたとは考えづらいし、もしそのようなことがあれば、座談会でも話題に上るはずである。

 詠坂雄二の投稿時代のペンネームは アイロニックボマー だった。これも、詠坂雄二本人がインタビューで語っている。詠坂雄二の英文著者名が「ironic bomber」となっているのはその名残である(光文社の刊行物でのみ、この英文著者名が使われている)。詠坂雄二本人は、これについて以下のように語っている(HMM2010/01)。
「これは昔のペンネームでしたが、編集者にテロリストっぽいから変えるべきといわれ、使うのを止めたんです。さらに遡れば、十代の俺にとっては呪文でした。これを呟くと、勇気が湧いてくる気がしたんですよ。実際には湧きませんでしたけどね。それを英文著者名にしたのは担当編集者の奇想です。意図は俺が聞きたいくらい」

 『メフィスト』の巻末座談会では通常はペンネームは示されないが、今回チェックしてみたところ、一度だけ「アイロニックボマー」の名が出てきている箇所があった。座談会の原稿をチェックした人もまさかこれがペンネームだとは思わず、そのまま通してしまったのかもしれない。アイロニックボマーというペンネームで投稿をしていた人物が2人いるとも考えづらいので、座談会に登場するアイロニックボマーはやはり詠坂雄二と同一人物だと見ていいだろう。

 「詠坂雄二=ミスター・カラフル=座談会に登場するアイロニックボマー」を真とした上で、詠坂雄二のメフィスト投稿時代の軌跡をたどる。

詠坂雄二のメフィスト投稿作一覧(推定)

 詠坂雄二は20歳のころ(=1999年or2000年)に新人賞への応募を開始し、デビューまでにメフィスト賞を中心に23本の原稿を送っている(HMM2010/01)。

座談会掲載号 タイトル キャッチコピー
第22回 2002年9月増刊号 『パラドキシカルパラブルズ』
第23回 2003年1月増刊号 『ハネムーンララバイ』 「こちらがクリスティベースカクテルになります」
第24回 2003年5月増刊号 『デイドリーミィナギ』 「『連作探偵小説風セミドキュメンタリー』式与太」
『シーダイド』
第25回 2003年9月増刊号 『オールアローン』
第26回 2004年1月増刊号 『序 伽藍堂』
第27回 2004年5月増刊号 『エスファイブ』
第28回 2004年9月増刊号 (応募せず?)
第29回 2005年1月増刊号 (応募せず?)
第30回 2005年5月増刊号 『ゴーストフェンス』 「平和な日本は、嫌いですか?」
『lives with sprites』 「小説より、ゲームが好きな俺達へ」
第31回 2005年9月増刊号 『マッシュルーム』 「ドラッグ・ロマンス・ハードボイルド・ジュヴナイル」
第32回 2006年1月増刊号 『LETTER』 「貴方がそうであるなら、私は嬉しい」
『フラグス』 「小説家なんか目指さずに済む高校生活」
第33回 2006年5月増刊号 『パラディソ』 「手繰レタ電波ガ癒シヲ気取ル、条理的発狂学園物語」
(不明) (編集者の発言から2作投稿したことは間違いないが、タイトルは不明)

 2006年5月増刊号の刊行後、『メフィスト』は一時休刊となる。休刊の報を聞いた詠坂雄二は、「やったあ! 俺のプライドはまもられたぁ!」と快哉を叫んだという(HMM2010/01)。詠坂雄二はKAPPA-ONEに目標を変更し、2006年6月末締め切りのKAPPA-ONEに応募した『月曜のグラス・ウォマン』(=『リロ・グラ・シスタ』)でデビューへの切符を手に入れる。なお、『メフィスト』休刊後はKAPPA-ONE以外に、第1回小学館ライトノベル大賞(2006年9月末日締切)に応募したことが明らかになっている(HMM2010/01)。第1回小学館ライトノベル大賞の結果を見ると(小学館::ガガガ文庫:ライトノベル大賞 選考経過)、2次選考通過者に「アイロニックボマー」という名前があるので、これが詠坂雄二だと見ていいだろう。作品タイトルは、『も、沢山なトランスミッタ』。

メフィスト投稿作推定の根拠

第30回~第33回 (応募原稿の色)
  • 第31回 『マッシュルーム』 「常連さんですね。」「原稿が特徴というあの人ね。」「紙が四色で、カラフルできれいなんですけど……。」
  • 第32回 『LETTER』『フラグス』 「お待たせしました。四色の紙に原稿を印刷する ミスター・カラフル です。」
    • 「ミスター・カラフル」というあだ名が出てくるのは、実はこの1回のみ。
  • 第33回 『パラディソ』 「おっ、プリントアウトした紙がカラフルなあの常連さんだね。」

 第31回から第33回の座談会で、応募原稿の色について触れられている。第31回の座談会では、その投稿者の「前回の作品」の内容も話題に上っているため、第30回の 『ゴーストフェンス』『lives with sprites』 の投稿者も同一人物だと確定できる。

第24回~第26回 (ペンネームとその作風)
  • 第26回 『序 伽藍堂』 「前回に続き アイロニックボマー さんです。」「この人ずっと近未来ハードボイルドシリーズ書いてんだね。今回は連作短編。」
  • 第25回 『オールアローン』 「前回僕が読んだ近未来ハードボイルドも、周到さはプロ作品よりも高いし、テクニックの確かさは特筆に値する。」
  • 第24回 『デイドリーミィナギ』『シーダイド』 「【シーダイドについて】お話は司法探偵という、警察を補完する探偵が職業として認知された近未来社会という設定なんだけど、その設定がきちんとできているんですね。」

 第26回でアイロニックボマーというペンネームが示されている。近未来ハードボイルドを執筆していたという情報等から、第25回と第24回の投稿作が確定できる。なお、編集D氏は第25回座談会のあと、作者に会いに行っている。

第22回~第23回 (日本人離れしたテロリストみたいなペンネーム)
  • 第23回 『ハネムーンララバイ』 「こういう日本人離れしたペンネームの方の本をいっぺんつくってみたいんだよ。」「テロリストみたいな名前だよね。」「この人、だんだんよくなっているっていう感じですよね。」「前回もわりとよかったわよ。でもどうしても彼は「探偵とは」を書きたいんだよ。」
  • 第22回 『パラドキシカルパラブルズ』 「悪くないと思いますよ。名探偵論みたいなパートもちゃんと読ませるし。」

 「テロリストみたいな名前だ」という点から、第23回『ハネムーンララバイ』の作者はアイロニックボマーだと推定できるが、これはあくまでも推定である。第23回『ハネムーンララバイ』の作者と、第22回『パラドキシカルパラブルズ』の作者が同一人物であることは、座談会の内容から確定できる。

第27回
  『エスファイブ』 の作者は常連投稿者、編集D氏が一度会いに行ったことがある、作品はゲームとともに過ごす青春+事件を描いたもので、シューティングゲームのプレイヤーの精神の書き方が面白い、などの点から詠坂雄二の投稿作だと推定されるが、あくまでも推定である。

詠坂作品が座談会上段で取り上げられている期間
  第22回 (2002年9月増刊号)の座談会で、『パラドキシカルパラブルズ』の作者は常連投稿者だが上段で取り上げられるのはこれが初めてだとされている。また、詠坂雄二は、 第33回 座談会が掲載された2006年5月増刊号で『メフィスト』が一時休刊になったため、KAPPA-ONEに目標を変更し、2006年6月末締め切りのKAPPA-ONEに応募した『月曜のグラス・ウォマン』(=『リロ・グラ・シスタ』)でデビューが確定している。そのため、詠坂雄二の作品が上段で取り上げられているとしたら、それは第22回座談会から第33回座談会の全12回に限られる(もっとも、第22回の『パラドキシカルパラブルズ』が詠坂作品だというのも仮説にすぎないが)。このうち、第28回と第29回では詠坂作品らしきものは見つけられなかった。

 第22回『パラドキシカルパラブルズ』、第23回『ハネムーンララバイ』、第27回『エスファイブ』については、詠坂作品だとする根拠がやや薄いが、以下ではとりあえずこの3作も詠坂作品だとした上で、各投稿作について見ていく。

各投稿作

『パラドキシカルパラブルズ』 (第22回座談会、2002年9月増刊号)

 初めて上段で取り上げられた作品。この時すでに「常連さん」と言われている。年齢的には、22歳か23歳のころの作品。
D  さて、次の方も常連さん。『パラドキシカルパラブルズ』。でも彼は今まで全部一行コーナーなんだよね。
L  そうなんだー。だけどべつに今回のは悪くなかったよ。本人は「変格探偵小説」って謳っているんですけど、ラストの処理以外はまっとうな小説。お話は、山奥の訳ありのゴージャスな屋敷に殺人予告状が舞い込む。探偵は事件が起こる前に解決を依頼されて事前に屋敷にきていて、一人死んだら解決報酬から三十万円ずつ引かれていくという設定なんだけどね。
C  アイデアだね。確かに三十万円はイタイ。報酬を気にする探偵っていたっけ。
L  総額百万円で請け負っちゃったのよ。問題はラスト。解決編を四つに分けてきたのよ。「誰それが犯人だった場合」というのが四つに分かれてるんだけども、正直、うーん、どれでもいいよねって感じ。
D  (突如根拠もなく熱っぽく)四分冊で出版するんだよ。それでしおりを十二本付けるんだよ。間違いなく売れるよ!
 この時に四色のコピー用紙を使っていたのかは分からないが、四色の紙に印刷するというのは、当初のこのような趣向に合わせて発想されたものだったのかもしれない。ほかに「(L)名探偵論みたいなパートもちゃんと読ませる」との評価を受けている。

『ハネムーンララバイ』 (第23回座談会、2003年1月増刊号)
「こちらがクリスティベースカクテルになります」

 クリスティの『そして誰もいなくなった』で始まり、某作で終わる作品(座談会ではタイトルが出ているが、一応伏せておく)。現在の詠坂雄二の作風からすると、クリスティへのオマージュ作品を書いているというのは意外だが、インタビューではミステリにはクリスティから入ったと述べているので(HMM2010/01)、若い頃にその影響を受けた作品を書いていたとしても不思議ではない。この前の回の館ものといい、このころの詠坂雄二は、ひねくれながらもミステリの王道の作品を書いていたようである。
C  こういう日本人離れしたペンネームの方の本をいっぺんつくってみたいんだよ。
D  テロリストみたいな名前だよね。
(中略)
C  本人はいろいろミステリーを読んでるだけに、ミステリーとは何か、みたいのを言いたいんだ。名探偵とは何かとか。ただ、それは物語の中で解消してくれと。センスはあると思います。だから物語の中ですべて全うできるようにしてほしい。虚構としての強度がほしい。
L  前回もわりとよかったわよ。でもどうしても彼は「探偵とは」を書きたいんだよ。
C  それは封印しよう。もうちょっと"小説"を信じて書いてもらえれば。
 2作続けて作品内で「名探偵とは何か」を語っていたが、それは「封印」ということになってしまう。

『デイドリーミィナギ』 (第24回座談会、2003年5月増刊号)
「『連作探偵小説風セミドキュメンタリー』式与太」

 この回は2作投稿。タイトルの「ナギ」は月島凪のことだろうか? 「Daydream」は「白昼夢」。
J  僕はこの人は初読なんですけど、こういうペンネームだけでも何としてもデビューさせてあげたいと思う反面、中身はちょっと「う~ん」という感じでした。ある探偵事務所で実際に起こった事件をオカルト雑誌のライターがセミドキュメント風に書いているという設定の連作短編集なんです。
D  その短編そのものの出来はどうなの?
J  どれもぬるいんですよね、微妙に。総じてBマイナスくらいかなという。CがないかわりにAもない。少なくとも僕好みではなかった。突き抜けたものがない。
 一方でJ氏は、「僕が読んだ五本の連作短編は平均したら『小説○○』とかに載っていても全然おかしくないようなレベルだと思いましたよ。」(原文でも伏字)とも言っている。

『シーダイド』 (第24回座談会、2003年5月増刊号)

 『デイドリーミィナギ』と同じ回の投稿。ちなみに説明しておくと、J氏=太田克史氏、D氏=唐木厚氏、C氏=秋元直樹氏である。この司法探偵シリーズはぜひいつか読んでみたい。
D  今回、実は彼のはもう一本あるんだ。僕の担当で『シーダイド』。これを読んだときに、この人はちゃんと書けるなと思ったんですよ。正直なところ今年の某賞よりはるかにこの人はレベルが高いと思うんだけど……。
J  なんですかなんですか、今年の某賞って。この編集部にいると本当に口が悪くなるなあ。(しれっと)困った困った。
D  J君の与太は放置しておくとして、お話は司法探偵という、警察を補完する探偵が職業として認知された近未来社会という設定なんだけど、その設定が非常にきちんとできているんですね。この人がデビューしていないのはおかしいとさえ思いました。だけどこの人は言ってみると、高校野球のときの「星飛雄馬」みたいな感じで……。
C  (すかさず)元高校球児としてひとこと言わせてもらうけど、何で「星飛雄馬」なのよ。
D  彼は「おまえの球は速いけど軽い」って言われたじゃない。この人もそう。本人も「何で俺がデビューできないんだ。俺より下手なやついっぱいいるじゃないか」と思っていると思う。だけどこの人はテクニックはあるけど華がない人なんだなあ。
(中略)
D  もっと自分を作中にさらけ出してほしい。最終的には作家のファンになるというのは、作品の中に表れている作家の内面世界が魅力として惹きつけるんであって、この人はその内面世界を全く見せてないから。もしかすると、非常に派手好きな、華やかなことを考えている編集者が一緒にくっついてやるとよくなるのかもしれない。

『オールアローン』 (第25回座談会、2003年9月増刊号)

 もっと自分を作中にさらけ出すように、内面を出すようにというD氏の前の回のアドバイスを受けてか、主人公がゲームをプレイするだけというまさに詠坂雄二の趣味を反映した作品が生まれた。なぜ刊行されなかったのか疑問に思うぐらいの賛辞を受けている。主人公が「失業者」となっているが、座談会によれば作者はこの時期アルバイトすら辞めていて、プロフィールにはアルバイトを二重線で消した上で「無職」と太字で書かれていたとのこと。
C  これ、面白かったよ。失業者が部屋に閉じこもって、誰も解いたことがないっていうミステリーゲームをやる話。そのゲームがよくできてんのよ。現実世界のラストにさらにドンデン返しを加えれば、出せるレベルだと思うな。
D  毎晩『信長の野望オンライン』をやっている僕が解説しよう。触覚まで再現できるバーチャルリアリティのゲームを主人公が探偵役としてプレイする。その中で起きた殺人事件を捜査していくと現場の屋敷の屋上に何か秘密があるらしい、でもそこにはどうしても入れない。結局、何とかして入ったんだけども何もない。おかしい、なぜだと思うわけ。
M  聞いてるだけでも面白そうだなあ。
D  僕のような突っ込みのきびしい人間が読んでも設定に隙がない。伏線もきっちり張られているよ。最後に明かされるトリックたるや、ミステリーゲーム史上最大の傑作「ポートピア連続殺人事件」に匹敵するクラスの驚きがある。これは××××トリックというものを使っているんだけど(と熱弁をふるいつつ)、それをさらに超えた真相が現れるんだ! ただ、問題点もあって、主人公はずーっとゲームをやってるだけなんだよ。チキンラーメン食べながら。で、最後にはゲームをクリアするんだけど、日常生活ではダメ人間なまま、何も変わらない。
L  それで終わりなの?
D  そう、終わり。華がないんだなあ主人公に。
C  でもそれが現代のリアルかもしれない。そうだとすればいいのかも。僕もラストをもうひとひねりしたい気になるけどな。それまでがすごいから。
D  ほんとよくできてるわ。こういう設定の作品は往々にしてゲームに関していい加減なところがあるんだけど、それが微塵もない。特にメインのトリックを隠すための伏線と描写の使い方がすごいうまいね。
C  肉を斬らせて骨を断つみたいな話だよな。
D  そうそう。あと、ちょっと泣かせる著者本人からの手紙が入ってて、自分自身は作家になりたいだけで、何が書きたいというものがなくて書いている、それがダメだって自分でもよくわかってる、と。
J  アハハ。美しいなあ。
D  僕なんかしみじみしちゃってさ(泣)。なんとかしてやりたいなって思っちゃう。
(中略)
D  ただ、この人は器用すぎる。前回僕が読んだ近未来ハードボイルドも、周到さはプロ作品よりも高いし、テクニックの確かさは特筆に価する。ただ、この人にしか、この世界は書けないと思わせる、個性がどうしても現れてこないんだよ。今回は、物語の仕掛けにオリジナリティがあるのだけれど、主人公の造型に個性が感じられなかった。でも、確かに75点は厳しすぎたかも……。よし、この人には会いに行きましょう。
 あらすじを見ると、ミスターペッツの『虚擬街頭漂流記』が思い浮かぶ。「ポートピア連続殺人事件」はプレイしたことはないが、ゲームデザイナーの堀井雄二が作ったゲームで1983年に発売になっている。詠坂雄二の短編「そしてまわりこまれなかった」(『ジャーロ』35号、2009年3月)で、()()()()の詠坂雄二は、ペンネームの由来は堀井雄二だと語っている。また、『電氣人閒の虞』のサブタイトル「monster surprised you!」は、「ポートピア連続殺人事件」に出てくることばである。
 編集D氏は、前の回の『シーダイド』に続いてこの作品にも高い評価を与えており、この後、作者に会いに行っている。

『序 伽藍堂』 (第26回座談会、2004年1月増刊号)

 前の回は大きく取り上げられていたが、この回は『シーダイド』に続くシリーズものの応募だったためか、あまり取り上げられていない。
D  『序 伽藍堂』。前回に続きアイロニックボマーさんです。これも結構いいのよ。でも、この人ずっと近未来ハードボイルドシリーズ書いてんだね。今回は連作短編。アイデアはいいし、世界設定もよくできてる。特に二編目はよかった。ただ、同じシリーズばかりを書いていたんじゃだめだよ。今までのものを全て捨て去って、これで勝負といったものを見せて欲しいです。

『エスファイブ』 (第27回座談会、2004年5月増刊号)

 シューティングゲームのプレイヤーの青春+事件を描いた作品。編集D氏が引用している作者の2つのことばが非常に詠坂雄二らしい。
D  この人、常連で、すごく書いてくるのが早くてね、しかも、ちゃんと最後まで読ませる。でも、この人自身は、ほんとに小説書きたくて書いてるのかなあ、と疑問を感じさせてしまう、という困った人です……。お会いしてみたら本人も自覚していて、「自分はなんで小説書いてるのか最近わからなくなってきました。おれは昔、小説なんか書いていたと、年取ってからバーのカウンターでグチをこぼすために書いてるのかな」と。
L  わかってるんだ、自分のこと。
J  器用貧乏なんだよね。
D  今回のはまだだめなんだけど、何が書きたいのかは、はっきり伝わってきた。今回の小説は、ゲームとともに過ごす青春が書きたかった話だと思った。シューティングゲームには「シューター」という言葉があって、シューターには求道的なものがつきまとっている。その精神の書き方がすごく面白かった。でも、まだ書き方がぬるい。つまり、シューターを直接書くんじゃなくて、ゲームとは関係の薄い事件を通して語ろうとしているから、そこがちょっと逃げている印象を受けた。
J  昔はシューティングゲームこそゲームセンターの花形だったけど、今は虐げられていますよね。
D  そう、そこも書かれてあった。僕はこの話、『池袋ウエストゲートパーク』みたいな感じの造りでこういうテーマを書いたら、ずっと面白かったんじゃないかという気がしました。ゲーマーだからこそ起きた事件というのを書くとずっと面白いという気がします。
J  いやー、僕の中で彼の評価がすごくあがりましたよ。
D  手紙の中で「慣れないことはするもんですね」とあったんだけど、ちょっと、しんみりとしてしまった。ほんとデビューしてもらいたいですよ、この人には。

『ゴーストフェンス』 (第30回座談会、2005年5月増刊号)
「平和な日本は、嫌いですか?」

 この回は2作投稿。舞台設定を見ると有栖川有栖の『闇の喇叭』が思い浮かぶが、この作品はミステリというよりは戦いのシーンなどがメインの作品のようだ。
P  これは日本が舞台で、アメリカ主導の国、ソ連主導の国、天皇主権の国の三つに列島が分割されていて、その真ん中に国連統治領があるという設定です。僕はこの設定だけでワクワクしてしまいました。
K  スケール感あるね。
P  そうなんですよ。で、話は国連統治領で、ある二本足の兵器が見つかり、天皇主権の国の女性武官がその調査に乗り出すという話です。でも、兵器の謎を追う話や戦いシーンばかりに終始していて、話に華がないんですよね。そのような物語が好きな人にはたまらないんですが。設定が面白いだけに、国同士のせめぎ合いみたいなものを見たかったな。
D  この人、常連さんですが、いつも華がないんだよね。実はこの人に一回会ったことがあるんですが、面白いものはもっているなという感じはさせる人なんですけど。

『lives with sprites』 (第30回座談会、2005年5月増刊号)
「小説より、ゲームが好きな俺達へ」

 『ゴーストフェンス』と同じ回の投稿。光文社の『ジャーロ』で連載されているシリーズ「ゲームなんてしてる暇があった」の原型になったものか?
O  キャッチは「小説より、ゲームが好きな俺達へ」ですね。十六本の短編が入っています。
D  連作短編ってことかな?
O  いえ、一作ごとの純粋短編です。全作品がいわゆるTVゲームを素材としてるんですよ。
D  実在のゲームだね、これ。
O  ゲーム自体を私がわからない話が十本。でも、ゲームがわからなくても、キャラクターがしっかり書けて読めるものが二、三本。ゆっくり丁寧に書けば、ミステリーを離れてもちゃんと書ける人です。特に心象風景はきれい。ただ全体としては、ゲームがわからなかったらダメ。ということで、今回もアカンみたい……。
Q  僕も知らないゲームがある!
D  「カオスフィールド」だとか、「ガングリフォン」だとか。シューティング好きだね。
P  なるほど~。『ゴーストフェンス』で戦いのシーンが異常に細かいのはこういう理由なんですね。
(中略)
O  あと、作品とは関係ないんですが最終ページにある著者の一言が心を打ちます。「今回が、いちばん小説を書いてて楽しかったです」って。憎らしい、やることが。"人たらし"だ。
D  そういう憎らしい部分が物語に出てくるといいんですが、次作に期待しましょう。
 今まで詠坂雄二を高く評価していた編集D氏だったが、この回を最後に異動になっている。

『マッシュルーム』 (第31回座談会、2005年9月増刊号)
「ドラッグ・ロマンス・ハードボイルド・ジュヴナイル」

 四色のコピー用紙を使っていることが初めて言及される。デビュー作の『リロ・グラ・シスタ』の作風につながっていく学園ものがここで初めて登場する。
T  紙が四色で、カラフルできれいなんですけど……。文章はよく書けてるんですけど……、なんか残らないし、悦に入ってるし。
P  この人、いつも文章はいいんだよね。
T  この作品、出てくるのが男の子ばかりなんです。主人公が副業で探偵をやっている将棋部の男の子なんですが、学園の生徒会の陰の権力者みたいな友人が、主人公に調査をやめろとしきりに言ってきます。で、結局、その子と対決してしまって……という展開なんですけれども、ちょっとボーイズノベルスっぽいところがあって……。だから逆に、ボーイズノベルスとかにしちゃったほうが、潔いのかなと思いました。ちょっと中途半端な設定だったのが残念です。
K  ボーイズノベルス系かなあ?
T  「智道は、僕より仕事の方が大事なんだね」とか言ってますよ。
 「ボーイズノベルス」というのはいわゆる「ボーイズラブ」のことだと考えていいのだろうか? 詠坂雄二がそちらに行ってしまわなくて良かった……。

『LETTER』 (第32回座談会、2006年1月増刊号)
「貴方がそうであるなら、私は嬉しい」

 この回は2作投稿。「ミスター・カラフル」というあだ名が登場する最初で最後の回。これも学園もの。
P  お待たせしました。四色の紙に原稿を印刷するミスター・カラフルです。
一同  ○○○○○!(ペンネームを唱和)
P  ご唱和ありがとうございます。この人、文三の皆様ご存知のように文章は読ませる力を持っています。
O  苦節ウン年、今回はどう?
P  この作品を読んで分かりましたね。新しくチャレンジするものがどんどん良くない方向に行っている気がしてなりません。ちなみに今回の話ですが、学園が舞台の話でして、【注:以下はネタばれがあるので、引用はしないでおく】

『フラグス』 (第32回座談会、2006年1月増刊号)
「小説家なんか目指さずに済む高校生活」

 『LETTER』と同じ回の投稿。『マッシュルーム』と同じシリーズの作品。
T  前回投稿があった学園ものの続きです。同じ登場人物。将棋部員で、でも裏稼業が探偵の高校生の……。
L  個人的なシリーズは禁止したはずだけどなぁ。
T  続きでまた同じタッチで書いてきてるから、もうダメなのかなと思ったりします。そうそう自己紹介欄に、「潮時ですか?」って書いてありますよ。
P  Tさん、引導渡しとく?
T  もう一作、全く違うのを書いてください。命賭けて書いてきてほしい。で、ダメだったら、本気で潮時。

『パラディソ』 ほか1作(第33回座談会、2006年5月増刊号)
「手繰レタ電波ガ癒シヲ気取ル、条理的発狂学園物語」

 「もう一作、全く違うのを書いてください」という言葉を受けて書かれた作品。哲学的な方向に行ったらしく、どんな作品だったのか非常に気になる。
R  おっ、プリントアウトした紙がカラフルなあの常連さんだね。いつも数多く投稿してくれるんだけど、自分内シリーズやっちゃったりと悪い方向へ行っている気がするんだけど。
S  なんか訳がわからなかったな。出てくる名前も学校も……。
T  学校? また続き物? 前回は将棋部で裏稼業が探偵だったんですけど。今回は何部なんでしょう。
N  梗概見る限り、哲学的ですね。
P  何だかいつもと違うね。
O  ひとつ階段をのぼったって感じ?
L  それはどうなんだろう。
R  これからこの人をどうするかって問題もあるから、文三歴の長いLさん、読んでみてよ。
L  わかりました。ちなみにこの人、もう一作品出してて、私が読んだんだけど、それは自分内シリーズでした。

その後

 詠坂雄二は、2007年8月に学園を舞台にした本格ミステリ『リロ・グラ・シスタ the little glass sister』でデビュー。以降も『遠海事件』(2008年7月)、『電氣人閒の虞』(2009年9月)、『ドゥルシネーアの休日』(2010年7月)と、独自のひねくれたミステリを発表し続けている。2010年12月には、講談社ノベルスへの凱旋作(?)『乾いた屍体は蛆も湧かない』も刊行された。単行本以外では、某作の外伝的短編「ドクターミンチにあいましょう」や、『ジャーロ』で連載中のゲームを主題にした短編シリーズ〈ゲームなんてしてる暇があった〉などがある。また今年3月には台湾で、『電氣人閒の虞』の繁体字中国語版『放電人』が刊行され、海外デビューも果たした。
 当代随一のひねくれミステリ作家として、今後も目が離せない作家である。