ソ連/ロシア推理小説翻訳史 > S・アレフィエフとL・サモイロフ=ヴィリン

2011年5月9日-28日

※未完成

Index

1955年 日本でのソ連推理小説紹介の動向

  • 『政界往来』1955年8月号に、アレフィエフ「万年筆殺人事件」(訳:袋一平)(未見) / С. Арефьев "Глубокий снег"(深い雪)

  • 『探偵倶楽部』1955年10月号および11月号に、L・サモイロフ=ヴィリン「夜の雷雨」(訳:袋一平) / Лев Самойлов-Вирин "Майор милиции" http://www.ozon.ru/context/detail/id/5469630/
    • この作品は原典の情報が掲載時に示されている。原題(不明)の直訳は「警部」で、『ともしび』(アガニョーク)1955年6月19日号、6月26日号、7月3日号に連載されたもの。
    • 10月号の目次:「ソ連誌連載・最近の探偵小説!!本誌の特ダネ!」
    • 11月号の巻頭:「ソヴエト作家の長篇探偵小説の完訳が発表されるのは、恐らく本篇が最初であろう。」

  • 『探偵倶楽部』1955年10月号に、袋一平「ソヴエト推理小説の動向」(p.271)
    • 「ソヴエトでも近来は科学空想小説、冒険小説、そして推理小説が非常に盛んになってきました。ジュール・ヴェルヌやコナン・ドイル、ジャック・ロンドンやアラン・ポーなどはいわゆるベストセラーの中にはいっております。またモスクワでは作家ロマン・キム氏などを中心として推理・探偵もの専門の雑誌を発行する、というような計画も聞いています。ソ連としては真に破天荒な話といわなければなりません。(改段落)したがって、ソ連独自のものも続々と創作されてきました。なかでも科学空想ものは大きなシリーズとして、いずれも百万単位の部数で発行されています{。}推理・探偵ものははじめスパイものの形で出発し、ごく最近になって本格的な創作がヒノキ舞台にあらわれてきました。現在のところアレフィエフサモイロフ=ヴィリンの二人がその先頭を切っています。その経歴は目下モスクワに問い合わせ中ですが、おそらく、この方面の新進作家ではないかと考えられます(。)(改段落)なお、ソヴエトの推理・探偵小説がふつうの芸術小説と同格にみられて、第一級の雑誌に掲載され、また第一級の出版として取扱われ、高い地位をもっていることは注目されていいと思います。」

  • 『宝石』1955年12月号に、袋一平「ソヴエトの推理小説」(pp.122-123)

 『探偵倶楽部』10月号に「本誌の特ダネ!!」として突如掲載されたソ連の推理小説は、やはり探偵小説界の注目を集めたのだろう。当時の探偵小説の牙城たる『宝石』の12月号に、翻訳者の袋一平氏によるソ連の推理小説の略史がすぐに掲載されている。

  そもそも、この「ソ連/ロシア推理小説翻訳史」をまとめはじめたのが、このページで扱うアレフィエフとサモイロフ=ヴィリンの作品を雑誌『探偵倶楽部』誌上で見つけたからだった。

S・アレフィエフ (С. Арефьев)

 作家の詳細不明。ファーストネームがなんなのかも、生没年も分からない。ソ連の雑誌『アガニョーク』に掲載した短編3編をまとめた単行本『赤い小箱(Красная шкатулка)』(ネット書店リンク)が1956年に刊行されている。

「万年筆殺人事件」?「深い雪」?(『政界往来』1955年8月号)

 アレフィエフ「万年筆殺人事件」の掲載誌は実見していない。袋一平「ソヴエトの推理小説」によれば、アレフィエフは1954年にソ連最大の週刊誌『アガニョーク(ともしび)』に短編「試射場の秘密」を発表。1955年の春、同誌に2作目の短編「深い雪」を発表した。この「深い雪」は、敵のスパイが万年筆に仕込んだ特殊な銃で人を殺し、情報官がそれを捜査するというスパイもの(反スパイもの)だとのこと。
 「ソヴエトの推理小説」では、『政界往来』1955年8月号に掲載された作品は原題・邦題とも「深い雪」とされているが、中島河太郎氏が作成していた翻訳作品リスト(会報102号、1955年11月)では、1955年8月号に掲載された作品は「万年筆殺人事件」とされている。「深い雪」のあらすじからみて、いずれにしろ同じ作品を指しているのだろうが、なぜ食い違っているのかは分からない。どちらかが副題のような扱いだったのだろうか。なお、さすがの中島河太郎氏も『政界往来』という雑誌まではチェックしていなかったようで、「万年筆殺人事件」がリストに加えられたのは、『宝石』で袋一平氏がこの作品について紹介した後だった。
 アレフィエフの「試射場の秘密」、「深い雪」、「赤い小箱」(『探偵倶楽部』1957年1月号に訳載)の3編は、ソ連では1956年に短編集『赤い小箱(Красная шкатулка)』(ネット書店リンク)にまとめられ、シリーズ「アガニョーク図書館(Библиотека "Огонек")」の1冊として刊行されている。

「赤い小箱」(『探偵倶楽部』1957年1月号)


「試射場の秘密」(日本初のSF商業誌『星雲』創刊号(1954年))

 ソ連の推理小説の邦訳について調べ始めてしばらくは、アレフィエフ作品の邦訳は袋一平氏が翻訳した2作品「万年筆殺人事件」(深い雪)、「赤い小箱」しかないと思っていたが、何かの参考になるかと思って深見弾(1978)「ロシヤ・ソビエトSFはこんなに訳されている(戦前)」を読んでみたところ、1954年に創刊号のみ刊行された日本最初のSF商業誌『星雲』になんとS・アレフィヨーフ「試射場の秘密」というのが載っているらしい。これは、袋一平(1955)「ソヴエト推理小説の動向」で「試射場の秘密」というまったく同じタイトルで触れられているアレフィエフの作品だと見ておそらく構わないだろう。

L・サモイロフ=ヴィリン

 アレフィエフ「万年筆殺人事件」の原典は、『探偵倶楽部』1957年1月号にアレフィエフ「赤い小箱」が掲載されたときに名前と原題がキリル文字で示されていたので、それとの関連であっさり見つかったが、サモイロフ=ヴィリンは綴りが分からず、ロシア語が分からない自分からすると原典探しはちょっと苦労した。分かってみればなんのことはない、ネット書店で「Библиотека "Огонек"」(アガニョーク図書館)で検索して出版年度順にソートをかければ、アレフィエフの短編集『赤い小箱』のすぐ横に並んでいたのである。『夜の雷雨』は雑誌『アガニョーク』1955年6月19日号、6月26日号、7月3日号に連載され(これは『探偵倶楽部』に書いてあった)、翌1956年に「アガニョーク図書館」の1冊として単行本が刊行されている。
 「夜の雷雨」掲載時に袋一平氏が書いた「ソヴエト推理小説の動向」にソ連の推理作家のロマン・キム氏の名前が見られるが、江戸川乱歩は翌1956年に知人を通じてこのロマン・キム氏と連絡を取り、文通を開始している。ロマン・キム氏が江戸川乱歩にあてた手紙で、『探偵倶楽部』にソ連の推理小説が翻訳されたことについての現地の反応を知ることができる。

『宝石』1957年8月号、ソ連の推理作家ロマン・キムが江戸川乱歩にあてた手紙(第三信)(訳:木村浩)より
 小生は、木村浩氏が送ってくれた雑誌「探偵倶楽部」(五六年一月号)をソヴェトの探偵作家に見せました。この号には、サモイロフ・ヴィリンの「夜の雷雨」(ロシア語の原名は「民警少佐」)がのっていますが、これは実際の事件をもとにして書かれたもので、原作者は自分の作品が日本語に訳されたことを非常によろこんでいます。もっともこの中篇はそれほど成功した作品ではありません。これよりもずっとすぐれた作品が沢山あらわれている現在、われわれはそれらが日本語に翻訳されることを非常に期待しています。(改段落)ソヴェトの探偵作家たちは、先生及び日本の探偵作家クラブに熱烈な挨拶を伝えてくれるよう小生に申出ました。

 「夜の雷雨」についてはばっさり切り捨てているので苦笑するしかないが、ソ連の推理作家たちは日本の探偵小説界に好意を持ってくれたようである。ソ連の推理作家たちは、幼少期を日本で過ごしたロマン・キム氏を除けば日本語はまったく読めなかっただろうが、「夜の雷雨」は挿絵も『アガニョーク』から転載しているので、ソ連の作家たちも、遠い異国の地でソ連の推理小説が翻訳され読まれていることを実感できただろう。

 さて、袋一平氏によるこのソ連の新人推理作家たちの紹介はまさに先駆的な試みだったが、アレフィエフとサモイロフ=ヴィリンの両氏は残念ながらその後ソ連の文芸界で活躍することはなかったようで、どちらも単行本が1冊出ているだけである(短編の雑誌掲載はほかにもあったかもしれないが)。ロシアではおそらく忘れ去られているこの作家たちが、異国の日本では「最初に訳されたソ連の推理作家たち」として名前が刻まれているというのはなかなか面白い。


最終更新:2011年05月28日 23:15