掲載記事1989年


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1989
● 「共同討議 〈数学の思考〉をめぐって:自己言及的、あるいは対角線的諸問題へ」(倉田令二朗・森毅・市川浩・柄谷行人との座談会) 、『季刊思潮』no.3、1989.1→柄谷行人『シンポジウム』思潮社、1989
● 「浅田彰の超ジャーナリズム・ゲーム(1) 天皇制・リクルート・消費税 ニッポン無責任の構造」、『GORO』16(1)、小学館、1989年1月1日号
● 「浅田彰クロストーク89⑧」(関曠野との対談)、『朝日ジャーナル』1989年1月6日
● 「ナショナリズム・天皇制・リクル-ト疑惑の系譜:「イエ社会」から国際国家へ 日本の選択」(久野収との対談)、『エコノミスト』1989年1月10日号
● 「浅田彰の超ジャーナリズム・ゲーム(2)」、『GORO』16(3)、1989年1月12日号
● 「虚構の調和を維持させる母性的な構造」、『朝日ジャーナル』1989年1月25日号「総検証=天皇と日本人:天皇制のいま、そしてこれから」
● 「浅田彰の超ジャーナリズム・ゲーム(3)」、『GORO』16(3)、1989年1月26日号
● 「アナ・バラッドBallard Barrado Baudrillard:アメリカン・ドリームのシミュラクラをめぐるコラージュ」、『美術手帖』1989年2月号
● 「昭和精神史を検証する」(柄谷行人との対談)、『文學界』1989年2月号→柄谷行人『ダイアローグIV 1987-1989』第三文明社、1991.12
● 「浅田彰クロストーク89⑨」(富岡多恵子との対談)、『朝日ジャーナル』1989年2月3日
● 「浅田彰の超ジャーナリズム・ゲーム(4)」、『GORO』16(4)、1989年2月9日号
● 「ゴダール「右側に気をつけろ」 善悪の彼岸に“曙光”」『朝日新聞』朝刊1989年2月20日→改題「映画の始まり、映画の終わり」、『映画の世紀末』新潮社、2000
● 「浅田彰の超ジャーナリズム・ゲーム(5)」、『GORO』16(5)、1989年2月23日号
● 「久和ひとみのWhat’s New経済 世紀末時代の読み方:ポストモダンの次に来るもの」(聞き手:久和ひとみ)、『経済セミナー』1989年2月号
● 「高密度集積絵画-バイルレの<日本>」、海上雅臣編『トーマス・バイルレ「高密度集積絵画」』UNAC TOKYO、1989.2
● 「「おタク」の言葉遊びは決して小説にはなりえないという残酷な事実」、『ブックレビュー01 誘う書評・闘う書評』弓立社、1989.3 :他の執筆者は鶴見俊輔・金井美恵子・関川夏央・松山巌・川本三郎など
● 「浅田彰クロストーク89⑩」(中森明夫との対談)、『朝日ジャーナル』1989年3月3日
● 「浅田彰の超ジャーナリズム・ゲーム(6)」、『GORO』16(6)、1989年3月9日号、 pp.160-161 (この連載が第7回以降掲載されたのかは本項目記述者は未確認。古い2chスレ情報では翌年2月8日号まで続いたと記されているが、もしそうなら休載がなかった場合全28回となる)
● 「徹底討議 パワフル・リテラチャー:世界帝国の文学」(佐藤良明・巽孝之との座談会)、『ユリイカ』1989年2月号「特集=ピンチョン:現代アメリカ最大の問題作家」→改題「トマス・ピンチョン:世界帝国アメリカの文学」、『20世紀文化の臨界』青土社、2000
● 「メランコリーはもっとも高貴な感情である」(ヴァレリー・アファナシエフへのインタヴュー、1989.3.31.)、『Marie Claire』1989年7月号→ヴァレリー・アファナシエフ、平野篤司・明比幸生・飯沼隆一編訳『音楽と文学の間』論創社、2001
● 「浅田彰クロストーク89⑪」(中井久夫との対談)、『朝日ジャーナル』1989年4月7日
● 「アンゼルム・キーファー:ドイツからのマイスター」、『美術手帖』1989年4月号「特集=アンゼルム・キーファー」
● 「共同討議 〈近代の超克〉をめぐって:関係の内面化状況から浮上する〈日本〉という無根拠な自信」(廣松渉・市川浩・柄谷行人との座談会)、『季刊思潮』no.4、1989.4→柄谷行人『シンポジウム』思潮社、1989
● 「浅田彰クロストーク89⑫」(Sylvère Lotringerとの対談)、『朝日ジャーナル』1989年5月5-12日号→改題「アメリカは退屈で死に、日本は虚無をぬくぬくと生きる:シルヴェール・ロトランジェとの対話」、『「歴史の終わり」と世紀末の世界』小学館、1994→改題『「歴史の終わり」を超えて』中央公論新社(中公文庫)、1999
● 「死の天使:メイプルソープのための夜の祈り」、『美術手帖』1989年6月号「追悼 Robert Mapplethorpe:The Death of an Angel」
● 「現代建築の変容」(黒川紀章との対談)、『建築文化』1989年6月号「特集=黒川紀章:意味の生成へ」→黒川紀章『建築論II-意味の生成へ』鹿島出版会、1990
● 「浅田彰クロストーク89⑬(完)」(Ingo Guntherとの対談)、『朝日ジャーナル』1989年6月2日号→改題「芸術とは、別の手段による戦争の継続である:インゴ・ギュンターとの対話」、『「歴史の終わり」と世紀末の世界』小学館、1994→改題『「歴史の終わり」を超えて』中央公論新社(中公文庫)、1999
● 「対談 フランス革命二百周年」(樺山紘一との対談)『読売新聞夕刊』1989.07.13
● 「共同討議 昭和批評の諸問題1925-1935」(柄谷行人・蓮實重彦・三浦雅士との座談会)、『季刊思潮』no.5、1989.7→柄谷行人編『近代日本の批評:昭和篇上』、福武書店、1990→『近代日本の批評I:昭和篇上』講談社文芸文庫、1997.
● 「建築とディコンストラクション」(磯崎新・柄谷行人の対談に司会として参加)、『季刊都市』no.1、1989.7「特集=ポスト・ポストモダン都市」、河出書房新社→柄谷行人『ダイアローグIV 1987-1989』第三文明社、1991.12
● 「ポスト-ポストモダン都市への導入」、『季刊都市』no.1、1989.7「特集=ポスト・ポストモダン都市」、河出書房新社
● 「無根拠な自信に拠って責任とる発言する仕事」、ピースボート99編『なれるものなら、なってみな:就職“絶望”講座』第三書館、1989.9
● 「解説」、アナ・バラッド『アナ・バラッド写真集』ペヨトル工房、1989.10
● 「共同討議 昭和批評の諸問題1935-1945」(柄谷行人・蓮實重彦・三浦雅士との座談会)、『季刊思潮』no.6、1989.10→柄谷行人編『近代日本の批評:昭和篇上』、福武書店、1990→『近代日本の批評I:昭和篇上』講談社文芸文庫、1997.
● 「反資本主義ハイパーリアリズム:ハンス・ハーケの抵抗」、『美術手帖』1989年10月号「反資本主義ハイパーリアリズム:ハンス・ハーケとイアン・ハミルトン・フィンレイ」
● 「「死んだ美女」が甦える場所」(渡邊守章との対談)、『文學界』1989年10月号「特集=オペラの愉楽」
● 「認識論的革命との出合い」(津田一郎との対談)、『科学朝日』1989年10月号「特集=カオス:予測を拒絶する世界」
● 「武満徹の<歌>」、『ミュージングゾーンⅠ 武満徹作品集』フォンテック、1989.10.25
● 「原点へ戻るとき:安易な「西欧近代の普遍主義」を排して」(柄谷行人・関曠野との座談会)、『朝日ジャーナル』1989年12月25日緊急増刊号「「東欧」大爆発:「壁」以後の世界と日本」

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