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シミュレーターが異常を検知して緊急停止した時には、
全てが終わっていた。
そのテストは、今まで日本でサードインパクトの後、
アスカが散々苦しめられてきた量産機との戦いの再現シミュレーションで、
別にやる意味はなかったのに、とミサトさんは吐き捨てるように言った。
確かに、あのシミュレーションをやった夜のアスカの疲弊した姿は、
僕しか知らないかもしれないけれど、相当なものだった。
そのデータはMAGIを介してドイツ支部にも提供されている筈。

アスカがそれを望んだから、実験は強行された、
というリポートがドイツから届いても、ミサトさんは納得いかなったらしい。
そして、アスカをドイツへ出向させた自分を責めていた。
「シンジ君も、読む?」
「え、いいんですか?トップシークレットの筈じゃあ…」
「あなたはこれを読む資格があるわ。
むしろ、読むべきだし、読んで欲しいの。」
新たな一杯と共に、どこからともなく現れた20枚程のA4用紙。
「惣流・アスカ・ラングレーの意識障害事故について」
時系列で並べられたアスカの行動と、ドイツネルフの対応。
ドイツネルフの対応と「原因不明」の羅列は言い訳にしか思えなかったけれど、
それでも食い入るように読んでしまう。
原因不明の羅列の中で、ただ1つ、原因を示唆するものとして、
アスカのお母さんが事故に遭った施設と同じ施設で今回の実験は行われた、
との一文が目についた。
おそらく、その推測は間違ってはいないだろう。
でも、だからそれがなんだってんだ。
シミュレーションの内容は、日本でやっていたものとほぼ同じもの。
日本語とドイツ語くらいの違いしかない。
確かに、やってみてどうなる、というものではないのかもしれない。
けれど、アスカはシミュレーターに自ら望んで、乗った。
事故が起きた瞬間にアスカが叫んだ最後の言葉、
そこで僕の時は一瞬、止まる。
そこに書かれていたアスカの最後の一言は、あまりにも僕の想像というか、
願望通りで、その一言を読んだ瞬間に鳥肌が立つ。

「Hilfe,Shi….」
(ネルフ本部註「助けて、シ….」
配偶者である本部所属碇シンジを呼んだものと推測される)

僕を呼ぶ声、僕を求める声。
僕には届かなかった。僕は聞こえないふりをしていた。
なぜ、もっと早くにお互い気づかなかったのだろう。
僕もアスカも、お互いをこんなにも求めていたことを。
耳の奥で、痛いほど、アスカの声が鳴る。
「私の気持ち、考えたこと、ある?」

ゆっくりと時計の針が回っていく。

「アスカもどうして受ける気になったのかしら…。」
沈んだ表情で語るミサトさんの豊かな黒髪の中に、
白いものが1、2本混じっているのが見える。
「僕には、分かる気がします。」
「アスカは、きっと必要とされたかったんじゃないかって思うんです。」
寂しさの埋め合わせから来る自暴自棄を乗り越え、
僕との再会を間近に控えて、アスカがやろうとした事。
今の僕にはアスカの気持ちが分かる気がした。
「ええ、きっとそうなんでしょうね。」
ミサトさんは僕の言葉を否定も肯定もせず、といった調子で言う。
シミュレーターが緊急停止した後で救出されたアスカは、
それ以後意識を取り戻すことなく、眠り続けている。
加持さんがいなくなったのは、別に喧嘩したわけじゃなく、
アスカの迎えとドイツでの事後処理の立ち会いのためだったことを
僕はこの時まで想像もしていなかった。
瞬間、仄暗い嫉妬にも似た感情が沸き起こるが、
ウィスキーがそれを流していく。
手の中のグラス、その中に氷はもう殆ど残っていない。

「アスカはお母さんのところに行ってしまっているのかもしれないわ…」
「いえ、それは違いますよ。」
「シンジ君…」
「僕はここ最近、よくアスカの夢を見るんです…」

僕は、ミサトさんにアスカとの夢の事を話した。
LCLの臭いがする壁のこと、ホテルの部屋での出来事、
そして鏡と2人が1つになったことによる補完。
ミサトさんは一言も喋らず、僕の話を聞いていた。

僕が話したいことを話してしまうと、ミサトさんは僕に向き直り、
「シンジ君、アスカの居場所に案内するわ。」
と、僕が一番待っていた一言を与えてくれた。
その一言とミサトさんの表情に、何かしらの希望を託して、
僕たちは夜明けの街を、ネルフ本部に向かう。
「ところで、」
道中、ミサトさんが僕に向き直って訊いてきた。
「シンちゃんは、アスカと再会したら、どうするつもりだったの?」

ジオフロント内に入ってから、僕はようやく答えることができた。
「まずは、謝ろうと思ってました。でも、多分それじゃあいけなかったんです。」
ミサトさんは次の言葉を待っている。
「僕とアスカは、遠回りをしたけれど、
ようやくこれで本当の夫婦になれるような、
そんな気がしたんです。だから、」
「だから?」
「…やっぱりアスカに謝って、それから抱きしめて、やり直そう、って
そう言うつもりでした。」
「それだけ?」
ミサトさんは優しい表情で、僕に最後の一言を言わせようとしている。
「お互いに、信じ合うことを僕たちは忘れていたというか、
知らなかったと思うんです。
だから、今度は僕はアスカを精一杯信じて守ってあげたい、って思って…」
でも、そのアスカは目を覚まさない。
夢の中ではなく、直にアスカの声を聞きたい。
俯いた僕の顔から、滴が何滴も落ちていく。
「アスカを信じたら、きっとアスカも僕を信じてくれる、
そう思っていたのに…」
ミサトさんは、黙って僕の頭を抱き、薄い茶封筒を、僕の手に握らせた。
出会った頃は、僕はミサトさんの肩くらいまでしか背がなかったのに、
今は完全に逆になっている。
それでも、俯く僕の頭を、自分の肩に引き寄せ、
ミサトさんは精一杯、彼女なりに出来ることをやり遂げてくれた。

「ありがとうシンジ君。その言葉を聞いてお姉さん安心したわ。
だから、私はシンちゃんにこれを返さなくちゃ。」
手に握らされた封筒、そこには薄い紙が一枚。
広げると緑の字体で「離婚届」。僕とアスカのサインと捺印。
「ミサトさん…」
「1年間離れてみて、駄目だと思ったらそこで出そうと思っていたの。
でも、その必要はもうなさそうね。」

微笑んでウィンクをするミサトさんに、僕は何てお礼を言ったらいいのか、
これっぽっちも分からなかった。
さっきとは別の涙が頬に道筋を作り終わった頃、
僕たちはその部屋に到着した。

そう、僕は遂に辿り着いたんだ。
アスカのもとに。
病室の入り口には、加持さんが立っていた。
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