いつも、何度でも

 そこは、どこかの屋根裏みたいな、暗い一室で。
アスカは窓際のベッドに横になっていた。
「ドイツではこんな部屋に住んでいたのよ」とアスカはちょっと笑って言う。
「まるでゲシュタポから身を隠すユダヤ人みたいじゃない?」
そう言うとアスカは今度は自嘲気味に、鼻でふっ、と笑う。
僕は、何も答えられない。

話したいことはたくさんあった。
謝りたいこと、アスカに訊きたいこともたくさんあった。
でもそれは、壁の向こう側に置き忘れてしまったように、
僕の頭の中に浮かんでこない。
ただ、目の前にいるアスカ(幾分やつれているように見える)が、
僕の胸の中でいっぱいになる。
その姿で溺れそうになるくらい、アスカは僕の心の中をぱんぱんに膨らませ、
それ自体で僕を抱きしめ、愛撫し、そして非難する。

「私の気持ち、考えたこと、ある?」
ゆっくりと、一言一言を噛みしめるかのように、アスカは言う。
「アスカは、僕の気持ちを、考えたことはあるの?」
自分でも驚くくらい、予期しない発言。横に別のシンジがいて、
そいつが喋ったかのような感覚。

意外にもアスカはにっこりと微笑み、言った。
「あたしたちは、もう元には戻れないのね…。」


「そんなことない!」
これは僕の魂をかけて、誓って言える言葉だ。今度は確かに僕が言った。
「アスカの気持ちに、どれだけ気づかなかったか、
僕はここ数週間で君に教えられた。
なんていうか、とにかく僕は間違っていた。だから…」
アスカは僕の言葉を途中で遮るように、首を振る。
「いいえ、間違っていたのは、あたし。それに気づかなかったのが、シンジ。」

溜め息をついてから、彼女は枕元からヴァージニアスリムを取り出し、
これもゆっくりとした動作で、火を付ける。
アスカが煙草?信じられない。
「ドイツに来てから、吸うようになったの。おかしいでしょ?」
自虐的に、それでいて彼女の目は残酷なほど僕を鋭く射通す。
「や、やめなよ、アスカ…。」
僕は一歩、彼女に近づく。
「来ないで!」
突然、アスカの豹変したようなヒステリックな声に、
僕のカラダは金縛りに遭う。
「アスカ…」
彼女は、泣いている。涙も見せずに、心の奥底で、泣いている。
それだけは、はっきりと分かった。
そう、分かったんだ。そう思っていた。

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最終更新:2007年08月12日 01:23
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