その指先で一話

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さて、何からお話したらいいでしょうか。 彼は私の前にゆっくりとした動作で腰掛けると、そう言った。 こけた頬に光ばかりが集まった大きめの目。 その目で私を見つめ、何か諦めたような微笑みを浮かべて、彼はゆっくりと語り出した。 彼の名前は、碇シンジ。 僕はご存知の通り、あの動乱の中心にいた人間の1人です。 僕は、僕が壊した世界にまた戻ってきた時に、今の妻が傍にいてくれたことで、 自分を取り戻すことができました。 けど、その代わりに自分の中からこぼれ落ちていったモノも数多くある、 その事に後になって気づきました。もう、遅いんですけれどね。 最初に断っておきますけれど、絶対に妻には内緒にしておいてくださいね。 あと、職場の上司にも。こんなこと、本来なら墓場まで持っていくべきことなのに…。 いや、そんなことないですよ、誰しも心の奥に蓋をしてしまいこんでいるものがあって、 みんなそれで苦しんでいるんです。その苦しみに耐えられなくなった人のために、 私のような存在があるんですよ、どうぞ、遠慮なく話してください。 もちろん、秘密は厳守します。 そう言うと、彼はまた、私の目を見つめ、数秒たってからふっと息を吐いた。 彼が語り始める時が来た。 えっと、どこから話始めたらいいのかよくわからないんですけれど…。 とりあえず、今の妻と交際することになったあたりから話しましょうか。 どうぞ。 私は助手が持ってきた大きめのグラスに注がれたアイスティーを彼に勧め、 自分もそれを一口啜った。それを見て、彼も同じようにアイスティーを一口飲み、 美味しい、と呟いてから再び戦線に復帰してきた。 えっと、僕が彼女、アスカって言うんですけれど、アスカと知り合ったのは もう結構前のことなんです。14歳の頃だから、もう15年以上前です。 会った当初はなんだこの高飛車な姉ちゃんは、と思いました。だけど、 アスカには1人で抱え込んでいたたくさんの問題や、傷があって、 それを隠す為に無理をしていたんだ、ということがそのうちに分かってきて…、 使徒のせいで一端はバラバラになっちゃった僕やアスカの心をあの戦役の後、 僕たちは一生懸命に修復してきました。喧嘩ばかりしていた気もしますけど、 それでもお互いの欠けた部分が、使徒との戦いの頃には気づかなかった 色々な傷みたいなものが、あの赤い海から戻ってきた後には、 何故かよく理解できるようになって…、ってこんな話じゃ長すぎませんか? そんなことはないですよ。時間はありますから、どうぞお気になさらずに。 私の微笑みは彼を安心させたらしい。彼はまた一口アイスティーを飲むと、続けた。 ある日、アスカが熱を出したんです。その頃、僕とアスカは、上司の家で同居していて… いや、決して変な関係とかではないですよ、仕事の一環みたいなもんです。 で、僕が遅れて帰ってきたら、アスカがリビングで真っ赤な顔をしてるんですよ。 僕は慌ててアスカを抱きかかえて彼女の部屋に行って、寝かせてあげたんです。 そしたら、彼女が僕の服の裾を掴んで離さないんですね…。 あの時のアスカの目、可愛かったな…。 その時に、僕はきっと気づいたんです。アスカの気持ちに。アスカは僕に甘えてきていて、 その甘えがアスカのどこから来ているか、ってことも。結局、アスカはインフルエンザで、 そのまま4日間寝込んでいましたけれど、僕はずっとアスカの部屋で寝起きして 看病していました。とは言ってもずっと彼女の枕元にいただけなんですけどね。 アスカの熱と汗の臭いでむっとするような室内で、僕はずっと彼女の手を 握りつづけていました。もちろん、彼女が治る頃に、今度は僕がダウンして、 5日間寝込みましたけど。アスカは僕の看病は…してくれたっけかな? 覚えていないです。それでも、今ではいい思い出です。 その後からですかね、どちらかが言うこともなく、僕たちは2人一緒にいれば 自然と手を繋ぎ、トイレとお風呂の時以外はいつも一緒にいるようになりました。 1日目。彼と彼の妻の馴れ初めを語る彼の目は幾分輝いて、 語る口調も私が初めて彼を見た時よりは随分と幸せそうだった。 では、また明日。 そう言って帰っていく彼の背中を、私はじっと見つめていた。

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