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    <title>tulbi @ ウィキ</title>
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    <description>tulbi @ ウィキ</description>

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    <title>第5回～</title>
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      &amp;sizex(5)&amp;color(green){第5回}
&amp;sizex(5)&amp;color(blue){ギリシア・ローマ３}
　ここからはローマの話に移ります。ローマについては、ギリシア以上に時代が下るまで同時代の文献資料がありません。そのため、ローマの始まりは伝説に依拠しています。ここではそうした伝説の時代に位置づけられる王政時代が終わり共和政が始まる前509年から話を始めたいと思います。
　とはいえ、共和政初期についても同時代資料は決定的に不足しています。後代やギリシアの歴史家の記述もまた一つの解釈であることに変わりはありません。そうした中で描かれているのは、共和政初期の貴族（パトリキ）と平民（プレブス）の抗争です。イタリア半島の中心部に位置するローマは、このころ、異民族の侵入に悩まされているわけですが、そうした状態も手伝って、貴族は平民に譲歩せざるを得なくなります。こうした中で設置されたのが平民の代表である護民官です。また貴族の勝手な法の運用を防ぐため、十二表法が制定され、ローマ法の基礎となりました。    </description>
    <dc:date>2011-11-28T15:04:26+09:00</dc:date>
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    <title>十字軍</title>
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      現在においても、「十字軍」ということばが使われる場面があります。近いところでは、NATOのリビア作戦し、プーチン・ロシア首相が使用しています。いうまでもなく、「十字軍」はいい意味で使われているわけではありません。では、十字軍とは何だったのでしょうか。十字軍については、以下の問いを立てて考えます。

①目的と帰結
②十字軍の期間と範囲

①の目的については、宗教的（贖罪、聖地奪還）なものから、キリスト教徒内の平和、貴族の二男・三男の食い扶持の確保などの世俗的なものまでひとつにしぼることはできません。ただ、従来言われてきた宗教的→世俗的、ではなく、世俗的→宗教的、という見方も出てきています。
帰結のひとつとして、十字軍に従軍した貴族の没落による王権の強化、が挙げられます。

②については、対イスラムに対するもののほかに、異教徒、異端に対するものがあることを指摘しておく必要があります。山内進の『北の十字軍』は、バルト地域への十字軍を扱った名著です。そこで詳しく扱われているドイツ騎士修道会VSポーランド・リトアニア連合軍のタンネンベルク（グルンヴァルド、ジャルギリス）の戦いは、その後、政治体制が変わるたびに、さまざまに解釈されながら、「国民統合」に利用されてきた点で、歴史研究の興味深い素材となっています。ポーランドもリトアニアもともにEUに加盟した2004年以降は、多文化主義の文脈で語られています。    </description>
    <dc:date>2011-11-08T08:40:51+09:00</dc:date>
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    <title>中世</title>
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      西ローマ帝国の滅亡を起点とするなら5世紀、ピーター・ブラウンに従って、古代末期を設定するなら6，7世紀から15世紀ごろまでを、中世とすることにします。「西」ヨーロッパの国家の原型ができた時代ですが、現在の学説では、その形成過程の多様性が重要な点として強調されているようになってきています。授業では、

①封建社会の構造
②カロリング朝の成立とその特徴

を学びます。
それにしても、ヨーロッパ史を学ぶ時に多くの人が直面する困難として、同じ名前の登場人物が複数存在することが挙げられますが、カロリング家も、
ピピン、カール（シャルル）、カールマン、ルイ（ルートヴィヒ）の連続です：）優秀な先祖にあやかるという意味が込められているので、仕方のないことですが。    </description>
    <dc:date>2011-11-08T08:30:38+09:00</dc:date>
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    <title>ギリシア・ローマ</title>
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      　ギリシアおよびローマ時代を１回分の授業で扱うのは、無謀としか言いようのない試みですが、本講義では、以下の４つのサブテーマを立てることで、それを行います。

１）ギリシアとローマの比較
２）ローマの制度的展開
３）ローマはいつ、どのように滅んだのか
４）ユダヤ教とキリスト教    </description>
    <dc:date>2011-11-01T08:49:22+09:00</dc:date>
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    <title>「外国史概説」（早稲田大学教育学部）平成23年度～</title>
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    <description>
      平成23年度
&amp;sizex(5)&amp;color(green){受講者の方は、授業計画についてはシラバスをご覧ください}

この授業は、次の3つの部分に大きく分かれます。
①まず、外国史概説の導入として、「歴史」についての、個人的な考え方を述べていきます。「これが歴史だ」というような決定版ではもちろんありません。「歴史とは何か」という問いは、これまで多くの歴史家の頭を悩ませてきました。それに対する答えは、その歴史家を取り巻く社会によって変わってくると思っています。現在における「歴史とは何か」。それが本講義で考えていきたいことです。
②ギリシア・ローマ時代から第二次世界大戦までの時代の中で、現代の私たちにつながる制度、思想などについて学ぶ。現在、ヨーロッパが世界の中心ではなく、また過去においてもヨーロッパが先進的地域であった時代は必ずしも長くはありませんが、にもかかわらず、現在の社会を考える上で、知っておくべきヨーロッパの過去とその帰結があります。ただし、ここでいう「ヨーロッパ」とは不変ではありません。
③第二次世界大戦以降の現代史を学ぶ。これは、①の中でも、現在における「歴史」を考えるために不可欠な作業ですが、それに加え、受講者の皆さんが、現実社会と向き合うために必要な知識でもあります。

以上が大まかな流れです。これは授業全体にかかわることですが、この講義では、主に日本語で書かれた通史や概説書、教科書の叙述の変化に着目します。変化に目を向けることで、それが書かれた時代の社会について理解する一助になると考えるからです。

&amp;sizex(5)&amp;color(green){第1回}
&amp;sizex(5)&amp;color(blue){｢歴史」とは何か}
「歴史」とは何かについて考えます。私たちが、高校までで学んできた「歴史」とは、端的にいえば、過去に起きた出来事の中から選択されたことです。「歴史」という言葉は、「起こったこと」と「その叙述」の2つを含意しますが、前者と後者とのあいだに、「選択」という飛躍があることは言うまでもありません。
この「歴史」ですが、1980年代ごろから、新しい意味が加わったと言えます。すなわち、ピエール・ノラに代表されるような、「起こったこと」のその後における意味の研究です。言い換えるなら、それまでの歴史は、「起こったこと」の原因を    </description>
    <dc:date>2011-11-28T22:33:06+09:00</dc:date>
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    <title>マイノリティ</title>
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      ＊「マイノリティ」について

＊この講義で扱うのは、国民国家の枠内で生じる「文化的」マイノリティです。

「マイノリティ」を対象とする問題領域として、
①シティズンシップ
②教育
③歴史
に分けて考えますが、これらがそれぞれ互いに重なり会う領域であることは、言うまでもありません。また、ここでは、「マイノリティ」を便宜上、移民とナショナル・マイノリティに分けて考察しますが、バルト三国の例に見られるように、この二分法は必ずしも絶対的なものではありません。

「マイノリティ」の歴史：参考文献『マイノリティの国際法』（窪誠）
-「マイノリティ」概念の誕生は、第一次世界大戦後であると言えます。それ以前にあったのは、支配・被支配の関係でしたが、19世紀後半のナショナリズムの展開を経て、国民国家内の関係は、多数派・少数派関係への転回を見ます。
-かなり大雑把なまとめ方ですが、端的に言えば、国際情勢の不安定を避けるため、「マイノリティ」の権利を保障する少数民族保護体制が構築されます。これは、主として東欧諸国を対象としたもので、国際連盟加盟国全てを対象としたものではありませんでした。この少数民族保護体制が、国家内での法の下での平等を保障しようとしたものであったとはいえ、それは、「マイノリティ」の異化を防ぐものであったにせよ、同化を防ぐことにはなりませんでした。それゆえ、国家の枠を超えたシステムが求められることになります。それが、1925年に開催されたヨーロッパ民族会議です。この会議自体は非常にアンビバレントな存在ですが、ある意味で、近代国民国家体制への対抗であったことは間違いありません。
-第二次世界大戦後、国連の世界人権宣言に少数者の権利に関する条文がないことからもわかるように、力点は「普遍的人権」に移ります。ここに明らかな変化が見られるのは、1970年代になってからです。その変化とは、「差別禁止による統合」から「差異への権利」として言い表すことができます。    </description>
    <dc:date>2010-06-08T15:42:05+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www36.atwiki.jp/tulbi/pages/32.html">
    <title>平成22年度授業計画</title>
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    <description>
      平成22年度授業計画

第１回　オリエンテーション
第２回　[[国民国家と主権の関係の変遷&gt;http://www36.atwiki.jp/tulbi?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=32&amp;file=%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91.pdf]]&amp;bgcolor(#FFFD9F){＊添付資料あり}
第３回　国民国家と主権の関係の変遷（ＥＵの構造）
第４回　ネイション（ドイツとフランスの事例）
第５回　ネイション（ドイツとフランスの事例）
第６回　フィンランドの事例（オーランド諸島、2つの国語）
第７回　オーランド諸島と北方領土の問題の比較
第８回　ヨーロッパの[[マイノリティ]]（サーミ人）　    </description>
    <dc:date>2010-06-08T14:43:32+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www36.atwiki.jp/tulbi/pages/31.html">
    <title>エストニア語図書</title>
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    <description>
      &amp;bold(){研究室所蔵のエストニア語図書のリスト}

[[＊2010年8月27日更新&gt;http://www36.atwiki.jp/tulbi?cmd=upload&amp;act=open&amp;pageid=31&amp;file=%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%A2%E8%AA%9E%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E6%9B%B4%E6%96%B0%E7%94%A8.xls]]


作成中です。完成版ではありません。特に社会統合関連の文献は未登録です。
雑誌および両大戦間期発行の図書は、原則として含みません。    </description>
    <dc:date>2010-08-27T16:30:43+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www36.atwiki.jp/tulbi/pages/30.html">
    <title>テーマカレッジ「地域文化の歴史と現在」(早稲田大学）</title>
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    <description>
      
&lt;p align=&quot;left&quot;&gt;この授業では、北欧、バルト諸国、ロシア、ポーランドなどを対象に、地域研究という学問的手法について考えます。&lt;/p&gt;
&lt;p align=&quot;left&quot;&gt;授業の前半（7－8回）では、この地域に関するさまざまな論文等を分析し、その手法について考えます。&lt;/p&gt;
&lt;p align=&quot;left&quot;&gt;後半は、受講者による報告の形式をとります。&lt;/p&gt;
    </description>
    <dc:date>2009-01-25T13:36:07+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www36.atwiki.jp/tulbi/pages/29.html">
    <title>コメントログ</title>
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      - 　初めて拝見させて頂きましたが &amp;br()びっくり致しました。もう寝る時間なので今日はここまで。明日ゆっくり拝見させて頂きます。素晴らしい！   --  (工藤尚子と申します)  &amp;size(80%){2009-01-22 21:02:33} 
- 小森様 &amp;br()　もうすでに大家におなりになって、ご立派になられましたね。早稲田大学でご一緒させて頂いた者です。どこから質問したらいいかなんてわかりません。全部研究成果を追って行くことは難しいですが、ともかく応援しております。お差支えなければメールアドレスを工藤の今年の年賀状宛に教えて下さい。お忙しいでしょうから、メール攻めには致しません。ではまた。   --  (工藤尚子と申します)  &amp;size(80%){2009-01-23 10:39:04}     </description>
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