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 「バカな……ありえん、ありえんぞっ!」
 
  E2にそびえる城の一室。悪趣味なほど派手派手しい椅子に腰掛け、ひたすら貧乏揺すりを繰り返す男ひとり。
 
 「なぜだ、なぜこの俺が、こんなメに遭わねばならんのだ!」
 
  身を屈め、頭を抱え込んで地団駄を踏む。老朽化した天井から舞う砂埃にくすぐられ、男は大きなくしゃみをした。
 
  男の名はレンツェンハイマー。
  名門貴族ドルム公爵の子息にして、ラゼリアの太守。だったこともある。
  帰国したリュナン公子により一撃のもと屠られた事件は人々の記憶にちょびっと残り、見事に一日天下を体現したという。
  また、かの(一部軍事マニアの間で)有名な“幽霊作戦”を考案した、(自称)天才軍略家でもある。
  彼の部下がこぼした『はあ……あれは作戦……でございますか……』は名言。
  そんな華麗なるスペックを誇る彼がこのバトル・ロワイアルに招かれたのは、当然至極の結果といえよう。
 
  しかしながら、彼自身はすこぶる納得がいかない。
  高貴な身分である自分が、このゲームに投入されるなど、許されないことだ。
  これは、いわゆる“コロシアム”的な娯楽。つまるところ、被支配階級の者が、貴族の暇つぶしとして集められる場所である。
  卑しい剣闘士どもが血みどろの闘いを繰り広げる様子を、客席の高見から、下目遣いで嗜む。
  そう。本来なら、ワインでも傾けながら、ぼんやりと眺めているはずの景色の中に、自分は突然放り込まれた。
  納得など、できようはずもない。
 
 「どうするレンツェンハイマー……殺らねば、死ぬ。殺ろうとしても、多分、死ぬ……」
 
  いまの自分には、こき使える傭兵もいなければ、ルクードの剣もない。
  自分は、公子なのだ。兵士どもの上に立ち、館の中から命令を出してやるのが仕事。
  自身の力だけで、生粋の戦士に勝ち目などあるわけがない。
 
  そのとき、豆電球クラスのヒラメキが脳裏に浮かぶ。
 
 「……そうだ。俺はまだ、支給品を確認していないではないか!」
 
  椅子から立ち上がり、先ほど床へ放り投げたサックをひったくる。
  力任せに口を開け、強引に中を掻き回しはじめるレンツェン。
  望みはある。一撃必殺の剣や、絶対に寝返らない傭兵が、中に入っているかもしれない。
  両手でアイテムを鷲づかみ、押すなとばかり一気に取り出す。
 
 
 「おお、これは……!?」
 
  右手に握り締めたるは、誇らしげな金色に輝く杖。
  各所に散りばめられた色取り取りの宝石が、抜群の高級感と、高飛車加減を醸し出す。
  さらに説明書きによれば、この杖はなんとレアリティ0! まさにレジェンド、コレクター垂涎ものの一品である。
 
  左手にぶら下がっているのは、透き通る青をした、一足の靴。
  とはいえ、ただの靴ではない。ずばり。超著名ブランドロゴ入りの、最高級の靴。
  もはやこれは、履いているだけで、上流階級のステータスと言って過言ではない。
 
  さらにセイム・ボーナス! 金ぴかステッキとテカテカ靴の合わせ技。
  これらを一緒に身に着ければ、ケバさ五十倍(当社比)! さあ貴方も、今日からセレブの仲間入り!! (解説書より一部抜粋)
 
 「ほう、なかなかいい素材を使っているな。今週末のパーティはこれでキメ……って違ああうっ!!」
 
  我に返ったレンツェンが吼えた。高級靴底をガタガタ鳴らし、本格的に地団駄をはじめる。
  そして怒りのあまり、手にした杖をへし折……ろうとしたが、勿体ないのでやめた。
 
 「どどど、どういうことだ!? まともに闘うためのものが、何も入っていないではないか!!」
 
  今度は本格的に頭を抱えるレンツェン。実際問題、かなりピンチである。
  武器もない。薬もない。金もない。コネもない。八方塞がりとはまさにこのこと。
  さて、この苦境をどう乗り切るか。というところで、丁度乗り切る気力も失せてきた。普段なら、二度寝の時間である。
 
 「ちくしょう……バカにしやがって……」
 
  その場にうずくまり、床にのの字を書きなぐるレンツェン。
  にわかに絶望感が立ち込める。自分はもう、駄目なのだろうか。こんなヘンピな島で生涯を終えるなど、どうして予想できただろう。
  ああ。リュナンとか、あの暗い部屋で見たヴェガっぽいやつに斬られて、死ぬしかないのだろうか。
  やたらと髪の長いやつだった。ヴェガを茶髪にして、一ヶ月寝かせたような感じである。
  ……あの目。餌を求める肉食獣のような、血と殺しに飢えた、あの目。
  思い出すだけで背筋が凍る。ついでに一、二滴くらい、ちびってしまいそうだ……
 
 
        ド     ス     ン
 
 
 
 「ひいいいいいいぅぃぃぃいぃいいぃぃっっ!!!」
 
  突然の物音。あまりの恐怖に腰を抜かし、奇声を上げるレンツェン。ついでに二、三滴やってしまった。
  大きな音に続いて、一定の拍子を刻む、小さな音が聞こえる。足音だろうか。
  近い。部屋のすぐ前まで来ている。いうことを聞かない脚を引きずり、どうにか椅子の裏に逃げ込むレンツェン。
  一歩、また一歩と、足音は近付く。心拍数は早くも危険域を超えた。
 
  誰だ。誰がきやがる。リュナンか? 愛用のレイピアで、俺のはらわたを抉りにきたか鬼畜野郎め。
  いや……待て。逆に考えるんだ。リュナンや、その仲間なら、まだ救いもあると。
  話せば、わかるはずだ。金なら、親父のヘソクリから、いくらでもくれてやるぞ。
  ……そうか。わかった。謝る。全部俺が悪かった。屈辱だが、土下座だってしてやる。どうだ、恐れ入ったか!
 
  トン、トン。
 
 「ひゃひぃ!」
 
  心臓が跳ね上がる。ダムは決壊寸前だ。
  たしかに、誰かが戸を叩いた。人はなぜ、戸を叩く? バカでも知っている。戸の向こうに用があるからだ。
  そしていま、この島に居る人間の用件といえば何だ? 話はよく聞くことだ。殺し合いをしろと言っている。
  この部屋に、隠れる場所はない。窓もなければ、秘密の通路もない。終わった。死ぬしかない。完全に詰み。チェックメイトだ。
  あとは、些細な差だ。シュラムか、マスターソードか。首を刎ねるか、心臓をひと突きか――
  この際だ、レシピは問わない。とかくお手柔らかに頼む。いや、痛みを感じる間もないほど、ひと思いにやってくれたほうが……
 
 「……だれか、そこにいるの?」
 
 「!?」
 
  なんという予想外。よりによって、先んじて声をかけてこようとは。この策士レンツェンでも見抜けなかったぞ。
  否、自画自賛している場合ではない。こういうケースにはどう対応するか、まったく考えていなかった。
  というより、何も考えていない。ダムの制御で手一杯だ。
  焦るなレンツェンハイマー。迅速かつ冷静に、最高の答えを弾き出せ。
  相手は、こちらの存在に確信をもっていない。ということは、誤魔化してやり過ごすのが最良の策なのだ……!!
 
 
 「だれもいないよ~♪」
 
 「あっ、だれかいるんだね……入るよ?」
 
 
  ……神様。聞いてください。私は自分のことが、世界で一番大好きです。
  でも、今日この瞬間、生まれてはじめて、自分を絞め殺したくなりました。
  私は、バカです。そして、どうしようもないアホでした。
  こんなアホな私ですが、お願いです。あと一度だけ、アホな私をお救いください。
  たった一度でいいんです。どうか、私を見捨てないでください。どうか…………
 
 
 「……なにしてるの?」
 
 「ぷ、プギャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 
  でっ でた!!
  シュラムの しにがみが じごくで てまねきしている。
  あまりのきょうふに そのまま きをうしなってしまった……。
  もはや めざめることは ないだろう。
 
  ざんねん!!
  わたしのぼうけんは これでおわってしまった!!
 
 
 「う……ここは誰? 私は……レンツェンハイマー」
 
  まもなくして、レンツェンは目覚めた。半身を起こし、衣服に纏わりついた汚らしい砂埃を、せっせと払い落とす。
  ああ、夢ではなかったのか。このバトル・ロワイアルという悪夢に舞い戻るくらいなら、いっそあのまま……
 
 「ねぇ、だいじょうぶ?」
 
 「うひょーい!」
 
  思わず跳び上がる。零距離で響いたささやき声に、一気に現実へ回帰するレンツェン。
  そのままがに股で後ずさり、頭を壁にぶつけたところでようやく止まる。
 
 「へんなの……元気なのかつかれてるのか、よくわからない人」
 
  視界に映り込んだのは、自身の半分くらいの背丈しかない小娘。
  怪訝そうな面持ちで、こちらをじっと見詰めている。
  声の正体をようやく理解し、レンツェンはひとまず胸を撫で下ろした。
 
 「なんだ、ガキか……ちっ、驚かせやがって」
 
 「ちがうよ。ガキじゃなくて、わたしはチキ」
 
  不平の表情で睨みつける小娘。
  独りごちに意味不明なリアクションを返され、レンツェンは眉を顰めた。
 
 「は? お前の名前なぞ訊いておらん。お前のような小娘は、ガキで充分だ」
 
 「だから、ガキじゃなくて……」
 
 「うるさい、黙れ! まったく。俺はガキのお守りが世界で二番目に……」
 
 「あっ、また言った!!」
 
  ……面倒なガキに出逢ってしまった。レンツェンは心中で嘆く。――ちなみに一番嫌いなものは、無論、にっくきリュナンの野郎だ。
  レンツェンの気苦労などつゆ知らず、チキは部屋をきょろきょろと見渡している。どうやら、何かを探しているらしい。
  さらに見るだけでは飽き足らず、チキはレンツェンに背を向けると、トコトコ駆け出し、ぐるりと一周、壁という壁を調べた。
  戻ってきたチキの顔は、些か不満気である。おそらく、窓かそこらを探していたのだろう。知ったことではないが。
 
  それにしても、なぜ、窓を探しているのか。それが問題だ。
  腕組みをし、顎に手をあてがって、ひととおり考えるポーズを固めてから、レンツェンは思考をめぐらせる。
  窓ということは、外。窓は風景を切り取る装置である。いま、外の様子を見たい理由といえば……?
  レンツェンがほくそ笑む。どうやら、裸電球クラスのヒラメキを感じたようだ。
 
 
 「おい、ガキ」
 
 「チキだったら!」
 
 「……ふん、そんなことはどうでもいい。ところでお前、仲間が居るのか?」
 
 「いるよ。マルスおにいちゃんに、シーダおねえちゃん。あと、オグマおじちゃんと、ナバールのおじちゃま!」
 
 「ほう、そこそこ数だけは達者なようだな……」
 
 「ちがうよ! みんな強いんだから!」
 
  チキは両手を頭上へかざし、目一杯の背伸びをしてみせた。強さを表現したいらしい。多分。
 
 「四人とも剣が上手だし、マルスおにいちゃんとシーダおねえちゃんは、国のえらい人なの!
  オグマおじちゃんは国につかえる“ちゅーじつなせんし”で、ナバールおじちゃまは……」
 
 「へぃへぃ、わかった、わかった。とにかく、皆それなりに腕の立つ連中なのだな」
 
 「うん!」
 
  チキは満足そうに頬を緩める。
  レンツェンも、たしかな手応えににやけ顔だ。
  小娘の仲間は、そこそこの腕前をもっているらしい。
  そうと決まれば、膳は急げである。 ――これより“コバンザメ作戦”を決行する!――
 
 
 「……おい、小娘。これから俺が、お前を保護して仲間のところまで連れて行ってやる。ありがたく思え」
 
 「ダメ。知らない人についていっちゃいけないって、おじいちゃまが」
 
  即答。あやうし、コバンザメ作戦。
  レンツェンの秘策――娘を仲間のもとへ連れて行き、保護してやったと恩を着せて、タダで自分の護衛をさせ、
  あまつさえリュナンらに差し向けようという、大胆かつ傲慢な計画が、早くも崩れ去ろうとしている。
  面食らうレンツェン。どうにも、会話のテンポが追いついていない。
 
 「なっ……これだけ散々話をしておいて、知らない人扱いだと? ふざけているのか!」
 
 「だって、おにいちゃんの名前、わたし知らないもの」
 
  目を丸くするレンツェン。なるほど、と手を打ち合わせ、その顔には薄ら笑いが戻った。
 
 「なんだ、そういうことか……よし、ならば耳の穴掘ってよく聞け。俺はラゼリアの太守、レンツェンハイマー様だ!
  どうだ、小娘。恐れ入ったか? 太守だぞ、た・い・しゅ! わっはっはっは!」
 
  両手を腰に、いかにも尊大な態度で下品な高笑いを上げる。どうみても三流貴族です。
 
 「わぁ、すごいね! レンツェンは、たいしゅなんだ!
  それに、なんだかおもしろい人だし……わかった。わたし、レンツェンといっしょに行く!」
 
  バカの自慢を、バカ正直に褒め称えるチキ。存外、似合いのコンビなのだろうか。
 
 「そうだろう、そうだろう……っておい、ガキ! 誰が呼び捨てにしていいなどと言った!」
 
 「レンツェンだって、チキのことガキって呼ぶじゃない! そんなのズルいよ」
 
 「ズルいもへったくれもあるか! いいか、俺はラゼリアの太守……」
 
  言いかけて、やめた。子供相手に怒声をあげる自分が、途方もなくむなしくなった。
  いつもなら『極刑!』の一声で済んでいたことに、なぜこうも頭を悩ませねばならないのか。まさに不遇である。
  急に大人しくなったレンツェンを、不思議そうに見詰めるチキ。しかし、すぐにどうでもよくなった。
 
 「だって、長くてむつかしいもん。それにね……レンツェンのほうが、かわいいよ!」
 
 「か、かわいい? よりにもよって、太守であるこの俺を、かわいいだなどと……」
 
 「あっ。あと、もうひとつ、ききたいことがあるんだけど……」
 
 「こら、人の話は最後まで聞け! ……で、何だ」
 
 「あのね……“たいしゅ”って……なに?」
 
 
 「よし。そろそろ出かけるぞ」
 
 「はーい」
 
  チキとの意思疎通に限界を感じ、レンツェンはさっさと旅支度を済ませる。
  ――ちなみに武装は、勿論のこと、ブランド靴に金の杖という、あの奇抜なファッションである。
  よっこらせとサックを持ち上げ、出口に向かうレンツェン。そのすぐ後に、チキがちょろちょろと続く。
  ところが。レンツェンはすぐに足を止めると、椅子へとんぼ返りを果たし、どっこいせとサックを下ろす。
 
 「そうだ、大事なことを忘れておったわ。おい、お前の支給品を見せてみろ」
 
 「しきゅー……ひん?」
 
  チキは小首を傾げる。その無垢極まりない仕草に、レンツェンは溜息を吐いた。
  ……誰だ、言葉もわからん子供を参加者に選んだ阿呆は。責任者を呼べ、責任者を。
 
 「もういい、その鞄を寄越せ!」
 
 「わぁっ」
 
  チキの抱えるサックを、目にも留まらぬ速さで強奪するレンツェン。ひったくりは得意らしい。
  ブーイングを漏らすチキの頭を押さえつけながら、我が物顔でごそりと中を弄りまわす。
  まず見つけたのは、液体の入った小瓶。レンツェンは小瓶を振ったり、口を覗き込んだり、じかに嗅いだりしてみた。
 
 「これは……香水のようだな。どれどれ……? うむ、なかなか良いセンスをしているな」
 
  嗅覚を過剰に刺激せず、とろみのある甘さと、きりりとした爽やかさを兼ねた、心のやすらぐかほりだ。
 
 「うぇっ……レンツェン、なんかくさい」
 
 「ふっ。この良さは、子供ごときには理解できんものなのだ。わっはっは」
 
 「むぅ、こどもあつかいしないでよっ!」
 
  慣れない香水に鼻を曲げた挙げ句、レンツェンに小ばかにされたチキはへそまで曲げてしまった。
  チキの癇癪などどこ吹く風といった様子で、レンツェンは再度サックを探る。
 
 
 「あとは……ん、なんだこれは。ぬぬぬ、抜けんぞ!?」
 
  細長い何かを捉え、両手で掴んでぐいと引くが、これがどうにも抜けない。
  ややムキになりながら、サックの肩紐を足で踏みつけて、強引に引き抜こうとする。が、やはり抜けない。
 
 「だ、だいじょうぶ?」
 
 「フッ。子供に心配されるほど落ちぶれてはおらん」
 
  鼻息を荒げ、顔を真っ赤にしながら、ひたすら棒を引くレンツェン。
  こめかみには青筋を浮かべ、ともすればはち切れてしまいそうだ。
 
 「ふ、ふんぬぅぅぅぅっ!」
 
 「……わたしも手伝おうか?」
 
 「ぐぐ、黙って見ておれ。ぬぅぅぅぅぅん!!」
 
  最後の力を振り絞るレンツェン。するとようやく、掴んでいたにぎりの部分が姿を現す。
  とうとう力尽きたレンツェンは、ぜえぜえと肩を上下させながら、床の上でへばってしまった。
 
 「ど、どうだ……ハァ……な、なにが見えた? ……ハァハァ……」
 
 「う、うーんと……」
 
  得意げなレンツェンを見下ろし、チキはまたも首を傾げる。柄しか見えなかったので、あれが何なのか、結局よくわからない。
  とはいえ、適当な返事をするのは悪いと思い、さらに腕組みをして考え込んだ。首を左右交互に傾けながら、とにかく必死に推理する。
  ……しかし、やはりよくわからない。当たり前である。見ていないものは、わかるわけがない。
  しかたなく、チキは正直に告白することにした。
 
 「……柄」
 
 「な、なんだとぉ!? 俺が苦労して取り上げたものを、“え”の一音で片付けるな!!」
 
 「だ、だって……」
 
  レンツェンの理不尽な説教を真に受け、チキは決まりが悪そうに目線を泳がせている。
  背中で手を組み、爪先でトントン床を小突く。その口元は、見事なまでに尖っていた。
  反省したいけれども、腑に落ちない。そんな感情を示す、なんとも子供らしいいじけアクションである。
 
 「ちっ、使えんガキだな。まあいい。合流してから、オグマとやらに取らせよう。戦士なら、腕力だけはあるだろうからな」
 
 「ちがうよ! オグマのおじちゃんは、かしこいし、大きいし、やさしいし、それから……」
 
 「ええぃ、いちいち阿呆な口答えをするな! 無駄に疲れるわ。
  それに、そいつの力量は、俺がこの目で見定める。小娘ごときの感想なぞ、あてになるものか」
 
  度重なる苛立ちに、頭を掻き毟るレンツェン。まだ“保護”して数十分だというに、先が思いやられる限りである。
  こいつの仲間は、果たしてこのストレッサーに耐え忍ぶほどの価値があるのだろうかと、今更ながら後悔する。 
  まあいい。仮に途中で手放すことになれば、そのときはリュナンらをかどわかして、身を固めれば良いことだ。
  走・攻・守三点揃った、まさしく万能の作戦だ。わっはっは!
 
 
 「ふぅ……よし。あらためて、出発するとしよう」
 
  またも埃だらけの服を忌々しげにはたきまくり、レンツェンは出口を指す。
  立ち止まった割にはたいした報酬もなく、結局、あの奇抜スタイルである。
  もっとも、それなりにサマになってはいるので、気に入らないわけではないのだが。
 
 「ま、まって。レンツェン……」
 
  勇み足で扉を開けたそのとき、チキが上着の裾を引っ張った。
 
 「なんだ。俺はいま、急いでいるのだぞ!」
 
  拍子抜けするレンツェン。くしゃみが出そうで出ないようなもどかしさである。
  そして、つい先ほど自分でくしゃみを止めたことなどは、勿論まったくこれっぽっちも覚えていない。
 
 「うーん……なんだか、首輪が……」
 
  なにやら唸りながら、チキはその小さな手で、せっせと首のあたりを掻き毟っている。じつに痒そうだ。
  やたらと首を弄るのは危険なのでは……という発想が浮かぶべくもなく、レンツェンはただ失笑を漏らす。
 
 「ふっ、それは汗疹ではないのか? やはり、ガキはガキというわけだ。わはははは!」
 
 「ち、ちがうもん!」
 
  顔を赤らめ、両手をさっと背に回すチキ。けたけたと笑うレンツェンを睨みつけ、頬を膨らす。
  しかし、寄せる痒みには堪えきれず、やはりまたすぐに掻いてしまう。
  その様子を見て、一層大きな笑い声を上げるレンツェン。腹が数周よじれたようだ。
 
 「それはそうとして……ふん。たしかに、この首輪は気に入らんな。
  あのヴォルマルフとかいう男に命を握られているというのは、やはり癪だ」
 
  というより、すっかり忘れていた。そうである。コバンザメ作戦は万能だが、それゆえに、やらねばならないことも多い。
  連中を操るまではいいが、最後に殺して優勝するならよし。しかし、他の脱出法を用いるなら、この首輪は相当な曲者。
  どうにかして、取り外せる輩を見つけねばなるまい。
  ちなみに、最後に残った者をどうやって殺すだとか、脱出方法がない場合のことなどは、まったく彼の頭にない。彼は前向きなのだ。
 
 
  チキの痒みも収まり、ようやっと出発を果たしたレンツェン。
  しかし、彼の苦難に満ちた闘いは、始まったばかりだ。
  がんばれ、レンツェン。負けるな、レンツェン。
  ユトナの恵み(のおこぼれ)が、彼に与えられんことを……――
 
 
 「どうしたの? 早く行こうよ」
 
  数メートル先にある下り階段の前で、チキが手招きでレンツェンを誘う。
  対するレンツェンはというと、先ほど出発した部屋のすぐ前で、何度も前後を見比べていた。
 
 「待て。すぐそこに、伏兵がいるやも知れん。いや、後ろから一気に突撃してくるかも……
  はっ! いま、下から物音がしなかったか? うおおっ、そこに人影が!!」
 
 
 【E-2・城内/一日目・朝】
 
 【レンツェンハイマー@ティアリングサーガ
  状態:やや疲労、やすらぐかほり
  所持品:ゴールドスタッフ、エルメスの靴
  基本行動方針:敵意のある者は徹底的に避ける
  第一行動方針:チキの仲間に取り入り、自身の護衛をさせる
  第二行動方針:チキの仲間を扇動し、リュナンらを襲わせる
  第三行動方針:チキの仲間を確保しそびれた場合、リュナンらに平謝りし、自身の護衛をさせる
  第四行動方針:首輪を解除できそうな者を従える
  最終行動方針:手段を問わず、とにかく生還する
  備考:ヴェガっぽいやつには絶対近寄らない】
 
 【チキ@ファイアーエムブレム紋章の謎
  状態:健康
  所持品:シャンタージュ、やたらと重いにぎり(柄部分のみ確認、詳細不明)
  基本行動方針:レンツェンといっしょ
  第一行動方針:仲間をさがす
  第二行動方針:首輪かゆい
  最終行動方針:かえりたい
  備考:あせもじゃないもん!】 
 
-|前回登場話||次回登場話|
+|005 [[告知天使と予告悪魔]]|投下順|007 [[Vice(不道徳者)]]|
+|005 [[告知天使と予告悪魔]]|時事系順|007 [[Vice(不道徳者)]]|
 ||[[レンツェンハイマー]]|038 [[進むは時間、止まるは…]]|
 ||[[チキ]]|038 [[進むは時間、止まるは…]]|

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