ハルヒと親父 @ wiki

一人旅に必要な事 その後の後

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haruhioyaji

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 その女の子は10mくらい前でキョンの手をふりほどくと、と・と・と、とあたしの前まで来て、ちっちゃな指を突きつけてきた。
「おばさん、だあれ?」
 おっと、そう来たか。でも、あたしだって、だてに場数は踏んでないのよ。
「あたしはハルヒ。あんたのお名前は?」
「あたしアキ。はる、なつ、あき、ふゆ、のアキ」
「んー、おりこうさんだね。自分の名前の意味まで言えるんだ」
「あたし、ハルヒって知ってるよ」
「へー、聞こうじゃないの」
「パパの初恋の人!」
思わず手がこぶしになるわ! 覚えてなさい、キョン!
「そんで、最愛の人! でも、初恋って実らないんだって!」
アキちゃん、それ、何回くらい練習したのかしら?
 「初恋」あたりで固まったキョンは、ようやく「解凍」できたらしく、自分の娘に追いついて来る。
「アキ、『はじめまして』と『こんにちは』だろ、最初は」
「ごめーん。アキ、ちょっとアガってるみたい」
といってあたしとキョンにぺこりと頭を下げる女の子。
「パパとハルヒは、これから『大人の話』するんでしょ。アキ、向こうでしばらく遊んで来る。終わったら呼んでね」
近づいてきたときのように、と・と・と、と転びそうで転ばない危うい絶妙なバランスで彼女は走って行った。
「あの子、天然? それとも天才?」
「三歳だぞ、まだ」
「さっきのセリフ、あんたの仕込みにしては気が利き過ぎだし」
「仕込みじゃない。アドリブだ」
「親の顔がみたい、ってやつね」
あたしは、やれやれ、と口には出さずにつぶやいた。
「奥さんは、元気?」
「もう奥さんじゃない」
キョンはネクタイを緩めて言った。
「昨日、離婚が成立した」
「早いね。調停離婚にしちゃあ」
「親権は持って行かれた。アキに会えるのは月に1度だ」
「そう」
「親父さんには感謝してる。何もかもなくすところだった」
「うちのトラブル・メイカーは、トラブル・シューティングもやるのよ、たまにはね」
「あっちも、再婚相手がすでにいるらしくってな。それも早くけりが着いた理由らしい」
「聞き捨てならない事を言ったわね、今。『あっちも』って、他に誰かいるのかしら?」
「ハルヒ」
「キスしていいけど、悪いけど、目はつぶらないわよ」
「かまわん。俺と結婚してくれ」
「さらに悪いけど、即答しないわよ」
「かまわん。何年だって待つつもりだ」
「あたしはそんなに待てないわよ。アキちゃーん、こっち来てー」
「はーい」
「アキちゃん、あたし、あんたのパパにプロポーズされたわ。あたしが新しいママになるって、どう思う?」
「いいよ。ハルヒの方が美人だもん」
「ねえ、ほんとにあんたの子?」
「たぶん」
「DNA鑑定までやった? でね、アキちゃん。あんたのパパとママが離婚した時の条件でね、あんたのパパは月に1回しか、あんたに会えないらしいわ」
「やだ!」
「おい、アキ」
「アキ、そんな話聞いてないよ」
「あたしが思うに、あんたのパパが甲斐性なしなのが敗因ね」
「やっぱり? それって不利?」
「そりゃ、不利でしょ」
「涼宮の親父ちゃんが、『あとはパパ次第』って言ってたよ! なんとかならないの、パパ!」
「親父ちゃん、か。今夜は、それでいじめてみるわ」
「ハルヒ、返事を聞かせてくれないか」
「そんなの保留よ、保留」
「ハルヒ!」
「あたしは逃げも隠れもしない。金輪際、もう二度と、決して、ね! だから、あんたにも同じスタンスを要求するわ。それと、あたしこの娘が気に入ったわ。親権まるごと取り返すから、そのつもりでいなさい! それが終わったら、ライスシャワーでも新婚旅行でも何でもやってやるわよ!」
「あたしも新婚旅行いけるの?」
「勝てばね」
「絶対勝とうね!」
「当然よ。なぜならあたしは負けるのが一番嫌いだから」
「ハルヒ、かっこいー!」


「よお、キョン。また世話になるな」
「世話だなんて、こっちの方こそ」
「あのバカ娘を引き受けるというなら、悪魔にだって足向けて眠れん」
「悪魔はあんたでしょ。キョン、アキちゃん、送って行かないと。馬車がカボチャに変わっちゃうわよ」
「親父さん、すみません。またうかがいます」
「なに、バカな事言ってんの。あたしも送ってくから、今晩、また来るのよ」
「何だって?」
「宣戦布告よ。あたし本人が行かないでどうするの?」
「おー、やれやれ」
「親父ちゃん、夜遅いから、騒いじゃダメだよ。あれ、パパ、どこ行くの?」
「おまえもだ、アキ。ママのところに送っていく」
「えー」
「1日が終わっちまうだろ」
「絶対、絶対、助けにきてね」
「助けるって、自分のうちだろ」
「でも、こっちの方がおもしろいもん。それにハルヒもいるし」
「すっかり仲良しだな」
「ううん。尊敬してんの」
「さあ、アキちゃん。行くわよ」
「え、ハルヒも行くの?」
「ええ。あんたを送って行くわ。宣戦布告も兼ねて」
「おいおい。今日のところは穏便にすませてくれよ」
「相手の出方次第ね」


「アキちゃん、寝ちゃったね」
「あれだけ騒いでりゃな。しょせん三歳児の体力だ」
「子供を甘く見ちゃだめよ。あたしたちが思うよりずっとよく見てる。アキちゃんみたいに賢い子なら、なおさらだわ」
「ハルヒ……」
「ああは言ったけど、ずっと奥さんの実家にいたんだもの。親権取られるのは当然ね。それでも、たまにしか会えないのに、あんたによく懐いてるわ。あんたの言葉だけじゃなくて、表情も所作もよく見てる。多分たくさんの大人に囲まれて暮らしているから。大人から見て賢い子供が、幸せとは限らないのよ」
「俺はあのとき、おまえに見捨てられたと思った」
「いつよ?」
「道の駅でおまえが大立ち回りをやった時だ」
「ああ、あんたが似合わないカー・アクションやった時ね」
「おまえは俺をずっと見ていてくれたのに、俺はそれすら気付いてなかった」
「あんたには自分の家族と生活があったのよ。当たり前でしょ」
「家族の方も失いかけてた。だから、おまえを追い掛けたんだ」
「そして両方、失うところだった」
「そうだ。なのに今、こうして、ハルヒとアキと俺、3人でいる」
「……あたしがそう望んだからよ」
「ハルヒ?」
「うそよ、うそ。冗談よ」
ハルヒは笑って首を振った。けれどすぐに真顔になって言った。
「でも、人の想いには、それだけの力があるのよ。あんた、あの後、どうしたの?」
「嫁の実家へアキに会わせてくれと頼みに行って、断られた。それから離婚したいから、弁護士を紹介してくれ、と親父さんに頼みに行った」
「あたしが家に帰る前ね」
「弁護士と打ち合わせて、資料をつくった。仕事を探して、まだ字が読めなかったアキにひらがなだけの手紙を書いた。何通も何通も。面会の日に、アキがその手紙を持ってきた。全部じゃない、これだけしか持って来れなかったけど、まだ字が読めないから読んでくれって。今日、全部聞いて覚えて帰るから、早く字が読めるようになってパパの手紙、読めるようになるから、って」
「……」
「おれはな、ハルヒ、アキをおまえに会わせたかったんだ」
「……こら、泣くな。ちゃんと前見て運転しなさい。こんなところで事故で一家遭難なんて冗談じゃないわよ」
「ああ。……ハルヒ、おまえはあの後、どうしたんだ?」
「どうしたも、こうしたも。警察が早く来てくれて助かったわ。5人病人送りにするところだったわよ。バイクは壊されるし、それは知り合った女の子の『弟』が、実は年下の旦那だったんだけど、きれいに直してくれたわ。それから日本を一周して……」
「まったく、おまえらしいな」
「最後まで聞きなさい。家に戻ってきて、いろいろ聞いたわよ、あんたの一件もね。で、とりあえずやる事も無いから、大学に戻ったの。今年やっと非常勤講師の口がみつかったとこ。まだ若手お笑い芸人程度の収入だけどね。とても、あんたやアキちゃんを養ってあげられないわ。ああ、なんか一発当たる本でも書こうかしら。あんた知ってた? Natureなんて、論文書いた人間に一銭も原稿料も払わずにぼったくってんのよ!」
「はは、おまえ、Natureになんか載ったのか?」
「むかーし書いた、クズみたいな論文がね」
腕を組んで、とんでもないもの相手にプンプン腹を立てているハルヒに、懐かしいものを感じたって、それは、おれのせいだけじゃないよな。
「……なあ、ハルヒ。キスしていいか?」
「あのでっかい対向車を、あんたがよけられるならね」
「目をつぶったって避けてやる」
「十年早い! あんたと生きるならともかく、死ぬのはまっぴらよ!」


 元妻の実家についたのは午後11時を回っていた。インターホンからは苛立たしげな元妻の声が応える。
 ハルヒはアキを抱き上げ、玄関に連れてきた。アキの寝起きはとことん悪く、さすがのハルヒも少々手を焼いているかに見えた。ハルヒから元妻にアキを渡させるのもどうかあと思い、我がだだっ子を抱くのをかわってやる。
 中から元妻が出てきて、アキを受け取ろうとした。そのときアキは両手を振って抵抗した。
「やだー、ハルヒとキョンと帰るー」
「おいおい、アキ。おまえ、寝ぼけてんだな。まったく、しょうがな……」
元妻の右手が、俺が抱き上げるアキの顔を打とうとした。だがその軌道上に、ハルヒが自分の左腕を差し入れ、なんなくそれを受け止める。
「不安を怒りに変えるのが習い性なら、子供相手は止めときなさい。あたしがいつでも相手になってあげる」
ドスの聞いた声で、薄らと笑みさえ浮かべて、涼宮ハルヒが言う。
至近距離でこれをやられて、せせら笑っていられるのは、涼宮の親父さん他何人もいないだろう。あばれていたアキですら、その迫力に息を飲む。
 やっとのことで元妻が口を開いた。
「ハ…ル…ヒさん?」
「そう。涼宮ハルヒ。……今はね」
それだけ言い終えると、ハルヒはすたすたと車に戻り、そこで振り返って別れを告げた。
「アキちゃん、また遊ぼうね!」
「うん!ハルヒ、バイバイ!」


 「で、なに運転席に座ってんだよ、ハルヒ?」
「帰りまであんたに任せてたら、夜が明けるわ。猛スピードで帰るわよ!」
「ちょっと待て。せめて交通法規は守れ。それと、『お泊まり』は鼻っから選択肢から抜きか?」
「あんた、一児の父でしょ! 下半身だけでもの考えてどうすんのよ!? 高校生じゃあるまいし」
「その高校時代は誰かさんのせいで、脳がしわくちゃになるまで上半身を酷使したぞ」
「よかったじゃない、進化できて」
「昨日今日、二立歩行したんじゃあない!」
「じゃあ、棒切れと椅子でぶら下がってるバナナをとってみなさい」
「なんて古典的な実験だ。しかも被験体はチンパンジーだろ!」
「DNAにすれば1%なんて誤差の範囲よ!」
激しく言い合いをしながら、どこをどう通ってどこにたどり着いたのか、どれも残念ながらはっきり覚えていないのは、俺のせいばかりじゃないだろう、と思う。察してくれ。


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