ハルヒと親父 @ wiki

ダンス・ダンス・ダンス

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haruhioyaji

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「あれ? 母さん、めずらしいね」
「そう?」
「うん。新聞の切りぬきなんて」
「ええ、知ってる人がね」
「ふーん、出てるの?」
「訃報なの。昔の知りあい。ピアノの学校でね……ん?」
「母さん?」
「そんなに心配かけるような顔してた? 母さんも修行が足りないわ」
「そんな修行はしなくていいわよ。たまには心配ぐらいさせなさい」
「ありがと。ほんと、ハルはいい子に育ったわ」
「な、なに、言ってるのよ」
「うん、かわいい、かわいい。……ハル、夕飯頼めるかしら? 炒めものでないとありがたいわ。小鉢は2種類、ごはんは炊きこみごはんがうれしいかしら」
「わかった。……聞いていい?」
「ええ」
「その人、そんなに親しい人?」
「そうね、ピアノの学校で知りあった親友の……元旦那様。ちょっとは名の知れた人よ。一人で亡くなられたそうだから、それでちょっとね」



「パーティってなによ?」
「儀式だ。無理矢理めでたいってことにする、ふざけた大人の集まりだ」
「なんでそんなのに、あたしが行かなきゃいけないのよ?」
「母さんの代理だ。というか、もともと母さんの義理なんだがな。それと行くのは、お前だけじゃない。俺もだ。」
「ハルなら大丈夫よ。立派につとまるわ」
「ああ、もう!母さんは寝てなさい! 分かったわよ、行けば良いんでしょ、行けば!」

「で、何なのよ、このリボンとレースがどちらも譲らずS字コーナーにつっこんだような服は?」
「夜会服だ」
「ちょっと、こんなの着るの? ……そりゃ母さんなら似合うだろうけど」
「母さんに似合わん服は存在しない」
「このバカ親父」
「反論があるなら言ってみろ」
「あんたが威張る話じゃないでしょ!」
「あいにくおまえ用にドレスを仕立てる時間はない。幸いというか、なんというか、おまえと母さんは、服の互換が効く」
「装備みたいに言うな! 10代の娘と同じプロポーションってどういうことよ?」
「言ってなかったか? 母さんは実は女神なんだ」
「じゃあ、あんたはなんなのよ?」
「そんなに聞きたいなら言ってやる。……神の使いだ」

「思いついた」
「却下」
「せめて聞けよ」
「どうせろくでもないことに違いないわ」
「キョンをさそおう。あいつには貸しがある」
「却下」
「そうだ、キョンと二人で行ってこい。腹いっぱい食べたら、逃げ出せば良いんだ」
「あからさまにさぼろうとしてるわね。キョンを便利づかいしないで」
「だって雑用係だろ?」
「あたしの雑用係なの。だいたい、そういう場所であいつがつとまる訳ないでしょ」
「どんな顔していいか分からない場面では、なんでもないって顔ができる、あいつはそういうやつだぞ」
「顔だけ、できても仕方がないでしょ」
「それもそうだ」
「って、どこ電話してんのよ!」
「……お、キョンか? おれだ、親父だ。ちょっと頼みたいことがあってな。ああ、バカ娘が後ろで騒いでいるが、軽く捌いてる、気にするな。実は母さんが風邪をこじらせてな。ところがバカ親父とバカ娘は所用があって出掛けなくちゃならない。まあ、居てもたいして役に立つ訳じゃないがな。話は以上だ。俺はおまえを信じてるぞ、キョン」
「な、なんて電話を!」
「これで後の憂いも取り去られたという訳だ。行くぞ、娘!」
「はあ」
「なんだ、声が出てないぞ」
「うっさい! とっとと行くわよ!」


「踊っていただけません?」
「喜んで。でもダンスだけ。恋はダメ」
「どうしてです?」
「これ以上に良い言い方があったら教えてくれ。女房を愛してる」
「素敵ね。どんな人?」
「ゴッドネス(女神)」
「なに、自分の娘くらいの女をくどいてんのよ」
「くどいてない」
「あら、こちらは?」
「不肖の娘。母親は女神なんだが、俺の遺伝子が強すぎた。口を閉じてりゃ、少しは見れるんだが」
「5分も黙ってたら、ろくでもないのが湧いてきて切りがないわ。相手をするのもめんどくさいから、今日は団長モードでいくわよ」
「勝手にしろ。ハルキョン・モードでもかまわん」
「な、な、なによ、ハルキョン・モードって!?」
「知るもんか」


「なに、あれ。鴨が葱とゴージャスをしょって歩いてるようなおばさんは?」
「今日の主催者だ。目を合わせるなよ」
「は?」
「そのゴージャスなプライドをうちの母さんに再三粉砕されててな。逆恨みしてる」
「なんで、そんな人のパーティに毎年母さんは来てるのよ?」
「母さんは、あいつが嫌いじゃないらしい。数少ないご学友だとさ。世の中、うまくできてるよな」
「どういうことよ?」
「世の中にひとつくらいな、ままならないことがあった方が、長生きできるってことだ」

「あら、涼宮さん。気付きませんで、とんだ失礼を。真っ先にご挨拶に伺わなければいけないのに。そちらは?」
「娘です」
「まあ、本当に奥さまに生き写しで」
「別にうちの母さん、死んでないわよ」
「当たり前だ。死んでたら、こんなとこ誰が来るか。ああ、失礼。口の聞き方も知らない娘で」
「どっちがよ?」
「俺は知ってる。知っててやらないだけだ」
「それを本人の目の前で言う?」
「失礼なことをしたと言ったのは、あっちだ」
「こんなとき、母さんはどうフォローしてたの?」
「ニコニコして、『ごめんなさい。嘘がつけない人なの』とか言ってたぞ」
「……さすがにその域には達しないわ。早々に引き上げましょ」
「あら、さきほどの。お母様、こちらの方は?」
「え、ええ。いつも話してる大親友の旦那様と、はじめてお目にかかりますわね、そのお嬢さんよ」
「親父、あたし、はじめて心にもないことを言う人の忍耐に、敬意を表しそうになったわ」
「俺もだ」
「先ほど、こちらの方とは楽しくお話していたところなの」
「まあ、そうだったの?」
「お約束ですわ。おどっていただけません?」
「そうだったかな。ハルヒ、ちょっと行って来る」
「この件は詳細に報告するわよ」

「ハルヒさん、でしたね。お母様はお元気でいらして?」
「ただの風邪です。くれぐれもよろしくと申しておりました」
「あら、そういった言い方もなさるのね?」
「ええ、趣味ではありませんが」
「趣味も結構ですけれど、たしなみというものもございますのよ」
「人の為すことは、元はすべて楽しみに奉じるもの、と学びました。自己目的化して、本来の位置を離れぬ限りは」
「あの方らしい。今もわたくしの憧れですわ」
「私にとっては日常です。目の前の越えられない壁、けれど疲れたときは身も心も預けることのできる……どこで母と?」
「ピアノです。留学先でね、たった二人の日本人。才能も何もかも、あの方にかなうものはありませんでした。あの方には幸せになって欲しかったの」
「今の母は不幸ですか?」
「まさか。では、あなたから見て、わたくしたちはどう見えて?」
「退屈な夜会の主催者。彼女、娘さんの方はわからないけど」
「わたくし以上です。お母様にお願いしたのよ、あなたとお父様に来て欲しいと。あなた方のこと、本当に楽しそうにお話になるんですもの」


「退屈なパーティだと思いませんか?」
「パーティはおしなべて退屈なもんだ」
「そうですか?」
「行き届いた段取り、うまくもまずくもない食事、サプライズまでが演出の域を出ない。才能のない作家が、ミステリーの舞台に選ぶはずだ。そこじゃ殺人までが事件に過ぎない」
「ミステリーがお好きですか?」
「大嫌い。登場人物の名前と動機と人間関係が陳腐すぎて覚えられない。お嬢さん、人を殺したことは?」
「ありません」
「俺もない。あれは面倒だ。面倒は避けて通るに限る」
「でも、殺したいほど憎い人ならいるんじゃありませんか?」
「いないな。そんな憎しみより、俺のせこくてしみったれた日常の方が何万倍も重い」
「さっきの可愛い人、本当に娘さん?」
「残念ながら。しかも、もうよその男のもんらしい。連れて来て恥をかかせりゃよかったな。今ごろ、うちの母さんにおかゆをつくってるはずだが」
「やさしい彼氏さんがいらっしゃるんですね」
「あー、無責任なことを言ってみる気になった」
「ぜひ聞かせてください」
「退屈ならば、お嬢さん、恋をすることだ。そうすれば世界は謎だらけになる、らしい。……半年間、娘を観察して発見した知見だ」
「お嬢さんが何か言ってますよ」
「というより、わめいてやがる。しつけがなってない。親の顔がみたいぞ」


「「「おどっていただけませんか?」」」
「何やってんだよ、おまえは?」
「失礼。先約がありますので。……ほら、親父、踊るわよ!」
「何が悲しくて実の娘と……」
「何か言った?」
「だいたいおまえ、踊れるのか?」
「そんなもの、その辺でちんたらやってるのを見てりゃなんとかなるわよ」
「おぼっちゃま達にダンスせがまれて、何やってんだ? いまの、携帯で動画で撮ってキョンにメールすればよかった」
「いいわよ、別に。そういうんじゃないから」
「あいにくこんなとこに着てくる服には、携帯電話をねじ込むスペースがないんだよ」
「おぼっちゃまって、40過ぎのもいたわよ。母さんの親友が現れて、しんみりした話をするんで調子狂ったわ」
「まったくだ。ステップがばらばらだ。母さんにバレエ習ったとは思えん」
「インナー・マッスルの鍛錬にはなったわ。転ばなきゃいいのよ、こんなものは」
「わかってないな。ここぞ、というタイミングで転ぶから、話が先に進むんだろ」
「こんなところで進める話なんてないわ」
「ああ、そうか」
「なによ?」
「どっかでみた感じがしたんだ」
「だから、なんの話?」
「母さんの大親友の、あの娘。人を殺したいくらい退屈なんだ、と」
「それでパーティ客が衆人環視のなか殺されて、真犯人は別にいるのね?」
「そんな陳腐なことが起こるものか。日本で殺人で死ぬのは年間せいぜい6000人、自殺の5分の1だ。うち半分が家族に殺され、親戚までいれれば血縁者が犯人のケースは8割を越える。
人の人生をくだらんとは思わんが、死ぬのはまったくくだらんな」
「娘と踊るのなんて、これが最後になるかもしれないのに、なんて顔してんの?」
「へたくそと踊ると余計疲れるんだよ。次はキョンとやれ」
「あいつに仕込むのが一苦労よ」
「苦労は楽しんでやるもんだ。おまえのとこの高校はダンスパーティもないのか?高校なんて、ダンパに誰を誘うか、誘われるかで、3年間が暮れるというのに」
「どこにあるのよ、そんなハイスクールは?」
「西村しのぶがマンガに描いてたから同じ阪神間だろ?」
「家庭に2次元をもちこむな」
「おまえとこの、なんでも調達できそうなニヤケ男に準備させてSOS団で主催したらどうだ?」
「何をたくらんでるのよ?」
「俺と母さんで参加して優勝をかっさらう」
「父兄の参加禁止!」
「バカ、そんなことしたら、お前だって生まれないかもしれないんだぞ」
「どこのバック・トゥ・ザ・フューチャーよ?」


「キャー」

「ほら、悲鳴。さっきのあの娘ね」
「いいか、ハルヒ。ミステリーじゃ、紹介もされない端役には、犯人どころか死体の役も当たらん。でないと、後出しジャンケンと同じになる。今回の場合、死んだとすれば、あの娘と俺たち以外、つまり、この夜会の主宰者たる母さんの大親友だろう。そして犯人は、あの娘か、おまえか、俺のいずれかってことだな」
「じゃあ決まったわね。あの娘が犯人よ。あたしたち、アリバイあるもの」
「身内のアリバイ証言は採用されん」
「バカ。フロア中、悪態つきながら踊りまくってたのを、みんなが見てたでしょ?」
「こんな馬鹿親子、どこ探してもいないな」
「探偵役も、端役に任せる訳にはいかないわね。ちょっと解決してくるわ」
「ああ、待て。バカ娘」
「何よ?」
「見ろ、死んじゃいない」
「ええっ」
「露骨に残念そうな声を出すな。犯人に間違えられるぞ」
「へ?」
「殺人は起こらなかったが、誰かの段取りが狂ったらしいな」
「ミステリーは大嫌いなんでしょ?」
「顔見知りの振りして近づくぞ。愛想良くしろ」
「やってるわよ。実際に顔見知りでしょうが」

「ちょっと通してくれ。知りあいの悲鳴がしたんでな」
「涼宮さん!」
「どうした?」
「母が!母が!」
「客の中に医者は? 医学部の学生? こんなところで遊んでないで勉強しろ」
「親父、息はあるわよ」
「当たり前だ。念のため、胃の中身を吐かせろ」
「どうやって?」
「使えん娘だ。だったら観客(ギャラリー)を追い払え。ご婦人なら殿方に見せたくない類のことをするんだからな」
「聞いての通りよ。あんたたち、向こうを向いてなさい!」
「・・・ふう。何か飲んで、苦しみだしたのか?」
「はい。フルーツ・パンチを。でも・・・」
「おれなら絶対手を出さん飲み物だな。だが、他にも飲んだ者は大勢いると?」
「そうなんです」
「やれやれ。警察を呼ぶか? だったら、今夜中に帰れそうにないぞ、ハルヒ」
「別にいいわよ」
「母さんとキョンがひとつ屋根の下で、一夜を過ごすんだぞ」
「キョンなら大丈夫。太鼓判押すわ」
「そうだよな。お前にすら手を出してないし」
「……」
「うわ、そこで黙るか、このツンデレ。親父は深く傷ついたぞ」
「漫才はそれくらいにしないと、そろそろモノが投げ込まれそうよ」
「わかってる。……ここには執事みたいなのはいるのか?」
「わ、わたくしです」
「悲鳴が上がってから、あんたがしたことは?」
「いいえ、なにも。わたくしも動転してしまって」
「無能で結構。これで丸く収める線もでてきたな。客は返しちまうか?」
「ええ、いいの?」
「俺たちは警察じゃないし、ここの家のものでもない。これは提案だ」
「そうします。みなさんをお返しして」
「かしこまりました、お嬢様」
「わたくしもお見送りに参りますので、母をお願いします」
「ああ、任された」
「安受けあいもたいがいにしなさいよ。あと銃剣で手術したうんぬんのジョークも禁止」
「ふん、気がついたみたいだぞ」
「す、涼宮さん・・・あ、あの子は!?」
「そこにいるぞ……今いたよな?」
「客を返すのに、執事と出て行ったわよ。人の話を聞きなさい」
「涼宮さん、どうか、あの子のこと、お願いしま・・・」
「こまったな。おれは既婚者だ」
「そういう意味じゃないでしょ。おばさん、また気を失ったわ」
「ハルヒ、俺はあの娘のところに行くから、こいつに付いてろ」
「どうしてよ? こんな時まで若い娘の方がいいわけ?」
「頼まれたからだ。他意はない。あと、少しばかり心得があるんでな」
「へえ、なんの心得かしら?」
「どうしても言わなきゃいけないか? 正直、恥ずかしいんだが」
「でなきゃ、あたしを倒してから行きなさい」
「やれやれ。じゃあ、いうぞ。……正義の味方だ」
「はあ?」
「名探偵と違って、次の殺しを待つほど、気が長くない。ここはまかせるぞ、バカ娘」


「ここの執事は、いい奴なんだが、もう少し人を疑った方がいい。ご令嬢の部屋をあっさり教えやがった」
「涼宮さん!」
「しかも、部屋のドアは鍵が開いている。自殺の中でも、リストカットと飛び降りはな、一番、誰かの説得をあてにしたやり方なんだ。手首を切っても死ぬには時間がかかるし、飛び降りはなにしろ目立つ」
「全部……おわかりなんですね」
「どうだかなあ。少なくとも、あんたら母娘が憎しみあう程に仲がいいのはわかった。だから、そこらへんにしといてくれ。早く帰って女房の顔が見たい」
「母は……服毒自殺をはかろうとしていました。薬を取り替えたのは私です」
「本物の毒は、もう使っちまったか?」
「どうして分かったんですか?」
「犯罪で身内を疑うのは推理でもなんでもない。単なる統計だ。だから自宅で死ねば、心臓麻痺だって警察から鑑識がやってくる。周囲の聞きこみだってする。あともうひとつ。子供には信じがたいだろうが、親には自分の子が何をしようとしているか、どういう訳だかおおよそ分かるんだ。何故そうするかは、さっぱりでもな」
「そんな……」
「あんたは信じないだろうな。うちのバカ娘も信じまい。だから、あいつじゃ役不足なんだ」
「最後に……踊ってくださいますか?」
「いいとも。だが口に含んだものを出してからだ。美しい女に自分の腕の中で死なれるなんざ、決して気分がいいもんじゃないんだぞ。そんなのを描きたがる奴に決まってもてないんだ。名前をあげたっていい」
「体験したみたいにおっしゃるんですね」
「うちのには内緒だぞ」
「警察を呼んでいただけますか? あなたは、それ以外に罪を償う術を残らず取り上げてしまわれました」
「おーい、ハルヒ!」
「……何よ?」
「やっぱり来てやがった。メタボでもいいから人情家の刑事をよこしてもらえ」
「無理難題。出前じゃあるまいし」
「母親の方はどうした?」
「ある信頼できる奴に見てもらってるわ。思いっきり普段着だけど」
「やれやれ。30秒で来いとか、また無茶を言ったんだろ?」
「言ったわよ。その頃にはもう、この辺りまで来てたみたいだけど。母さんの指示とかで」
「さすが母さん。まあ、とにかく呼んでこい。無粋な奴らに引き渡すまで、俺は彼女と踊ってる」


 ハルヒの母さんが呼んだタクシーに乗って知らない道をひた走り、ハルヒからの電話を受けた頃には、30秒は無理にしても、2〜3分もあれば、そのお屋敷とやらに着けるところまで来ていた。
 開け放たれた屋敷の玄関から、執事らしき人に広間に通されると、これ以上は無理なくらいに胸元の開いたとんでもなく高そうなイブニング・ドレスその他一式を身に着けたハルヒがこちらを振りかえり、思わず逃げ出しそうになった。
「何してんの、キョン! こっちよ、こっち!」
ハルヒを顔色と真剣な表情に、心を建て直して、言われるがままに、床に横になっているご婦人のところまで行く。
「あんた、もうすこしマシな服はなかったの?」
「お前の家に見舞いに行くだけの予定だったからな。見たところ取り込み中で、服装なんか誰も気にしてないだろ?」
「ふーん。あんたは大いに気にしているようだけど?」
こいつは、なんでアトランダムに、無駄に鋭くなるんだろうね。
「わ、悪いか?」
「それどころじゃないの。ちょっと、このおばさん、見といて」
「大丈夫なのか?医者とかに見せなくても」
「胃の中身は親父が吐かせたわ。今はちょっとショックで気を失ってるだけみたい。それより親父を探さなきゃ」
「親父さん?」
「どこで何やってんだか。とにかく、頼んだわよ!」
ハルヒはドレスにまるでそぐわぬドカドカといった足取りで部屋を出て行く。
 やがてご婦人が意識を取り戻し、俺は慌てて自己紹介をする羽目になった。
「えーと、涼宮ハルヒの友人で……」
「ああ、あなたがキョンさん?」
おいおい。こんなところまで。
「はい。ハルヒは親父さん、えーと、涼宮のお父さんを探しに部屋を出ていって……」
「戻ってきたわよ! キョン、警察呼んで。メタボでいいから人情家の刑事だそうよ」
「なんだ、それ?」
「親父の注文。コナンの見過ぎじゃないの!」
「警察へはわたくしが連絡します。ハルヒさん、ありがとう」
「え?」
「涼宮さんがあなたをよこしたのは、娘が無事ということですね」
「え、ええ。そうだけど」
「騒動に巻き込んでごめんなさい。でも、あなたがたに来ていただいて本当に良かった」
 訳も分からず感謝されて、どういう顔をしていいか分からないハルヒは、とりあえず親父さんに怒りの矛先を向けることにしたらしい。
「だいたい、あいつは、いっつもおいしいところだけ持っていって!もう、わかってるの、キョン!?」
いやいや、こっちは訳も分からずタクシーを走らせた労くらいなら、お札でおつりがくるほど報いられたさ。何かは言わないけどな。

 警察がやってきて、ようやく、ご婦人のいう娘さんと、「おいしいところを持って行った」らしい親父さんが、広間に現れた。
「よう、キョン。いつもご苦労だな」
「あんたが言うな」
 誰だって、誰にだって、言われたくない言葉ってあるんだな。
「あの、みなさんにもご事情をうかがいたいのですが」
 若い刑事のような人が俺たちに言う。
「こいつらは未成年だ、今日のところは返してやってくれ。俺ならいくらでもつきあうぞ」
「いや、簡単なお話だけですので、この家のどこかでうかがえればそれで。署にご同行願うまでもないと思います」
「誰も死んでないからな」
 親父さんは真面目な顔で言った。
「少しでいいらしいから、おまえらもつき合え。社会勉強だ」
「そう言われて勉強になった試しがないわ」
 俺もそう思うが、親父さんはこともなげに切って捨てた。
「人間はバカに生まれついてる。知恵の実を食って人が覚えたことときたらパンツをはくことだけだ。学んで世の不条理を噛みしめんと、思い知らされるぞ」
「何をよ?」
「この世の98%がゴミだってことをだ。それも残り2%があることに気付く前にだぞ」


 「簡単な質問」が済んで、俺たちは開放されることになった。この家のご婦人と娘さんへはこれかららしい。別れを告げに、彼女たちが待つ広間へ立ち寄った。
「ああ、そうだ。母さんからの伝言を伝えるのを忘れてたな、ハルヒ?」
「え? ええ、そうね」
「ぜひ、ご家族でうちにいらしてください、と。家族一同、お待ちしております」
「あ、ありがとうございます。涼宮さん。……必ずうかがいますとお伝えください」
 ご婦人と娘さんはそういって、俺たちが出て行くまでずっと頭を下げていた。


「謎解きだ? この真夜中に?」
 帰りのタクシーの中、前の席に座った親父さんは、バックミラー越しに「露骨にいやな顔」を写して見せた。
「今回の一件は訳わかんないわよ。肝心なこと、あんたは何も言わないし」
 急に向かわされ、呼びつけられた俺はもっと分からない。が、こうした事態にはいくらか免疫がついているらしく、ハルヒほど「真相」とやらを聞きたい気持ちにならなかった。
「聞かせるほどの話はないぞ。謎なんて何もない。もともとミステリーになんぞ、なりようがない話なんだ。伝染病を水際で防いだって英雄にはなれん。それから、あの母親と娘がこのあとどうするかなんて知ったことじゃない。まあ、あの退屈なパーティは二度と開かれまい。ひとつ良いことをしたな」
「で?」
「あきらめの悪い奴だ。わかってたのは、何が起こりそうで、どこに位置を取ればその確率を下げられるのか、といったことだけだ。ポジショニングがポイントだったな。キョンの方は眠そうだな。探偵の語りをやったら確実に寝ちまうだろう」
「疲れてるのよ、寝かせとけばいいわ。どうせ今夜はうちに泊めるんでしょ?」
 親父さんは、やれやれと、首を横に振った。
「心中しようとたくらむ、いまどきけなげな娘がいた、とでもするか。だが、その計画は未全に母親によって阻止される。心中相手は死に、毒をすりかえられた娘は、不本意にも生き残る。すりかえた毒を母親は、毎年開かれる定例のパーティの衆人環視の中、飲んで死ぬ。騒ぎとなり、警察が呼ばれ、母親の胃袋からは、例の娘の心中相手が死んだのと同じ毒物が発見される。……事件は、その男と母親との時間差心中ってことでかたがつく。週刊誌辺りはそんなことを書くところもあったかもしれん。そうはさせじと、娘はふたたび毒物をすり変えて……」
「なによ、それ。見てきたようなこと、いうわね」
「半分以上が母さんの受け売りだ。その心中相手は、例の母親の留学先での恋人で、知らせてはなかったらしいが、あの娘の父親だよ。結構有名な音楽家だし、新聞に死亡記事が出てたろ」
「親父が新聞読むなんて知らなかったわ」
「まあ、それも母さんが気付いたんだけどな。そこに、例の母親から母さんに電話があった。今度のパーティへはぜひ俺とバカ娘でおいでください、と」
「母さん、風邪じゃなかったの?」
「母さんは、自由自在に風邪が引ける、ずる休みの天才だ。母さんの大親友だった例の母親は、母さんには自分が毒で苦しみ果てる姿を見せたくなかったのかもしれない。逆に母さんを奪った俺やお前には、見せたかったのかもな」
「親父はともかく、なんであたしがそこに入ってくるのよ?」
「あの娘とお前は同じ歳だ」
「でも、それって……」
「今のは世をすねたバカ親父の邪推だ。母さんの見立ては違ってた。自殺する奴は、死にたいと願っているが、死にたくないとも思ってる。死ぬしか救いがないと信じこんでいるが、誰かにそれを否定して欲しがってる。だからそのことを知らせないように知らす。ほのめかす。そこで、涼宮国際救助隊きってのダーティ・ペアが派遣されたという訳だ。惑星一個、消滅させるほどの騒ぎにはならなかった。大成功だったな」
「……」
「任務は否定の限りをつくすこと。毒を飲む奴には吐かせ、殺したい奴の邪魔をする。俺の娘と踊りたいなんて抜かす青二才は、眼力で追い払う」
「そんなこと、してたの?」
「新聞でも読んだくらいに目が疲れた。キョン、貸しにしとくぞ」



 「それで、涼宮さんたちは何をやっておられるんですか?」
「あ、古泉君。それが…」
「ソシアル・ダンス。社交ダンスとも言われる」
「な、なるほど」

「ちょっと、キョン!手と足がバラバラでしょ。パートナーに恥をかかせないの!」
「こんなこと、やれと言われていきなりできるか!」
「だから、団長自ら、手取り足取り教えてあげてるんでしょうが」
「だったら、いちいち、俺の足を踏むな」
「あたしのステップの行く先に、あんたの足があるのがいけないのよ!。こんなことで、SOS団主催第一回北高超ダンスパーティを勝ちぬけると思うの!」
「なるほど、今度の企画はダンスパーティですか」
「あ、ちょうどいいとこに着たわ。古泉君、必要なものを見繕って、日時、場所の押さえ、その他企画に必要なもろもろ、手配お願いね」
「御意」
「だいたいダンス・パーティなんだろ?勝ちぬくもんじゃないだろうが」
「あまい! 古今を問わず、ダンス・ホールは戦場なのよ!」






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