ハルヒと親父 @ wiki

雪洞の親父

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haruhioyaji

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 「あ、キョンか? 親父だ。しくじっちまった。ああ、俺の方はピンピンしてるが、バカが一人、足首をひねってな。おれの見立てじゃ骨まではいってない。今夜は腫れるだろうが、周りは雪だらけで冷やすものには事欠かん。今か? スキー板ででっかい雪胴を掘った。その中にいる。雪は断熱性も遮音性も抜群だからな、中は静かなもんだ。天井もちゃんと滑らかにしたし、壁の下には溝を掘ったから、溶けた雪が垂れて来て悩まされる心配もない。で、用件だ。ついさっき、母さんの携帯にGPSのデータを送った。だが、おれのカンだと、2、3日、低気圧が居座りそうだ。となると、母さんの能力は半減だ。すまんがサポートしてやってくれ。バカと話すか?」
「早く貸しなさい! ……キョン? 親父が大げさなこと言ってたけど、あたしは全然平気だから、あんたはつまんない心配はしないように。この通り、ピンピンしてるわ。この歳で親父とビバークするとは思わなかったけどね」
「何歳まで、いっしょに風呂に入ってたか、キョンに話そうか?」
「うっさい。殺すわよ! ああ、こっちの話。で、むしろ母さんが参ってると思うから、うん、お願い。雪がやみさえすれば、親父に橇引かせて、速攻で帰るわ。食べ物? ああ、それなら、どこかの意地汚い親父が、チョコレートとかカロリーメイトでポケットをパンパンにしてるから、3日は持つわね。 あー、うるさい! おやすみのキスだあ!? そんなもん、するわけないでしょ! あ、こら!」
「実は電池がヤバイ。まあ、こっちはこんな感じでなんとかやってるから、心配するなと母さんに伝えてくれ。それじゃな」

 「キョン君、お父さんから電話あった?」
「ええ。すみません。おればっかり喋ってしまって」
「いいえ。二人のことだから一方的に喋って切っちゃったでしょ?」
「あ、はい」 そのとおりです。
「何か言ってた?」
「ええ。ハルヒが足首をひねって動けないんで、親父さんが雪胴つくってビバークしてる。食料はチョコレートとかカロリーメイトを親父さんがたくさん持ってたから3日は持つだろうって」
「ああ見えて、石橋を叩くタイプなの。スキー場とはいえ、雪山は雪山だしね。お父さんのメールで二人の位置は分かったし、緊急の危険がないのも確かそうね。捜索隊は待ってもらいましょうか。ただ、この吹雪がねえ……」
「親父さんは低気圧が居座りそうだと言ってました」
「うーん、少しだけど雪の止み間がありそうなんだけど……さて、どうしようか?」
「それ、いつですか?」
「明け方、時間は1時間ぐらいかしら。その距離を行って帰ってくるには、スノーモービルに、あと橇も必要ね。橇の方は、なければ、そうね、これを借りて行きましょう」
「って、毛布ですか?」
「ええ。雪を溶かして毛布を濡らして、零下20度の外気に晒せば、毛布に染み込んだ水分が凍って、即席の橇になるという訳。完全に凍るまでに形は好きにできるわ。もちろん本当の橇の方が乗り心地はいいけれど」
「すごい」
「こういう裏技はお父さんの十八番だもの」
「って、ことは、実際に?」
「ええ。雪面を滑り降りて悪者から逃げただけだけど。わたしたち、少しはロマンティックな冒険もしてるのよ」
いや、絶対に少しじゃないような気がするが。


 「……おやじ」
「なんだ、娘?」
「その……ごめん」
「何をだ?」
「その……迷惑、かけて」
「……子供がやることで大人の迷惑にならないようなことがあるのか? 迷惑かけられるのは親の特権だ。おれはまだ、誰にも譲る気はないぞ」
「……ごめん」
「そういうのは、助かったときに言え」
「ええっ、助かんないの?」
「違う。助けに来た奴に言え、ってことだ。こういうのは、遭難したものより、救助に来るほうがつらい。自分の努力が、目指す結果に結びつくのか、最後までわからんからな。正直、この程度なら遭難と言わん。2、3日待てれば、確実に助かる。そしてそれくらいの用意はいつもしてある。問題は助けに来る方だ」
「母さんなら、下手なことしないと思うけど、……じゃあキョン!?」
「こんな時には、誰かさんよりは、よほど信用できるはずなんだが……どういう訳か、いいカードが出ない」
「って、なんなのよ、そのトランプは?」
「娯楽だ。被災した人間にとって、かなり重要なのに支援する側が思いつきにくいもののひとつだ。助けたがり屋は、相手に必要以上のストイックさを求めがちだ。おなじケチでバカで愚かな人間なんだがな。おれたちは、お互い、絵に描いたような負けず嫌いだ。勝負ごとなら、眠る心配はあるまい?」
「あんた、あたしに勝てるとでも思ってんの!?」
「これだ。あんまり想像通りでいやになるな」


 「借りられたんですか?」
「ええ。スノーモービルも、橇も。こういう頼みごとで断られたことがないの。不思議ね」
いや、おれには全然不思議に思えませんが。
「明け方まで、まだ時間があるわ。あの人たちは眠れないけど、わたしたちは眠っておきましょう」
「ええ、あ、はい」
「眠れなくても、眼を閉じて横になるだけでも違うわ。5分間の睡眠不足が判断ミスにつながると言ったら、少しは眠ろうって気持ちになれる?」
「大丈夫です」
「眠るのも救助のうち、ね。じゃあ、おやすみなさい。雲が切れたら、部屋に起こしに行きます」
「お願いします」


 「親父……起きてる?」
「寝たら死ぬ。吹雪の中程じゃないが、壁で断熱されてるとはいえ、雪洞の中も冷蔵庫の中くらいの気温しかないぞ」
「そういう意味じゃなくて!」
「何が聞きたい?」
「いつも、こんな用意してるの?」
「おれは本来、おまえや母さんと違ってアドリブがきかんタイプだ。場数はある程度積んでるが、限界も知ってる。事前にできる限りのことはしないことには落ち着かん。それだけだ。……かといってツェルト(ビバーク用の簡易テント)を担いでゲレンデに出るほど場違いなことはしない。雪洞の掘り方なら、頭の中に入って荷物にならんだろ」
「非常食は?」
「仕事柄、地方や海外への移動が多いし、腹が減るのがキライなんだ。だから持てるだけのものはいつも持つことにしてる。それが習い性になってるだけだ。……で?」
「母さんならともかく、あたしはアドリブなんて得意じゃないわよ」
「おまえ単体で、とは言っとらん。あいつがいるだろ」
「……」
「なんだ、図星か。つまらん」
「な、なにがよ!?」
「ここにいるのがおれじゃなくて、あいつでも同じようにしただろう。まあ、おまえはわめくだろうし、キョンの奴も言い返すし、ワーワーギャーギャーだろうが、幸いにして周りは雪だらけだ。いくら叫んでも、音は吸収される」
「……」
「雪胴くらい、雑用係が本気になればいくらでも掘れる。そしてあいつは本気になる。多少、出来がいい加減でも、風雪が避けられればいいんだ。ちゃんとした掘り方は、ロッジにもどってシャワー浴びてたらふく食ったら、いくらでも実地で教えてやる」
「あ、あたしは……」
「迷惑かどうか、足手まといかどうかは、あいつに聞け。おれなら答えは容易に想像がつくがな。……入り口を見てくる」


 「キョン君」
「あ、はい。起きます。風と雪、止みましたね」
「ええ。眠ってないの?」
「うとうとはしたんですが、なんか音がしない気がして。それで今、起きたんです」
「わたしが起こさなくてもよかったみたいね。でも、あいにく1時間持ちそうにないの」
「行きましょう!」
「そういうと思ったわ。ただし、途中で雪になったら、ためらわず引き返します。それでいい?」
「はい!」


 「バカ娘、吹雪がやんだぞ」
「え?」
「どれだけもつか分からんが……。やれやれ、あいつは来るだろうな」
「ええ!?」
「さめてるくせに、妙なとこ熱血で、おまけにバカだもんな。ああ、キョンのことだぞ」
「わかってるわよ!」
「母さんがいるから、スノーモービルや必要なものを準備してるだろう。だが、母さんだけなら、多分今回は見送る。この場合、最悪のケースは、母さん達が俺達を拾って引き返す途中、吹雪が舞い戻ってくることだ」
「ちょっと待って。なんで母さんはキョンを止めないのよ?」
「わからんか? 母さんは、そういうバカが好きなんだ」


 「じゃあ、キョン君はわたしの後に乗って」
「あ、はい。そりは荷物でいっぱいですね」
「食料と燃料ね。あと、スノーソー(固い雪を切る道具)にスコップ。お父さんが雪胴を広めにつくってくれればいいけど、作りなおしもかくごしてね、キョン君」
「え?……ってことは?」
「今日の山の天気は嫉妬深いみたい。多分、ロッジに帰ってくるのは難しいわ。帰りに吹雪に遭うのが最悪のパターン。かかってるのは家族の命だもの、だれも危険な目に合わせたくないでしょ?」
「お母さん……」
「それでも行くのはわたしのわがまま。『助けに来た』と言えないのはカッコ良くないけど、やっぱり一緒にいたい。そう思うのはおかしなことじゃないわ」
「おかあさん……すみません」
「ふふ。あとで一緒にハルに叱られましょ」


 「というわけで、バカ娘。おれは、雪が降るまで、外につったってる。感度3だったからGPS誤差が数メートル以内だろうが、こうまで雪ばっかりだとな。まあ、母さんなら、それでも見つけちまうだろうが、目印はあったほうがいい」
「雪が降ったら?」
「今日中にキョンに会うのはあきらめろ。母さんも引き返すはずだ」
「わ、わかったわ」
「不安なら歌でも歌ってろ。雪胴を崩さん程度にな」
「音は全部、雪が吸いこんじゃうわよ」
「だからだ。何を言っても歌っても、おれには聞こえん。サービス、いいだろ?」
「もう、さっさと行きなさい!」


 「速い!もう、こんなとこまで」
「喋って舌かまないでね。でも、一度止まりましょう。……地図の上で位置が分かっても、こう積もっていては、少し大変ね。キョン君、ちょっと叫んでくれる?」
「あ、はい。……ハルヒー!!」
「みごとに吸収されちゃうわね。時計回りにすこしずつずらしながら、叫んで」
「はい。ハルヒーー」

 「くそ。風が出て来やがった。タイムリミットか?」
「親父!」
「バカが、内に入ってろ」
「いま、かすかだけど、キョンの声が」
「親父イヤーは地獄耳なんだけどなあ。愛のテレパシーか、それとも……声が風に乗ったか? 風上なら、面倒だが手はある。……やれやれ、落ちはやっぱりハルキョンか」
「なんでスキーウェアの中から、ロケット花火が出てくんのよ!?」
「親父のとっておきだ。ゲレンデでイチャラブなカップルを見つけたら、打ちこんでやろうと思ってな」
「子供か!?」
「導火線は蝋でコーティングしてあるから使えるはずだ。風上に打ちこむぞ」

 「!いま、へんな音、しませんでしたか?」
「ええ。ロケット花火ね。こんなところだし、間違いないわ。風下に移動します。タイム・リミットは5分ぐらいよ」
「はい。親父さーん!!花火、聞こえましたあ!!」

 「ああ。おれにもバカの声が聞こえた。こっちも叫んどくか。バカ娘、中に入っていろ。……かあさん、すきだああ!!」

 「わたしもよー」

「どうした?バカ娘?」
「ううん、いい。ちょっと気分的に頭が痛いだけ」
「といってる間に来るぞ。ああ、雪も降ってきやがった。やっぱり、ぎりぎりだったな」
「おとーさーん、ハルー。おなか、すいたでしょー」
「安心したけど、気が抜けたわ」
「抜いとけ。とりあえず暖かいものにありつけそうだ」

 ハルヒのお母さんが持ってきた荷物には、毛布で包まれた大型の真空魔法瓶が3つあり、中身はおぜんざい、粕汁(かすじる)、そしてキムチ鍋だった。
「ハル、選んで。どれにする?」
「……おぜんざい」
「じゃあ、おもち焼かなきゃ」
「これから?」
「大丈夫、小さい子だけどコンロも、焼き網も持ってきてるから」
 ああ、この人はきっと、南極ですら完璧なお茶会を催してしまうんだろう。


 予備のバッテリーで生き返った携帯電話で、ロッジとは連絡を取り、無事に合流できたこと、吹雪がおさまるまでビバークすることを伝えた。
 お母さんは、そりの荷物の中にツェルト(ビバーク用の簡易テント)を2組積んできていて、真っ先に親父さんとおれに簡易トイレを2つ(男子用と女子用)設営させた。
 あとの憂いを取り払われたおれたちは、大いに食事を楽しみ、食後にいれたてのミルクティとカードゲームまで楽しんだ。
 3日間の雪胴生活は、事によると、ロッジのそれよりも快適なものであり(主に食事面、ということだが)、冬の空がきれいに晴れ上がった頃には、どれだけ食べても太らない二人を除いて、3キロは太っていたというほどだった。
「キョン、体がなまったろ? バカ娘はどうせしばらくロッジの部屋でさびしく養生だ。ナンパに行こうぜ」
「なまった体とナンパに、どんな関係があんのよ!」
「ゲレンデじゃ眩し過ぎて、そういうアダルトな質問には答えられんな」
「な!」
「まあ、バカ娘にも同情の余地はある。キョン、ナンパのかわりといっちゃなんだが、雪洞の掘り方を一から教えてやる。来い」

 そして、おれは雪山の別の恐ろしさを、とくと味わうことになるのだが。それは、また、別の話……。



















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