ハルヒと親父 @ wiki

その次の日

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haruhioyaji

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 ハルヒの力が無くなったという知らせを、あの3人が三様に告げに来た日の翌朝。

 夢にしがみつくように頑固に眠っていたおれを起こしたのは、いつもの妹のボディ・プレスだった。
 いつも通りの、いつもの朝。
 違っていたのは、それに続くセリフがなくて、妹がそのままベッドの脇に立ち尽していたことだった。
「……」
「ん、どうした?」
「あ、うん、古泉君が来てるよ。……キョン君を呼んで欲しいって」
「そうか……」
 用件は分かってる。
「キョン君!」
「ん?」
「あ……な、なんでもない。ごめんなさい」
 おれはぽんぽんと、手のひらで妹の頭を軽く叩いた。
「ちょっと、出掛けて来る。昼飯には帰るから」
「うん。……いってらっしゃい」
 そうとも、用件なら分かってる。

 「悪い。待たせたな」
「いえ、こちらこそ早朝に押しかけて申し訳ありません。あまり……」
「時間がありません……か?」
「ええ。本来なら決闘のひとつも申し込むところですが」
「ことわる」
「ぼくも……その方が助かります。実は暇請いに来たような訳でして……最後に、一発、殴らせてくれませんか?」
「どこを殴りたいのか分からんが、おれの腹か頭に穴でもあけようっていうのか?」
「僕達の持っていた力のことでしたら、もう……。もちろん、素手で、ですよ」
「……本当に終わったのか?」
「ええ」
「最後って言ったのか?」
「ええ、最後です」
「変更するなんてことは?」
「ありません」
「おまえの後に、まだ二人、控えてるんだぞ」
「彼女たちが、あなたを殴る理由なんてありませんよ」
「おまえには理由がある。だが、聞かないでくれっていうんだな?」
「助かります」
「ふう……。せめて、公園にしないか? いくらなんでも、自宅の前じゃな」
「ええ。少し歩きますか。話をしてもかまいませんか?」
「ああ、最後なんだろ?」
「この期に及んでも、お話できないことのほうが多いのですが……。それに、こんな時はかえって、言葉に詰まりますね」
「……」
「涼宮さんを……ハルヒさんを、どうかよろしくお願いします」
「……古泉、おれは……」
「……」
「……おれは神様じゃないぞ」
「ええ」
「それからハルヒ、あいつもだ」
「はい。……人が敬意を捧げる対象が、人であっても構わないでしょう?」
「どうしても、行かなきゃならないのか?」
「それがはじめからの……そう、取り決めのようなものでして……。あなたがたの前に現れたことと『組み』になっているんです、ぼくたちの退場は」
「ハルヒなら……あのハルヒだったら、時間を止めてでも阻止したろうな」
「ええ、それも楽しかった。しかし、あなたが今、釘を刺してくれましたよ。彼女は神様じゃない、と。……好きでした、彼女も、あなたがたも……」
「古泉……」
「長門さんにお願いしたんですが、はっきりしないのです。ぼくたちがいなくなった後、ぼくらについての記憶を、あなたがたから消していただけるのかどうか。……彼女は首を振ってくれませんでした。縦にも、横にも」
「……迷ってるんだ、あいつ。……喜んでいいことだよな?」
「多分。……いえ、今はそう思います」

 「さあ、ついたぞ、古泉。時間がないと言ったよな。あっさり、やってくれ」
「最後にひとつだけ。目を閉じていただけませんか? さすがにあなたと目を合わせたままでは、どうも……」
「閉じる方は、怖さ倍増だぞ。いつ来るのか分からない痛みなんてのは……。なぐる時は何か言ってからにしてくれ。“チアーズ”でも、何かそういうのを。……何だっていい。……古泉?……古泉!」
 こうなることを、どこかで予期していた、そんな気がした。
 目を開けると、前に居たのは長門だった。
「長門!古泉は!?」
「去った」
「いままで、ここに居たんだ!」
「私が移送した」
「長門?」
「そう約束した」
「おまえが?」
「そう」
「……あいつ」
「古泉一樹は、あなたたちの記憶を保持する方を選択した」
「……ちょっと待て!」
 もう少しでつながりそうな何かが、おれにそう叫ばせた。
 何故、それは「選択」なのか?
 そもそも、どうしてそんな「選択」が可能なのか?
「長門、答えられないなら、そう言ってくれ。……あいつの、古泉の記憶は、おまえが守るのか?」
 時間にすると1秒にも満たない躊躇があった。
 長門は答えを言った。
「そう、約束した」
「……たとえば、あいつが言うところの『機関』とやらが、古泉がそんな記憶を持ってるのは不都合だなんだと言ってきても、あいつの存在ごとおれたちの記憶を消し去ろうとしても、長門、おまえが守ってくれるんだな?」
「約束した」
「だったら、ひとつだけ頼んでもいいか。……いつのまにかおれたちの記憶がすりかえられたり、薄められたり、ブロックされたりしても、おれたちがそのことに気付きもしないとしても、いつか、何年先になるかわからないが、おまえたちともう一度会って、その時、何かが邪魔をして、おまえたちのことが思いだせないようなことがあったら、長門、頼む、おれたちに『思い出せ』と言ってくれ」
 長門は、いつかのように答えをくれた。
「……大丈夫。私がさせない」


  ●  ●  ●


 「キョン!!」
 ハルヒは、公園に一人残ったおれを見つけると、強烈な体当たりをくらわし、そして何度も、こぶしでおれの胸を打った。

 「あたしのところには、みくるちゃんが来たわ。有希とは、ゆうべ一晩中、いっしょだった」
「……そうか」
「こんなのってないわ! 今はしかたがないことかもしれないけど……」
「……ハルヒ」
「……いつか、そのどうしようもない都合を残らずひっくり返して、キョン、みんなをつれ戻しに行くからね! だって、誰一人欠けたって、SOS団じゃないもの! ……だから、だから、そのときまで……」
 ハルヒの頭を、おれの胸に押しつける。その想いごと。
「ああ、約束する。そのときまでだって、その先だって、ずっとだ。あいつらが見つかっても、誰一人欠けたって、SOS団じゃないんだろ?」
「そ、そうよ!」
「だから、ハルヒ、おまえも……」
「たとえ何があったって、あんたを放り出したり、置き去りになんかしないわ!だって!だって……」


 そして、おれたちは唇で約束を交わした。












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