ハルヒと親父 @ wiki

通り魔2

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haruhioyaji

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 日曜の駅前通りを満たしていた、冬の合間にふさわしいおだやかな空気は、一台の小型トラックの出現で一変した。
 周囲の人たちが、異変を感じたときには、もう数人が次々にはねられた後だった。
 その小型トラックは、駅改札前の歩道に乗り上げ、さらにアクセルを吹かして、自動改札脇の通用口めがけて突っ込んで行った。
 ステンレス製の扉は、一度では壊れなかったが、繰り返される突撃によってひしゃげ、トラックに道を譲ることにしたらしい。
 トラックの荷台には、ポリスチレン製の手で持てる中身の入ったガソリンタンクが20個、そして人の背の高さほどあるプロパンガスのボンベが3本積まれていた。
 トラックはギアを入れ替え、人々がごった返すホームへそのまま押し入ろうとした。

 「やめとけ。それ以上やったら、もれなくテロだ」
 隣にいたはずの親父の声が、向こうから、大惨事が起ころうとしている方向からした。
「ち、ちょっと何やってんのよ!?」
「うるさいぞ、バカ娘。今近付いたら、娘とはいえ手加減できん。下がってろ」
 親父はその辺りにあった一番重そうなもの、腰の高さまである灰皿を片手で持ち上げ、円盤投げみたいにその場で回転した遠心力をつかって、トラックのフロントガラスに突き刺さるように投げ込んだ。
 金属製の重い灰皿は、フロントガラスを貫通し、助手席のシートに深い傷を負わせた。運転席にいる者に直接当たらなかったが、そいつをひるませる程度の効果はあったらしい。
 トラックのドアが開いて、男が外に転がり落ちた。
「やったのはおれだ。こっちだ、うすのろ」
 親父はそう言って挑発しながら、ゆっくり男に近づいて行った。
 男はそれに気付いて、刃物を構えた。模造刀か何か分からないが、刃渡りだけは一人前にある。
 男は、それをむちゃくちゃに振りまわしたりせず、ゆっくり上段に構えて、親父が近付いてくるのを待った。
 それは、さっきまでのむちゃくちゃな暴走と違い、こっちの方では心得があることを示してる。
 親父が、舌打ちする音が聞こえた。
 長い刀は扱うのが難しい。無茶に振りまわせば、重さのせいでコントロールが効かず、自分の足を傷つけかねない。だからヤクザは振るう必要のない短いドスを使う。
 親父が口を開いた。
「おまえ、人を斬ったことがあるのか?」
 男は声を出さぬ笑みを浮かべて、それに答えた。
 次の刹那、前に踏み込み、親父めがけて、刀を振りおろす。
「親父!」
 親父は寸前のところで、男とすれ違った。
 左斜め前にかかとから前に出すように捻って踏み込み(この時上体はまだ元の位置にある)、その後、踏み込んだ足に、残った体ごと右足を揃えるやり方だ。上半身はぎりぎりまで動く気配を見せなかったから、男には親父が消えたように見えただろう。
 親父はすれ違った瞬間、男の背中に、両手を叩き付けた。
「黙ってみてろと言ったろ、バカ娘! おれにも目は二つ付いてる」
 男は激しく咳き込み、体をくの字に曲げてしゃがみ込んだ。
 親父は投げ出された日本刀を拾い上げ、片手でぶんと振る。
「ヘタクソが人なんか斬りやがって。刃が、がたがたじゃねえか。これじゃ介しゃくも無理だ。苦しめ」
「何やったの、親父?」
「背中に《もみじ》を2つほど付けただけだ。これだけやった相手にしては、やさしいだろ? 後向けに落ちて背中を強く打つと、横隔膜がびっくりして呼吸困難になることがある。やられた方は、あれに近い感じだろうな」
ほとんど窒息に近いじゃないの。どこがやさしいのよ? サディストめ。
「ぼーっとしてないで、駅員呼んで、警察に連絡させろ」
「もう、やったわよ」
と言った瞬間、黒い影が目の端を横切った。
 目がその動きを追った時には、終わっていた。
 呼吸困難のまま、親父につかみかかろうとした男は、親父のカウンターを受けて、再び地面に転がった。
「いやな感じだ」
「いい感じの訳ないじゃないの」
「違う。こいつ、痛みがないようだな」
「は?」
「体が傷ついても、それさえ感じずいくらでも向かってくる。念のため、関節全部外しとくか?」
「待って、警官が来たわ」
「鴨がネギしょって、じゃなきゃいいが。……ああ、気をつけてくれ。身体検査を先にしたほうがいい。まだ、何か持ってやがるぞ。あ、くそ!」
 男はしがんだ姿勢から、警官の一人に向かって飛びかかった。警官は反射的に銃を抜いて引き金を引いた。
 銃声が響き渡る。と、同時に、誰かがあたしを担ぎ上げて投げ飛ばした。
「ばかー!なにすんのよ!」
「走って物影に入れ!!今すぐ!」
 再び銃声。そして聞きなれた声がうめく。
「くそったれ!」
 恐る恐る物影から顔を出すと、シャツの脇のところが真っ赤に染めて膝をつく親父がいた。
「お、親父!」
「何度も言うな。ああ、さっきより事態は好転したぞ。さすがに撃たれりゃ、過剰防衛もクソもないだろ。警官も見てるしな」
 親父の膝の下には、さっきの男の頭があった。おそらく、親父が投げ落とし、その上から膝でとどめを刺したのだろう。
「このバカ、わざと自分を撃たせて、ひるんだ警官から拳銃を奪いやがった」
「親父、撃たれたの? 血が出てるじゃないの!」
「撃たしたんだ! 他の奴が撃たれるよりは、ましだろ!」
 ようやくパトカーと救急車のサイレンがして、あたしは足の力が抜けるのを感じた。

 あたしは親父が乗せられた救急車に同乗した。もっとも親父はタンカを断り、自分で歩いて乗り込んだのだが。
「大丈夫だ。弾は貫通してる」
親父は痛みのせいか、上を向き、普段はついたことのないため息をこぼした。
「痛むの?」
「痛い。内臓の表面には痛点しかないからな」
「無茶ばっかりして!」
「すまん」
「何よ、いやに素直じゃないの? そんなに痛むの?」
「バカタレ。ハルヒ、おまえ泣いてるぞ」
「え、うそ……」
「もったいない。そういうのは、あいつのために残しとけ」
「キ、キョンはね! もう、そういう危ないことはしないって、約束してあんの!」
「約束は約束だ。守れるときもあれば、そうできない時もある。……さっきのは、その詫びだ。忘れろ」
「……って、親父、あんた……」
「自分の言ったことは覚えない主義だが、さすがに娘と交わした約束ぐらいは覚えてる。相手が忘れててもな」
「わ、忘れるわけないでしょ!」
「結構。母さんに連絡してくれ。悪いが、晩飯は食えそうにないと」
「ば、ばか」
「心配すんな」
「誰がするか! ……なんで、さっき、あたしを投げたのよ?」
「おまえは目立つ。目立つ奴は標的になりやすい。あと……」
「あと、何?」
「拳銃で撃たれるとこなんか、みっともなくて見せられるか」
「な! ば、バカじゃないの!?」
「バカ親父だとも」
「そういう意味じゃない!」










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