ハルヒと親父 @ wiki

High Moon:真夜中の親父

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haruhioyaji

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 「ただいま」
「お父さん、お帰りなさい」
「……」
「ん?ハルヒ、闘(や)ったのか?」
「中学生3人と。クラスメイトが脅されて、お金取られそうだったんだって」
「バカな連中だ。小学生、おどしても、いくらもならんだろ。襲うなら大人を襲え」
「……」
「それも少し違うと思うけど」
「……負けた顔じゃないな。まあ、負ける訳はないか。だが、こいつ、怒りを押し殺してるって顔してるぞ」
「そうなの。でも、何にも教えてくれなくて」
「母さんにも話さんとは珍しい。……どれ、その怒り、おれが買ってやろう」
「!さわるな!」
「なるほど。……男を殺したくなるようなものを見たか。クラスメイトが取られそうだったのは、どうやら金だけじゃないらしいぞ。母さんに言いたくない訳だ」
「……」
「ハルヒが帰ってきたのはいつだ?」
「午後6時ごろかしら」
「この季節じゃもう暗い時間だ。……こういうことは早い方がいい。というわけで、母さん、ちょっと出かけてくる。バカ娘、おまえはあいつらの顔を見てるが、逆に顔を見られてる。だから絶対についてくるんじゃないぞ」


 「……母さん」
「やっと口を聞いてくれたわね。なあに?」
「親父、どこ行ったの?」
「多分、ハルが学校から帰ってくる道を、逆にたどってるのだと思うわ」
「そんなので、あいつらが見つかるの!?」
「逆ね、『あいつら』に見つけてもらうの」
「!どうやって?」
「うーん、いろいろやり方はあるけれど、お父さん、派手なのが好きだから……」
「……」
「悪い子を片っ端から殴って回るのかしら? へんなおじさんが中学生を探してるってウワサがあっという間に広がるわね」
「そんなバカなことして見つかるの?」
「お父さん、ああ見えてものすごく怒ってたから、多分見つけるまで殴りつづけるんじゃないかしら? 街中の悪い子たちを一掃しちゃうかも」
「母さん、あたし、行ってくる!」
「いいけど、ハル、お父さんが止めた意味、考えてね」
「え?」
「その子たちか、その仲間の子かは、分からないけど、多分、あなたを探してるわよ」


 「手が先に動いちまった。痛いか? すまんな。口がきけるうちに、何か言ってくれるとありがたい。小学生を襲った鬼畜な中学生を探してる。いや、少年課じゃない。私的な恨みだ。ああ、実は知ってるとは、最初から思ってない。だが、カツアゲしてる奴を見たら、何か言う前に殴りかかるクレイジーな親父が出没してる、ってウワサは広がるだろう。そいつらの耳に届けばいいな、と思ってな。どの程度殴るかにコツが要る。ダウンさせちまうと意味がないし、かといって恐れられるくらいでないと、目標に達しない」


 「おっさん、自分がなにやってるのか、分かってんのか?」
「やっと話せる奴が見つかった。わかってるとも。ここが行き止まりで、おれが囲まれてることもな。30人はいるな」
「あんたとやりあいたくない。おっさん、あんたは探すところを間違えてるぜ」
「ああ、そうじゃないかと思ってた。兄さん、あんたがこの辺りを仕切ってるのか?」
「誰かが仕切ってるような、そういう街じゃないんだ。だが、おれにも耳や目はある」
「安心した。どうやら朝まで殴りつづけなくて済みそうだな。こう見えても歳なんだ。徹夜は健康に悪い」
「おっさんが探してるのは、西中の3人だ。名前まで必要か?」
「いや、あんたの耳に届いたのなら、それでいい。街中のガキが、そいつらのことを知るだろう。それで十分だ」
「あ、ああ? ああ、おれだ。わかった。……ちょっと待ってくれ。そいつらが見つかったらしい。どうする?」
「顔ぐらい拝んでいくか。近くのゲーセンかどこかか?」
「あ、ああ。なんで分かる?」
「この辺りの店と営業時間はみんな頭に入ってる。中学生が時間をつぶせるところは、そう多くない」
「家に戻ってるかも知れないだろ?」
「連中は殴られるか蹴られるか、とにかくこっぴどくやられてる。不思議なもんでな、三人で負けると、その怒りが消えるまで、一人一人バラける気になれない。ヒトの祖先がサバンナで襲われたとき、群れをつくったのがどこかに残ってるんだろう」
「そこまで分かってて、なぜゲーセンを探さなかった?」
「おれが殴って済む話ならそうしてる」
「どうするつもりだ?」
「見たいか? いい機会だ。そのバカどもを、ここに連れて来てくれ。ああ、あんまり脅すなよ。禅僧を風呂に入れるみたいに丁重にな」

 「おれが誰なのか、先に言っとこう。悪魔だ。安心しろ、悪魔は契約を重んじる。決めたことは必ず守る。どんな手段を使ってもな。だが、決めた以上のことはやらん。つまり、おまえらのクビがねじ切れるまでは、まだ時間があるということだ。
 中学生なんてやってると、いやになるだろ? 守れと言われるルールは禁止ばかりでくだらんし、そいつを無視してやっても、今度は、もっときつい掟が世の中にあるのを知る羽目になる。弱いものは強いものに従え、という掟だ。
 で、お前らは弱い。今日、小学生一人にぼこぼこに負けただろ。しかも相手は女だ。ひどい負けだ。ひどすぎて耐えられん。人間ってのはな、もう持たないところまで追いこまれると、誰か弱そうな奴を攻撃することしか頭になくなる。今度は負けないために武器までもってな。ナイフはあんまり良い武器じゃない。試しにおれを刺してみろ。ナイフは手に持つしかない。手は足より短い。やらないのか? 賢明だ。刺してきたら、向こうの壁まで蹴り飛ばしてやろうと思ってた。
 あー、そこの木刀を持ったの。そう、あんただ。有段者だろ? とがめてるんじゃない。ちょっと殴りかかって来てくれないか。こいつらに、見せときたいんだ。言葉だけじゃ伝わらんこともある。ああ、頼めるか。ところで受け身はできるか? 柔道経験者か。なら安心して《飛ば》せる。じゃあ、好きに打ってきてくれ。おい、3人、ちゃんと見とけよ。

 …………

 まあ、こんなところだ。大丈夫か、木刀剣士? 力は飛ばすのに使ったから、痛みの方はそれほどじゃないはずだが。……見てたか、3人? 何をしたか、だって? 見ての通りだ。斬りかかってくる相手のふところに先に飛び込んで、相手をふっと飛ばしたんだ。当たる面積が広くなるように、肩から手の先までを相手に同時に当てる。足は飛びこんできた勢いとおれの体重分がそのまま相手に伝わるように、地面に両足を蹴りこむ。地球を相手にぶつけて、ビリアードしたと思うと理解しやすい。運動量保存の法則だ。理科は苦手だあ? じゃあ頭を使うな、体で覚えろ。おい、そこのでかいの、こっち来て、おれを殴れ。ああ、何もしない。返し技も何もだ。……いいか、3人とも。ケンカは基本的には、でかい奴が強い。理由は二つあるが、原理はひとつだ。でかいやつの方が、大きな力を相手に与えられるし、逆に受ける力は小さめになる。理由はテコの原理だ。おまえらも一発づつ殴らせてやる。その後は、このでかい兄さんだ。目開いて、違いを見てろ。
 ああ、だめだ。力みすぎと言っても、まだ誉めすぎなくらいだ。いいか、人間の手はつかむようにできている。つかんで自分の方へ引っ張り寄せる方が自然な動きだし得意だ。拳を握ると自分の方へ引っ張るための筋肉が働く。パンチは手を自分から離す動きだが、拳を強く握れば握るほど、引っ張る力に勢いが相殺される。頭突きがなんで効くか分かるか? 頭は拳より重いってこともあるが、腕のもともと得意な引っ張る力を打撃に使えるからだ。あとテコの原理だな。この場合は支点は腰、力点は腕、作用点は頭ってことになる。腰から腕よりも腰から頭までの長さの方が長いだろ? 頭を使ってる奴は、知ってることを応用できる。使わない奴は、人まねしかできん。どっちが強いか、誰にだってわかるだろ? ああ、そういや、いい例がいたな。
 おい、マサキ。悪いがちょっと降りてきてくれ。寸止めでいいから、模範演技をこいつらに見せときたい」
「なんで、おれの名前を?」
「おまえさんの想像通りだ。イカレ親父も案外顔が広いんだ」
「寸止めなんてできんぞ」
「当ててくれてもいい」
「おかしな夜だな、今夜は」
「ああ、まったくだ」
「こいつらに、何故そこまでしてやるんだ?」
「言葉を覚えたてのガキが、やたらとウンコとか、大人が嫌がることを言うだろ。そうすりゃ自分に注目が行くからだ。注目に飢えてると、『ウンコ』と言うことに中毒になる。だんだん周りもなれて無視しだすからな。ヤクと同じで、使うほど効かなくなっていく」
「一晩でヒトを変えようって言うのか? とんだお人よしだな」
「変わる奴はどんなきっかけでも変わるし、変わらない奴は何したって変わらん。だが、今夜ぐらいは、あいつらも満腹になっていいだろ。ということで、フルコースのケンカをしたい。頼むから、へばるなよ」
「敬老精神はないぞ。それとあんたぐらいの歳の大人が一番嫌いなんだ」
「おれも、おまえぐらいのイケメンなら、躊躇なく殴れる」
「誰が寸止めだって?」
「いつだって不幸な事故ってのがある」
「負けた言い訳も用意してあるのか?」
「負けた事がないからなあ」


 「くっ。言うだけはある」
「そっちもな。稀に見る名勝負じゃないか」
「言ってろ」
「息が上がってるぞ、マサキ」
「冗談がかわしきれなくてな。何がおもしろいのか、分からん」
「フットワークのある奴相手に、くっついて闘うのは基本だ」
「殴りながら駄洒落をいうのもか? 高度すぎて、観客には退屈だぞ」
「そうでもない。技の解説なんか不要だ。言葉で分からなくとも、見ればわかることもある」
「あの三人なら、逃げるように帰ってったぜ」
「このカードを最後まで見ないなんてな。もったいない。だが子供には遅い時間だったか」
「二度と、あんたとはやらん」
「ああ、そうしよう。これ以上やったら、友情が芽生えそうだ」
「言ってろ。……これで、あんたの考えた通りなのか?」
「どうだろうなあ。ある程度の密度のある夜だったし、まあ、こんなもんか。今夜のことを消化するのに、あの3人じゃ何日もかかるだろう。近いうちにまたヒトを襲って、今度こそ、痛い目にあうかもしれんが」
「耐えきれなくなって逃げ帰ったんだ。それはないだろう」
「おまえがいうと説得力があるな。それだけで報われるぞ」


 「ただいまあ」
「バカ親父! どこ、行ってたのよ!?」
「ハルヒ、起きてたのか?」
「母さんは寝ちゃうし、親父は帰ってこないし!」
「帰ってきたぞ。朝帰りだが」
「どこで何してたのよ!?」
「ああ。不良のたまり場に招待されて、そこで殴り合いしてた」
「あいつらに会ったの?」
「ああ。不良たちが探して連れて来てくれた。あの3人に見せようと思ってな、ずっとケンカしてたんだ」
「ば、馬鹿じゃないの!?」
「まったくだ。3人とも、怖くて逃げ帰っちまうしな。ケンカの甲斐がない」
「そんなことして、なんになるのよ?」
「うーん。暴力に食傷しないかとおもったんだけどな。このまま正規ルートで児童相談所送りかなにかになって、暴力から隔離されてみろ、ますます暴力の希少価値が高まる、高い値がつく。逆に、半殺しになるまで殴る手もあるが、こっちも暴力の有効性を深く刻み込んで、それ以外の手を思い付けなくなる。ああ、ガキってのはどうしてこう、ひねくれてるんだろうな?」
「知らないわよ」
「何か食べたのか?」
「母さんが夜食つくっといてくれたから。……あと、これ」
「ほう。ちっさいがおにぎりだ」
「ご飯、あまったから」
「食っていいのか?」
「食べないともったないでしょ!」
「もらおう。……うまいぞ」
「もう寝る。今日、学校休む」
「いいなあ、小学生は。おれは仕事だ。学校には風邪引いたとか、電話しとけよ」
「あ、あんたも、ちゃんと早く帰ってくんのよ! 夕飯は一緒に食べないといけないんだからね!!」
「まかせとけ、今日は早く帰ってくる。ああ、バカ親父もたまには学習するんだ」















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