ハルヒと親父 @ wiki

王様とあたしたち その1

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haruhioyaji

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prologue:

 「父上、うれしそうですね」
「ん? ああ、顔に出てるかな?」
「ええ、珍しく」
「息子の結婚だ。もちろん嬉しいとも」
「歳のはなれた、政略結婚でも、ですか?」
「君たちには時間がある。愛情はこれから育んでいけるだろう」
「さて、どうですか。……それよりも、来賓にあの方をお呼びしているとか」
「ああ。君はまだ会ったことがなかったね」
「ええ、楽しみですよ。聞けば私と同じ歳の娘がいるとか」
「家族ともどもお呼びしてある。私の恩人だからね」


Act-1:

 「結婚される息子さんって、おいくつ?」
「うちのバカ娘と同じだ。まあ、嫁さんの方は6歳らしいがな」
「大変ね」
「まったく。えらい奴はいろいろ面倒だ。王さまなんかやめてこっちに来いと言ったんだがな。俺とちがって真面目なんだ」
「ほんと義理がたい人ね」
「まあ、出会った頃は王子と言っても6番目だし、留学先では普通に貧乏学生だったがな。クーデターと革命がなけりゃ、のんびり暮らせたんだろうが。まあ顔だけは良いから、あいつと一緒に飲みに行くと、よくおまけしてくれたんだ。で、ただ酒飲むかわりに酒の飲み方を教えてやった」
「飲み方って?」
「つぐ、そして、飲む」
「あらあら」
「ちっこい頃から着替えも人にやらせてたらしいからな。手酌を知らなかったんだ。感動してたぞ」
「そうなの?」
「禅の公案かなにかだと思ったらしい。だからミスター・スズミヤは禅のマスター(達人)ってことになってる。母さん、ここ笑うとこだぞ。仏教国だから王族はみんな仏教哲学を学ぶ。王族はみんな坊主の弟子なんで、そういうことにしとくと、おれがタメ口聞いても、周囲が納得しやすいんだそうだ」
「王様がボケて、お父さんがツッコミ入れるの?」
「色紙を求められたら、東京タワーを描いて、隣に『根性』とでも書いてやろうか?」
「ハルが『国際問題よ!』って真っ赤になって怒るのが目に浮かぶわね」


Act-2:

 「国賓? なんの話だ、それ?」
「オヤジがドイツに国外逃亡してた時に話は遡るわね」
「いや、一応、留学だろ?」
「どっかの第6王子かなんかも留学に来てたの。それで親父に会ったのが、きっと運のつきね。卒業直前に、母国で将軍がクーデターを起こして、王族がみんな追放されちゃって。おまけにその後、将軍派に反対する勢力が再クーデターよ。お題目の《民主化》のシンボルに、留学先から心配で飛んで帰ってきたその第6王子を担ぎだしたらしいわ。でも、その王子様もなかなかのやり手で、結局、軍部と《民主派》の対立を抑え、王制も廃止するからって三方一両損でって、とにかく国内をまとめちゃったのよ」
「って、どこの大岡越前だ?」
「だから正式には共和制になってるし、肩書きも大統領らしいけど、国民はまだ王さまだと思ってるんだって」
「その王様が、なんで昔の友人を、いまさら自分の国に呼びつけるんだ?」
「自分の息子の結婚式だそうよ。今時、お昼の主婦向けドラマにもないけど、あるでしょ。『おれたちは親友だ』とか言って、『お互い子供ができたら結婚させような』とか無責任な約束をしたのが、後々騒動の元になるってのが。キョン、ここで笑っとかないと、あと笑うとこないわよ」
「ちょっと待て! 子供? 結婚? 誰と誰が!?」
「まあ親父は酒の席の話だし、覚えてないって言ってんだけどね。バカ親父は、基本的に自分の発言を覚えてた試しが無いけど」
「ハルヒ、おまえ……」
「なにを不安になってるのよ! あたしはあんただけだからね。それとも、ちょっとは妬いてくれた?」
「……わるいか」
「否定しないんだ。ふふふ」
「なんだ、その笑い方は?」
「なんでもなーい。王さまの方には、親父が、あたしたちの写真を添付して『悪いが、こういうことだ』とメールしてあるから大丈夫よ。まあ、最悪、あんたが命を狙われるかもしれないけど、安心しなさい。あんたはあたしが守ってあげるから」
「なにが最悪だ。危ないことはすんな。それ本当に行かなきゃならないのか?」
「キョンが嫌ならやめる。親父たちだけで行ってもらいましょう。あ、そんときはあんた、うちに泊まりに来なさい。女の子一人じゃ危ないから。うん、名案だわ」
「殺し屋から守るっていった女を、誰がどうにかするんだ?」


Act-3:

 「はあ? ちょっと親父! メールしたから大丈夫だって言ったのは、どこのどいつよ!」
「そのメールが徒(あだ)になった。おまえらの写真を貼付したのはいいが、王子はどうやらバカらしい。一緒に写ってるキョンなんか目に入らず、写真のおまえに一目惚れしたんだと」
「そんな2次元ヲタに用はないわ。あたし、行かないからね! 大体そいつの結婚式に招待されてるんでしょうが! こんなバカな話はないわよ!」
「おまえの娘の方は第二夫人にどうだ、と言ってきやがった。第一夫人は政敵の娘で政略結婚の6歳児だし、二人分の式を一緒にできれば手間も費用も省けるんだそうだ」
「一国を背負ってるのに、なにせこい話してんのよ!」
「普通の庶民からすりゃ、それでも豪華だがな」
「親父、あんた、どっちの味方よ!?」
「無論ハルキョンの味方だ。できるだけ仲の良さそうなのが『こぶ付き』の証明写真になるだろうと思ってな、スパイカメラで撮った写真がまずかった」
「なんなのよ、そのレトロなカメラは!?」
「万年筆みたいだろ。キャップを引き抜く時にシャッターが切れる」
「だから、どんな写真を送ったのよ!?」
「だから仲良さそうな写真……いや待て、殴るの待て。露出度に問題は無いはずだ」
「当たり前でしょ! エロ親父!!」
「ほら、これだ。普通の制服デートだろ? やってることはともかく」
「こ、こ、こんなもの、どこでいつ撮ったのよ!?」
「なんだ、覚えてないのか? それとも覚えきれないくらい、いつもなのか?」
「お、覚えてるわよ! ……いつもじゃなくもないけど」
「冬の公園だ。俺の周りだけ、一足早い雪解けをむかえたぞ」
「う、うっさい! 覚えてなさい!」
「困ったことに、キョンを連れて来いとも書いてある。うむ、写真の内容と趣旨は、しっかり伝わってるらしいな。話をつけたいんだと、その王子様とやらが」
「ちょっと親父、ボケが回ったの? それは罠よ! きっとキョンを亡き者にして……」
「そこまでおもしろい展開だと笑えるんだが。母さんから『何してもいい』って許可が出たら、キョンの一人や二人、モサドからでも守り切る自信はあるぞ」
「どうして、乗り込もうって方に話を持って行こうとするの!? 親父、あんた、何をたくらんでんの?」
「いや、リミッターの外れたハルキョンが見れるかなあ、と」
「リミッターの外れた親の姿なんて見たくないわよ!」
「ああ、大暴れしたいなあ……」
「一人でやってなさい!」


Act-4:

 「失礼ですが、スズミヤ・ハルヒ様のご昵懇(じっこん)の?」
「はあ。あなたたちは?」
「とある方の身辺警護を行う者たち……とだけしか、今は申し上げられないのですが……。しかし、どうやら、これだけで事情を飲みこんでいただけたようですな」
「親父さん、もといハルヒのお父さんから、話は聞きました。お断りの連絡を入れたと聞いてますが」
「正式なルートを通すと、少々手間がかかりますもので、やむを得ずこうした手段をとることに。これから涼宮家に訪問する予定なのですが、ご同行いただけますか?」
「正直、人質にはなりたくないです。後で何を言われるか、わかったものじゃない。ああ、あいつにですが」
「私もスズミヤ氏とは何度かお会いしてますが、ええお父上の方です、我々の方もあの方のご機嫌を損ねたくはありません。なにより陛下のご親友ですし……、いえ、それだけが理由ではありませんが。……何かご提案があると理解してよろしいのですか?」
「おれはタクシーを拾って別の車で涼宮家に行きます。つまり、おれを信用してもらえるのなら、ということですが」
「なるほど、ご名案です。それでは別の道を行って、我々が先着した方がよろしいようですな。それにしても……」
「何です?」
「いえ、いえ。人を知るには直接会うのが一番だと、改めて思っただけです。では、先に参ります。後ほどお目にかかりましょう」


Act-5:

 「親父!! 優雅に寝てる場合じゃないわよ! あんた、また何したの!? 黒塗りの車3台、横付けよ!カタギとカタギでない奴に手を出すなって、普段あれほど……」
「ああ、そろそろ来る頃だと思ってたんだ。……キョンは乗ってるか?」
「え? ええ!!」
「一度袖にしたが、断られて、はいそうですか、といかない大人の事情もあるんだろうさ。ほら、インターフォンが鳴ってるぞ」
「って、どうすんのよ?」
「ったく、客が来たら、お茶くらい出すのが礼儀だろ。ああ、インターフォンには出てやる。お前はお湯でも沸かしてこい」

 「涼宮だ。どれだけ偉いか知らんが、黒塗り3台はやりすぎだぞ」
「ごぶさたしております、スズミヤ様」
「あんたが直々にか? おれたち夫婦だけじゃ、役不足って訳か?」
「とんでもありません。ただ陛下は4人揃って来ていただけるのを心待ちしてにしておられます。それを慮(おもんぱか)って、近衛の者が勝手に動いたという次第で」
「おまえら、キョンは、どうした? 事と次第によっては、娘が地球が壊れるまで暴れるぞ」
「さすが、お見通しでございますな。先にお会いしました。おっつけ来ていただけるかと。約束いたしましたので」
「ほう」
「歳を積みましたので、いくらか人を見る目も身に付きました」
「立派なもんだ。その調子で、うちのバカ娘も説得してみてくれ」
「ちょっと!いま、キョンがどうしたとか聞こえたわよ!! 事と次第によっては、地球が壊れても許さないからね!!」
「そうだ、そうだ」

「いや、親父さん、少しでいいから止めてください」
「よう、キョン。ナイスなタイミングで登場だな。また地球の未来を救ったぞ」
「マジにしゃれにならないんで、やめてください」
「どういうこと!? キョン、ちゃんと説明しなさい!」
「この人たち、例の王様の身辺警護をやってるらしい。さっき会ったばかりで、詳しい話は何も聞いてない。涼宮家に行くと言うから、おれも来た。それだけだ」
「まさか、キョン。あたしたちを売ったの?」
「アホか。何でおれがそんなこと、しなきゃならん!?」
「あたしに……その……飽きたとか?」
「おまえみたいなびっくり箱から目が離せるか。この宇宙に飽きたって、あり得ん」
「ごほん。すまんが、ハルキョンはそれくらいにして、この道化めいた連中の話を聞いてやってくれ。早く話をひったくらないと、またバカップルがはじまるから、手短にな」
「誰と誰がバカップルよ!?」
「いやあ、聞きしに勝りますな、これほどとは……」
「あきらめた方が良いぞ。バカ王子には、今のを動画で送ってやる」
「って、いつの間に何を撮ってるのよ!」

「ただいま。あらあら、お客様にお茶もお出ししないで」
「母さん、こんなやつら、客じゃないわ! むしろ、敵よ! あたしたちを拉致しに来たの!」
「敵にも塩を送るというでしょ。ハル、あなたも座りなさい。キョン君、少しお手伝いしてくれる?」
「あ、はい」
「ごめんなさい。元気に育ってくれたのだけど、元気すぎて」
「いえ、奥様もおかわりなく」
「おかげさまで。お会いしたときより、ずっと元気です」
「母さん、こいつ、知ってるの?」
「ハルが生まれる前にね。お父さんと日本に戻る途中に、王様の国に立ち寄ったことがあるの。今は本当の近衛長でしたね。偉くなられて」
「どうにか生き長らえて、気付けば年長になっていただけで。それもスズミヤ様のおかげです」
「おかげって?」
「命を、我が国と私の命、両方を救っていただきました」
「手を貸しただけだ。あの時は、ちょっとダイ・ハード的な運の悪さでな。母さんと会って幸運を使い果たしたのかと思ったくらいだ。だが新婚早々、くたばる訳にはいかんだろ」
「我々には、まさしく僥倖でしたが」
「それを語り出すと長編になる。バカ娘の堪忍袋が破裂するのが目に見えるようだ。……そうだな、一個だけ確認しとこうか。おまえさんが来たってことは、バカ王子じゃなく、あいつの要請ってことだな?」
「そのとおりでございます」
「どういうことよ? あいつって誰?」
「王様だ。きれいな顔して、やることは少々えげつない。家族総出って、国際救助隊じゃないんだぞ」
「なによ、それ?」
「サンダーバードね。人形劇な特撮。YouTubeなら見れるかしら」
「うちはいいとして、キョンはどうすんのよ!?」
「そんなの決まってる。こいつ抜きで、おまえ飛行機乗れないだろ?」
「な、な、なに言ってんのよ!」
「必要なら、家族の方は嘘八百ならべて説得してやるが、本人の意思は……って、聞くだけ野暮か。近衛長、あんたの人徳かもな。ここ半径5m以内には『お人良し』しかいないらしいぞ」
「キョン、あんたほんとにいいの?」
「さっきも言っただろ。おまえみたいな危なっかしいの、目を離せるか」


Act-6:

「あのおじさん、何なの? 日本語ぺらぺらだし、慇懃無礼を通り越して、折り返して来たみたい」
「なあ、ハルヒ。それって結局褒めてるのか?」
「そ、そうよ。わるい?」
「わるくなんか……ない」
「ハルキョンはちょっと脇において、おれにも喋らせろ。向こうは旧王室以下、親日家ぞろいでな。駐日大使っていえば、大臣を出すような結構な家柄の奴が勤める。あいつの親父がそうで、あいつも全部会わせると20年くらいは日本で暮らしたことになるんじゃないか」
「じゃあ、いまあのおじさんが大使なの? 大使館ナンバーの車、用意してくるし」
「ちがう。近衛長と言ってたろ。王様を警護する精鋭部隊の長だ」
「へえ。軍人には見えないわ。でも大統領制になってるのに、まだそんな部隊が残ってるの?」
「あいつには悪いが、大統領制なんか名前だけだ。それぞれの重職に歴代ついてきた名家たちが丸まま残ってる。国王にも、誰にも、そういう実力者を排するほどの力はない。バランス・オブ・パワー、あっちこっちと親類関係を結ぶのもその一環だな。争いを抑えるには役立つが、勢力基盤がややこしいスパゲッティ配線になっちまう。新しいことやろうとすれば、かならず誰かの既得権益にぶち当たる」
「なんか絶望的ね」
「責任のない外野から見るとそのとおり。それでも、まあ、よくやってる方だ。クーデターの話をしたろ? あの国ではクーデター自体は別に珍しいことじゃない。総選挙やって議会が開いて首相が決まる。しばらくすると、選挙がらみの収賄事件が明るみに出て、騒ぎが首都から地方へ広がり、あちこちで大規模なデモや暴動がはじまる。すると軍隊が議会を制圧して、臨時憲法を発動させて、次の総選挙が無事に済むまで臨時政府をやる。議会で、首相が決まると、臨時政府は権限を国王に返して軍制は終了。そのとき首相を命じるのは、王様って訳だ。こんなのを繰り返しやってる。国民もみんな馴れてる。だが、あんときは、臨時政府を担ったのが質の悪い奴だった。一旦手にした権力を返上するのがいやがった。そして、王室に手を出した。軍のトップの将軍が、よりによって近衛隊に国王一族の逮捕、監禁を命じたんだ。その時の近衛長は命令を拒んで、無責任にも自殺した。残って事にあたったのが、若き日のさっきのおっさんだ」
「そんな人を、王様は側に置いてるの!?」
「話にはまだ続きがある。若いおっさんは、名家の出だし、残ったうちでは階級が一番上だったんだろう。臨時に近衛隊を指揮することになった。おっさんは将軍の命令に従って、国王一族を監禁したが、しかし将軍にその場所を教えなかった。その情報を掛け金にして、野心家の将軍と交渉したのさ。その交渉が時間稼ぎになって、行きすぎたクーデターに反発する国民や、反将軍派の将校に重臣、地方に駐屯する部隊の間に連携が生まれ出した。そこに、絶好のタイミングで第6王子のご帰国だ。一気に反将軍派がまとまる機運が盛り上がった」
「だったら、むしろ救国の英雄じゃないの!」
「事態を収拾するのに、第6王子は大振舞いの恩赦を連発した。まずは国王を逮捕監禁した近衛隊の罪を不問にした」
「そんなの当然じゃないの。最終的に守ってくれたんだし」
「ところが国民はそう思っちゃいない。今みたいな裏話は知らんからな。だが、第6王子は、王家の者が英雄になるわけにはいかないと、今おれが言った通りのストーリーを語って、臨時の近衛長に『救国の英雄』を押しつけ、近衛兵たちの名誉を回復させた。そして王室にすべての非があるとして、クーデターの首謀者である将軍まで許し、一方で王政を排する宣言をした」
「ええ、なんで?」
「将軍を罰すれば、将軍派と反将軍派との間で内戦が起きただろう。将軍は、半分とはいかないが、それでも全軍のうち、それに近い数の部隊を掌握してた。そいつらも調子に乗って、各地で王室財産や寺院なんかを略奪してたからな。罰されれば、反乱する以外に道がなかったろう。一方、国王の地位を放り出すことで、逆にそれを支えるための求心力を生みだしたんだ。普段、王の権威など何者ぞとえらぶってた重臣や名家の連中は、いま国王という中心を失えば、互いにガチンコで権力と武力の抗争に全力を投じる羽目に陥る程度のことは分かったんだ。だから形式はなくなったが、王制の実質は丸まま残った。……と話してみたが、当事者からすればどうだ? 何か抜けてなかったか?」
「私が付け加えることは何も。……さよう、無駄話を許していただけるのなら……あの時、我々は国王一家をお守りしたのではございません。ただ自分たちの生命と誇りを守ることだけで精一杯でした。それどころか国王陛下を取引の材料に用いました。軍隊に身を置きながら、殺すことも殺されることも、その両方を恐れたのです」
「まだあるだろ?」
「はい。あの時、今の国王陛下に出会い、この若い王を守りぬくことが私に与えられた使命だと思いました。それ故、苦痛を感じましたが、国王陛下が与えた英雄の役割を演じました」


Act-7:

「ねえ、近衛長のおじさん。おじさんは、なんでうちの親父や母さんを知ってるの? 前に行ったことがあるみたいだけど」
「私が陛下からスズミヤ様の名前を最初にお聞きしたのは、先ほどのクーデターが収まりかけた頃です。その後、本当にお会いする機会があるとは、思っていませんでしたが」
「王様は、その時、なんて?」
「私は直裁に尋ねました。帰国して間もないあのような時、ああした手を打つことをどうして考えつかれたのか、と。陛下はこうお答えになりました。『ドイツに留学中、すごい人に出会って友人になった。日本の人だ。君は日本に長く暮らしたことがあるから、わかるかもしれない。今回の手はね、マスター・スズミヤならどうするだろう、と考えて思いついたものばかりなんだ。彼なら、もっと優雅で無駄のない手を思いついただろうけど』と」

「私は兄や姉が多かったからね。王宮の中では、大きな期待もされず、のんびり育った方だろう。同世代の友人には恵まれなかったが、おかげで王宮にある本はすべて読んだ。無ければ買ってもらえた。本を読むか、マックルック(この国伝統の将棋のようなもの)をやっていれば、誰も文句は言わなかったからね。留学も許された。ドイツでは美術史を学んだ。多くの学生と同じように寮に入って、自分一人で街に出て買い物にも行った。きっかけは忘れてしまったが、たちの悪い人たちに取り囲まれてね。護身の術は心得ていたが、目の前の相手に使って良いのか判断がつきかねた。そこに通りかかったのが彼だった。それが不思議なことを喋りながら、どんどん相手を倒していくんだよ。
『この人数差だとハンディがある。お互いの得意技を先に一つづつ断っておくというのはどうだ? ちなみに、おれは空が飛べる』
『得意なのはおしゃべりか? じゃあ、まず、それから使えないようにしてやる』
相手は彼の顔を打った。彼は予想でもしてたようによけて、その手をつかまえ、そして言った。
『顔をなぐると言って、ほんとになぐる奴があるか。今のは、左ジャブをフェイントに、右のロー(キック)が基本だろ?』
相手は左手を取られながら、右足で彼の足を狙った。だが、蹴り足が地面を離れる瞬間に、彼は握った相手の左手を引いてから押し、相手の重心を操った。相手は倒れ、左肩から地面に落ちた。
『だーかーらー。相手の口車に乗るな、っていうのに。人の忠告を聞けよ』
不思議なことを言う人だと思ったよ。「忠告」を受け入れると相手に従ってはいけないことになり、逆に忠告をはねつければ「相手の口車に乗るな」という「忠告」に従うことになる。いずれにしても、彼の言葉からは逃げられない。禅の公案のようだと思ったんだ。もちろん勝負はあっさりついた。圧倒的だったよ。
『わるいな、なんで負けたのか分からんだろうが、今日のところは実力の差ってことにしといてくれ。それとあんただ。心得はあるんだろうが、さっさと使わないとナントカのもちぐされだぞ』
『すみません。実戦したことがなくて、いま使っていいのか、判断がつきかねて』
『悠長なことだ。守るべきものができれば、そうは言ってられなくなる。ところで、金はあるのか?』
『あまり持っていません』
『じゃあ、安い飯でいい。おごってくれ。それで貸し借りゼロだ。いちいち覚えておくのが面倒なんでな、できるだけその場で精算することにしてるんだ』
こうして私たちは食事をして、お互いに名乗り合った。
『ふーん。宮廷の占星術師と日食を当てあって、勝ってそいつら追放した王様の孫か?』
『その通りです。でも、よくご存知ですね、そんな話』
『覚えなくてもいいような話ほど記憶に残るんだ。でも、あんたの国じゃ、小学校の教科書に必ず出てくる』
『お読みになったんですか?』
『今度読んでおく。悪いが、今までは、そこまで興味が無かった』
『大学では何を?』
『歴史と美術だ、あんたは?』
『美術史です』
『ふーん。似て非なる、だな』
『本当は歴史をやりたかったのですが、王族のものは政治学と歴史を学ぶことを許されてなくて』
『誰が決めたんだ、そんな決まり。やるな、って言われた方が、やりたくなるだろ?』
『そうですね』
『学んだら、王様なんてやりたくなくなるか』
『私は王子と言っても6番目ですから、回ってきませんよ。国に帰ったら僧職につくつもりです』
『おきまりだな。政治的野心はありません、ってポーズだ』
『私の場合はポーズじゃありません。静かに本を読める生活が理想です』
『そういうのは、欲しい欲しいと思ってる奴じゃなくて、いやだいやだと思ってる奴に、回ってきたりするんだ』
『運勢も見れるのですか?』
『はったりだ。曖昧で、後でどうにでも解釈できることを言っとけば、予言も百発百中だ。さっきのと似た手だ。占い師も使うが、政治家も使う』
『さっきの闘いも不思議でした。あなたはどっちにしろ外れない言葉を使っていた』
『ダブル・バインドって奴だ。さっきのは、ガードをそこだけ空けて相手の攻撃を誘いながら、言葉ではそれを「予言」した格好になってる。おれの「予言」が的中し続けると、声に出しても出さなくても、イエスを言いつづけることになる。イエスを言いつづけると、弾みがついてイエスと言いやすくなる。一種の心理的慣性だな。催眠商法って知ってるか?』
『いいえ、知りません』
『くだらない詐欺みたいなもんだ。最初はモノをただでやる。それで人を集めて、会場でもさらにモノをただでやる。『欲しい人、元気に手をあげて』『はーい!』『あなたが一番大きな声だったから、このバックをあげます』ってな。これを何度か繰り返すと、会場中がハイと元気に手をあげるようになる。そしたら『この羽毛布団が欲しい人!』『はーい』。手をあげた奴をつかまえて、契約書にサインさせる。羽毛布団は手に入るが、それがバカみたいに高い金額だったりするわけだ。普通なら断るところだが、自分の意思で「はい」と言った以上、人間の心理としては、ものすごく断りにくい。発言や行動には慣性がつく。誰でも自分の一貫性を維持したいもんだ』
『なるほど。もしも国を継ぐようなことにでもなれば、役立ちそうです』
『まあ、そうならないことを、祈っててやる』」


Act-8:
 「なんていうか、親父さんは、若い頃から、親父さんだったんだなあ。あ、ハルヒ、悪い意味じゃないぞ」
「今のをどう、いい意味で受け取ればいいのよ!」
「まったくだ。おれは生まれながらの詐欺師か? 昔話を、しかも人からの伝聞を、克明に語りやがって」
「マキャベリは、君主に必要な徳として、獅子の勇敢さと狐の狡猾さをあげておりますな。ハルヒ様は獅子の資質を受け継がれたようで」
「いや、こういう顔して、やることはえげつないぞ」
「どういう意味よ!?」
「後ろで困ってるキョンの顔がすべてを物語ってる。こいつのは、人の目に気付いた上でやってる、ただの甘えだが。だから、他の甘え方が分かれば自ずと消える」
「何いい加減なこと、言ってんのよ!」
「バカ親父だから、いい加減なことくらい言う。邪魔して悪かったな」
「何よ、逃げる気!?」
「せまい専用機の中、どこに逃げるんだ? そこのおっさんが、まだ語りたいって顔をしてるから譲ってやる」
「そうでした。私とスズミヤ様の出会いにまで、話が至っておりません」
「さっき、親父さんはダイ・ハード的不運とか、言ってましたね」
「その映画は見ておりませんが、飛行場が舞台のひとつではありました。件の将軍がまた騒動をもたらしまして、それに応ずるように、将軍の更迭を求める民主派の市民たちが、我が国唯一の国際空港を数の力で封鎖したのです。時の首相と内閣は責任を取る形で辞任し、将軍派の部隊が空港を奪い返すために進軍し、首都と国際空港を守る部隊と川を挟んで対峙するところまで事態は進みました。私は当時、首都と空港を防衛する責を負っていました」
「え、ちょっと待って。おじさんが指揮する部隊は、なんで市民が空港を占拠するのを止めなかったの? というかグル?」
「空港占拠は、将軍のシナリオでした。将軍は、暴動を起こし、空港へ向かわせるために、多くの人間をつかったようです。私の部隊がこれら市民に向かって発砲すれば、陛下を支持する民衆の心は離反し、『救国の英雄』という私のレッテルも剥がれ落ちたでしょう。かといって、市民を黙って通せば、空港を守備する部隊の長として、当然その責を問われて私は解任される。その後、空港を解放すれば、民主派に武力の力を見せつけながら、国際世論をも味方につけられるだろう、という訳です」
「何て奴なの!?」
「あのクーデター以来、私と将軍の不仲は決定的でした。陛下と謀り、その対立を事あるごとに、わざと強調してきたところもあります。軍の中で反将軍派を増やし強くするために、私の『英雄』像は利用できましたから」
「それって、おじさんも危ないんじゃないの?」
「いずれにしろ、将軍は私を許さなかったでしょう。私はできるだけ早く将軍と対抗できるよう、可能な限り速く昇進しました。軍の内務や財政を預かるポストを歴任して、将軍が私物化し、自らの味方を増やすのに使われていた、不透明な支出や慣行をひとつひとつつぶしていきました。対決はいずれにせよ、必然でした。将軍は、彼なりにベストの手を打ってきたのです。不運だったのは、事件が、スズミヤ様と奥様が陛下をご訪問になっている時に起こったことです。あるいは、その知らせを聞いて、将軍は事のタイミングを計ったのかもしれませんが」
「親父に関しては、不運なんてことは全然ないわ。あいつは行くとこ行くとこ、騒動を自分で引き起こす生まれついてのトラブル・メイカーなのよ!」
「ええ。スズミヤ様もその時、同じようにおっしゃいました」
「えっ?……ちょっと、なに笑いを噛み殺してるような顔してんの、キョン!」
「不運と今言ったのは、スズミヤ様にとってではなく、将軍にとってそうだった、という意味です。スズミヤ様は、空港を形ばかり包囲していた部隊の指令部に、私を訪ねて来られました。それも宮廷の儀式に使われる、国王陛下の手からしか餌を食べない白い象に乗って」


 「ここにかつての『英雄』がいると聞いてやってきた。おれは国王の友人だ。留学中、ドイツで世話になった。その借りを返したい。おれと王のつながりと、おれが悪事を働きに来たんじゃないことは、この白い象が証明してくれるだろう。国王が言うには、その『英雄』は、『義を見てせざるは勇なきなり』を地で行くやつらしい。放っておくと、丸ごしで空港に乗りこんで、民衆を説得しに行きかねないんだそうだ。空港なんて見晴らしの良いところで、のこのこやって来てみろ。どっかに隠れた将軍派のスナイパーに頭打ち抜かれてアウトだ。あんたは『伝説』になるかも知れんが、国王は右腕を失い、やっかいな仕事だけが残る。そういうわけだから、止めておけ。そしておれの話を聞け」
 ここまで聞けば、その人が、どれだけの信任を国王陛下から受けているか、陛下に勝るとも劣らない知恵と気概を持っているかは、誰にも明らかでした。そして、私はようやくその人が誰かを悟り、声を上げました。
「あなたですか? スズミヤ様!」
「おう。なんだ、そんなところにいたのか。大声出して、損した」
いいえ、部隊全体に、今から起ころうとしている「奇跡」を知らせるために、わざと声を張り上げられたのです。
「あの空港を占拠してる連中を助けて、将軍を痛い目に合わせる策を持ってきた」
「!まさか、あなたが危ない目に合うのではありませんか?」
「まあな。だが殺しはしないだろう。何故なら、おれの足を撃ち抜いて腕を撃ち抜いて、おれを助けに飛び出すお人よしの英雄を引っ張り出した方が得だからだ。だがあんたに死なれると、この国とおれの友人は困る。おれはこの国にとって何の価値もない外国人だ。だから、あんたの代わりにおれが行こう。あんたの言葉を伝えてこよう。それで万事解決だ」
「陛下のご友人であるあなたにそんなことをさせるわけには……」
「控えろ! この象は国王のもんだろ? おれが行くのは王命だ。あんたはそれに逆らうのか? さあ、あんたの言葉を聞かせてくれ」
「我々に……、我々に合流していただきたい。今、将軍の軍が首都へ王宮へ、向かっています。我々とともに、この国を救って欲しい、と」
「うむ。確かに受けたまわったぞ。象が通る。道を開けてくれ」


「ちょっと待って。どうしておやじが、そんなにべらべら、この国の言葉を喋れるのよ!」
「努力した。王様と二人で原稿を練って、発音は徹夜で特訓を受けたんだ」


 「おれが誰なのか、あんたらは知るまい。だが、おれが乗ってる象は、みんな知ってるだろう。この賢くて美しい白象は、国王の命で、おれを運んできた。あそこに軍の部隊がいる。首都とこの空港を守る部隊だ。それを指揮しているのは、あんたたちがよく知ってる英雄だ。彼の言葉を伝える。『我々に合流していただきたい。今、将軍の軍が首都へ王宮へ、向かっています。我々とともに、この国を救って欲しい』。さあ、伝えたぞ。この白象に続け!」


 「むちゃくちゃよ!」
「一番バカな奴が、一番バカな役をやる。至極当然だろ?」
「それで親父さんは撃たれなかったんですか?」
「威嚇のようなのは、あったがな。予想外の奴が出てきて、スナイパーの判断が遅れたんだろう。あと、あの白い象に銃を向けるのは、あの国の奴ならみんな嫌がるだろうと踏んだんだ。どういう訳か、おれには、人が一番嫌がることに気付く天賦の才があるらしい。まあ敵さんがデューク東郷を雇ってる可能性もあったが、プロなら依頼された標的以外は撃たないからな」

















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